174話:決死防衛線④


 民間人のいる場所へデストロイヤーが到達した。

 それは、戦いが佳境から煉獄へと変換されたことを意味する。そんな惨劇の色が濃い戦場だが、それを止めようという動きがあった。最初に"それ"を確認したのは、日本防衛隊のアーマードキャバリア、その中隊長だ。デストロイヤーに包囲されてしまった、危地に陥っていた中隊の長である尾花という名前の彼は、それを見てまず自分の視力と正気を疑った。



「これは………!?」


網膜に映るレーダー。映しだされた戦域の端から青い点が迫ってくる。その数は4つ――――赤の群れを掻き分けて、こっちにやって来ている。問題は、その速度である。4つの青の連なりは、まるで無人の荒野を往くような速度で戦域を移動している。途中に存在する、数えるにも馬鹿らしいほどに多い赤のマーカーをまるで"在って無い"と言わんばかりに。



 確かに、デストロイヤーは移動中である。その密度は通常より高くないだろう。しかし、だからと言って高機動を駆使したとしても、抜けられるほどに薄くはないはずだ。 


「いや、違う?」


 その衛士達は、デストロイヤーをただ避けているのではなかった。青が前に進む度に、赤のマーカーが消えている。


 考えている内に、やがて、青の点が中隊と交差した。次の瞬間に行われたのは、奇行である。少なくとも尾花にはそう見えた。なぜならば、正気では成せない業が、そこにはあったから。


『い――――き、ます!』

『邪魔!!』


 通信と共に2人が現れ、次の瞬間には去っていた。尾花は、自分の顔がひきつっているのを自覚した。


 ――――まず、速度がおかしい。衛士の正気を疑うほどの、無謀と言われても否定できないほどに。しかし、その前衛は倒れなかった。安全域とされる速度を上回ってなお、着地時にバランスを崩さないで。それどころか、射撃までする余裕があるなど、酒場での与太話の類だ。


 目の当たりしてしまった尾花などは、自分が妄想の世界に逃げ込んだのではないかと思ってしまってもいた。それでも、死に瀕している自分という意識は嘘ではない。それに、その光景には現実味があった。妄想にしては、機動に特徴がありすぎるしバリエーションも違う。



 一方は鋭すぎる機動で切り込んだ。もう片方が的確な機動を駆使し、他の人間が動けるスペースを確実に広げ、相手を削りつつ刳りこむように前へと驀進していった。 


 次に現れた衛士も。こちらもまた、尋常でなかった。特筆すべきは射撃の精度だ。高速で前進しつつも、前衛の役割を果たしていた。その役割とは、中衛と後衛の露払い。確実に邪魔となる敵をみつけ、最速で撃破することがベストである。



 だが、それは―――言うほど簡単なことではない。特に高機動下の状況においてはターゲットの確認も射撃も、その達成難易度は劇的に跳ね上がる。高速で移動している時、衛士は何より自分のバランスに気をつける必要がある。そのため、射撃の精度が落ちることは必然である。ターゲットを確認する時間も、少なくなる。ましてやあの速度である。成せるはずがない、それが常識の範疇である。しかし、その二人は常識を越えていた。



 異常。そう言えるほどに"きっちり"と露払いは成されていた。そして、中衛と後衛がそれに続く。こちらは、連携の精度がおかしかった。特に目を引いたのは前衛と中衛の間の位置にいる衛士である。その肉体はジクザグに、だが遅滞ない動きでデストロイヤーを蹴散らしつつ、前衛の後を追っていった。間もなく、尾花もその通信の声を聞いた。


『11時と10時に5つ! 2時と3時半に4つ!』


 あまりに端的すぎる指示。傍目には意味不明としか思えないものだったが、直ちに動く人があった。指示を出されたと思われるその人は、行き掛けの駄賃とばかりに、邪魔となるデストロイヤーだけを血まみれにしていく。スモール級はひき肉に。だが、ミドル級に対しては数発の銃弾が撃ちこまれただけで、倒せてはいない。だが、頭部を貫いたそのダメージは小さくない。


 あの傷であれば、すぐに立ち上がり反撃されることはないだろう。そして小隊は、"それで十分だ"とばかりに、動けないミドル級を無視して、ただ前へと抜けていった。


 前に、前に。隊の意志は、それだけに思えた。


 それはまるで槍のようだ。デストロイヤーを貫き、突き進む一陣の白刃だった。

 武田信玄に曰く、風林火山の風と火。疾きこと風の如く、侵略すること火の如し。そして喩えるならば、突き進むこと火の如しというべきか。


 一秒でも早く前へ、という意識が隊全体のものとして共有されているようだった。

 そこには個人の"味"が無い。だけど彼らは、一個の強靭な生物のようにただ一つの意志の下に動いているようだった。バラバラではなく、4人の全てが一つの目的を紐として束ねられている。いわば、中隊という名前の、一振りの槍となっている。機能としての貫徹を定められた、名槍のように。


 見惚れるのと同時に、その小隊から声があった。そして、同じく通信を聞いたのであろう。部下からの通信が入る。



『隊長、ついてこいとの指示が!』



言われるなり、尾花は風が吹いた跡を見る。そこには、倒れているデストロイヤーと、抜けられるかもしれないほどのスペースがあった。


『………他に、手はないか。全機に告げる! レギオン:エクリプスに続け、この包囲を抜けるぞ!』


槍のような彼らが駆け抜けた跡は、デストロイヤーの密度が確実に薄くなっている。そうして、尾花率いる中隊は、危地を抜けて前へと動き出した。


 前方――――デストロイヤーの進路の先、神奈川の市街地の街がある方向へと。 

 青の列車が荒野を往く。道すがら、壊滅した部隊の残存を拾いながら。


『た、助かった! って行くのか? くそ、本気かよ!』

『………ありがたい。さっき、ベンジャミン大尉も逝ってしまってな』

『………俺もついていこう。残り2機だが、よろしく頼む』


 青に青が重なる。生き残った衛士やアーマードキャバリア達が、蜘蛛の糸を掴むカンダタのように生への活路に殺到しているのだった。いつしか、それは川になっていた。


 青の識別信号が連なっている。デストロイヤーも、なぜか移動を優先していて、攻撃をしかけてこない。


 レーダーにも映っているその場所。情報には街と評されている場所には既に多くの炎が巻き起こり、爆発していた。


『全機、傾聴!! この通信を聞いている全ての衛士に告げる!』


 高い声。だが、強い口調をして安心感を覚える声に、追随している部隊を含めた全ての者が耳を奪われた。


『見ろ、あの煙を! あの火を! あの場所に人が居る、我々が守るべき民間人が今も残っている! 歩兵の銃声も聞こえるだろう! 今正に友軍が、味方が、人がデストロイヤーに抗っている――――』


 鈴夢は叫んでいた。単語の中に、自己の内に渦巻いている有り余る熱量と質量をこめていた。必死と評されるその声には、余裕を見せつける洒落の気はない。気取った声も、格好もついていない。だが、全員が目を離せなかった。積み重なった疲労を忘れ、ただ続く言葉を待っていることしかできなかった。


『これ以上は言いません。だが、この場所において命だけは惜しむ事は許されません! ただ己に課した責務を忘れず、それぞれに全うしてくたさい!』


 鈴夢の言葉に建前は存在しない。彼女は今や尊厳を奪われた少女である。G.E.H.E.N.Aという組織に奪われてしまった。死地に死地を重ねても、やっと実験体から抜け出せた。だけど、彼女は今も戦い続けている。そんな彼女が望んでいるものは、決して軍人としての"義務"などではなかった。


 欲しいものは未来。輝かしい未来と―――そこに続くと信じさせてくれる、人間だ。

 疑いなき意志が欲しいのだ。背中を許すに足る仲間を欲していた。あの絶望的に強くて多い忌まわしきデストロイヤーが相手でも、己の全身からぶつかることができる。


 例え自分が倒れても、と思わせてくれる戦う者たちを。

 鈴夢は訴えかけるだけだ。そして追随している衛士は、ただの一人も逃げなかった。


『―――誇り高き戦友達に告げる』


 声には、喜色が浮かんでいた。それを察した衛士達の口も緩んだ。

 


『地獄に往くぞ――――私に続け!』



苛烈なる中隊の。火のような突撃を誘蛾灯に、青の識別信号の川が街へと流れ込んだ。

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