ゼロからの始まり②

 荒廃した町並みを歩く。

 電車はひっくり返り、ビルは砕けて刀の切っ先のような形になっている。そして緑色の草木が絡みつき、寂れている雰囲気を強調する。

 コンクリートはひび割れて土が見えている。捲れ上がった大地は戦闘の規模を物語っていた。戦術機による弾痕はそこら中に刻まれ、焼き焦げた跡が残っている。


【極秘の任務を言い渡すよ】


 ズキン。


【とある組織が、私達に無断でデストロイヤーを強化している行っているという情報を掴んだの。これは重大な世界平和条約違反だよ。既に裏取りは済んでいます。衛士や防衛隊、その他全ての人類の好意を無に帰す行為に情状酌量の余地はな。であるならば、彼らは世界に不要なんだよ】


 ズキン、ズキン。



【デストロイヤー強化を行っている施設が存在する地域は地下にスーパーコンピュータが存在する場所であり、セクション043と呼ばれているから、私達も便宜上我々もそう呼称しようか】


ズキン、ズキン、ズキン。


【至急セクション043に向かい、当該施と生命反応を全て始末して。デストロイヤーも人も全部ね】


 ズキン、ズキン、ズキン。


【一欠片の躊躇や慈悲もなく、あらゆる手段を用いて私達の意志を示して】


 世界の大部分から人工の明かりが消えた現代。晴れていればという前提条件は付くものの、満天の星空というものは夜になれば至る所で見る事が出来る。


 鈴夢は『痕跡を発見した』と嘘をついて誘導し、作戦目標付近に来ていた。そんな彼女はそんな夜空を見上げていた。


「星は変わらない」


 たかが数年程度では、夜空を彩る星々に変化は見られない。

 大地では人類とデストロイヤーが忙しなく動き、日々勢力図が塗り替えられているというのに、空の星は素知らぬ顔で大地を見下している。


「大丈夫? 行けますか? 一葉さん」

「良好です。いつでもいけます」


 彼女は上機嫌に答えた。装備されたストライクイーグルが戦いの前の高揚感を与えてくれる。


「なら良かったです。そろそろ強襲開始だけど、不具合とかはありませんか?」

「ありません。しかし、本当に大丈夫なのでしょうか? 違法施設とはいえ独自の判断で侵入し、デストロイヤーを探すというのは」

「初めてですが、何とかします。速やかにデストロイヤーを破壊しましょう

「頼もしいですね」


 そう笑いながら、冷たい目を実験施設へ向けた。


「真面目に平和を目指して戦ってる人達のために」

【そう、これは正義の行い。力を貸すよ】

「双魚の氷、火天狂理、刃の氷輪、指し示す旗先は地獄の目次録のラッパが吹いている」


 戦術機が火を吹いた。

 青色の流星が違法実験施設を焼き尽くす。青い光は戦術機の砲身に従って下から上へ切り裂いた。

 ガションッ! と熱を持った砲身がリロードされる。高速で冷却されて、エネルギーのリチャージを始めようとする。


『敵が来たぞ、デストロイヤー全機起動。衛士共を一匹も逃すな!』

「衛士とデストロイヤーを融合させた機兵……なんて酷いものを!!」

【潰して】


 前衛を張っていた機兵が居た場所に、何かが着弾したのだ。


『No.5!!』

『何処からの攻撃ですの?!』


 機兵No.5からの応答は無い。土煙の向こうで何があったのか、銃を向けながら警戒していると、土煙から勢い良く何かが飛び出し、機兵No.12の前の機兵No.7が真っ二つに切り裂かれた。


『なっ……!!?』


 縦に一閃されたという事は、何か凄まじい斬れ味の刃物で切断された事は間違いない。機兵No.12が驚いた。


『貴様は……!』

「三人目」

 言い終わる前に目の部分に刃が迫り、抵抗すら出来ずに目から後頭部まで刃が通った。

 目から上側が暴投したボールのように吹っ飛んで、電脳を失ったボディが活動を停止する。

 そんな機兵No.12が殺される寸前に見たのは、黒い衣装でブレードモードにした戦術機を振るう鈴夢の姿だった。


◆ 


 一方その頃、違法実験本部では人々が慌ただしく動いていた。

 ジャミングの影響なのか、全ての通信機器が使い物にならなくなっていたのだ

 前例の無い事態は、違法実験本部に大きな混乱を齎している。


「通信機が使えないとはどういう事だ!?」

「そう言われても、こっちだって一生懸命やってるんです!」


 技術班の悲鳴のような反論に、中年の男は歯噛みした。貧乏ゆすりをする速度が苛立ちに合わせて早くなっていく。


「ええい。なら短距離通信はどうだ、機兵達からの報告は?」

「そっちもダメなんです!…………くそっ、これほどのジャミングが出来るなんて。一体どんな奴らなんだ!」


 あらゆる通信が行えない状態という事は、つまり目と耳を奪われたという事と同じだ。

 防衛に出した機兵からの報告も上がってこないので、何処にどれほどの戦力が残っていて、敵の戦力がどれほどか分からない。

 こちらからの指示も出せないので、機兵が奮戦してくれる事を期待するしかなかった。


「どうすれば……っ!?」


 不意に、外から爆音が聞こえた。

 その直後に本部は大きく揺れ、部屋の外から窓ガラスが一斉に割れた音が響き、続いて悲鳴が聞こえる。


「今度はなんだ!」


 社長が部屋の外に出ると、割れた窓ガラスの破片が床に大量に散らばっていた。


 最初に視界に入った、身体のあらゆる所に破片が刺さって痙攣する職員に唖然としている社長に、一人の男性職員がか細い声をかける。


「しゃ、社長」

「おいしっかりしろ! 何があった!」


 他の職員と同じく床に倒れていた彼は一見すると重傷だが、どうやら頭をガラスで切っただけで済んだようだった。社長から包帯を巻かれながら、何があったかを伝えようと口を開いた。


「ば、爆発です……!外で、大規模な爆発が発生しました……!!」

「爆発……!?」


 そう伝えられた社長が衝撃で枠が歪んだ窓に近寄って外を見ると、そこは酷い有様だった。


 爆発が原因で可燃物に火がついたのか、小さな炎が本部前の道路の至る所で燃えている。

 装甲車などを用いて即席のバリケードを構築し、敵を待ち構えていた人形達の肌は焼け焦げていた。爆発と爆風にやられて機能を停止していたのだ。


「なんだ……これは……」


 目の前に広がる地獄が信じられないという思いを載せて呟く社長の目の前で、装甲車から漏れたガソリンが引火、盛大に炎を天へと巻き上げた。


 周辺の建物にもダメージが入っていたようで、たった一撃のグレネードに耐えられなくなったビルが次々と倒壊していった。


「何があった……?」


 ショックから立ち直れていない様子の社長だが、現実を直視できるだけの気丈さは持っていた。


 部下がすぐ側の駐車場から装甲車を回してくる僅かな間、物陰に隠れながら状況を把握しようとする。


「敵襲……? 実験がバレたか。粛正のつもりか! 何か他には?」

「それは……私達にも分からなくて。屋上から見ていた限りだと、撃ち込めそうなポイントには不審者も不審物もありませんでしたが」

「……何処からだ?」


 近くの高いビルの屋上にはライフル機兵を配置していたから、狙撃できそうなポイントは上から監視しているのだ。

 しかし、そこではないという。では何処からなのか、彼らには皆目見当もつかなかった。


「命中確認。次弾装填行きます」


 その犯人である金色一葉は、街の外からロングバレルの大型グレネードランチャー戦術機を構えていた。

 ギガント級デストロイヤーが居ると思われる場所を先んじて攻撃するために作られた、広域掃討用のグレネード弾頭は正しく効果を発揮し、違法実験本部の前を含めた広い範囲を前兆なく爆破した。


 広い範囲を攻撃するが故に通常の物と比べて攻撃力は多少落ちるものの、それでも無防備で受ければ死ぬ程度には火力がある。

 それを叩き込まれた本部前は多大な被害を受けた。


 その強力さは、本部の正面玄関からおよそ500メートルほど離れた場所に着弾したのにも関わらず引き起こされた惨状が証明している。


 《今の場所はもういい。次はI.O.P.社から座標が送られてきてる、転売所っぽい場所を狙え》


「了解」


 それなりに高さのあるビルが倒壊していくのは、ここからでも眺める事が出来る。


 その内の一棟が住宅地帯の方に崩れていくのを見ながら、彼は怖れと感動の入り混じった溜息を吐いた。


『次』

「装填完了、撃ちます」


 鈴夢の言葉とともにグレネードが再び発射された。

 指定された座標に的確に撃ち込まれたグレネードは先ほどと同じように爆発の花を咲かせ、近隣の無関係とされている人間が住むマンションにまで被害を与える。

 人間が作り出した美しい摩天楼が、全てを焼き尽くす野蛮な暴力によって崩れ去る。

 それはまるで、泡沫の夢平穏が瞬きの内に消えていく様子を表しているようであった。

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