強化された存在①


 横浜衛士訓練学校・医療センター。

 そこには金髪の衛士がいた。


「最後の手術から、半年も経っています。もう検査は不要では?」


 検査衣を脱ぎ、元の制服に着替えながら、二階堂胡蝶は控え目に抗議した。


「まだ半年、よ。あなたの体のためだと思って」


 そう言いながら、女性校医は検査の結果を端末へと入力していく。


(私のため......? よく言うわ。ただ単に、データを収集したいだけのくせに)


 横浜衛士訓練学校の医療センター。校内にある保健室とは別に、重傷を負った者などを治療するための医療施設である。 胡蝶は、半月に一度、ここでメディカルチェックを受けることを義務付けられていた。だが幸い、この半年、体に異常は出ていない。


(大丈夫.....私は、大丈夫だ)


 時折、他人の物であるかのように感じる自らの体。しかし、今の彼女にとって、頼れるのは唯一、この肉体のみであった。


 外に出るところで談笑している四人組を発見する。その顔は見覚えがあった。名前は『黒崎鈴夢』『今流星』『金色一葉』『鎖部愛花』だ。彼女達はクラスメイトだ。


(ここにいるってことは……アイツらも抱えてるものがあるのか……鎖部愛花も)


 鎖部愛花は中等部時代に正面から『強化リリィとして苦しんでる胡蝶に何かできることはないか?』と聞いてきたやべーやつだと記憶している。

 彼女にも、この医療センターに来るような特殊な事情が出来たのだろうか? こんな時代である。まともに20歳を越えられる事が怪しい衛士が事情で背負うものが無い方が少ない。


(…………仲間、か)


 くだらない。

 しかし、四人の馬鹿みたいに幸せそうな様子を見ていると心がざわつく。自分がなんだかとても惨めな気分にさせられる。


(関係ない)


 そう、自分とは関係ない。

 そう言い聞かせて、彼女たちに背を向けた。

 翌日の昼休み。

 胡蝶はいつものように、一人、学食で昼食を取っていた。 注文したのは日替わりメニュー。特に好みで選んだわけではない。横浜衛士訓練学校の学食の日替わりメニューはバランスが取れているため、その献立に任せておけばコンディションを維持できる。それだけの理由だった。 周囲の生徒たちは、胡蝶が作っている心の壁を感じ、極力、近づこうとはしない。また、僅かながら、鶴沙がいるだけで眉をひそめて通り過ぎる生徒もいる。おそらく、胡蝶が抱えている事情を知っているのだろう。


 同じように他の生徒との接触を拒んではいても、外部からは高い名声を得ている金色一葉と今流星。そんな彼女達とでは、埋めようのない決定的な差があった。胡蝶には、校内のみならず、世界のどこにも味方などいない。


(私の味方は、お前たちだけ)


 ぎゅっと左拳を握る。胡蝶はいつしか、自らの体を自己の一部とは認識できなくなっていた。だから、「たち」と呼ぶ。協力者ではあるが、自分自身ではない。そんな風に思っている。


 胡蝶の体が自分自身の物であったのは、まだ十歳にも満たない子供だった頃までだ。その時期に、思い出したくもない事件が起こり、そして鶴紗は作り変えられた。


 対デストロイヤー研究を目的として設立された機関「G.E.H.E.N.A」。胡蝶は、そこで数年間、様々な生体実験を受けた。そして、投薬や移植による強化手術も。


それらは、強い戦士を作ることだけに特化した、倫理や人権に反する行為の数々だった。何度も死ぬかと思った が、G.E.H.E.N.Aが誇る技術力は、胡蝶に死を許さなかった。


 胡蝶が今、こうして生きていることは、奇跡に近い。ただし、生きていることが必ずしも幸せだと言い切れる自信はないが。


 あの地獄のような施設からは解放された。だが今も、胡蝶は自らの意思で動くことを許されていない。 横浜衛士訓練学校の衛士たちは、いわば騎士である。戦場に立ち、命を落とすことはあるが、そこに、ある程度の誇りと自由を認められている。だが、胡蝶は違う。上からの命令ひとつで命を捨てなければならない使い捨ての駒だ。いや、なまじ「死ににくい」体になってしまっているだけに、余計にたちが悪い。胡蝶での地獄は、簡単には終わりを告げてくれないのだ。


(私に、感情は、いらない)


 群れながら、のんびりとした昼食時を過ごす生徒たちを見る。所詮、彼女たちは上流階級の騎士なのだと思う。


 余所見をしている間に、いつの間にか、鈴夢が机の前に立っていた。 気配に気付かなかったことに狼狽し、自分に対する怒りも覚える。 校内においては誰も近づいてこないことが当 たり前だったせいか、気を抜きすぎたのかもしれない。


「胡蝶さんもお昼ですか?  一緒に食べませんか?」


 食べませんか? と尋ねておきながら、返答も待たずに正面に座っている。まあ、ここは公共の場なのだから、鈴夢の自由にすればいいのだけれど。


「鈴夢さん……と、ああ、胡蝶さんもご一緒でしたか。ごきげんよう」


  そこへ、鈴夢を追って二階堂胡蝶がやってきた。一瞬、こちらを見て間が空いたのは、鈴夢とは違い、胡蝶の事情を知っているためだろう。


「鈴夢さん、入学したてでお金がないのはわかりますが、野菜も召し上がった方が良いですよ。私のサラダもつまんでください」

「あ、ありがとうございます!」


 どうでもいいと思っていたら、まるで、三人でランチタイムを楽しんでいるかのような構図だ。


「胡蝶さん、お久しぶりです」

「……誰だっけ」


 本当は覚えているが、覚えてない対応をする。明確な拒絶の反応だが、しかし愛花は気にしていないようで、話しかけてくる。


「私、強化衛士になりました」

「……は?」

「強化衛士になりました。お揃いですね?」

「な、なんで」


 横浜衛士訓練学校はG.E.H.E.N.Aなど非人道的な組織を病的なまでに排除する一面がある。対人戦闘を訓練の一つに取り入れた対人レギオンなども存在している。

 鎖部愛花は有名だ。中等部では百合ヶ丘の至宝とも言われた衛士と対等に渡り合ったと広く認知される優秀な衛士である。


 それが強化衛士になった? 何故? 横浜衛士訓練学校の庇護下にあるのに強化衛士になるなんて考えられない。


「衛士を続けるために望んで強化衛士になりました。先日のギガント級デストロイヤー・ファンバオはご存知ですか?」

「え、話には」

「あの戦いで、私は瀕死の重傷を負いました。命は取り留めました。しかし衛士として戦うのは絶望的でした。なので体を回復させるために強化衛士になったのです」

「自分から、あの地獄に?」

「はい。身体機能回復のためにリジェネを、そして身体機能回復のために補助として血液操作を。胡蝶さんとお揃いですね」

「頭おかしい。自分から強化されるなんて」

「嫌な話ですが、何度も行われた実験成果として付与するだけならある程度の安全性が確立されているようです。実験されるなら恐らく私は、命はなかったでしょう」

「…………」

「改めて、共に戦いましょう。胡蝶さんのお力は確かなものです」


 たしかに。単純に戦力として見るなら、胡蝶は強い。そう思う。だが、それだけだ。自分に近づく者は、全て、こ の力だけを目的としている。「胡蝶自身」とは別に、作られ、付け加えられた力だけを。だから、胡蝶は極力、人と関わらない。 関わりを持つのは、それが強制力を持つ「命令」だった時だけだ。 そんなことを考えている間も、鈴夢は能天気にこちらに話しかけてきていた。


「へえ、愛花さんが認めるだなんて、胡蝶ちゃん、やっぱりすごいんだ! ねえねえ、だったら、私達に協力してもらえない? 新しい戦闘スタイルを開発しようとしてるんだけど、中々対戦相手が集まらなくて困ってるんだ」


(困ってる、ですって?)


 軽々しい物言いに苛立ちを覚える。


「困ってるから助けろ、って? 出会ったばかりの私に? あなた、いったい何様なの?」


 そのせいか、自然と気が荒くなる。無視しようと思っていたのに、思わず反応してしまう。 イタズラを見つけられた猫のように、しゅんと縮こまる鈴夢。


「…………」


 鎖部愛花は何も言わず鈴夢と胡蝶を見つめる。鈴夢たちとの関係が決定的に壊れたことを感じる。だが、これでいいと思う。


「······ そんなつもりじゃないんだ。ごめん、失礼な言い方だったよね」


 違う。 今のは、つまらない揚げ足取りだがるほどのことではない。だが、こちらも謝る気にはなれない。


「遊び相手でも探してるつもり? 戦争ごっこのお仲間なら、他を当たって」

「戦争ごっこ、ですか」


 愛花の目が細まる。


「本当のことを言っただけ……それに、その子が大事なら、私に近づけない方がいい。 わかるでしょう?」


 同じ強化衛士ならわかるはずだ。そう思いながら、最後にじっと目を見る。

 自分の戦いは、通常の衛士に課せられたそれとは違う。 気に入っているのなら、なおさら遠ざけた 方がいい。


「あ、あのあの、二人とも、ケンカしないで? わたしが悪いんだし」


(本当に)


 周囲の生徒たちからの嫌な視線を感じる そもそも、はじめから鈴夢が自分に声をかけてこなければこうならな かったのだ。


「......私も、少し言い過ぎたわね」


 そっけない一言。これが、胡蝶にできる精一杯の謝罪だった。


「あっ······」


 鈴夢はまだ何か言いたげだったが、鈴夢は返事を待つことなくその場を後にした。先ほどの態度は、あまりにも子供じみていた。

 やっと一人になれた校庭の芝生。鈴夢はぼんやりとそんなことを考えていた。


自分と鈴夢たちとでは、住む世界があまりにも違う。その事実はすでに受け入れたつもりだった。受け入れたからこそ、何があっても動じずにいられたのだが・・・・・・。


 屈託のない鈴夢の笑顔を思う。愛花が抱える事情を知れば、鈴夢もまた、他の生徒たちと同じように離れていくのだろうか?


「いや、無いな。強化衛士となった鎖部愛花とともにいる。なら、それが答えか」


 そんなことを考えながら横になり、目を閉じる。せめて良い夢を見られるように願いながら。

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