強化された存在④
それを見たのは、3人だけだった。
金色一葉に、今流星に、蒼風。
鈴夢と同じ戦場で、外から見ていた3人だけだ。
彼女達はそれぞれが胡蝶を助けようと、デストロイヤーの動きを見ている最中だった。
むざむざ味方を死なせる道理はない。だが、ミドル級が胡蝶に近づき、前腕部を振り上げた光景を見た瞬間には、3人はそれぞれの頭で一種の諦めを浮かばせていた。
一葉は激戦の経験故か、流星も蒼風も、その光景はよく見ていた。
デストロイヤーに仲間が喰われるのも、体を潰されるのも、両手両足では数えきれない回数を見せられていた。だからこそ理解できることがあった。それは、どう見ても間に合わないタイミングだということ。どうしようとも手は届かず、死神の鎌を防ぐには時が足りない。助けられない無力を味わう時間がやってくるのだと。
3人はその感触を、半ば確信していた―――だから、何が起こったのかは分からなかった。
それは、熟練の衛士である3人をして、意味が分からない光景。
胡蝶は膝をついてはいるが、無事なのだ。損傷はある。たしかにある。しかし、さっきまでは居たデストロイヤーは居なくなっていた。
確認できたのは、はっきりと視認したのは、胡蝶が健在で――――鈴夢が取った行動、その4つだけ。
――ひとつ、鈴夢が胡蝶を抱きかかえて、デストロイヤーに向けて、"前に出て"。
――ふたつ、左腕にデストロイヤーの一撃が当たると同時"姿勢制御の如く小さい噴射跳躍があって"。
――――みっつ、独楽のように回転しながら取り付いていたスモール級が弾き飛ばされて"。
――――よっつ、着地した鈴夢の戦術機から、デストロイヤーに向け36mm魔力弾の斉射し"その全てを命中させた"。
『は………』
一葉と流星は硬直し、間抜けた吐息のような声をあげていた。だが即座に我にかえると、胡蝶と鈴夢を再度襲おうとしている残りのデストロイヤーを駆逐していった。
飛び散ったスモール級が集まってくるが、奇襲さえなければ十分に対処可能だ。
蒼風はそれに加わりつつ――――鈴夢が何をやったのかを理解した後、全身に立つ鳥肌を抑えきれないでいた。
(やったことはわかりますけど。分かりますけど、あの咄嗟の状況で的確に……!)
鈴夢が何をやったのか、蒼風は頭の中で反芻する。
振り下ろされるデストロイヤーの腕、その威力が最も高くなるのは遠心力と体重が乗った先端部分だ。腕から繰り出される一撃は決して甘くはない。
真正面からまともに叩きこまれれば、強靭な防御結界でも、中身ごとひしゃげさせられるぐらいの威力がある。
鈴夢はそれを受けないためにむしろ踏み込んだ。胡蝶を抱きかかえて。威力が最大となるのは、遠心力が乗った先、デストロイヤーの正面に立ちそれを受けた時になる。だから先に当たるように、遠心力が乗る前に攻撃の"出"の部分で受け止めたのだ。回避ができないと判断したからこその防御行動だ。
大きな威力で殺されるより、小さい威力で損害を最小限に留めたのだ。それと同時に体を傾けさせ、姿勢制御による小さな噴射跳躍を行った。
地面に立っている時よりも、宙に浮いている時の方が機体に走る衝撃の力は少ない。鈴夢は噴射し宙に浮かび、そして衝撃によって生まれた慣性力を殺さない方向に、独楽のように体を回転させた。
胡蝶と鈴夢の体に生まれたのは回転により生まれた遠心力。それは、取り付いていたスモール級を強引に振りほどく力となった。竜巻に弾き飛ばされるようにスモール級は飛んで行った。
最後まで油断の欠片もなく、着地後には即座に構えは終わっていた。迅速すぎる狙いつけ。鮮やかに、手近の脅威たるデストロイヤーは撃破されていた。
こうして言葉にすれば簡単だ。簡単ではあるが、と蒼風は呻いていた。
(普通、あの刹那にそれが出来るか? 一歩間違えれば死ぬ中で、冷静に操作を………いや、私でも無理)
そもそもが規定の範疇にない選択と行動だ。発想そのものがイカれている。
あんな機動、誰も教えないし、あれは何度も窮地に追い込まれた事がある者にしかできない、狂人の発想だ。
(流石に胡蝶を抱えての急動作、すぐに動けないようだが、しかし―――)
と、そこで近場にいる残りのデストロイヤーを全滅させた蒼風は、鈴夢に通信をいれる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫、胡蝶さんも大丈夫。帰投しましょう」
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