176話:決死防衛線⑥
そうして、街での戦闘は終了した。途中に増援としてやってきた部隊を交えての、泥沼としか表せない戦闘は終わったのだ。乱戦に補給に同士討ちに自爆に。夜通し行われた戦争は、凄惨を極めた。
だがその甲斐があって、一定数以下になったデストロイヤーは撤退をはじめた。今頃は追撃の部隊に殲滅されていることだろう。その中央で、鈴夢は登る朝日を見ていた。
そうせざるを得なかったとも表せる。少女の身体は、今や小刻みに痙攣しているだけだ。極度の疲労と筋肉痛が全身を苛んでいることは想像に難くない。
だけど鈴夢は、痛みに悶えていなかった。登る朝日を見つめながら、自分の胸と頭を押さえたまま、沈黙を続けていた。
【お疲れ様】
声は真昼のものだ。慎重に、語りかけるような声。鈴夢はそれに反応することもできず、ただ黙って瓦礫に身を預けていた。
一言で表わせば、こう言えるだろう。何もなかったと。まず、建築物と呼べるものがない。
そこかしこに戦術機のシューティングモードによる砲撃跡が。そして民間人を守っていた歩兵の抗戦の跡が刻まれていた。
デストロイヤーの体液が、民家を潰している。死骸はなく、あるのは、食い散らかされた跡が残るだけ。そんな光景があちらこちらに見られた。住まうに相応しい場所、その集合をもって街という。
――――だが、これはもう街ではない。
荒野と同じものだ。そこにある全ては、今回の戦闘で壊されてしまったのだ。あれもこれも分割されて分解されて欠片になっている。原型をとどめているものは一つもなかった。丁寧に、徹底的に壊されている。
死んだ人間も同じだった。元は人であったものが分解されて、そこかしこに転がされている。
それだけを見れば、それがなんであったのか全く分からないぐらいに、"各々の部品として分けられていた"。真昼にとっては、馴染みの光景。だが、とかぶりを振るのもいつもの通りだった。
【これだけは………馴れることはないね】
馴れてしまえば、もう人間とは呼べなくなるのだろうが、と。
こみあげる吐き気に耐えながら、真昼は鈴夢を見下ろした。
鈴夢のボロボロになった戦術機には、刃と砲身の部分がなかった。かじりとられたような跡が見える。近くに砲身が転がっていないのを見ると、どこかで捨てたのか。マギクリスタルコアがある周辺の装甲にも、傷があった。ミドル級の歯型傷と、そこに重ねられた刀傷のようなもの。
【鈴夢ちゃん……】
「私……わたしは………なにも、人が………っ!』
【いいんだよ。今は………いいんだ】
真昼は黙って頷くだけにした。何も言えずに、ただ頷いた。直後に、すすり泣く声が聞こえてきた。
――――激戦だったのだ。あの時に付いて来た衛士達も、その半数がこの街に散ったと聞いている。ここにたどり着くまでにも、多くの衛士がやられている。無謀といえる突進についてこれなかった部隊、また途中のデストロイヤーにやられてしまった衛士は少なくない。
それでも真昼は、彼らの死は無駄でなかったと考えている。侵攻を止めたのもそうだが、この街の一部の民間人が、無事後方へと避難できたとの報告が上がっていた。
―――完全なる、敗戦。それを噛み締め、だが真昼は頭を垂れない。
ただ、空を見た。そこには、眩しいばかりの朝日が登っている。いつもの通りに。だから真昼は、今日もまたいつもと同じように鈴夢に言葉をかけた。
【基地に帰投しよう………貴方は死んでいない、だから――――帰るの】
名前を呼ぶ声は、いつもよりもひどく優しかった。それはまるで、家に帰ろうとささやく母親のようだった。
そして、胸から沸き上がる悔しさに唇を噛んだ。血の水滴が、滴り落ちる。
【(忘れられないことが、また増えた)】
失われた命と、この光景と。
真昼と鈴夢はそれを胸の奥に刻み付けると、基地への帰投を開始した。
そうして、部隊が去っていた街の跡には色々なものが残っていた。
かつては子供が遊んでいた広場の中央には、青の体液と肉片が散らかっている。
巨体から流れた大量の体液は地面に広がり、強烈な朝日に照らされていた。
その水面が空を写している。
いうまでもない、青の空で――――しかし、そこには血の赤も混じっていた。
完全なる青である場所など、一つもない。それは、デストロイヤーに立向い、最後まで戦ったものが居る証拠だった。
しかし、事実上の敗戦として、この日は歴史に刻まれている。防衛戦を維持していた戦力、その大半が壊滅した日として。
そして数千人の民間人が、デストロイヤーに虐殺された忌まわしき日として。
だが、こうも記されている。
後に英雄と謳われた部隊――――かのレギオン:エクリプスが、初めて他国に知られるほどの活躍を見せた日でもある
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