第2話 1番の愚痴

 アナウンスが流れて、平田はA3室へと促された。控室の出口付近に置かれている覆面の一つを手にとると、退室と同時にそれをかぶりの上にのせた。元から薄暗く狭い廊下に覆面を被りながら身を投じると、電球のないトンネルみたいになる。次からは覆面を被るのをもう少し遅らせようかと思いながら、平田は目的の部屋へと向かった。

 進んでいると、右に曲がった道から4人の覆面を被った参加者達とばったりあった。先頭の女性が[従業員]とかかれたネームプレートを見て平田に会釈した。平田も会釈をし返して、道を譲るために壁側によった。すると、女性は申し訳なさそうにしながら、曲がり角にある扉に手を触れた。

 扉の横のA3と印されているプレートが、平田の目にはいった。彼女たちは平田が担当する客達らしい。平田は4人列の最後尾に並んだ。

 

 一つの蝋燭を囲むようにして、5人は椅子に座って円になった。全員がお互いの顔を見合う。暫く沈黙が続いた後、平田は挨拶の言葉を姿勢を正して切り出した。

 「皆さん、日々の生活お疲れ様です。今日は心が晴れるまで思いっ切り愚痴をぶちまけてください」

 平田は大きくお辞儀した。他の4人もそれを真似て大きくかぶりを下げた。

 「まずは」と呟きながら、平田は1とかかれているネームプレートを探した。お腹が少し出ている男の胸元にそれがあった。

 「一番の方、心の準備はよろしいでしょうか?」と平田は優しく声をかける。1番の男は言葉をどもらせながら、やりますの返事をした。

 「では皆さん、彼に話してもらいましょう。念のために言っておきますが、個人を特定するような発言、攻撃するような発言、発言者の話を妨害するような行為はお控えください。では、1番の方お願いします」

 4人が同じくらい頷いた後、1番の男が話始めた。

 「あ、あの。皆さん、よろしくお願いします。えっとですね、私の人生について話しますね。言いにくいんですよ、知り合いにね。なかなか。

 私はね、モテたことがないんですよ、ほとんど。単純に顔が良くないんだと思います。中学校とかはザ・オタクって感じでよく女子からキモイキモイって言われていました。変なあだ名なんか付けられていて、半分いじめみたいな?こともありました。顔だけじゃなく、運動も勉強もそこまででした。悪くはなかったですよ。ただ、良くはなかったんです。

 そんなんだから、学生の頃は女性との接点なんて全くありませんでした。流石にやばいと思い、医療系の専門学校を出たあと、勇気を振り絞りましてね、街コンに同じイケてない友達と行きました。

 まあ散々でしたよ。女性を前にすると、全然言葉が出ないんです。予行練習だとあんだけスラスラ会話できたのに、実際はだめですね。私はだめでした。しかし、私の友人は一人の女性といい感じになっていました。同レート帯だと思っていたので、それを知った瞬間私は彼にもの凄い敗北感を味わいました。しかし、それと同時に彼にできたなら、私にだってできると考えるようになりました。

 それからは、自分磨きの旅の始まりです。少しイケている友達に髪型から服のファッションまであれこれ相談しました。恥をしのんで、し上がるまで手伝ってもらいました。するとね、ある日突然モテ期が訪れたんです。

 あれは、丁度半年前の出来事です。ハロウィン前で私は秋にぴったりのコーデをその少しイケてる友人と池袋で探していたんです。それは友人がトイレに行くって言っていなくなった時でした。突然、可愛らしい背の低い女性に話しかけられたんです。私は、偶におしゃべりの練習ということで合コンに連れて行ってもらっていたので、掴みは良かったかなと思います。数分間会話を続けました。

 友人がなかなか帰ってこないから、これは彼によるものなのでは?と途中で思いました。だけど、どうせだから連絡の交換くらいはしてやろうと思いました。で、頼んだら上手くいきました。

 いや~、めちゃくちゃうれしかったのを覚えていますよ。ついに俺にもモテ期到来ってね。心の中で、無数の俺応援隊がガッツポーズをするんですよ。

 それでね、彼女と離れた後友人がタイミングを見計らったように帰ってきました。真っ先に彼女はお前の友達か?と訊きました。すると、違う。俺の知らない人だ。と返されました。つまり、彼女は俺にとっての人生初めて彼女になるわけです。

 話が長くなったので少しはしょります。

 彼女との恋愛は上手くいきました。特別例にあげるほどの山も谷もありませんでした。私も彼女も実はもういい年だったので、結婚の話にももちろんなりました。さりげなく聞いてみたら、彼女に結婚願望があったので、遂に大金はたいてロマンティックなプロポーズをプレゼントしました。返事は、OK。もう勝ち組ですね、はい。

 婚姻届けにサインし、結婚式も開きました。その結婚式で事件が起こったのです。

 私達が神父の前で誓いのキスをかわす直前でした。突然、教会の扉が開かれ、顔の知らない男が待ったと大声を上げてこっちに突進してきたのです。

 男は私の妻の腕をつかむと、何やらよくわからないことを言い始めます。私はパニックで何もできませんでした。客席もただ茫然とそのドラマにしかない光景を見つめていました。2,3分くらいで、男は妻を引っ張って教会の外に連れ出していきました。今となってはその時何もできなかった自分が悔しいです。なんせその日以来、妻とは会えていないのですから」

 

 

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