訓練

 模擬戦闘を終えた後。


「それでは、ミーティングを行う」


 横浜衛士訓練校の一室の中。

 黒崎鈴夢含めた数人が顔をそこに揃えていた。教導官の彼女はホワイトボードの前に立ち、皆の顔を眺めていた。


「いい顔だ。訓練のし甲斐があるな。ああ、軍人とは訓練をするものだ。自らを鍛え、非常時に備えるのが仕事だ」


 敵はもちろんのこと、人類の敵であるデストロイヤーだ。今この時も、東進しようと大隊規模の部隊を小出しに送り込んできている。海からの艦隊による支援砲撃や、地雷によるミドル級の駆逐によって全てを撃退できてはいるが、より大きな規模での戦力を間なく投下されれば、すぐに占領されてしまう。


 デストロイヤー東進を阻むべく、関東防衛ライン。そこを抜けられれば、まずいことになる。昨年に建設された名古屋ネストと、周辺に新たなハイヴが建設されてしまえば、デストロイヤー共の防衛線が出来てしまうのだ。


 地球に降り立った、最初の絶望――――南極ネスト。


 通称オリジナルネストと呼ばれる現時点での最優先攻略目標が遠くなってしまう。ロシア南部からのルートもあるにはあるが、いかんせん海からは遠い。中国の東部、日本海側からのルートも残っているが、そこでも激戦が行われているらしい。


 


「中国を筆頭に、その他帝国陸軍などといったアジア各国の軍隊が粘ってはいるがな。いかんせん、物量の差は覆しがたい」


 関東防衛戦線は守る必要がある。


「ヨーロッパもね。最後まで抵抗していた北欧の戦線も、瓦解したようだし」 


 他の隊員が付け加える。欧州のほぼ全てが、デストロイヤーのものになってしまったと。欧州連合軍司令部が撤退を宣言したのが、去年の中頃らしい。今は大陸の沿岸部に大規模な基地を建設しており、きたるべきユーラシア奪還の日に備え、力を溜めつつもデストロイヤーの間引きを行なっていると。


「我々も備えるべきだ。今は小粒程度だが、いずれは巨岩となってやってくることに疑いの余地はない。ゆえに、それらを打ち砕ける力を持っておくべきだ」

「賛成しますが………具体的にはどうやって?」


 胡蝶が問う。

 

「これから話す。ああ、不可解な点があれば、いつでも挙手していいぞ。これからは何よりも、隊員の意識の共有が肝要になるからな」


 言いながらも、教導官はホワイトボードに文字を書いていく。ファーストステップ。そこに書かれている内容を見た時、胡蝶が拍子抜けだという顔を見せる。他のみなも同様だ。


「隊内の意識改革、ですか」

「そうだ。とはいっても、洗脳のように物騒な話じゃない。これから行うことについての、前段階の準備だ」


 書かれている内容は、単純だ。訓練時間を限界にまで延ばす。シミュレーターを優先して延ばす。深夜でも、シミュレーターが空いていれば訓練を行うと。


 そこまでを告げた時に、愛花が手を上げた。発言が許可され、愛花が口を開く。



「ありがとうございます。深夜の訓練といいますが、衛士にとっては休息も大事だと思われますが」

「尤もだ。だが、デストロイヤーはこちらの事情などおかまいなしだ。泥のように眠りたくても、寝かせてくれない時がある」


 例えば、防衛戦の時。ところどころに休息を交えてだが、一昼夜以上の間を戦い続けたこともある。他に疑問の声は上げなかった。


「そのための訓練でもある。経験がない者にとっては、その時の調子を知ってもらうために。経験がある者たちは、あの時の空気を思い出してもらうために」


 どちらにしても無駄にはならんと、教導官は言う。


「了解しました」


着席する。話は、続く。


「意識改革。これは、訓練を行うことのみで得られる成果ではない。そのため、お前たちにはあるものを書いてもらう」


 キュキュっと、教導官は黒のマジックを走らせる。その文字を見て、鈴夢だけが首を傾げた。 


「レポート?」

「ああ。まずは、この資料を読め」


 各自に資料が配られる。表紙には、"機動評価における考察と、改善すべき点について"と書かれている。下には名前が。これにより、一人につき一冊が作られたことが分かる。


「お前たちの今までの戦闘データを元に作成したものだ。それなりの説得力はあると思うぞ?」


 教導官の声をBGMに、鈴夢達は資料を読み始める。パラ、パラ、と紙をめくる音。しかし、皆は2ページ目で止まっている。


「うん、これは………ようするに嫌がらせ?」


 胡蝶の嫌そうな声。それには理由があった。書かれている内容は、実に的確に――――自分が目を逸らそうとしていた欠点まで、明確にずっぱりと書かれている。


 例えば胡蝶。前衛に立ち、敵を引きつけることはできているが、撃破数は鈴夢よりも明らかに少ない。囮役はこなせているが、相手の前線を削ることができていないのだ。


 例えば、愛花。冷静な判断は非常時においては有用だが、常時においては発揮すべきではない。攻め気に欠け、積極性が足りない場面が多々ある。


 どれも、実戦の中で彼ら自身が感じ取っていたことで。それでも、と目を背けていた改善すべき事項であったりする。他のメンバーも似たようなものだ。二人とも、資料の文字に目を走らせつつ、だんだんと顔が険しいものになっていく。自らの傷を直視するようなものだから、それも仕方ないだろう。 


 しかし熱心に読み始めている。読み始めてからすぐに、虜にされたのだ。それほどまでに、内容は充実していた。欠点だけではなく、それぞれの特徴や伸ばすべきポイントなども書かれているためだ。鍛えるべき部分を指し示される。頭ごなしに決めつけられること、対する反発もあろうが、それ以上にレポートの出来がよかった。


 沸騰する程に煮詰めて考えた上で、順序立てて論理的に。各隊員の鍛えるべき点、それが選ばれた理由と、鍛えることによって得られる成果。それら全てが、頭の良くない者でも納得できるようなレベルで書かれているのだ。



「ひとまずの指針。まずは三ヶ月を目処に、書かれている内容をクリアしてみせろ。その時には、また更なるレポートが待っているだろうが」 

「なるほど。課題をクリアして、腕を上げる。その後に慢心する余地さえ与えないと?」

「慢心するということは、自らの力に満足するということだろう。それは上を見ることを止めるというに等しい。まさか、三ヶ月程度の訓練で、自分の伸びしろを全部使い果たしてしまえるとは言わんよな?」


 そう思っているのなら、どうかどっかに行ってしまえ。言外に含ませる、


「安心しろ、元よりそんな暇は与えん。火をくべる手を休めるような真似はしない。比類なき鋼鉄に至るまで、延々と業火をくれてやるさ」


 幸いにして、燃料はあると教導官は言う。燃料は才能だ。燃されても絶えることのない、人の能力を延ばす糧だ。

 これが無くなった時人は限界を迎える。そして教導官は、今ここに居る衛士のうち、大半が並ではない才能を持っていると確信していた。


 長きにわたる実戦経験がある。出会って散っていった、今は亡いが多き戦友達がいた。

 それらと比して、目の前にいる衛士達がどれだけの伸びしろをもっているか、彼女は漠然とだが見抜いている。間違いなく、かねてからの案を貫き通せるに足る人材だ。


 ――――そう。数ヶ月以内に始まる、大規模な防衛戦を防ぎきる。その肝となれる、特殊な部隊にランクアップできる、極めて特殊な人材。


 求めていた、常人では成り得ない衛士達。戦場で探せばきっと居る筈だと、教導官は考えていた。そうしたまま、10分が経過する。その時には、皆が手元の資料を読み終えていた。


 自分の欠点や改善点を目に見えて見せられた皆の瞳の奥には、爛々とした輝きが灯っている。それは叛意である。書き記された自分の弱点を、認めないと、克服してやるという意志がこめられているのだ。決意でもあった。一部で納得していて。そしてこれまで以上に、自分が強くなれるという確信を得たがゆえのもの。教導官ーはそれを良い顔だと評した。頷く。腐った衛士が嫌いな彼女の、それは一種の賞賛であった。



「次は、挨拶だ………行くぞ、ついてこい」


 言われたまま、おとなしくついていく。そうして赴いた先は、ハンガーである。学会の講堂よりも遥かに広く、天井も高いそれは、一種の巨大な密閉空間である。中では、音が反響している。発せられる音は、軒並みが戦術機を整備するそれだ。

 そんな中、教導官は自分達の戦術機がある場所へと辿り着く。


 その場所には、すでに整備員達がスタンバイしていた。整備員の服。あちこちを油に汚し、顔にまでそれが付着しているものもいる。また、顔には奇妙な染みを残しているものもいた。人体には有害な油を顔につけたまま、拭うことを忘れたままで、作業を続けた証でもある。決して取れない、肌の奥にまで浸透してしまったそれ。だがある意味では、半人前を卒業した証にもなる。なぜならば、その油は痛むのだ。拭うことを忘れるはずなどなく、だからこその異常がそこに見える。 


 例えば――――時間を忘れるほど、否、忘れなければいけなかった程に、作業に追われていた。休む暇などなく、衛士のための武器を磨かねばならなかった事を示しているから。それはすなわち、常時ではありえないほどの激戦の中に身を置いていた証拠にもなる。


 近くでいえば、お台場防衛戦。暁の中で戦い抜いた、衛士達の助けになるために。寝食は愚か休息という文字の定義が危うくなるほどに整備作業に努め、そしてやりとげた者であることは間違いないからだ。真昼が、その中の一人、先頭にいる女性の整備員に声をかけた。 


「班長の姿が見えないようだが?」

「さきほど、新しい戦術機が運び込まれたとの連絡がありまして。班長は機体の搬入の、陣頭指揮を取っておられます」

「連絡のミスか? ………まあいい、先に紹介しておこうか」 


 教導官はため息をつきつつも、呼び出した面々の方へと顔を向ける。



「これから世話になる整備班の面々だ。他のレギオンよりも無茶を言うようになるだろう、しっかりと挨拶をしておけ」

『よろしくお願いします』

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 お互いに頭下げて、挨拶する。


「よし、今の時間なら、シュミレーター東の第三が空いていたはず…………各自、そこまで駆け足!」

「了解!」


 命令を受けた鈴夢達は、素早く敬礼を返した後。言われた通りに、目的地まで駆け足で向かった。

 そこには、先んじて新しい隊員が居た。レギオンのCP将校である。

 通常の戦術機部隊において一中隊に一人は配属されるという人員だ。

 前線戦域指揮官とも呼ばれている。広範囲における状況判断能力が要求され、衛士とはまた異なる高度な教習課程をクリアしなければならないため、その絶対数は少ない。



 内容は、午前中の訓練に対してだ。対デストロイヤーを想定したシミュレーター訓練だった。それが終わった後、食堂で昼食を取っていた。合成食料で作られた料理が皆の前に並んでいる。合成だからして、味は天然のそれよりもはるかに落ちるが、それでも食べられるだけましというもの。


 加えて言えば、四国の防衛戦の終盤に食べていた、急ごしらえで品質も良くない、いわゆる激マズの料理よりは幾分かマシでもある。


 かきこむように喰らった後は、各自で小休憩をしていた。それぞれに持ってきたレポートを開き、午前中に行った訓練と照らし合わせて、自分の機動について考えている。皆、レポートに夢中になっているせいか、無言である。頭の中に自分の機動を描き、その欠点となっている部分を削除しているのだ。レポートの内容をヒントにすることで、修正に修正を重ねる。そして空想上ではあるが、理想となる機動を描いているのだ。現在のような、不恰好な動作が多く、最速には到底及ばない、動作連結のロスが大きい。様々な点で無駄が大きい機動ではなく、誰よりも鋭く早く、より多くのデストロイヤーを屠ることができるような、戦場を飛びまわれる機動を。


 そして彼、また彼女らの頭の中には、声も響いていた。教導官の声である。彼女はレポートの作成者であり編集者でもあるので、全員の修正すべき点を熟知していた。故に、ミスをすれば大声で指摘する。


 午前中の訓練の時もそうだった。彼女は子供を叱る親のように。間抜けな機動すれば罵倒し、判断のミスあれば罵倒した。汚い言葉ではなく、ただ事実を指摘し、どうするのかと聞いた。反発の意識があれば、「もしかして出来ないのか」、と嘲る声で何度も問いかけた。そうすることにより、衛士としてのプライドを刺激しているのだ。同時に、力量を上げることに対しての意識を強めさせ、また向上心を腐らせないために。

 


 それは鈴夢達の心に響いていた。

 基本的に単純に悔しいから。メンバー達はそれに加え、問題児である自分を意識しているが故に。筆頭に、問題児達は上官の意見に全て従ったりはしない。理不尽なものあれば反発する心を見せる。それが納得できないものであれば、特に判断の誤りが明確であれば、いつまでも食い下がるほどに。


 およそ軍人らしからぬ意識。これで腕が良くなければ、とうに放逐されていただろう。だからこそ、自分の衛士としての力量を意識するのだ。


 自己を確立する以前の問題。衛士として、人間として、最低限のラインを保つべく、寄りかかることができる力量を持つために。自分としての意地を礎に、更に腕を上げてやると常時息巻いているのだ。加えて言えば、"これでもか"というほどに欠点を羅列され、見せつけられたことによる悔しさもあった。



 修正すべくと、熱心にレポートを読みあさっている。そのまま、休憩時間が過ぎていき。やがて五分前になった時に教導官が席を立った。そしてレポートを読みあさっている皆を見回し、告げた。


「時間だ。次は西側の第9シミュレーター、駆け足!」 

「了解!」


 言われた鈴夢達は、また駆け足でシミュレーターに向かう。


 駆け足する中隊は、近くの更衣室に走りこみ。そのまま急いで強化装備に着替え、終わったものから即座に搭乗していく。すでに調整は済まされている。速攻でシミュレーターを準備し、できるだけ早くに戦闘態勢に移行した。まるで去年の暮れか、今年の明けに行われていた激戦をなぞるが如くだ。速攻で戦場へと向かうといった、緊急時の戦闘を再現されているかのよう。これは教導官の意図でもある。シミュレーターでの、デストロイヤーの規模も同様の意図がふくまれていた。



 常に実戦を意識すること。緊張感こそが成長の材料になるという、彼女の持論が故のものである。


 かくして、演習は開始された。目的は午前中の内容と同じで、『一点突破による友軍の救助』というもの。これも、教導官が設定したものだ。


 

 孤立した味方部隊を助けるべく、一点集中でデストロイヤーの群れを突破することを最上の目的としている。シミュレーターに設定され、仮想のデストロイヤーが前方に展開する。数は師団規模。まずもって正面からぶつかれば押しつぶされる数だ。だが、目的は突破にある。神速の侵攻をもって、夜暗のような黒の群れを突っ切らなければならない。それを成すためにと、まずは中隊の切っ先――――最前衛の4人が突っ込んでいった。


 


 部隊の先鋒、戦術機部隊に切っ先である突撃前衛。

 その後ろにいるのは、強襲前衛。

 突撃前衛はデストロイヤーの鼻っ柱に一撃を叩き込み、そのまま先頭の集団を撹乱する切り込み役だ。隊においての死亡率は最も高いが、最も重要である役割をこなすポジションである。


 装備はシューティングガンにブレードといった、近接格闘をこなせるものが選ばれる。また、特に高速機動や瞬間的状況判断力が要求されるもの。そのため、技量や、近接格闘適性に優れた衛士が配置されるポジションとなる。


 もう一方、強襲前衛は突撃前衛と同じ切り込み役でもある。だが、こちらは制圧射撃を重視する装備が選ばれる。突撃前衛の撃ちもらしを強襲し、駆逐する役割もこなさなければならないからだ。


 近距離から中距離の戦闘をこなせる技量、特に射撃による制圧力が重要となり、機動が重視される突撃前衛とは少し異なったポジションである。

 そして、通常は突撃前衛と強襲前衛は2機連携で動く。



「左にミドル級!」

「っ、了解!」


 鈴夢は後ろにいる胡蝶の声に反応し、ブーストジャンプ。短距離跳躍を行ってミドル級を躱し、過ぎ去ったと同時に魔力弾を柔らかい後頭部に叩きこむ。



「右からスモール級!」 

「了解ですわ!」



 レーダーを確認。ブーストジャンプによる加速で、正面と右にいるラージ級の隙間を抜いて、着地。空中で機体の向きを変えていたこともあり、着地のほぼ直後に射撃ができていた。隙だらけになっているミドル級の頭に、気持ち悪い体液の汚花が何輪も咲く。


 そのまま、敵の最前衛を駆逐したまま、群れの中に突っ込んでいった。後詰めに徹して、撃ち漏らしたデストロイヤーを、特にミドル級をその照準に捉え、的確に撃破していく。そうして、鈴夢達が通った後にはデストロイヤーの空隙ができていた。

 デストロイヤーは固まって動く習性があり、シミュレーターにもそれはインプットされている。


 自然、そこを埋めようと左翼、右翼に展開しているデストロイヤーが中央に殺到していく。だが中衛がそれを防いだ。


「前へ! 怖気付いてヘタるなよ!」

「冷静に、焦らず目の前の敵を仕留めろ!」

「「了解!」」


 中衛は強襲掃討に迎撃後衛が前に出る。 

 強襲掃討は前衛が拓いた突破口の確保や拡大を担う。状況によっては前衛の支援にも当たらなければならないポジションだ。


 迎撃後衛は前衛の支援に後衛の護衛を担当する、中隊にとっては"継ぎ目"となるポジションになる。ここが崩れれば前衛は孤立し、後衛はデストロイヤーに真正面から曝されてしまうため、危機感知力と生存能力。そしてシューティングガンによる制圧射撃力の高さが重要視されている。


 また、前衛を見渡せる位置におり、後衛にも近い位置にいるので、互いの指示を出せるというポジションでもある。ゆえに判断力に優れた衛士や、指揮官などの部隊長クラスがここにいる確率が高い。 


 指示を出しながら、自身も動き続ける。前衛によって開かれた空隙を死守しながら、突撃砲や滑腔砲などの射撃を主とした攻撃を放射状にばらまいていった。

 そこに、後衛も加わった。


「少し後方を狙―――右側面に!」

「っさせるか!」


 胡蝶がいち早く、察知した。その通信を受けたメンバーの一人が素早くブレードを手に持つと同時に、刃が宙へとひるがえった。空気が裂かれるような音を幻視するほど、鋭く一刃が振り下ろされる。右斜めの袈裟斬りは過たれることなく直撃し、一体だけ突出していたミドル級の頭が断たれた。 


「っしゃ、私たちは直接狙うぞ」

「了解です!」



 後衛は最後尾に砲撃支と打撃支援がいる。

 砲撃支援は、長距離狙撃用に改修されている支援突撃砲を武器に、前衛への支援と後衛の護衛を行うポジションだ。敵味方が入り乱れることによって、刻一刻と変化する戦況を見極めた上で支援を行う必要があるため、高度な状況判断能力が要求される。また最後衛の護衛も兼ねるため、ブレードを装備する衛士も多い。そうした、後衛の安全を確保しつつ、前衛の動くスペースを確保するのも役割のひとつである。


 

 もうひとつの後衛、打撃支援は砲撃支援と同じとなる、支援突撃砲で援護を行うポジションだ。こちらは制圧能力を重視しているもので、格闘能力も必要とされる砲撃支援とは少し異なっている。前衛や中衛にせまる敵に、砲撃による牽制ではない、直接打撃――――"ぶち当てる"ことを優先するのだ。砲撃による牽制ではなく、数を減らすことも自らの役割としているポジションである。


 撃ちもらしの敵を近寄らせず、主に中距離、仕方のない時は近接のブレードで蹴散らしながら、一人は最前衛の側面へ。もう一人は中衛の制圧射撃に参加する。


 その支援を受けている最前衛の4人は、砲撃によりその動きを鈍くしたデストロイヤー達の群れの中へと。


 更に奥深く、敵中の只中へ突撃していった機動と直感、瞬間的状況判断と射撃に優れる四人だ。技量が高く、危なげない動作でデストロイヤーの群れを翻弄していた。しかし鈴夢の射撃能力は高くなく、背後にいる胡蝶に負担が多くかかっていた。


『<左翼側>が突出しすぎです! 右翼を待つべきかと!』 


突出しているがゆえに、デストロイヤーが集中しやすい。


「全力で蹴散らすぞ!」

「了解!」 

『右翼に敵の集団が接近中です!』

「チィ…………!」


 それでも、敵の数はそれを上回る。一時の撃破を成し得たとはいえ、左翼と右翼のアンバランスは変わらないままだったが、後方からの支援によりそれからいくらかの戦闘は継続され、ある程度のバランスを保っていたが、しばらく経過するとそれも限界に来ていた。


 敵中突破とはいうものの、それは神速の侵攻が最低限の必要事項。もたつけば、いずれ数に押し包まれて潰されるのは自明の理であるからだ。故にもたついている間に包まれてしまっては、果たせるべき理合もない。なによりデストロイヤーの大軍に包まれること、それにより消耗されるのは、機体と中にいる人間だった。


やがて弾切れになり、集中力も途切れてしまった彼女達は、時間がたつにつれ。各個に撃破されていった。


『全員死亡。任務失敗―――――シミュレーターを終了します』


 無情なるCP将校からの声が告げられる。一回目は失敗に終わった。かといって、メンバーの戦闘能力が低いことはない。むしろ、ほめられていいほどに持っていた。突破した距離は全体の4/5以上。並のレギオンであれば1/3を越えることなく全滅していた戦況の中、あと一歩というところまで突破していたのだ。満足してしかるべき。そう、然るべきなのである。

 ――――だが。


「ふ、ふふふ。無様だな、私たちは」

「全くもってそのとおり。不甲斐ないにも程があるッ………!」

「もう終わり!?」

「上等だァ、燃えてきたわ…………!」



前衛の4人が、絶賛延焼中だった。前衛だからして、隊の全滅の責任は自分にあると考えている。そもそもシミュレーターの状況が無茶だとか、想定されているクリア制限が無謀だとか、そんな事は考えない。それよりも先に、失敗という文字に気を取られている。


(燃えている。そう、燃えているならば、水をさすのは愚行だろう)


 問題児だからして、やる気もまた問題児級であることは疑いなく。負けん気も、意気もまた、通常の衛士には持ち得ないレベルで備えている。それを知っている教導官は、むしろ続行を推奨した。元から無茶な作戦を。通常の部隊ならば、成功確率は5%以下の条件である戦闘条件を変えず、むしろ厳しくなる方向に修正しながら。


「行くわよ!!」

「足引っ張んなんでよ!」

「誰がっ!」

「猪だけはやめてね!」

「こちらも後詰めだ、腑抜けないで!」

「あー、熱くはなりすぎるなよ?」

「やれやれ、無茶な前衛に合わせるのも後衛の仕事ね」

「………そこ!」

「くっ、左は自分に任せて下さい!」


 戦意に猛る者達の声が鳴り響く。

 どこまでも負けず嫌いで、勝つためにと。その演習は夕飯も忘れて夜遅くまで続けられた。


 

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