171話:決死防衛戦①
先鋒は後方に控えている戦車の砲撃。重厚感溢れる砲火の艶花がデストロイヤーを蹂躙していった。高速で撃ち出された大質量の砲弾が、異形の化け物の全身を打ち据える。直撃を受けたデストロイヤーはたとえミドル級をしてもひとたまりもない。抗うことなどできず、ただ大地に散らかされてゆく。
なのに化け物たちは怪物であることを実践するが如く、怯まず前へと進み続けた。これがまともな生物ならば、躊躇いをみせただろう。知能のない動物とて、脅威に曝されれば逃げる。だがデストロイヤーはまるでお伽話の怪物のごとき、不死の怪物のように怯む様子を見せない。
―――いつもの光景だ。しかし、今日ばかりは勝手が違った。
「いつもよりも数が多い、それに………」
鈴夢はレーダーを見ながら舌を打った。いつもよりも、赤の密度が濃かった。
「砲撃の効果が薄かった……?」
鈴夢は飛びついてくるスモール級をよけながら、銃を撃った。狙いは違わず、飛びついてきたスモール級、そして絨毯の如く地面に蠢いているスモール級のことごとくをひき肉に変えていく。だけど、数はまだまだ健在だった。
赤い血の池のように、水のように。開いた穴へと流れこむように、スモール級は押し詰めてくる。その速度はいつもの倍。砲弾で多くが圧殺されているだろうスモール級、その密度がいつもよりも多い証拠だった。砲撃による撃破率が低いからだ。
衛士にとってはある意味でラージ級よりも厄介な個体が多く生存しているのだ。苛つきを見せない方が無理というものだった。しかし、死地というほどではない。戦力差からすれば、十分に許容内のものだ。
絶望に鈍い鈴夢は、何とかその場で踏ん張って応戦し続けた。跳躍の轟音が大気を揺らし、マズルフラッシュが輝く度にデストロイヤーの死が量産される。
その速度は、敵の密度もあってか通常時よりも早いもの。だけどそれは味方のアーマードキャバリア部隊側も同じだった。網膜に投影されたレーダー、その中で味方部隊を表す青の数の減りが、いつもより早くなっていた。
戦う。戦う。それでもまた、どこかの防衛軍の断末魔が聞こえてきた。その度に、戦線に穴が開いた。埋めるべく、他の部隊が戦域を広げる。
正面だけに集中していた部隊も、正面よりやや左右に広げて戦闘の領域を広げなければならない。それは、一度に相手をする敵の数が多くなることを意味する。そして、人間に腕は2本しかない。
戦闘に直接使える腕は8本も16本もないのだ。自然、最前線に出張ってくるデストロイヤーの総数が多くなる。詰めてくる敵に、対処する銃弾の数が不足している。押し込まれることは必然。戦線全体の後退は、何時にないほど早まっていた。
「これは………不味い」
鈴夢が忌々しそうに呟く。この状況を鑑みた結果ゆえだ。数多くの敗戦を知る彼女は、いち早くこの戦況に焦りを見せていた。
こと戦争において、その結果に時の運が絡んでくることは多い。そしてこの場においての運は、流れは完全にデストロイヤーの方向へと行っていた。
(あるいは、こちらがデストロイヤーの戦術にはまったか)
自律ドローンによる空の防空網と、第一次防衛ラインに敷き詰められた地雷原。どちらの兵器もその全てが作動したはず。爆発の規模においても、過去の戦闘を下回るものではなかった。それなのに、デストロイヤーの撃破数は前よりも少ない。デストロイヤーが戦術を理解するとは思いたくないが、鈴夢にはあの化物共が何かしらの対処方法が取ったとしか思えなかった。
(ミドル級の数が妙に多い。スモール級もそうだ。先んじて小型種だけを前に押し出して、地雷への贄とした………そういえば、待機時間が多かった)
加えていえば、進攻の速度がいつもよりも遅かった。発見から出撃、そして接敵。その出撃から接敵の時間が、前回よりも10分は長かった。
(考えても答えはでない。今は、この場をどう凌ぐか考えないと)
対処しなければ、後方にまで押し込まれるだろう。鈴夢に関していえば上手く機能している。いつも以上ではないが、それなりのペースでやれているだろう。だが、他の部隊はそうではないようだった。
実戦経験の少ない新入生を編成している部隊にいたっては、あるいは心の隙をつかれたのだろうか。普通ではないペースで後退、もしくは撃墜されているのが確認できてしまっていた。ベテランパイロットを擁するアーマードキャバリア部隊は流石に踏みとどまっているが、多すぎる敵の数に圧されているせいか、動きも鈍っていた。このままでは、後背にある市街地近くまで押し込まれてしまうかもしれない。
目の前に集中するしかない未熟な衛士やアーマードキャバリアパイロットとは異なる、全体の戦況を把握できるベテランの者たち。他の部隊の猛者達もみな、徐々に今の事態の不味さを把握していった。どうにかしなければ。あるいは、起死回生の一手を。地形を活かして何事かできないか、ベテラン達の脳裏に浮かんだのはそれだった。
―――しかし、そんな時に通信が入った。発信者は戦域の全体を俯瞰できるCPだった。
一斉に入った通信に、一瞬だが場が混乱する。だが、本当に混乱するのは通信の内容が知れ渡った後だった。
焦った調子で告げられた連絡。その言葉は、無慈悲なものであった。
『司令部より各員へ! 敵集団の後方にさらなる増援のあり! 規模は一個師団! それにデストロイヤーの進行方向が北にずれています!」
「北に………っ、そういえば!」
鈴夢はレーダーを見て唸った。今はデストロイヤーの群れの前面に銃火を叩きつけて抑えているものの、抑えきれておらず。そして全体としては、徐々に北へとずれている。
今までのデストロイヤーの進路は、より東へ真っ直ぐ。地形の凹凸が少ない南方より、沿岸部を通って市街地方向へと直進するルートであった。しかし今は、その進路は北へとずれていた。今までの戦闘から割り出した、デストロイヤーの予測進路より、大きく外れている。
『このままでは内陸部に入られる………これじゃ沿岸部の艦隊の砲撃が届かなくなるわ!』
『ええ、後方にいる戦車部隊の射程距離から―――外れてしまう!』
通信を聞いた者たちが叫ぶ。
移動速度と射程範囲を把握した鈴夢は焦った。それがどういった結果に繋がるのか。鈴夢は脳内で戦況を整理した上で、否、だからこそ戦慄してしまう。
この地における防衛線の多くは、横浜衛士訓練校へ直進するルートを封鎖するような形で敷かれていた。
第一次防衛ラインが沿岸部、第二次防衛ラインが横浜衛士訓練校、絶対防衛ラインが市街地と敷いていた。第二次防衛ラインを渡らせまいと、相当数の戦力が配置されているのが現状だ。砲撃の着弾点もその方針に従い、設定されていたはず。戦車その他の砲撃部隊は、敵が真っ直ぐに突っ込んでくればより多くの打撃を与えられるようにと配置されているのだ。
そこにこのルート変更が発生すればどうなるか。当然のごとく、砲撃は届かなくなる。届かせるためには砲身自体を移動させる必要があるのだが、これが問題だった。
そもそも戦車部隊が主力として扱われないのは、その機動力の低さにある。衛士とは比べるまでもない、遅い足しかもたない戦車部隊は、悪路をものともせず140kmで突っ走るミドル級には追いつけない。沖の艦隊は今の状況になっては、論外と言わざるをえない。そもそも陸に上がれない。間もなく、数えられる戦力から省かれることになる。
それは問題だった。艦隊の援護が届かない内陸部に入られてしまうと、軍全体の打撃力が著しく減じてしまう。当然として、北の進路上に人類側の戦力が配されていないことはない。備えは常にしておくべきだからと、アーマードキャバリア部隊その他は配備されている。
だが、人類に余裕はない。必然的に、主ではない場所の戦力は疎かになる。その理は北に置かれている部隊の戦力にも適用されていた。
―――壁にもならない。言い表すのならば、これが正しいだろう。北の戦力周辺のそれを比べるまでもなく劣っていた。
当然、これほどの規模で侵攻しているデストロイヤーを止められるほどではない。
(止められない。このままでは、戦線の一部が突破される………それは不味すぎる!)
いくら迂回ルートとはいえど、その道は市街地に通じている。街に被害が出れば、この防衛戦の様々な"力"は落ちるだろう。この情勢において、周辺住民と街と基地は危うい所で均衡を保っている。治安の悪化も含め、様々な問題が生じているのだ。
そこにデストロイヤーの大群が流れ込めば、どうか。あるいは、取り返せない所まで、"壊れて"しまう可能性が高い。しかし、対応策は無いに等しかった。撃破数の多くは、戦車や艦隊による砲撃のものだ。衛士やアーマードキャバリア部隊も活躍してはいるが、シューティングガンやブレードといった対個体を相手にする武器だけでヒュージを殲滅することは難しい。このままでは、後方にまで抜けられる。その先の未来はどうなるか――――それは、この場で戦っている誰もが、考えたくないものだろう。
鈴夢は悩んだ。悩む意味がないとしても、悩まざるをえない。取れる策が無いことに焦りを感じていた。そんな時、また通信が入った。
『CPより各機へ! 今は目の前の敵に集中して下さい! 対応は司令部に任せ、今は一匹でも多くのデストロイヤーを!』
「了解」
通信が終わる。鈴夢の手は止まってしない。手足をせわしなく動かし、一分に数匹のデストロイヤーを屠っていく。
「いつもの通り―――やることは変わらず。一刻も早く、一匹でも多くの敵を殺す」
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