ギガント級ファンバオ撃破作戦④


それは、最初から結末の見えた戦いだった。


「はあ――――くぅ――――ああああああ!!!」


 赤黒の空に覆われた戦争の海。彼方の陸地は業火に包まれ、海面は愉悦に歪む悪魔の貌の如く不気味にうねる。


 大海に浮かぶのは尋常ならざる魔性を備えたの人格を得たファンバオ。無情なる巨大な暴力装置は蹂躙の時を今か今かと待ちわびている。


 そこに希望に繋がるものは何一つとしてない。絶望を湛えた光景は終末までの秒読みを待つばかり。

 だが、絶望の中で抗う者達がいる

 復讐を誓衛士う・鎖部愛花。

 無軌道な希望で前を向く衛士・蒼風と鈴夢。

 G.E.H.E.N.A壊滅を狙う衛士・蔵屋敷優珂。

 ベテランの誇りを持つ衛士・金色一葉と今流星。

 何もかもが滅びゆく地獄を前にしても、戦場の華たる彼女達は闘志を折っていない。


 海を駆ける華に龍の主砲が向けられる。

 衛士数人を相手になど想定していない大砲身。まして狙うべき相手は衛士。如何に威力を持とうとも、高速で疾走する衛士に命中させるなど不可能だ。


 だがそれは通常のデストロイヤーの話である。ここにあるのは人間を呑み込んだ融合体デストロイヤー。如何なる不条理も、支配者の意志によって実現するものが摂理となる。


 旋回する主砲が軋みをあげる。

 射角の外に逃れる衛士達を追い、砲身自体が毒蛇のようにしなり曲がる。物理法則を無視した奇怪きわまる現象は、しかしこの場においては何ら驚くに値しない。


 曲がりくねった主砲が炎の轟砲を撃ちだす。暴発もせずに発射されたその主砲には、もはや真っ当な理屈など通用しない。


 無論、それは撃ちだされた砲弾にも当て嵌る。自在な軌道を描きながら迫るそれは、たとえ山を盾にしようとも幻の如くすり抜けて標的を追いつめるだろう。


 常道の手段では防ぐことはかなわない。故に衛士達も条理を超えた対抗策を紡ぎ出す。

 行使される魔導の兵器・戦術機。

 迫り来る砲弾に対し、真っ向から振り抜かれた剣閃。激突の果て、魔力の砲弾は両断され戦術機もまた砕け散る。


 だが事象はそれだけに留まらない。砲弾を発射したファンバオの主砲に突如として一筋の斬撃痕が走る。前後も分からず斬られた主砲はそのまま炎を噴いて爆裂した。


 あたかもそれは魔力の砲弾に刻まれた斬撃が転写したかのように。不条理を成す戦術機を以て、衛士達はデストロイヤーに対抗する。


 まさしく英雄、斯くあるべし。衛士達は負けていない。


 数多の戦場を超えて錬磨された鋼の意志。彼女がいるのなら巻き返せる。まだ終わっていないのだと――


 


 そう信じることができたならどれほどよいか。


 鎖部愛花がその手に超高出力パルスレーザーキャンノンを持つ。

 狙い定めるのは、この地獄の君臨者。龍の顔。


 放たれた弾丸は魔弾と化して標的へと襲いかかる。射手が健在である限り、この魔弾を止めることはかなわない。


 音速を超越して魔弾は直進する。間近まで迫った必殺の一矢に対し、佇む龍にもはや対抗策はないと見えて――


『いつまで賢しい手に頼っている?  私が見たいのはそんな小手先のものではないわ!!』


 ファンバオが手を突き出す。

 行ったのはそんな動作。ただそれだけで魔弾を構成する魔力が解体された。


 特殊な能力を用いた訳ではない。それは純粋な実力差。隔絶した力の開きが両者の間には広がっている。


 否、そうではない。単なる力の格差であればまだ絶望には早かった。

 そもそも立っている場所が違うのだ。如何に屈強なる逸話の数々を持とうとも、絵の中の住人がこちらを害することがないように。


 単純に、次元が違う。衛士とファンバオは、同じ戦いの土俵に立ってはいない。


 ――駆ける、躱す、防ぐ、躱す、駆ける、駆ける、弾く、防ぐ。


 奮戦するその姿も、結末を変えるには至らない。


 降り注ぐ砲火を華達は躱し続けている。理由は勿論、そうせざるを得ないから。


 特出した才は、時に状況を大きく覆す場合もある。だがそれも、所詮は局所的なもの。最終的な勝敗を握るのは総合での能力値。それを補う仲間もいない少数では、結局大勢は動かない。


 大は小を圧倒する。勝負に勝つのは常に絶対的な強者である。逆転劇など物語の中だけの奇跡であり、奇跡とは起こりえないからこそ奇跡と呼ぶのだ。


 ――躱す、防ぐ、駆ける、駆ける、突貫する、斬る、穿つ、薙ぐ。



 無謬の連携の中のあってないような間隙を突き、ようやく接近戦へと持ち込む好機を得たが、それも徒労に終わるだろう。


 いかにその剣撃銃撃の威力が凄まじかろうと、斬り捨てられるのは一人ずつ。両手に握ったそれぞれの戦術機では、どうやっても手数が足りない。


 雄々しく立ち振舞って見せても、所詮は全体像から見れば微々たる数。龍という巨大な獣の軍勢には、掠り傷程度のものでしかない。


 目の前でデストロイヤーの同胞が斬り捨てられようと、個我を持たない兵士に動揺はない。機械仕掛けのような正確さで、確実に獲物を追い詰めるよう正着手を打ち続ける。


 一対一の決闘ならば無双であろうと、戦争では全体の物量差がものを言う。一転した反撃にも意味はなく、最期には討ち取られるのは自明の理。やはり時間の問題でしかない。


 それこそがファンバオというデストロイヤーと人間の融合体。


 人を裁く神。虐殺をもたらす試練も、愛し子らの正義を呼び起こすために振るう愛の鞭。


 試す側に在るために、原則としてその力は試される側を上回る。理屈などいらない。権能かみとは元来そういうものだ。


 課される試練に抗おうとする勇気も、龍神にとっては己に捧げる祈りに他ならない。ゆえにその力は青天井に上がっていく。


 衛士は人を超えた力を持とうとも、その存在は人間の側にある。


 人が神を超えることは許されない。英雄にできるのは神の与える試練に立ち向かうことのみである。


『私情を挟まない法の執行官の如き冷徹さ。それも悪くはないが、たまには己を曝け出してみるといい。でなければなにも為せない。そんなことではなにも救えはしないわ!!』



 人を超えた人格の意の下に、新たなるデストロイヤーがカタチを顕す。


 B-2ステルス戦略爆撃機型のデストロイヤー。大翼を広げた漆黒の破壊兵器は、人龍が遣わす破滅の使徒だ。


 投下される多種多様の魔力爆弾が戦場の華達へと降り注ぐ。一雫が致命的な威力を持つ破壊の雨を掻い潜り、持てるチカラを以て生き延びる。


 だがそれも無意味な足掻きである。

 戦場の華

に勝ち目はない。そのことは彼自身がよく分かっている。


 万に一つ、などという夢物語ではない。絶無だ。手段の殆どを出し尽くした衛士に、対抗策など存在しない。


 鎖部愛花は自身の冷徹さが告げている。こんなことに意味はないと。

 こうして凌いでみせたところで、終わりまでの刻を引き伸ばすだけのこと。

 結末は始めから決まっている。逆転への可能性など有りはしない。敗北は時間の問題だ。

 それでも尚、最期の瞬間まで膝をつくつもりはなかった。


彼女の衛士である誇りを最期まで手放さないために。復讐の憎悪を燃やしてその力を振るい続けた。


『貴方達の底は知れたわ。消えなさい』


 ただ在るだけで不安にさせ、同時に無視する事ができない。


 ファンバオの持つ怨念とは、常軌を逸していると同時に万人が理解できるものでもある。


 理解ができる故に、その存在から目を離せない。その宿業こそ狂気の凶悪性を裏付けるものであり――


「黙りなさい、マッドサイエンティストのデストロイヤー!! 貴方ににくれてやるものなど欠片のひとつもない!!」


 そんな極大の悪意に対して返すのは蔵屋敷優珂の言葉。少なくも明確に込められた義憤。


「今さら貴方に命の道理を説くつもりはない。そんなものは貴方にとって、恐らく生涯をかけて問い続けた命題でしょう。他者の言葉で、それを翻せるとは思っていない――殺すから、死ね。私から貴方に告げるのはそれだけです」


 鎖部愛花はデストロイヤーへの憎悪を胸に冷然と言い捨てる。そこに躊躇といった感情は欠片もない。


 鎖部愛花はファンバオと融合した人格の総てを否定しているわけではない。


 彼女の抱える数多の実験、失敗と困難な実験それと戦い、今日まで生き延びた執念は認めるところであり。


 何処までも生きることに真摯な姿勢には、敬意さえ持っているかもしれない。

 だが殺すのだ。


 研究者は人間をやめてデストロイヤーとなった許されざる悪。その一点がある以上、そこに容赦は一切ない。

 同情はなく本人への憎悪さえ薄すく。


 鎖部愛花はファンバオの人格を侮蔑しない。


 彼女の持つ意志の強さを、善性の研究者として認め、同時にデストロイヤーという邪悪を裁く断罪者として滅ぼす。


 その二つの感情に矛盾はない。どちらも偽りはなく、かつ揺るがない。


 良心の叱咤などそんなもの郭神琳にとって涼風ほどの障害にもならない。不屈を貫く正義の炎は無限に燃焼を続け、ファンバオを一刀のもとに斬滅するだろう。


「皆さん、手を貸してください。この超高出力パルスレーザーキャンノンを直接叩き込みます」


 現状にて存在する最強の札。

 通常ならば一柱でも困難なデストロイヤーを、数千もの数を同時に使役する。


 なるほど、大したものだと畏れ入る。アルトラ級の枠さえ超えるその強さ、敬服の念は確かにある。


 だが挫けん。屈するものかよ見るがいい。元より己に出来る事など決まっている。


 己に許された光。ただ己の火だけが我が力。ならばそれを貫き通すのみ。

 貴様が数千のデストロイヤーでもって対するのなら、我が胸の炎の力を数千倍に高めれば済む話。


「魔力コーラル超圧縮!! 稼働限界突破!! エネルギー充填率120%!! 超高出力パルスレーザーキャンノンを腕部に固定!! 狙撃射撃モードから近接射撃全力照射モードに変更!!」


 魔力を核として、上昇と縮退の果てに創造される星の爆弾。


「行って!」

「援護する!」

「愛花ちゃん! 頑張って!」

「行きなさい!」

「頑張ります!」


 突撃する。それを全力で援護される。郭神琳は全身を焼き爛れさせながら、ファンバオに取り付く。


「発射ッ!!」


 重力崩壊を起こしながら数十光年の彼方まで塵殺するコーラルと魔力融合の大暴走。神星の焔が到達した究極進化の輝光が放たれた。

 極限の先の極限さえも超えた力の行使。

 奇跡に掛かった代償は、当然ながら存在している。


 鎖部愛花も、無理に次いだ無理により心身はとうに燃え尽きている。己に有るあらゆるものを犠牲にして、彼女の飛躍は成り立っていた。


 身を削り骨を砕き、その魂までもが朽ちていく感覚。引き裂かれるような痛みがあり、心という際限なく湧き出るはずのそれまでも枯れ果てていく実感がある。


 それは死をも上回る苦痛。手放して楽になりたいと、そう思う事は真っ当な反応でしかないだろう。


 力を絞り尽くした後には、自滅という当然の結果が待つばかり。終わりを代価にしてでも無茶を通すのは、ある意味で勇者だけの特権だった。しかし、彼女は並の勇者程度では留まらない。


 燃え上がる意志のままに何処までも突き進んでしまえる怪物なのだ。


 終わる事が必然であり真っ当と思える事態でも、ただ諦めないと意気を吐き出す事で己の結末までも覆してしまう。


 前へ前へ、進むためにも終われない。不屈の意志に妥協はなく、故に微塵も迷わない。


 心が燃え尽きかけたのならば再び燃やせ。手段が無いのならば自ら作れ。朽ちた心身を再構築しながら、あらゆる苦悶や絶望も振り切って、可能性という未知へと向けて進んでいく。


 自滅必至の自爆技? 気休めは止めるがいい。


 そんなもの、死地での閃きと覚醒によって生存し、必殺の奥義に変えてしまうくらい、この衛士たちにとっては意外でも何でもない。


 憎悪に身を焼かれながらも光の属性を持った勇者、彼女はそういう存在なのだ。窮地も難敵も起爆剤として、望んだ地平へとなにがなんでも駆け上っていく。


 真なる決意の前には世の道理など紙屑同然、蹴散らして捩じ伏せ突破できると知っている。諦めなければ夢は必ず叶うと信じているのだ。


 ただ、ヤツを討ち滅ぼす力を。


 巨大なエネルギーの奔流は、人とデストロイヤーが融合した人類に敵対する脅威を燃やし尽くした。

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