強化された存在②

「二階堂胡蝶さんについて何か知りませんか?」

「……胡蝶さん、ね」


 お菓子を口にしながら鈴夢は千香留に尋ねる。一休みということで、一同の中心にはそれぞれが持ち寄ったお菓子が広げられている。


「確か、愛花さんと同じクラスなんでしたか?」

「はい。胡蝶さん、彼女は中等部から、広く名を知られていたわ」

「えっ? 愛花さんは中等部から胡蝶さんを知っていたんですか? すごい。胡蝶さん、有名人なんですね」

「有名……そうね。彼女はあまり喜ばないかもしれないけど」


 そう言って言葉を濁す愛花。


「どういうことですか? 愛花さん、何か知ってるんですか?」

「知っている、というほどではないわ。ただ、良くない噂を流されている、というだけ。その噂が真実かどうかも知らないの」

「噂って......?」

「ごめんなさい、鈴夢さん。それは言えないわ。私まで、いい加減な噂に加担するわけにはいかないもの」

「そっか······そうですよね」


 鈴夢としては、胡蝶のどんな噂を聞いたとしても、彼女を悪く言うつもりはなかっ た。むしろ、困っているのなら助けてあげたかった。だが、裏付けのない噂を口にしたくない、という愛花の主張はもっともだった。


 しょんぼん、とする愛花。そんなことを考えていると、一葉が言った


「ちょうど良いです。千香留様、実際のところはいかがなのでしょうか?」

「どうして私に尋ねるんだい?」

「実は私、中等部時代胡蝶さんにうかがったことがあります。あの噂は本当なのか、私で力になれることはないか、と」

「それ、本人に言ったの?  一葉さんらしいね……」


 隣にいる鈴夢が、感心したような呆れたような声を漏らす。


「ええ。ですが、『放っておいてくれ』と言われて、なんのお力にもなれませんでしたのですけど、千香留様なら真実をご存知ではありませんか? 対デストロイヤー研究に関することですもの」

「どうだろうね」


 千香留はミステリアスな笑みを浮かせてはぐらかす。いつもとは違い、妙に言葉を選ぶ千香留。


「千香留さん、何か知ってるのなら、教えてくれませんか? わたし、胡蝶さんが困って るなら、力になりたいんです!」


 だが、鈴夢をはじめとした一同からの期待と疑念がこもった視線を受けて、千香留もついに折れた。


「わかりました。一葉や鈴夢のお耳汚しだし、胡蝶さんにも申し訳ないので黙っていたけど話しましょう。.どこまで聞き及びかはわからないけど、みんなが聞かれたという噂は真実です」


 鈴夢の隣で、愛花が息を呑む音が聞こえた。


「これは、あまり口外しないでくださいね」


 そして、千香留は語った。胡蝶が、体のほとんどに手を加えられた強化人間であること。そしてそれらの多くは、人権や倫理を無視したものであったことを。


「そ、そんな……そんなの、許されるの?」


 鈴夢がつぶやくと、愛花が代わって答えた。


「強化人間計画自体は、非常に少数ながら例はあります。普通は、戦闘中に重傷を 負った衛士のために義手や義足を作る程度ですがそれ以上の改造は、倫理的な面から、多くの国家で禁止されているはず」


 白い肌をさらに青白くさせながら語る愛花。


「だったら、どうして......」

「つまり、胡蝶さんのお父様に関する噂も本当だったのですね」


 一葉が千香留の言葉を促す。


「ええ、胡蝶さんのお父上は、戦争犯罪者……かつて、G.E.H.E.N.Aを、人類を裏切った…………自らと家族のためにデストロイヤーに通じたんだ」

「え、えぇっ!? デストロイヤーに……?」


  予想もしなかった言葉に、思わず大声を出してしまう。誰かに聞かれはしなかった かと辺りを見回すが、幸い、この場には鈴夢たちしかいなかった。


「そ、そんなこと、できるの? デストロイヤーの仲間になる、なんて・・・・・・」


 できるだけ声を抑えながら尋ねる。これには、愛花が答えた。


「不可能なことではないかもしれませんね。ごく稀にだけど、意思や社会性を持つデストロイヤーもいるって噂があります。胡蝶さんのお父さんは、なんらかの方法でデストロイヤーと意思を通わせようと考えたのかもね」

「だ、だけど、そんなことをして、本当に助けてもらえるの?  デストロイヤーは胡蝶さんのお父さんとの約束を守る気だったの?」

「わかりません。その結果が出る前に、お父上の計画は露呈し、軍に拘束されましたから」


 そこまで言って、千香留はうつむく。


「……あれ? でも、今の話と、胡蝶さんになんの関係が」


 鈴夢の中にも、ほとんど確信に近い答えは生まれていた。だが、それを否定してほ しくて、愛花に確認する。


「胡蝶さんは、お父上の罪を強制的に肩代わりさせられたのです。人類全てを裏切った男の、娘。加えて、戦士としての高い才能を持って いた彼女は、強力な衛士を人工的に造るための実験にうってつけだったんです。 そんな胡蝶さんは、人体実験の恰好の素材にされたんです」

「......! そ、そんなのおかしい!!」


 ふたたび大声を出す。 今度は周囲など気にしない。


「親と子は支え合うもの……とはいえ、いくらなんでも度を越していますわね」


 愛花もまた、静かに怒りを燃やしている。


「でも、噂によれば、彼女はもう実験体としての生活からは解放されたのでは?」


 一葉の言葉に千香留がうなずく。


「胡蝶さんへの仕打ちを知った何人かの有力者が助け出したと聞いてるよ。その中の一人が横浜栄市訓練校の現理事長だとか」

「なら、胡蝶ちゃんはもう自由の身ということ?」


 ほっとした様子で鈴夢がつぶやく。


「いや。理事長たちが取りつけられた条件は、人体実験の中止までだったらしい。胡蝶さんは、今でも…………」


 と、千香留がそこまで言いかけた時。


 横浜衛士訓練校キャンパス内に、デストロイヤーの来襲を知らせる警報が鳴り響いた。


 ◆


 キャンパス全体に、デストロイヤー来襲を告げる警報が鳴り続けている。 スモール級やミドル級が数体出たくらいなら、このような警報は鳴らない。つま り、面倒な事態になっているということだ。


 だが胡蝶は、この警報が鳴る前から事態に気が付いていた。正確に言えば、知らさ れていた。校内の警報よりほんの数秒前ではあるが、胡蝶の端末に出動要請が届いて いたのである。


 校庭を横切り、横浜英字訓練校の裏門へと走る。胡蝶の迎えの者は、そこに現れるはず だ。

 胡蝶に命令を与えるのは、横浜衛士訓練校とは別の独立した組織。G.E.H.E.N.Aと、その 息がかかった鎌倉府の防衛隊である。


 鎌倉府の防衛隊は一応、国防軍の下に位置する組織だが、現在では各府の防衛隊は かなり自由に動ける裁量権を得てしまっている。いちいち何かするたびに政府の許可を取っていたような平和な時代とは訳が違う。


 胡蝶が裏門に着くと、ほとんど間をおかずに防衛隊の車両が入ってきた。車両からは防衛隊の女性隊員が一名降りてきた。もう一人の隊員は、運転席でエンジンをかけたまま待機している。


「二階堂胡蝶さんですね?  すみませんが、ご同行願います」

(願います、ね。こちらに拒否権などないけれど)


 そう思いながらも、胡蝶はあくまで無表情に応じる。


「承知しています。 戦術機は持参していますので」

「了解しました。念のため、第二世代の戦術機は車両内にも用意していますので、必要があればどうぞ」


 さすがに念が入っている。他のことはともかく、戦闘に関しては胡蝶のバックアップをしてくれるということだろう。


「詳しい説明は、移動しながら車中でさせていただきます」

「わかりました。急ぎましょう」


 隊員を促し、自らは後部座席に乗る。 胡蝶の仕事の始まりだった。


「……あれ?」


 警報を聞いた鈴夢が屋上から周囲の様子をうかがっていると、裏門に立つ胡蝶の姿が見えた。


 胡蝶は防衛隊らしき制服の人物となにやら話をしている。そして、その手には戦術機のライフルケース。


「愛花さん、あれって......?」

「先ほどのお話の続けるとね、胡蝶さんの身は、本人だけのものではない」

「それは、どういうことですか?」


 鈴夢も千香留に詰め寄る。


「私が知っていることは全て話すと」


 鈴夢たちが話している間に、胡蝶は自ら軍用車両へと乗り込んでいた。車はすぐに走り出し、鈴夢たちの視界から消えていった。


「市内に、大量のミドル級、スモール級のデストロイヤーが発生しています。 目的は不明。 我々も応戦しているのですが、対処しきれているとは言えません」


 車両での移動中、隊員は悔しそうに状況を説明してきた。


「それで、私はどうすれば?」


 胡蝶は、隊員の心中になど興味はない。ただ、自分が何をするべきかだけを聞かされれば、それで良かった。


「それでその、胡蝶さんには、デストロイヤーの群れを、自然公園まで誘導してもらうようにと、それだけを聞かされております」

「囮ね。わかったわ」


 隊員が言いづらそうにしている事実を、胡蝶はきっぱりと明言した。別に当てこすりではない。本当のことを述べただけだ。


「後から、衛士の部隊もやってくるのでしょう?」

「は、はい。レギオンが出動するまでの間、時間を稼いでくれればいい、と」

(戦争ごっこのお嬢様たちが、後からのんびりやってくるわけね)


 そんなことを思っている間に、胡蝶の耳にもデストロイヤーと防衛隊との戦闘音が聞こえてきた。


「あ、あの! 敵を引きつけると言っても、どうやって......?」


 胡蝶が戦術機を起動させると、先ほどの女性隊員が不安そうに声をかけてた。


「やり方は私に一任されています。ご迷惑はかけません」

「そ、そんな迷惑だなんて。ただ、お一人でどうやって......?」


 心配そうに胡蝶を見る隊員。まだ若い彼女は、胡蝶の事情…父による人類への裏切り行為を知らないのかもしれない。


「どうやって? 見ていればわかります」


 おしゃべりをしている暇はなかった。シューティングモードで起動したストライクイーグルを構え、胡蝶はデストロイヤーの群れへと突撃していった。

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