そして新しい物語⑥

 横浜衛士訓練校総合司令部棟前。

 合同テストのデブリーフィングを終えた鈴夢は、綾波みぞれからの夕食を断っ て、ひとり外気に当たっていた。


 頭を冷やしたかった、というのがその最大の理由だっ た。合同テストが惨憺たる結果に終わった事を慰めようとする意図が見え隠れしていたため、居たたまれず断ったのだった。


 戦術機ハンガーでの口論の後、鈴夢の報告に沿って綾波みぞれが戦術機を念入りにチェッ クしたのだが、異常は全く認められなかった。メンテナンスに関して彼女の腕に絶対の信頼を寄せている鈴夢としては、それは認めたくなくても認めざるを得ない事実だった。


 翌日・第2演習区画演習場


 脳内に警報が響き渡り、視界内に警告ウィンドが立ち上がる。耳障りな音響に、必死の形相だった鈴夢は更に顔を歪ませた。


「今度はなに!?」


 表示された進路が赤く点滅の逸脱という警告だった。 次の瞬間、衝撃と共に体が大きくさぶられ、激しくシェイクされた。

 訓練想定は市街地での高速侵攻。統合仮想情報 演習システムが、住宅壁との接触によるダメージと進路のずれを肉体制御に反映する。


「くぅッ!!」


 必死に体を制御しながら顔を歪ませる。防御結界により肉体的な衝撃は相当程度ブロックされてはいるが、肉体は確実にダメージを受けており、蓄積したそれが鈍痛となって鈴夢を苛んだ。


「はああああ!」


 天賦の才とも言える鈴夢のリカバリー能力が瞬時に発揮され、体の姿勢は安定。 規定進路への復帰を試み体を下降させる。更に警報。いきなりレーダーが飽和した。視界にウィンドが重なり体が下方から突き上げられる。 体が障害物あるいは地表面に接近し過ぎたと判断した。



「ツッぁ」


 その正体は、山のように積み重なった大規模ヒュージ群。そのため、自動回避プログラムが降下をキャンセルして肉体を上昇させたのだった。


 跳躍する。鈴夢は驚異的な四肢の連係動作をコンマ数秒でこなす。 視線コマンドで戦術機をシューティングモードへ変更。デストロイヤー山頂部の一角を吹き飛ばしながら最大加速。


  手前の山をやり過ごすと、体を一八〇度ローリングさせ、仮想の天井壁を蹴り、瞬時に縦軸回転で体を進行方向に対し反転、跳躍ブーストを前面に展開し全力噴射。つまり機体をバックさせて背面のシューティングモードの高出力射撃を起動、右腕を背面に旋回させ、全力斉射を開始した。砲撃を受けたデストロイヤー群の画像が四散し、電子の塵 に還る。


『チェックポイント3、プラス4・3』


 レシーバーから遅延を伝える流星の声。事実の報告に過ぎないが、責められているような気分になる。


「これ以上好き勝手にッ」


これ以上この機体にコケにされてたまるか歯を食いしばり、進行軌道はそのまま に3軸回転、機体を正常姿勢に復元させ、デストロイヤーでできたトンネルをくぐり抜ける。 設定画面の呼び出し航法コンピュータの対物マージンをミニマムに再設定。 最短ル ートを選択。 戦術機の使用者保護機能を最低レベルへ。

 リミッターを解除されたCHARMが猛然と唸りを上げ、体は複雑な多角形3次元機動を描きながら加速した。


「ぐぅ……!」


 強烈な横殴りの急Gが、防御結界を易々と超える。

 意識が遠のく。


「ぐあッ!」


 パルスショックで意識が回復。

  整備パレットに降り立った鈴夢は、思わずよろめき、落下防止用のフェンスに手をついた。大丈夫かと心配顔の綾波みぞれに、「はい」と答え、差し出されたミネラルウ オーターのパックを受け取る。顔を上げると、フォーミュラ式グングニルを持って整備パレットで技術屋と話す蒼風がいた。蒼風の性格から言って、随伴任務など退屈以外の何物でもないはずなのだが、そんな蒼風の昂揚と鈴夢の落胆は非常に対照的だった。


 力なくフェンスにもたれかかった鈴夢は、ミネラルウォーターを飲んでむせる。負荷が蓄積した内臓の拒否反応だった。口内に逆流した水を無理矢理飲み下すと、鳩尾に掴みあげられるような鈍い痛みが染み渡り、日頃意識しない胃という臓器の存在を、 嫌と言うほど意識させられる結果となった。


「鈴夢さん」


 その声を聞いた鈴夢は反射的に舌打ちをした。そして、いかにも億劫そうに立ち上がると、声の主にラフに敬礼した。


(デブリーフィングまで待てないんですか)


 千香留は教本通りの答礼を行うと、表情を変えずに言った。


「何か言いたい事はありますか?」

「ありません、隊長」


 冷めた鈴夢の態度にも、千香留は何の反応もしなかった。


「わかっていると思いますが」

「重々わかってます」


 わかってはいるが、あんたに言われたくない鈴夢はそう言外に込めながら、それでも戦術機テスターとして任務に誠実であろうと、事実を報告した。


「私はまだこの戦術機を完全には制御できていないません」


 鈴夢は拳を握る。


「練習機で基本特性は掴んだつもりだったが、やはり実戦機動になると一筋縄にはいかない。出力増加分の見積もりが甘かったです」

「そのようですね」


 『フォーミュラ式ダインスレイフ』

 それがこの戦術機の開発呼称だ。外見こそノーマルのダインスレイフだが、機体各部に新設計のパーツを組み込んだ『新造試作機』といってもよい機体だった。


 開発のベ ースとなったノーマル式ダインスレイフは、高性能ながら、機動制御の難しさや稼働時間などの間 題から、当初の配備予定数を大幅に縮小され、一〇〇機未満の調達に止まった不遇の戦術機であった。だが、それらの欠点をこの共同開発によって克服する事ができれば、 拠点防衛を主任務とする第一世代の後継機に止まらず、現在国内開発中の次期主力機が実戦配備されるまでの中継ぎとしての役割も十分に期待できるのだ。


「スケジュールを繰り上げての実戦機動試験。鈴夢さんの提案でしたね。慣熟シーケンスに戻しても良いてすけど」

「まだ実動18時間、シミュレーターを入れても3時間だ。やって見せます。 基本設計は練習機と同じです」


 練習機による数週間の慣熟訓練は、フォーミュラ式ダインスレイフへの換装作業が完了するまでの期間に行われたものだった。その間、鈴夢はフォーミュラ式の機動特性を我がものとするため、必死 になって訓練に臨んだ。その甲斐もあって、操作時間が2時間を過ぎる頃には、他の戦術機と遜 色なく操縦できるレベルにまで到達し、その後のテストでも無様な結果を晒す事は無くなっていたのだ。

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