そして新しい物語⑧

 自分に振りかかる火の粉は、自分の手で払う。 例えフォーミュラ式であろうが、散々馬鹿にしていた性能であろうが、テスターとしてあらゆる所作を体に行わせて きた自分が、ここで尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない。


 鈴夢は微速前進。 相手に対してブレードモードにセット。

 鈴夢の実戦挙動に気づいたのか、 千香留は頭部だけ鈴夢へ向けていた。

 千香留に向けてゆ っくり歩き始めた。


「――歩行戦……!?」


 鈴夢は体を立たせ、千香留を構えさせる。


(射撃を使えばとっくにやれたはず…… 更に高機動近接格闘戦に持ち込む気はない。足を止めて斬り合うつもりなの!?)


 じわり、と鈴夢の額に汗が滲み出る。インジケーターが、彼女の脈拍が正常値ではな 事実を示していた。呼吸は努めて一定・・・・・・だが、血流が熱く目まぐるしく全身を駆け ているような感覚を、鈴夢はともすれば焦りに震えだしそうな心で感じていた。


「何が目的か知らないけど」


 鈴夢は、眼前の状況に集中する余り、自身を取り巻く様々な不満を忘れつつあった。 千香留は一歩、また一歩と、夕陽の中を歩み寄って来る


「――ここまでやるほど……そんなに私が気に喰わないっていうんですか!」


 頭に血が上った、とも違う。純粋に、ひとりの人間、ひと りのテスターとしての想いだけが彼女を突き動かしていた。


「来てくださいよ、千香留隊長…………相手になります......!」


 眼前の千香留は一見あっさりと無力化してみせた。だがそれは、刹那の瞬間を 正確に見定め、必要最低限の動作を的確にこなす事で得られた結果の筈だった。


 それは今の鈴夢に対して欠け、求められている要素、そのものだった。 千香留が地響きを立てて立ち止まる。噴射跳躍を使えば、一気に詰められる距離を置 き長刀を正眼に構え直す。心持ち半身となり、片足を前に踏み出してきたその姿は、 さながら戦国武将のようであった。


「行くわよ」


 オープン回線に千香留の声。千香留が突進を開始する。真っ直ぐに鈴夢目掛け て、重々しい体の響きと共に、黄昏の化身のようなその姿が大きく迫る。

 鈴夢は冷静に自分でも心の隅で、軽く驚きを覚える程冷静に、千香留の挙動を 観察していた。


(まだだ・・・・・・まだ・・・・・・まだだ・・・・・・)


 千香留の動作開始点―長刀でこちらを貫くのか、そのまま切り伏せようとするのか、 或いは全く別の動作から切り上げてくるのかいずれにせよ、どこかで変化が訪れる鈴夢は、息を吐きながら、その瞬間を待った。


 それはあたかも、 鈴夢と千香留が、先程の千香留と蒼風の立場と そっくり入れ替わった様であり.....千香留が長刀を上段に大きく振り被り、圧倒的な迫力でもって鈴夢の頭上へと振り下ろしてきたその瞬間。


「あああっっ!!」


 鈴夢は、半ば意識せずに、体を流れるような動作で操作していた。それはかつて 経験した事のない、フォーミュラ式戦術機との一体感だった。


「うおおおおおお!!」


 激しい激突音と衝撃が脳みそを揺さぶる。鈴夢は千香留の必殺の一撃をブレードモードで受け止め、迫り合いなる。 両腕のアクチェーターに過負荷警告。 主機出力が上昇。ブレードは激しく振動し、各関節が悲鳴を上げ始める。網膜に警報が幾重にも重なる 斬り合った刃が噛み合う部分の金属被膜とカーボン・ナノ構造体の圧壊により、飛散する火の粉を伴う放電が発生。


 激突する金属塊の轟音と振動―巨大な剣が一振、ゆっくり2軸回転しながら弧を描いて宙に舞う。マニピュレーターに掛かるオーバートルクによって、破壊防止装置が作 動し戦術機をパージ――つまり、ブレードがはじき飛ばされたのだ。

 銃口が人工湖の水面を貫き、湖底に突き立って水飛沫を上げると、小さな虹が生み 出された。


「ハアッハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」


 鈴夢は虚空の千香留をただ睨み続け、荒い呼吸を繰り返す。


「ハアッハァ、ハァ、ハァ・・・・・・」


 鈴夢の両腕ことマニピュレーターは、しっかりとフォーミュラ式戦術機を保持している。弾き飛ばされたのは、千香留のフォーミュラ式戦術機だった。


「CPより各機! 状況終了―全機ハンガーまで後退せよ!!!」


 レシーバーに声が響く。CPからの音声だ。

 張りのある声で、鈴夢はようやく我に返った。 オープン回線で話しかける。 その相手は鈴夢達ではなかった。


「CPより東雲千香留、目的は達成したか?」



 東雲千香留は夕陽に視線を向けたまま、ため息をついた。さっきまで身体の中で高まっていた戦いの熱を外に吐き出すように。その中に苦味はない。成功の喜びと、この上ない安堵があった。


「ふぅ」


 ため息の中にあるのは、安堵の色が10割だった。まさかこんな最初期の段階で計画を中止させる訳にはいかないと、そう考えていたからだろう。今までの遅れを覆すための大胆な提案は、十二分に効果が得られる結果に終わった。千香留もそう思っているし、実感している。


 演習が終わってから、質問が殺到した事に関する答えでもある。それに対して答え、整備室で戦術機を見る鈴夢の顔を思い出す。真剣な表情でフォーミュラ式戦術機を見つめながら、じっと何かを考えていた。


 恐らくは先ほどの戦闘で感覚を掴んだことだろう。あれだけの動きが出来たことに関して、喜びよりもまず再現することに重きを置いている。実にストイックというか、真面目な女だった。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る