172話:決死防衛戦②

 薄暗い横浜衛士訓練校のCPの中。



「OKです、それが最善、だけど――――」



 周囲を見る。有能な司令官はあちこちの状況を確認しながら、声を飛ばしている。そこにいつもの冷静さはない。指揮官が冷静さを失う場面。それは言うまでもなく、致命的な状況が訪れた時に現れるものだ。


(予想外すぎる。デストロイヤーがこんな行動を取るなんて)


 こんな事は予定になかった。市街地への連絡の用意はしているが、今この状況で実行すれば後々にどういった事態に陥るのか、全く予測がつかない。



「負ければ終わりね………ここも」


 戦況は傾いていた。流れはデストロイヤーが掴んだのだろう。レーダーに映っている味方の青と敵の赤。その総数は一目瞭然だった。言うまでもなく、赤の数は馬鹿みたいに多く。青は、その数を減らされていっている。

 また、物言わぬレーダーの青が消えた。


「れ、レギオン:スレイブ、全滅しました!」


 震える声がCPに響いた。声には涙色のそれが含まれている。自分のレギオンが死んだのだ、無理もないことだろう。だけど、誰も振り返らない。レーダーを注視するのみだ。

 なぜならば、戦いは続いているのだ。幾十、幾千もの銃弾が飛び交っているのだろう。


「レギオン:ザウバー、壊滅しました!」

「戦線に穴を開けるな! 隣接するレギオンにフォローさせろ!」

「レギオン:チャンバー、前衛4員が壊滅!」

「………デルタと合流しろ! 連携は、だと弱音を吐くなそれぞれに役割を果たせ! ここで撤退させるわけにはいかん!」


 青が喰われる度に通信がわめきたてる。司令の怒声が飛んだ。確かに、戦闘が続くにつれ赤の数は減っていった。だけど青の光点も、時間に応じてその数が少なくなっていく。無理も無いことだろうと、思う。


 なにせ衛士を青の火の粉と例えれば、対するデストロイヤーは紅蓮の火炎そのものだった。青はまるで水の礫。そして炎は、水玉につつかれようとも、消えるコトは有り得ないというように燃え盛っていた。


  遂には、青の火の粉は消えて。そしてまた次々に、赤い波に呑まれて消えていった。

 次第に、戦場の色が変わっていく。

 ――――レーダーの地形を示す色は、青がかった緑だ。そして今、その色の多くは赤に染められていた。

 まるで、綺麗な池が血に染められているように。そしてその血は、ついには北の青の線を突破した。 


 赤い奔流が北へ、北へと駆けていく。

 まるで疲れを知らぬ、恐怖を体現する群れは次第に東へと進路を傾けた。


「追撃をしかけようにも、数が………ええい、こちらの増援部隊は!」

「先程準備を終えたとのこと!」

「すぐに出させろ! 北上するデストロイヤー共の正面を抑えろとも伝えろ!」


 このままではやらせない。意地とも取れる司令の声がCP内に響いた。

 そのまま、戦闘中の部隊へも通信を入れる。


「戦闘中の部隊はデストロイヤーの後背をつけ! 群れの尻には光線級も多いはずだ! まずは厄介なやつから平らげていけ!」

「つ、伝えます! 各機へ………!」

「CPより………」


 司令の指示に従ったCP将校達の、通信が次々に鳴り響いた。


(ラージ級………そういえば、さっきまでの戦闘)


 思い返す。部隊の通信の多くはCP将校達に把握されている。それが情報を活かし、戦況を整える情報将校の仕事だ。



(レーザーにやられたって報告は…………少なかったよね)


 さきほどまでのような乱戦では、デストロイヤーどもに包囲される数も多い。ミドル級の総数も多い。それはすなわち、混乱した挙句に飛び上がってしまう回数や、包囲を抜けるために空を飛んでしまう回数が多くなるということ。そしてレーザーの警報に対応しきれず、ラージ級にやられる衛士が多くなるのだ。


 なのに、どうだ。必死に思い出した。自分の記憶を辿り、レーザーにより撃破が報告がされた回数を考えた。そして考えぬいた末に、彼女は頷いた。いつもの戦闘の時よりも、その回数が少なくなっていることを確信する。


(これは、いったい………?)


 状況を見るに、デストロイヤーは明らかに"決め"にきている。それは確かだろう。

 戦術云々はともかく、此度の侵攻の本気度は前回までのそれとは明らかに違う。

 それなのに、虎の子ともいえるラージ種の総数が少ないということはあり得るのだろうか。


 デストロイヤーの思考ルーチンは解明されていない。ある程度は分析により割り出されているが、それでも氷山の一角だろう。そもそもが由来も不明な異形の怪物。しかし、その脅威は圧倒的で――――いつも、人類は予想外の戦況の中、撤退を余儀なくされていた。 


 それでも、確度の低い情報を基に結果を決め付けることは下策というもの。もしかしたら、機動力が重視されると、ミドル級の総数を増やす編成に出たのかもしれない。そのような、別の可能性はいくらでもある。 


 平和主義者のような楽観的な意見を持つつもりもないが、有り得ないような悲観的な意見を前面に押し出すつもりもない。


 そんな彼女だが、今はたしかにデストロイヤーの動きに言いようのない不安感を覚えていた。別口の不安もある。戦術機が限界に達していることを彼女は忘れていない。


「………一人でも多く、生還できますように」


 今日も、またいつもの通りに全員で。

 彼女は心の底から存在を信じていない、神様という偶像へ祈りを捧げた。


◆ 

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