ギガント級ファンバオ撃破作戦③



「愛花さん、私もいるから! あんなデストロイヤーなんて倒しちゃいましょう!」


 鈴夢の声に、復讐に囚われかけた少女の意識が浮上する。後ろに控えるものたちの第一陣。先陣を先駆けた尖兵に過ぎない。


 これこそが魔の軍勢。竜の軍勢。神々の敵対者、その神威召喚に他ならない。

 怖気が走る。これこそがデストロイヤーと人の融合。如何に人間の思考とデストロイヤーが接続していようが、本物の神を召喚することが容易なはずがない。


 それをこうまで同調し、完全に使役している。人の心を逸脱した狂気。破壊神、魔王の類とは驚くほどに相性がいい。

 魔軍の後続が控えている。

 尖兵1体にあまり手間はかけられない。

 ファンバオの神威召喚に対抗していくため、真昼達も覚悟決めた。

 ――この巨竜は、ただの一撃を以て打倒を果たす、と。


 常道で考えたなら無謀の一言。

 眼前に在るのは幻想の最強種。その中でも上位にある存在だ。本来ならば数十の衛士の手には余る相手。死力を尽くして尚届くかどうか。だというのに許されるのは一撃のみ。そんな蹴散らす雑兵の如く扱える敵では断じてない。

 それでも、成し遂げなければ勝利には届かない。

 たとえそれが前人未到の難行であろうとも、進むべき道があれば踏破することに迷いはない。


 一撃決殺を専心し、攻撃に全霊を傾けて真昼達は突貫する。しかし無論、巨竜も打倒されるだけの雑多な魔性ではない。


 巨大なアギトが開かれる。内より膨れ上がるのは地獄の業火の如き熱量。竜の息吹。ドラゴンブレス。伝承にも名を轟かす竜種の暴威が放たれる。

 ブレードは届かない。ブレスの蹂躙の方が早い。

 攻撃に専心した突貫は、引き換えに防御を犠牲にしている。

 結論は明白。一撃での打倒などやはり無謀だった。1人では到底届かない。


 だからこそ真昼に不安はない。1人では不可能だった。だが今の彼女は1人ではない。

 蹂躙の寸前、竜の息吹が突如として霧散する。

 破滅の具現たる暴威の嵐が、その力の一切を喪失した。

 身体を吹き抜ける柔風と化したブレスの中を、真昼は躊躇うことなく疾走する。


 真昼による身を犠牲にした高出力攻撃。

 未知なる技術体系を駆使する彼等の秘奥、その一端を宿したコーラルストリーム中毒を利用した全方位攻撃はあらゆる体系の攻撃を無力化する。


 制約として無力化できる時間は1瞬に限定されるが、その効果は衛士という神秘を犠牲にしている。ギガント級の一撃でさえ一度なら無力化できるほどに強力だ。


 頼もしい味方の援護により、その行くてを阻むものは消え去った。

 踏み込む。到達した巨竜のもと、真昼は刃の間合いにその首を捉えた。


 その一閃は英雄のもの。竜殺しの偉業を再現した一撃は、一刀の下に巨竜の首を両断した。


 成し遂げた竜の打倒。だがこれで終わりではない。忘れていない、これは前哨戦。召喚された邪龍の軍勢は数多と控えている。


 しかしそれさえも本物の神威の前では雑兵の群れに過ぎない。真の脅威はその裏に潜むものにある。


 天空の向こうより、極大の魔性が招来する。地上の全てを覆い尽くさんばかりの魔の波動は、さながら暗黒の太陽か血染めの月か。


 代名詞である魔眼はモノの死を具現させる。真なる魔神の権能は、ただ死を視覚させるだけの優しいものではない。


 瘴気の渦巻く嵐が吹き荒れ、大地は炎獄の海に包まれる。


 進軍を開始する眷属らの奥では、閉じられた瞼が下僕の手により開かれようとしている。


 あれを開かせれば全てが終わる。抵抗の余地はなく、絶命の結果だけが下される。


 その事実が示すものは一つ、暴走へと駆り立てる意志力、その狂念の質量は世界の法則さえも遥かに凌駕しているのだ。


 『警告』『WARNING』『CAVEAT』『AVVERTIMENTO』『GLOSBE』『STOP』『停止せよ』『EPOKHE』『DANGER』『GEFAHR』『危険』『PELIGRO』『BRAMA』『ANLIEGEN』『SUPPLIA』『やめて』


 鳴り響く地球と人類の悲鳴。人類史に点在したあらゆる言語を用いて表示される警告文。

 それらはまるで、必死に自らの存在を懇願する哀れな命乞いの姿に見えた。


 理で編まれた世界が震動している。

 それはこの場に限ったものではない。その世界そのものが自壊の軋みを上げている。


 世界に存在した総てが崩壊を始めている。拡がる黄昏に呑まれ、残るものは何一つとしてあり得ない。


 総てを無に。大も小も、強きも弱きも、そこに生まれたか細い意思さえも道連れにして――――


 


「まだだ!」


 ……諦める。ああ確かに、それしか道はないのかもしれない。


 方法なんて思いつかない。そもそも自分は新人なのだ。そんな者がどうにも出来ないのだ。自分に出来ることがあるとも思えない。だから、諦める。それが自然で、きっと当然のことなのだろう。


「……!!」


 ――だというのに、この胸の内より湧き上がる、炎のように燃え滾った激情はなんなのか。


「まだ、です! 鈴夢さん! 私は、鎖部愛花はまだ戦える!!」


 もはや勝てない。何も出来ない。諦めよう。

 それらの言葉を思い浮かべる度、内なる気持ちは頑なに拒んでいるのだ。

 理屈ではない、この気持ち。制御なんて出来ないし、する気もない。

 ただ、どうやら自分は、ここで立ち止まってしまう事を認めていないらしい。

 隣に立つ鎖部愛花。眼を合わせれば、同じ感情で動いているとすぐに理解できた。

 何か策があるのか?

 そんなもの、あるわけがない。

 自分たちは凡庸だ。奇跡のように解決へと導く、英雄のように選ばれた力は持っていない。


 自分に出来ることは足掻くことだけ。どんなにみっともなくても前に進む、その諦めの悪さしかない。


 ここで足を止めてしまうなんて嫌だ、認めない。何も出来ないからって、それで諦めなければいけないなんて道理はないはずだ。


 理屈はなし、勝機もない。ただ己が気に食わぬから、それだけで抗う


 この戦場にいる誰もが自分の事を信じられないといった風に見ている。無理もないのかもしれない。ただの新人で、どうにもならないのに、こんなことを言い出すなんて正気ではないだろう。けれど、今まで生きていた人類だってそうだったはずだ。


 終わりたくないから立ち上がった。

 死の絶望の中でも最後まで抗った。

 そこに勝算があったわけじゃない。自分が諦めないと叫ぶのは、理屈があってのことじゃなかった。


 何も変わらない。この意志が続いている限り、人類の歴史ニンゲンたちは前へと進む。それは我儘で、意地なのかもしれなかった。


 

《小さな衛士、貴方こそ真の勇者、人の可能性よッ!! 素晴らしい!! おお、素晴らしいわ!! ただの衛士がこんなにも!!》


 ファンバオの光は、灼熱に燃えて輝く太陽だ。眼を灼くほどに眩しくて、小さな意思はその輝きに呑まれて映らない。


 それは人間融合体ファンバオの本質だ。彼女と同化した愛する人の輝きとは、そうした眩しく煌く光なのだろう。


 そうでない輝きなどファンバオの眼には映らない。きっと無いも同じなのだろう、小さく儚い只人の意思などは。


 人の可能性だと、真の勇者だと自分の事を賞賛した。だけどその賞賛に心が動いたことはない。今もって尚、そんな輝きが欲しいとは思えなかったから。

 郭神琳は戦った。その過程で強さが練磨されたのはその通りで、試練がなければここまで至れなかったのも事実だ。


 けど、それだけじゃない。本当に僅かなものではあったけど、その中で誰かを助けられたこともあった。手を差し出すことが出来たのだ。


 試練に打ち勝つことよりも、自分にはそちらの方が何倍も誇らしい。あの邪龍から見れば輝きとも呼べない小さな光、当たり前の善意こそ何よりも価値があると思える。


 結局、どんなに強くなってみせたところで人間とはそんなものなのだろう。


 穏当な平和の中、余裕を持って他者を思える世界。そんな柔らかな光でこそ自分は生きていたい。


 平和の中では真価が発揮されない?  結構だ。試練がなければ示せない真価なら、無いものと扱ってくれて構わない。

 地獄でも示せる意志でなければ本物でないなどと、そんな理屈は受け入れたくない。


 それは自身の大切なモノを守りたいという、すごく身近で切実な気持ち。

 その光が見えないというのなら、ファンバオ。衛士たちは決して貴方には屈しない。


「なら、示さないとね。私たちも、伊達にベテランやってるんじゃないって」

「はい、流星さん。鈴夢さん、よく言ったわ。鎖部愛花さん。貴方の言葉は私に勇気をくれた」


 そこに先程までの諦観はない。あるべき戦場の華としての強さがその姿にはあった。


 ベテランである皆が、自分の意地に付き合って起ってくれている。こんなに弱い自分のために、何もできないこの手に代わって、この我儘を押し通してくれる。


 独りじゃない、仲間がいる。彼等が共にいてくれたなら、どんな奇跡だって信じられる。

 再び皆の意志が揃い立った。


 相手となるのは総ての神霊、史上最強を塗り替えた新しき終焉神話。

 無茶な戦いだが、今回のはひときわ度が過ぎている。可能性なんてこれっぽっちも見えない。


「行きましょう!!」


 ああ全く、本当にいつも通りだ。

 無茶な相手なのも可能性が見えないのも同じ。それでも自分たちは諦めずに立ち向かい、全てを乗り越えてこれた。


 だったら今回だって諦めるのはまだ早い。こうして前に進むための手足があり、意志が折れずに繋がっているのなら、抗うことはできるはずだ。


「なら、一つ策があります」

「策だって? 」


 打つ手なしと思われてきた中に、とすれば光明が見えてきた。


「喜ぶのは早いです。策とは言ったが、こんなものは到底策などと呼べる代物ではない。道化の語る戯れ言の類いです」

「……何を狙っているの? 愛花さん」

 

 本人がこう言う策だ、きっと真っ当なものではないのだろう。けれど真っ当な手段では邪龍ファンバオの神々の黄昏には対抗できない。どんな無茶でもやるしかない。

 世界を覆う絶望。

 人間とデストロイヤーの融合した極大の絶望の帳。

 その絶望を穿つ。絶無に見える可能性に一点の風穴を空けるのだ。

 確たる希望などない。理屈で考えるなら不可能だ。だがそんなものは臆する理由になりはしない。

 絶望を越えた先の希望。不可能を成し遂げる強い意志こそが真の英雄性の発露なのだから。

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