ギガント級ファンバオ撃破作戦①


 ドビウオもどきのスモール級デストロイヤーを殲滅し終えると、愛花は防衛軍の本部まで女の子を護衛しながら連れて行くことになった。


 複数ある原子力戦闘空母イージス艦の中でも一番大きく、強力な電磁バリアを装備している防衛軍本部で、その艦長の提案で、ずぶ濡れになった愛花は着替える事ができた。

 着替えた愛花は艦長に向かって言う。


「これだけの戦力を保持していながら、たがが数百のスモール級相手に、良いようにされるなんて平和ボケしているんじゃないですか?」

「エリアディフェンスが有効だし、主力衛士は殆ど出払ってる。ネストもないし、今回のこの混乱は仕方がないわ」


 シノアが愛花を諌める。涼し気な顔で蔵屋敷優珂も不満があることを述べる。


「その点については鎖部愛花と私も同意見。現地の人でどうにかできなかったのかしら」


 といってもG.E.H.E.N.Aという強大な企業の横槍があるので、九州の防衛軍を責めるのも酷な話ではあった。まさか守るべき人間から背中を撃たれるとは思っても見ないだろう。

 艦長は二人の不満に笑う。


「はっはっはっ、その通り。返す言葉もない!」

「は? 笑い事じゃないんですよ。防衛軍の戦力は低くない。なのに現地で対応できない指揮系統の杜撰さを指摘しているんです。確かに突然の事態かもしれませんが、それに対応できる戦力があるならちゃんとしてください。訓練してます? エリアディフェンスや電磁バリアがあるから平気だと高を括ってませんか? デストロイヤーはいつ、どうやって、どんな風に攻撃してくるか分からない存在なんです。甘く見積もる事の危うさがわからないなら艦長なんてやめてください」

「愛花ちゃん、言い過ぎ、言い過ぎ」

「そうだな、平和ボケしていたのだろう。これだけの戦力があれば余裕だと、思ってしまっていた。衛士がいなく、数だけが多い相手に外征依頼をしてしまった」

「甘いです。貴方は甘い考えが抜けていない。次はもっと大量に、強い個体がやってくるかもしれない。そう考えて今すぐ警戒レベルを上げておくべきです。今回の急な衛士を呼びつけは当然だ、くらいの心構えが必要です」

「言い過ぎよ、鎖部愛花。そういうのは現場にいってもあまり意味はないわ。防衛軍の上層部に文書と一緒に送りつけないと、ただの八つ当たりにしかならないわ」


 イェーガー女学院で、内部政治を行っている松村優珂が感情のままに言葉を吐き出す郭神林を止める。それでも愛花は止まらない。


「今回の件は始まりかもしれない。すぐにでも艦長室に戻って防衛軍の戦力を備えるべきです」

「ご無礼お許しください、艦長さん」


 頭を下げる時雨。


「いや、物怖じせずしっかりと言いたい事を言えるのは素晴らしいことだ。それにこれは国防に関することだ。君達衛士の言葉をしっかりと聞き入れる必要がある。悪いが、彼女の言葉通り、戦力について準備を始めよう。君達は、この後どうするか分からないが、ゆっくりしていってくれ」


 その時、サイレンが響き渡った。

 

『海上よりデストロイヤー多数接近を確認、迎撃さよ。繰り返すヒュージ多数接近。直ちに迎撃せよ」


 トビウオもどきのデストロイヤーが来る。

 この戦いの勝利条件は敵の殲滅。それを達成出来るかどうかは、デストロイヤーがどれだけの物量を投入してくるかで決まってくる。


 現在、日本防衛軍が展開し、海上でデストロイヤーを迎撃している。彼らから入ってきた情報によると、の数は師団規模。容易ではないし、総力を挙げてかからねばならない事に変わりはないが、しかし彼我の戦力比を考えれば決して殲滅が不可能な数だと言うわけではなく、十分に勝てる見込みのある戦いである。


 衛士たちも、厳しい戦いにがなるだろうが、しかし問題なく勝利出来る戦いだ、と楽観視している部分があった。


「総員、射撃開始」

『了解!』


 現在、戦況は極めて順調に推移している。

 即席としていまひとつ勝手が掴めなかった開戦直後。しかしそこは、黒崎鈴夢が指揮官として巧みにカバーしていた。


 前衛に一ノ瀬真昼。と柊シノア、中衛に蔵屋敷優珂、愛花、後衛に時雨。弱い真昼をあえて前衛において後ろから支援することで多種多様な局面に柔軟な対処が出来るようにしていた。


「優珂ッ! 10時方向距離3200スモール級35!」

「了解ッ!」


 レギオン内の戦域管制も兼ねている時雨の命令に従って、松村優珂が戦術機を構え、即座に魔力弾を発射する。ここまでの戦闘で風の影響を完全に読みきっているのか、難なく命中、そして撃破。


「よし……とりあえずこれで次の波が来るまで、しばらくはゆっくり出来るかな」


 戦域情報を見て、デストロイヤーを示す光点が消滅しているのを確認した時雨は呟いた。


『──戦闘中にあまりのんびりしすぎても、いい影響は無いんじゃない?』


 回線を繋ぎっぱなしにしていたため、その独り言に蔵屋敷優珂が反応する。


「それはまあ……そうだね」


 鈴夢は苦笑しながらに返した。

 実のところ、今日の戦いでは近接戦闘は数えるほどしか行っていない。襲い掛かってくる敵の大半を狙撃によって討ち滅ぼしているからだ。勿論、これは愛花の力によるところが非常に大きい。


 今日の鈴夢隊の撃墜数の六割ほどが愛花の狙撃によるスコアだ。数が多い時、特異個体が含まれている時は、どうしても接近を許してしまい、近接戦闘を行わざるを得ない。しかしスモール級やミドル級が50体程度なら、2kmも距離が開いていれば愛花一人の手によって接近される前に殲滅してしまう。100体までなら部隊全員で狙撃する事で、やはり接近される前に殲滅出来る。


『──HQより時雨隊。12時よりデストロイヤー群が接近中、警戒せよ』


 防衛軍本部からデストロイヤー発見の報が飛び込んできた。


「了解」


 鈴夢は脇に追いやっていた戦域情報をスクリーン中央に動かし、拡大表示させた。基地のレーダーが捕捉したデストロイヤーが赤い光点となって、スクリーン上にポツポツと点灯し始めている。


「距離4500敵影79か……いけるかい? 愛花さん」

「任せてください」


 愛花はきりっと表情を引き締めると、力強い声で返事をした。


「頼むよ。──隊形は前衛中央に槌参型、敵が距離500まで突破してきたら三角弐型に移行して各自接敵。いいね?」

『──了解ッ!』


 時雨隊たちは即座に陣形を作り上げる。

 現存する敵のスモール級とミドル級はどちらも正面からの弾幕が十二分に通用する。つまりは──愛花の独壇場だ。


『いきますッ!!』


 愛花の高らかな宣言と共に、一方的な殺戮が始まった。


 ダン、ダンと、重厚でありながらも小気味良い砲声が周囲に連続して響きわたる。愛花の駆る戦術機から次々と魔力砲弾がバラ撒かれた。


 一見すればただ乱射しているように見えて、しかしその実、愛花は一発一発着実に狙いを定めて発砲していた。


 デストロイヤーを相手にする際の狙撃で重要なのは、照準合わせのスピード、そして判断のスピードだ。迫り来る敵を撃つわけだから、照準合わせにまごついているようでは、いつまで経っても狙いを定められない。また素早く照準を合わせられたとしても、相手の動きを即座に予測してトリガーを引かなければ、やはり命中させられない。


 とにかくスピードが肝要だ。モタモタしていれば、その分ヒュージを近くに引き寄せてしまい、危険が増大する事になる。


 愛花は自分自身を磨きに磨き抜く事で、それらを極限まで高めた。

 そして得たものは──未来予知と言い換えられるほどの鋭い読み。何も考えていないのではないかと思わせるほどの瞬時の判断力。


 経験に裏打ちされた技術と生まれ持った才覚を総動員する事で、発射時の反動から次弾装填によって起きるほんの僅かな銃身のブレまで完全に把握し、更にそれらを全て吸収してしまう事で、弾薬が続く限り、一射目と同じ完璧な精度による狙撃が、しかも連射で永劫繰り返される、無限狙撃術──アンリミテッドスナイプ──そんな神業。


 人間という枠を明らかに逸脱し、遥かなる高み──まさに神の領域にまで到達していた。


 ともあれ、フルオート……とまではいかずとも、指切り点射による連射と見紛うばかりに連続して放たれた魔力弾は、一発たりとて無駄弾を使う事なく、狙いを違わず確実に敵の躯に突き刺さっていく。

 ……三分後。


『──ラスト!!』


 愛花が叫び、最後の砲弾が発射される。そして距離2000を残し、最後の一体が崩れ落ちた。愛花は一歩も動く事なく、たった一人で79体ものデストロイヤーを殲滅してしまった。


「凄いね、愛花」

『いえ、それほどでは』


 鈴夢に褒められた愛花は、難しい表情で先を見つめる。


「待機」

『了解』


 そして、鈴夢隊が敵を殲滅してから数分。


『──HQより各機。敵戦力の殲滅を確認した。全部隊は引き続き最終確認に移行せよ。繰り返す、全部隊は──』


 防衛軍本部からデストロイヤー殲滅の報が入った。

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