そして新しい物語⑦
整備者である綾波みぞれに再度の確認を行った。
戦術機と衛士の機動概念、設計思想における新型と旧式の異なる部分。モジュールのセンサーマスト、それが持つ機能的な意味。
なぜ今までに教えてくれなかったのか、と言う。それに対して、綾波みぞれは少し怒った表情で答えた。
最初から教えていたと。だが自分の方が聞いていなかったのだと。
鈴夢も、確かに断片的にではあるがそのような事を聞いた覚えがあった。だが、その時は欠点だの改悪だのと自分勝手に判断していて、真面目に聞かないどころかその事実を客観的な視点から分析しようとしなかった。
数週間が無駄になった。綾波みぞれもそれに頷いていたが、その甲斐はあったと苦笑を重ねていた。隠していたのは、他ならぬ自分の視野の狭さだったのだ。
そんな自分とは違い、綾波みぞれは技術者としての本分を全うしていた。まだまだ未完成の戦術機を無理に旧式に合わせて誤魔化そうとせずに、開発の本道から逸れないように工夫していたという。
(あとは………東雲千香留隊長との和解)
ノーマル式とフォーミュラ式の両方の設計思想が反発しあわないように調整し、互いの長所を活かせるように指摘するのが主席開発衛士たる鈴夢の仕事である。
そう聞かされた鈴夢は、尤もだと思い始めていた。だがそれには東雲千香留という人間との関係の改善が必要である。
綾波みぞれの主張は、全くもって正論であった。それまでの説明も、もっと早くに聞き入れていれば良かったと思う程に。
(だけど………簡単に言ってくれます。その本人は、何処かに行ってますし)
綾波みぞれは今日の試験を見ずに姿を消しているらしい。鈴夢はCPに確認したが、まだ所在は不明のままだという。
鈴夢は昨日の反省を今日の訓練に活かすつもりだった。その姿勢が間違っているかどうかはともかくとして、苦労と面倒をかけた相棒には伝えるべきだと感じていた。
時間が経過し、シミュレーター訓練が始まろうという時にも発見の報は得られない。
――――その時だった。
『え、無断侵入? 訓練区域内に………』
『な、なになに? って。あ――――』
CPから聞こえる声が、急に慌ただしくなる。その直後だった。
統合仮想情報演習システムが勝手に終了され、目の前の風景が一変したのだ。岩山はそのまま。空だけが、白い雲が映える爽快な青から、不安を感じさせる赤へと変わる。
驚愕しながらも、状況を確認する。
「CPとの通信は………駄目か。広域データリンクも途絶。学院に異常は見られないが………」
他のアネモネ小隊員も同様らしい。これがCP壊滅というシチュエーションの演習であれば分かるのだが、そのような状況が設定される事は小隊の誰も聞かされていなかった。
鈴夢は確認した後に、もしかしたら綾波みぞれ姿を見せない事に関連しているのか、と不安になる。
その問いに答えるように、脳内で警報がなった。
「この警報は………衛士が………二人?」
識別不明、つまりアンノウンの衛士がこちらを目指している。理解した鈴夢は迅速に自分たちの装備を確認した。
あるのは演習用出力のものばかりで、ブレードさえ刃を潰している模擬刀だ。
「これは………こちらにはデータがないわね」
「くっ、接近中のアンノウンに告ぐ!」
◆
無言の中。前方に見える四人の反応を前に、東雲千香留は戦術機を強く握りしめた。
通信からは、ここがアネモネ小隊が優先的に占有している演習区画だの、貴機の行為は軍規違反だのといった忠告が聞こえてくる。
「ふぅ」
中途半端は無し、あるいは殺す事も視野に入れる程の覚悟で挑む。それが東雲千香留の心構えであった。しかし、本当に殺してしまえば何もかもが台無しになってしまう。
「斬らぬならば、抜くな………もう、迷う時ではない」
自分は何のためにここに居るのか。自分はどういった立場にいる者なのか。成すべきことは。胸に刻みつけるように東雲千香留は想起し、全身に刻みつける。
直後に、通信から驚愕の声が聞こえてきた。
『G.E.H.E.N.A……所属、アネモネ試験レギオンの東雲千香留……っ!?』
さぁ、実戦テストを始めよう。
◆
侵入してきた衛士が止まる。鈴夢はその目が自分の方に向けられていることを感じ取り、歯を食いしばった。
この横浜衛士訓練校にいる東雲千香留は一人しかない。その彼女は、背中に戦術機をシューティングモードにして一歩だけ踏み込んだ。
腑に落ちない点が多すぎる。流星も一葉、鈴夢の3人は疑問符を納得のいくものに変えようとした。
それを前に、蒼風はブレードモードにして戦術機を抜いた。
「手っ取り早い方法で行きましょう!」
「待ってください!」
「そうしたいのはやまやまですけど、あちらさんは、やる気ですよ!」
鈴夢が制止の声を出すが、蒼風は止まらない。実戦用の戦術機をあれば殺傷能力は十分である。
東雲千香留のことを一番良く知っていた。万がに相手が本気であるとして、先手を取られて状況をコントロールされれば、全滅は不可避となる。
その前に確かめる。
前衛たるポジションの役目を全うしてやる。蒼風はそう決断して、に躍りかかった。
左右に体を振り、フェイントを織り交ぜて狙いを定めさせないようにしながら間合いをつめていく。
「ここだ――――っ!?」
蒼風は相手から見て、右側。攻撃しにくい方に回りこむフリをして、左に体を滑らせた。空力制御も見事な、鋭い機動。速度が乗った一撃が繰り出される。
未だ動かない東雲千香留に、蒼風は相手の読みを外せたことを実感した。奇襲の成功を確信する。
最悪でも、先手以上のものは獲得できるはずだ。ならば一撃であればもらってもいい、というぐらいの覚悟がこめられた攻撃が繰り出された、が。
「な―――っ!」
少し後方に控え引くと、軽く前に跳躍して数歩を進めると同時に王莉芬の前に立ちはだかると、ブレードを一閃する。
「ぐっ?!」
よどみのない、清流のような袈裟斬り。蒼風はそれをブレードで受け止めるが、その衝撃により自分の体の進路が横に弾かれてしまったことを感じた。
これでは千香留に届かない。瞬時にそれを悟り、止まらずに前へ駆け抜けることを選択した。
突進を活かした一撃は高い威力を誇るが、止められた時は大きすぎる隙が生まれてしまう。であるならば、止まらずに走り去った方が良いのだ。操縦桿を斜め前に、少し上空へと体を向けた。
「くっ、先を取られ――――!?」
舌打ちをする間もなく、蒼風は視界ウィンドウから発せられる情報に驚いた。先ほど自分に攻撃を仕掛けてきた東雲千香留が、既に自分の後を追うような位置を取っていたのだ。
「流石、東雲千香留隊長」
いくらなんでも速すぎる。舌打ちをすると同時、はブレードを片手に追撃を仕掛けてきた。
「はやい」
流星は思わず呟いた。速すぎる、というのが今の攻防の感想であった。蒼風のフェイントを混ぜた奇襲はさり気なく高い技術が使われている、見事なものだった筈だ。
対する東雲千香留は、たった一撃で蒼風の仕掛けを徒労に終わらせてしまった。
仕掛けたは中刀から返ってくる反作用の力に逆らわずに機体を引き、後ろ足を出して踏ん張ったかと思うと全速で噴射跳躍。
靭帯構造をバネに加速を助長し、一気にトップスピードに乗ったかと思うと一直線に蒼風の体に追撃を仕掛けたのだ。
簡単なようで簡単ではない動作。だが、問題はその速度にあった。
いずれも速すぎたのだ。攻撃を読み取る速度、実行に移すまでの時間、動作を繋げる間のタイムロス、どれを取っても文句のつけようがない程のものだった。
「………ですか」
「鈴夢さん?」
怒りに染まっている、その声を。
「そこまで私が、気に入りませんかッ!!」
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