強化された存在⑤
胡蝶が起きてまず見たのは、覚えのない天井の色だった。
「ここ、は?」
胡蝶は寝ぼけた頭のまま、ぼうっと天井を見続けた。見覚えがある天井ではない。しかし、見覚えが無い天井でもない。無機質なのは一緒だが、材質が違って見えた。
周囲に漂っている匂いまで違っていた。訓練用の軍服に残った汗臭さは微塵も感じられず、漂ってくるのは薬品の匂いだけだ。
胡蝶はいつもこの匂いを嗅いだことがあるのを思い出した。毎月の定期検査。その時に案内されていた場所に重なる。胡蝶は、そうして、ようやくここが医務室だと思い出した。
「………っ、そうだ、デストロイヤーは!?」
戦っていたはずで、帰投しようとした記憶から途切れている。気を失った。なのに何故自分はここに居るのか、胡蝶は必死に思い出そうと記憶を辿っていくが、思い出せない。
(………駄目だ、思い出せない)
いくら頑張っても、そこから先の記憶は暗闇に閉ざされているかのように浮かんでこなかった。
筋肉痛も思考を邪魔する。いつもの比ではない痛みが全身にはしゃぐように飛び回っているのを胡蝶は感じた。しかし、五体は満足で。だから自分は誰かに助けられたのだと、胡蝶は結論づけた。
その時入り口のドアが、がらりと開いた。ノックもなく部屋に入ってくる。その人物を見て、胡蝶は少しの緊張と安堵の息をついた。
「なんだ、黒崎鈴夢か」
「………第一声がそれですか」
胡蝶のことを心配していた鈴夢は、胡蝶の呆れたような声で応じる。鈴夢は胡蝶が帰って来てから今まで、ろくに眠ることができない程に心配していたのだった。
それを、起きるなりなんだ呼ばわりとは、と。しかし彼女の中に沸いた怒りは一瞬で霧散し、次に襲ってきたのは絶対的な安堵だった。
「身体は大丈夫ですか? お医者さんは疲労だけで外傷はないとは聞いていますけど」
「……まぁ、筋肉痛があるけど」
胡蝶は訓練で教わった体の可動域を試す。
「大丈夫みたい、問題ない」
「良かったです」
そこから二人はゆっくりと言葉を交わした。ここは横浜衛士訓練校であること。その医務室であること。戦闘中に意識が飛んで、鈴夢に助けられ運ばれたこと。
最後に死傷者ゼロであるを教えた。
「全員無事………そう」
「……泣いてる?」
「えっ?」
胡蝶は鈴夢を見る。泣いている? と自分の頬に触れると指先が濡れた。
「あれ、おかしいな。涙が、勝手に」
ポロポロと涙を流す胡蝶。
再び入り口のドアが開いた。胡蝶は顔を上げた。その拍子に、頬にひとすじの涙が流れるのを感じていた。
「失礼します………って、何で泣いる!?」
入ってきた人物、今流星はベッドの上の胡蝶を見て、あわあわとする。その後ろから金色一葉が入ってくる
「失礼します。あ、これはお邪魔だったでしょうか?」
「い、いや、気にしないで!」
胡蝶は慌てて引き止めた。泣いているところを見られた恥ずかしさのあまり顔を赤くする。
「それで、なんで泣いていたんですか?」
「あ、いや、なんかホッとして……」
「疲れてたの?」
「そんなことは……かもしれない」
胡蝶は斜に構えて周囲を見下して自分を守っていたことを思い出して目をそらす。
「噂くらい聞いたことあるでしょ、私が強化人間だってこと」
「知ってる」
「それに父がデストロイヤーと通じてたことも」
「うん」
「だから扱い悪くて、それで少しナイーブになった」
「まぁ、無理もないよねぇ。体を改造されて、それで戦うことになるなんて無理があるよ」
「あのとき、私を助けてくれてありがとう。お陰で生きることができた」
「気にしないで良いよ。私が助けたいから助けたんだもん」
「お人好し」
「かもしれない」
胡蝶は笑う。
そんな胡蝶に対して鈴夢は手を差し伸べる。
「もし良ければ一緒に戦わない? 私達のレギオンに入ってよ。戦術機のテストも人数がいたほうがデータが取れるし」
「いいの? わたしなんかが仲間になって」
「いいよ」
「よ、よろしくお願いします」
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