175話:決死防衛⑤


 地獄の只中で戦いは続いていた。まずは一体、そして二体。間髪入れずに三匹と四匹。街の中で暴れているミドル級を、次々に斬り伏せていく。その速度に、緩みはない。できる限りの速度をもって、最速で敵を倒していった。


―――それでも、届かない。通信から断末魔が聞こえた。子供の悲鳴が聞こえる。また、赤い華が咲いた。灰色のナニかが飛び散る。半分になったナニの成れの果て。


「うああああッ!!」


 鈴夢は叫んでいた。泣き出しそうになる自分を大声で叱りつけた。守るべき民間人は死んだ、だけどそれは諦めていい理由にはならなかった。確かに、今は助けられなかった。だけど間に合う人は居るはずだからと。子供を殺したデストロイヤーを渾身の一刀で屠り去った後、間髪も入れずに動き出した。



 守るべき民間人は残っていると、疲労に軋む身体と機体を引きずって、次の要救助者を探しに探し続けた。間もなく発見したのは、民間人に襲いかかろうとしているスモール級だった。座り込んでいる女性は、皺が見えることから、かなり年を取っているに違いない。腰を抜かしたのか、その場から動けないようである。 


(助けなければ)


 思うと同時に判断を下し、実行に移した。だが、その方法も考えなければならない。短すぎる時間の中で、最善の方法でなければ。しかし彼我の距離は遠く、長刀では間に合わないことが分かった。射撃はできない。射線上に戦車級とお婆さんが重なっている、このまま撃てば巻き込んでしまう。


それでも、と。武は誰とも知れない何かに祈りながら、短距離の噴射跳躍を敢行した。思案から実行に至るまで2秒、素早い行動だと賞賛されるべきものだった。

 間に合うか――――間に合うはずだと希望的観測に縋ったが、現実はそんな夢想じみたものを泡にして消した。だけど、どこか納得の色があった。もう飛ぶ寸前には、一歩踏み出した時点で悟っていたからだ。


 間に合わない。しかし。


「――――え?」


 絶望は形にならなかった。老婆に襲いかかろうとしていたスモール級は、別方向からの射撃によって横薙ぎに倒された。



「愛花さん!」


 感謝の気持ちをこめて、射手の名前を叫ぶ。同時に安息の息を吐いた。

 ああ、ようやく助けられたと、僅かばかりの充実感が胸を満たした。だけど次の瞬間、視界の端に映った何かがそれを掻き消した。赤い身体は毒のように鮮やかで。そして白い、象のような鼻を持つ化物――――それはミドル級とスモール級だった。群れの数は多く、更にその後ろからやって来る敵も見えた。


「お婆さん、逃げて!」

「来ますッ!」

 

 鈴夢は愛花の声を聞くと同時に、返事を聞かないまま前進してシューティングモードにして銃口を構えた。壁となるぞという、愛花の意図に同意したのだ。背後にお婆さんを庇うように、正面に向けてありったけの弾丸を撃ち込んだ。


 守ると、死なせないという叫びが銃撃となって顕現する。軍人であると教えられたが故に。自分は軍人であることを自負するために。そして散っていった仲間にも教えられた事がある。だから――――直視をしたくない、思い出したくない光景を分に一つは見せられながらも、膝を折らずに戦い続けるのだ。人間が肉片になる光景、衝撃を受けども立ち止まることは許されない。吐いて止まれば、また間に合わなくなる。


 


 鈴夢は嫌だったのだ。誰であっても、目の前で死なせるのはもうゴメンだった。だからここより後ろには通させない。その意志が尽きることは、きっと無いだろう。遠いどこかで、鈴夢はその事について確信をしていた。

 だけど、弾薬はその限りではなかった。

 無情にも、残弾ゼロを知らせるシグナルが網膜に投影された。


「くそ、こんな所で!」

「諦めないでください、武器はまだあります!」

「っ、分かってる!」

 

 銃がなければ近接武器で。シューティングモードからブレードモードに戦術機を切り替える。そのまま、群れに突っ込んでいく。互いに攻撃が当たる距離、すなわち互いの命に手が届く距離で戦うのだ。文字通りの死線の中。鈴夢はそれでも距離を詰めた。近接戦のコツは踏み込むことを躊躇わないことだ。


 迷いも禁物。中途半端な距離を保てば、たちまちミドル級の腕に潰されるだろう。そうして鈴夢は突っ込む。迷いなく致死の距離に一歩を踏み込み、すれ違いざまに一閃を重ねてデストロイヤー達を文字通りに"切り崩して"いった。


 しかし、敵を倒す速度は先程より遅くなっている。ブレードはスモール以下の小型種を多く倒すには向いていない兵装であるからして、必然なことである。


 ブレードはあくまで近接用のもの、間合いの内にいる一体を確実に仕留めるための武器である。それを知りながらも、他に方法はない。あるのは我が身と鍛えた腕のみである。そして、こんな時のためにと工夫を重ねた戦術を行使するだけだ。   

 体に負担がかからないよう刃を縦にして唐竹に断ち切るのではなく、刃を寝かせて横に薙ぐ。一振りで多くの敵を巻き込むように刀を振るう。 


 だがこれは従来のブレードより、遥かに多くの小型種を倒せる戦術だった。戦術機にかかかる負担が大きいため多用はできないが、今はそんな事を気にするような場面ではない。ただ一刻も早く、敵を殲滅するのだ。後ろに居る人を守るために。


 ギギギッと戦術機の軋む音が鈴夢の耳に届いた。

 ぶわっと、冷や汗が流れるのを感じた。こんな所で武器が壊れてしまえば、死は免れないだろう。しかし鈴夢は自分の死というリスクを負いながら、それでも背中を流れる冷や汗を、恐怖を飲み干してブレードを振るう。


 魔力のこもった一薙ぎは、一度で数十の小型種を斬り散らかす。見るものが見れば、その撃破の速度に戦慄したことであろう。それだけに早く、鈴夢は小型種を殺し潰していった。


 薙がれ切り払われ、飛ばされ叩きつけられ。紫色の体液が当たりに散らばる。その数はゆうに100を越えていた。 


倒して、倒して、倒しきって――――だけど、すぐにまた別のデストロイヤーが虫のように湧いて出てくる。

 鈴夢と愛花が、殺しても殺しきれない物量に歯噛みする。


 

 同時に、無意識の内で悟ってしまっていた。もう自分たちには、この続々と増えていく小型種の全てを潰す方法がないということを。

 結果は無情にもすぐにやって来た。

 ―――デストロイヤーを潰す音。その中に、耳を押さえたくなるような女性の金切り声。断末魔の悲鳴と呼ばれるものだった。


 


 誰のものかなど、確認するまでもない――――したくないと思いながらも、自分を罵倒していた。救いはない。救えなかった。無力な自分に呪詛を吐いた。そして、また守れなかったことを知った。


(くそっ………なんで!)


 気づけば、唇を噛んでいた。血が出るほどに強く。何故だと、答えのない問いを問い続けた。気が遠くなるほどの訓練をした。反吐が出るぐらいの密度で、工夫をこらした訓練を受け、それを乗り越えた。


 練度を武器に、仲間と共に戦場で戦い抜いた。気を抜けば死ぬ戦場において死線をくぐり、経験を重ねた。だけどこの結果はどうだ。目の前で二人が死んだ。それ以上の人間が死んでいる。今もこの崩壊していく街のどこかで、死ぬべきじゃない誰かがデストロイヤーに殺されている。知っている人も、知らない人も、等しく、差別なく、余す所などなく。


 誰も彼も守れず、死んでいく。先程の子供も。お婆さんも。そしてこの街で、同じ境遇にあったであろう人達も。

 ――――そして。

 バキリ、と骨が折れる音がした。

 勢い良く地面に転び、体が瓦礫に叩きつけられる。


「ぐぁ、はッ!?」

「鈴夢さん!?」


 満身創痍だった。

 手足は重くて、怠くて、眠たい。腕を上げることさえ難しかった。しかし、ここで死ぬわけには行かない。


「私は、私はまだ戦える……!」

 


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