強化された存在③


 第三世代戦術可変戦闘兵機ストライクイーグル。

 数年よりG.E.H.E.N.Aから輸出が開始されたこの兵器は、ユーラシアの国連軍―――特に自国でライセンス生産能力を持たないインド亜大陸方面軍では、メインとして採用されている兵器だ。



 人類初の戦術機であるイーグルよりは安価で、装甲は薄いが機動性で勝るため前線ではイーグルよりも評価されていた。

 

 デストロイヤーの突進、噛み付き、前腕による殴り。そしてレーザーに、ギガント級の衝角。デストロイヤーの攻撃力はどれもが想定以上の馬鹿げた攻撃力を持ち、イーグルで強化された衛士のぶ厚い防御結界でさえ突き破ってしまう。故に現在では、戦術機には、防御力よりも機動力を求められていた。


 開発より3年、今ではユーラシア各国にも行き渡っている。


―――地雷が爆裂し、ミドル級が宙を舞う。前線基地である横浜衛士訓練校を守る形で敷設された地雷群までデストロイヤーが侵攻したのだ。


 

 そこはかつて山林や山があった場所だが、今は無い。幾度も起こった戦闘―――機甲部隊による砲撃や、衛士部隊によるデストロイヤーとの戦闘により削られ、今はデストロイヤーの進行ルートである荒野へと成り果てていたからだ。ここより横にそれた地域ではまだ山地が残っており、ここは地雷を敷くにはうってつけの土地だった。


 ひっかかったデストロイヤー――――その先陣たるミドル級のいくらかが爆散し、土塊と砂塵が大音量と共に大気に放り投げられる。無貌の大地に、今では戦闘開始の合図に等しい白煙が撒かれた。更に白煙に向け、基地後方から申し訳程度の支援砲撃が降り注いだ。


 

 ギガント級が居れば、そのレーザーにより砲弾のほとんどが撃墜される。だが、今回はギガント級によるレーザーで撃墜された砲弾は、無い。



『HQより各機へ。被撃墜率はゼロ。群れの中にギガント級は存在しないようだ。だがケイブからギガント級が出てこないとも限らない。出来うる限り低空にて戦闘を行え』

「黒崎鈴夢、了解―――さて、皆さん。あの群れの中にレーザーを垂れ流すギガント級はいません。しかし、こちらも機甲部隊の数が足りていません。支援砲撃による打撃は期待できない―――つまりは、私達、衛士が主役になります。この戦いは錬成された直後とはいえ試験レギオンの日常に過ぎません。誰も失わず、目標を駆逐します」

『『『了解!』』』



 大声で隊員が返答した。直後に、白煙から生き残りのミドル級が現れ、待ち伏せていた黒崎鈴夢率いる試験レギオンへ突進して来た。



「前衛の一葉さん、蒼風さん、流星さんを先頭にして敵へ先制攻撃を開始します!! 中衛の私と愛花さんで援護します』

『了解!』


 戦線を押し込まれる前に叩く、と。

 蒼風が単騎で、一葉と流星がエレメントを組んでミドル級へ突っ込んでいった。戦術機により向上した機動性を活かし、ミドル級の横をするりと抜けると、振り返りざま点射した。


 36mm魔力の塊が、固い前装甲とは違い拳でもずぶずぶと貫けそうな柔らかい背中部を貫き、その活動を永遠に停止させた。 


「次です! その調子でどんどん行きます!」

『了解! テレポートゲートであるケイブから来たのは、せいぜいが大隊規模ってところですか」

「はい、これなら何とかなりそうだ、が―――油断はしないでください、気を抜けば死にますよ!」

『大丈夫です。油断せず、確実に撃破します』


 一葉は喋りながら動き、次々に突撃級を屠っていく。しかし、所詮は二機だ。突進してくるミドル級の全てを捕らえることはかなわず、数匹が一葉達の届かない位置まで抜けた。


「しまっ」


 抜けたら中衛が、と。蒼風は焦るが、それは早計というものだった。中衛の鈴夢と愛花が前方の援護をしつつ、その撃ち漏らしをすべて潰していった。それを見た蒼風の口から、安堵の声がもれた。



「蒼風さん、貴方は前に集中してください 抜けても構いません、私たちが潰します!」

『前を潰される方が堪えるもののです。蒼風さん、貴方は貴女の仕事をなさってください』

『蒼風、了解しました!』


 

 蒼風は通信の声に大声で返事をすると、前方の敵に集中した。次々とやってくるミドル級を、危なげなく撃破していった。前面の装甲は、時には120mm魔力弾の砲弾や艦隊の砲撃に耐え切るほどに硬く、分厚い。だが、背中部分は前面に反して柔らかく、36mm魔力弾を数発でも叩き込めば沈黙するぐらいの、わかりやすい弱点だった。


 鈴夢、愛花、一葉、流星、蒼風は編成されたばかりの試験レギオンとはとても思えないぐらいに、戦術機を操り背後に回っては最小限の魔力でミドル級を撃破していった。そして数分後には、ミドル級のその8割が地に伏せることとなった。



「ギガント級がいないのは、不幸中の幸いでしたね」

『そうみたいですね………いればもう少し厳しい戦闘になっていたでしょう』


 


 前衛で暴れている蒼風や一葉でも、レーザー照射を知らせる警報は一度も鳴っていなかった。つまりは、後方にはギガント種はいないということだ。そして群れの中でひときわ大きいラージ級も見えない。残るは中型と小型の間ぐらいの大きさで、しかし数は一番多いスモール級が群れの中核となっているのだろう。あとはミドル級より少し小さめの大きさを誇り、その両腕で衛士を襲うミディアム級だけだ。



 それでも、一体いれば民間人を虐殺できるほどに強いのだ。流星と一葉はその認識を元に、2人で動いた。その2種の間合いの外から突撃砲を叩き込み、後ろには通さないとばかりに、次々に倒していった。残弾が危うくなれば、鈴夢が指示の元に一端後方に退いて、マガジンを交換した。

 

 それとは別の部分で注意する点もある。鈴夢はその様子を見るべく、試験レギオン全員に通信を入れた。

 

「20分は経過しました。敵はあと2割が残ってますが、大丈夫ですか?」

『……はい、大丈夫です」

「無理なら無理と正直に言ってください。耐えようとするのは立派ですが………あとは残りも少ない。最悪お前一人だけでも基地へ戻ってください。これならば、一人抜けても大丈夫です」

「は、はい。でも、良いんですか?」

「兵士は死ぬものですが、いきなり死ななきゃならないほど慈悲が無いわけじゃありません。本当に無理なら無理と言っ『こちら第二防衛隊から黒崎鈴夢試験レギオンへ。黒崎隊長、聞こえますか?』はい、聞こえます」



 いきなり入った通信に、鈴夢は嫌な予感を覚えた。


『隣でデストロイヤーの誘引役やっていたアーマードコア部隊がやられた。囮役の衛士一人を残して全滅したらしいです。生き残りも、敵中で孤立しているとのこと。至急救援に向かい、編成を組んでください。あっちに抜けられるとまずい。戦線を維持しろ、とのHQ殿からのご命令です』

「………こちらの前衛が居なくなりますが?」

『残った私達でどうにかします。それより急いでくれ、仲間をここで見殺す訳にはいきません』

「了解です。聞こえましたね?」

『はい』


 隣の中隊が抜けた、ということは敵撃破の速度も下がる。生き残りの一人の腕に期待し、できるだけ短時間で戦闘を終わらせることを選択した。


「行きますよ、蒼風さん」

『了解!』


 二人は噴射跳躍を行い、低空での匍匐飛行でデストロイヤーの死骸の上を抜けていった。やがて二人の視界に、倒れ伏したアーマードコアが映り出した。踏み潰された機体と、胸部がへこんでいる機体が大地に横たわっていた。

 どうやら最初のミドル級と、その後のミディアム級にやられたようだ。


 


『鈴夢さん、あそこです!』

『隊長と呼んでください、急ぐぞ!』


 2機はそのまま、まだ戦闘を継続している機体を見つけると、突っ込んでいった。生き残りの戦術機に気を取られているデストロイヤーを。


 こちらに背中を見せている間抜けな見て回った級に36mm魔力弾を贈呈し、囲いを薄めるべく120mm魔力弾で手早く片づけはじめた。武もそれに続く。蒼風は鈴夢よりも命中率は低いものの、背中を向けている静止目標ならば大半を当てられた。

 そうして、数分後。二人はひとまずの安全を確保すると、生き残りに通信を入れた。


「こちら試験レギオンの鈴夢です。大丈夫ですか?」

『大丈夫』


 鈴夢は自分を含める3機編成での作戦指示を出し、即座の連携を組みながら、後方へ一時的に下がっていく。そして距離を保ったまま、迫ってくるミドル級を次々と撃破していく。距離があるなら、ミドル級はむしろミディアム級よりもくみしやすい相手だ。


 腕のいい衛士の力もあって、広域リンク上からデストロイヤーの赤いマークが次々と消えていく。やがて、デストロイヤーの残数が一割を切った。レーダーにて残存数を確認した衛士達の間から、緊張感が薄れていく。 


 ケイブからの"おかわり"はこないし、飛行型からの団体さんの姿もない。団体さんは数が多く、事前に知らされた進軍速度、またレーダー上にある現在の位置から見て、この地点に到達するまであと3時間はかかるだろう。

 鈴夢が、安堵の息をつく――――そう、今までデストロイヤーに向けていた集中が、少しだが緩んだ瞬間だった。

 突如、地鳴りが響き、鈴夢達の機体を足元から揺らす。



『な、地震………!?』

「いや、これは――――下か!? っ、各機気をつけて、一時的に後ろへ引いてください!』


 鈴夢の言葉。それに対して、蒼風は反射的に対応できた。その場から跳躍し、地面から離れたのだ。しかし、疲労もあってか胡蝶は反応できなかった。

 その体の足に、スモール級が取り付く。


『あ、あっ!?』


 体にのしかかった、感じたことのない重み。そして次々に取り付くスモール級に、胡蝶は情けない悲鳴を上げていた。網膜に投影された視界の大半が、スモール級の皮膚の色に染まっていく。

 胡蝶はぎしぎしと、体が揺れる中、何かが削られる音を聞いた。



(死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ――――!)


 スモール級の噛み付きが、防御結界の装甲を上回るのは有名な話だった。衛士の死因の大半が、スモール級によるものなのも胡蝶は知っていた。


 それが現在進行形で自分に襲ってきているのだ。果ては、頭からばっくりと喰われてしまう。胡蝶は思い立った途端に、パニックに陥った。


 その狂乱を察した蒼風がすかさず救助に入ろうとしたが、回避にと一度後方へと跳躍しているので、咄嗟には動けなくなっていた。

 胡蝶も、頭のどこかでそれを認識していた。間に合わないと、誰かが叫ぶような声が聞こえたきがした。



(この、ままじゃ、喰われ――――)


 

脳裏に浮かぶのは、死の光景。まざまざと映る、胴体より食いちぎられた自分の内臓。まるで、何度も見たことがあるようなそれに、胡蝶の思考が更に混乱の極地に達した。


(死ぬ。そう。まるで――――)


 フラッシュバックする光景があった。それは、どこかの誰かの最後の光景だった。

 胡蝶の動きが停止した。それを機だと判断したのか、スモール級と同じく地面から這い出したミドル級が間合いを詰めていった。

 十分に距離を詰めた後、巨大な前腕を振りあげ、顔に狙いを定めた。

 その時、黒崎鈴夢は動いた。

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