ゼロからの始まり③

 戦術機を立てかけていた鈴夢はカーテンからのこぼれ日で目を覚ました。カーテンを開けて、太陽の光を浴びる。

 朝。学院の初めての朝は鈴夢に取って特別だった。

 二段ベットの上から「ごきげんよう、鈴夢さん」と目をさすりながらルームメイトの伊東閑が声をかけた。ゆっくりとベットから降りてきて一際大きなあくびをする。

 彼女は人の上に立つべく育てられた生粋の司令塔だ。

 

「ごめんなさい。起こしてしまいました」

「カーテンを開けてその台詞は勇気があるわね。まぁいいけれど」


 制服に着替えた閑は玄関口から鈴夢に声をかけた。

 

「じゃあ、私はお先に」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 鈴夢はまだ準備ができていなかった。制服の着方が分からず半裸姿のまま慌てていた。腕には包帯が巻いてある。それも手伝って制服に着替えるのが時間かかったのだ。閑は鈴夢の肩に手を置いた。

 

「手伝うわ。向こう向いて」

「ありがとう」

 

 制服を一通り着せ終えると、閑は包帯が巻いてある部分を痛ましげに見た。

 

「昨日の傷、痛む?」

 

 戦闘時にてきた傷……となっているが、過去に強化手術を受けた際に残った傷だ。骨が露出するほどの大怪我で、もしかしたら生命を絶たれていたかもしれなかった。

 そう思うと自然に傷口を押さえていた。

 

「うん、大丈夫」

「そう。運が良かったのね」

「……」

 

 二人は食堂に向かい朝食を食べた。オムライスだった。その後は鈴夢はお手洗いで髪を整えていると、背後から声がかけられた。

 振り向くと桃色の髪が目に入った。相手は斉藤亜羅揶だった。入学初日に喧嘩をふっかけていた好戦敵な衛士だ。


「あら、ごきげんよう。鈴夢さん」

「ごきげんよう、阿羅揶さん」

「覚えていてくれたの?」

「え、はい。有名ですから。少し勉強すれば嫌でも」

「そう。なら」


 亜羅揶は鈴夢を壁際に押しやった。


「本質的な挨拶をしない?」

「本質的?」

「ええ、横浜では珍しくないのよ。女の子同士の恋人いうのは」

【受け入れちゃ駄目だよ】


 『声』が脳に響く。


「いきなりキスは大胆ですね。申し訳ないですけど、今はそこまでの相手になるつもりはないです」


 亜羅揶の目が細くなる。


「それなら私にもチャンスがあるかしら?」

「え、それは」

【駄目。柊シノアさんと姉妹契約を結ぶと言って】

「柊シノアさんと姉妹契約を……」

「それは、どうなのかしらね」

「何が?」

「いいえ? 頑張ってね。応援してるわ。私もシノア様と一緒に戦ったことがあるけど、あれは」


 亜羅揶は身を捩らせて、体を抱き締める。


「最高だった。また会いましょう、鈴夢さん」


 亜羅揶は颯爽と去っていく。鈴夢は『声』に従って、柊シノアを探して校内を歩いていた。

 しかし見つからない。半分諦めかけたところで、見覚えのある姿をとらえた。

 黒髪に紫の瞳。


「おはようございます、シノア様」


 シノアは振り向くこと無く無視される。


「あの」

【呼びかけ続けて】

「……」

「シノアさん……!」


 シノアはゆっくりと振り返って、鈴夢の腕に触れる。


「昨日の事件の時の傷ね。痛むかしら」

「いいえ、大丈夫です」

「貴方は衛士の訓練を受けていないんだよね?」

「はい。家の方は衛士を排出する家系なのですが、事情があって遅れました。高等部からの参入ですが、早く一人前になれるように頑張るつもりです」

「早く一人前になる必要はないわ。ゆっくり、基礎を固めて訓練をしてベテランの衛士と初陣を乗り越えて経験を積む方が大切だから」

「意外です。衛士は早く一人前になる必要があるものかと」

「そういう人は多いわ、確か。でも死んだら全部おしまいなの。取り戻せないの」


 鈴夢の腕を掴む鈴夢の指に力が篭る。


「死なない戦いをする必要があるわ。衛士には。私が言えた義理じゃないけど。貴方はまだ新米だから、基礎訓練に力を入れなさい。基礎は裏切らない。そして折れない心を持って」

「はい! 頑張ります」

「それじゃあ、私はこれで行くね。訓練頑張って」

「ありがとうございます」


 シノアと別れて校舎の入り口に行くとクラス分けが張り出されていた。人だかりができている。そんな中に茶髪の衛士がいた。

 我妻二水だ。衛士オタクで色々な情報を持っている情報通である。


「ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう! うわぁ、なんか私、横浜に来たって実感してます! 私我妻二水っていいます。柊シノアさんですよね? 昨日活躍された」

「うん、どうして知ってるの?」

「横浜衛士訓練校新聞に書きましたから!」

「書いた? 読んだんじゃなくて?」

「私のスキル、鷹の目は遠くからでも物事を見ることができるんです。それで昨日のことはバッチリと」

「編集長ということね」

「はい! そうだ! 私と鈴夢さん同じクラスになったんですよ!」

「そうなの、良かったてすね」

「因みに、私もです」


 一葉が優雅に現れた。


「ごきげんよう、お二人とも」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう、一葉さん」

「鈴夢さんは気難しそうで、ちびっこはオタクが爆発して引かれそうですね。なので私が仲立ちをしましょう」

「そういう一葉さんも真面目で避けられるのては?」

「案外、私に憧れる子は多いてすよ」

「なら恐れ多くて話しかけられず孤立するのが見えてますね」

「鈴夢さんは自分から話しかけにいかず、ぽつんと教室の片隅で本を読んでいる姿が目に浮かびますわ」


 お互い本気ではない軽口を叩きながら一葉の先導で足湯に赴くことになった。


「良いのかしら、こんな朝から」

「授業は明日からですから」

「理事長の配慮だそうですわ。学院はデストロイヤー迎撃の最前線であるのと同時に衛士取ってのアジールでもあるべきだって」

「アジール?」

「聖域の事ですわ。何人にも支配されることも脅かされることもない常世。まぁ、良い大人が私達のような小娘に頼っている贖罪という面もあるのでしょうが」

「でも不思議ですね。私と鈴夢さんみたいなド新人から、金色さんのように実績のある衛士まで経歴も技量もバラバラです」

「あははは、よく調べているわね。私のこと一葉って呼んでくれて良いですよ」

「凄いです、クレストの総帥の御令嬢とお近づきになれるなんて!」

「なんて事ありませんわ、ふふ」

「クレストって確か」

「まさかご存知ないとか!?」

「いえ、知っているけど」

「クレストはフランスに本拠地を置く戦術機開発のトップメーカーの一つなんですよ! 鈴夢さん」

「いいえ、トップです! 仰ってくれればいつでもキレッキレにチューニングされた最高級戦術機をご用意させて頂きますからお楽しみに!」

「二人とも私を何も知らない人扱いしていない?」

 

 足湯から上がった三人はロビーでティータイムを楽しんでいた。

 

「鈴夢さん、朝食の後はどこにいたんですか?」

「二年生の校舎に」

「ああ、シノアさんに会いに行ったんですね」

「姉妹誓約の契りを結んで欲しくて」

【柊シノアと姉妹契約を結ぶのです……鈴夢さん……脳に直接語りかけています】

(う、うるさい。でも従わ無くて良いかな)

【私の言うことに従わないと世界が滅ぶよ】

(ぐっ、嘘くさい)


 金色一葉が言う。


「姉妹契約は、それは普通上級生からお声がかかるものですよ」

「一葉さんも狙っているのよね」

「ええ、あの凛々しいお姿。ぜひとも私と姉妹の契りを交わして欲しいです!」

 

 姉妹誓約の契りというのは横浜衛士訓練校に伝わる上級生と下級生が結ぶ姉妹の契りのことだ。上級生が姉となって下級生の妹を導く。

 上級生が姉妹の契りを申し込み、下級生が受けいることで姉妹誓約が成立する。

 上級生の姉が守護天使となり、下級生の妹の盾となる乙女の園の麗しい契約だ。

 姉妹誓約には数多の愛がある。

 だが戦う乙女ゆえに悲哀と離別とも無縁とはいられない。

 大切な半身を失い、心が折れたり、復讐に飲まれるのも珍しくない。

 

「お話はできたんだけど、シノア様のことをあまり知らないのよね」

「臨時遠征衛士として欠員のあるレギオンに臨時で参加して活躍なさってますね。あとは激戦区に身を投じる機会が非常に多く、そこで多くのデストロイヤーを破壊してます。そのことから狂戦士なんてあだ名がつけられています」

 

 鈴夢は立ち上がった。

 

「一葉さん、私に戦術機の使い方を教えてくれませんか?」

「ええ、もちろん」

「でも明日から実習も始まり」

「お黙りちびっこ!」

「ちびっこ!?」

「力をつける。技術があれば姉妹契約を結びやすくなるでしょうし」

「お気持ちは分かりますが、焦りは禁物……と普通なら言うところですがここはデストロイヤー迎撃の最前線です。初心者と経験者を混ぜ込みにしているのは衛士同士が技を鍛え合う自主性も期待されているということですから」


 衛士の新兵は時間をかけてじっくり育成して欲しいという想いは、デストロイヤーの来襲頻度と衛士の絶対数という現実が砕いていく。しかし鈴夢が恵まれているのは横浜衛士訓練校には幼少期より指導を受けた歴戦の猛者が多いことだろう。

 ベテランとの共同戦線は新兵の死亡率をグッと下げる。


【早く、早く、早く、姉妹契約を結んで】

(ゆっくりしてられないな)


 基礎訓練をしっかり、という想いは届かない。

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