そして新しい物語⑤


 鈴夢を格納庫に収まめ後、整備室に足を向けた。 身体が鉛のように重かった。


「――あの、お疲れ様です」


 綾波みぞれは複雑な笑みを湛えて出迎える。不機嫌な鈴夢に対してのささやかな礼節だった。


「……お待ちかねです」

「......何がですか?」


 綾波みぞれが指を指した方向に目をやる。演習場に続く扉にひとつの影。鈴夢は目を凝らす。 夕陽を背に千香留が立っていた。

 千香留はつかつかと歩み寄り義務的に答礼すると、鈴夢を真っ正面から睨み付けた。

 鈴夢は舌打ちしたい気持ちを抑えて敬礼を返す。


 睨み合うふたりの衛士を、綾波みぞれを始めとする技術屋達は期待と不 安を以て観察していた。彼女達の心中に去来するのは賭けの勝敗と賞金の行方。ある者は 手を止め、ある者は見て見ぬ振りをしながら全体ブリーフィングの一件を知る者は 尚の事、固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。



「本日の結果、少しは恥じていますか。鈴夢さん」

「はい」


 恥じているのは事実だった。整備兵の連中はこれを白旗と見なすのだろうか。


「最悪です、千香留隊長」


 合同テストはアネモネ試験小隊が赤っ恥をかいた形で終了していた。他の小隊の戦果は上々であり、 特に一ノ瀬隊は、受け持ち区域のデストロイヤーを一掃する大戦果を挙げた。


 アネモネ試験小隊が担当した区域は最後まで防衛線の押し上げができなかった。指揮をするべき鈴夢の取りこぼしをレギオン全体でフォローする形でなんとか時間いっぱいしのいだものの、その結果はお粗末としか言いようのないものだった。


 死亡こそ出さなかったが、それは鈴夢の指揮によるものではなく、各々の技量によって拾った結果であった。


 鈴夢にとって最もダメージが大きいのは、最前線で第一世代の戦術機でさえ熱いこなしてきた自分が、 よりによって多くの人間の前で翻弄された事だった。


 繰り出した最後の一撃も、体のバランスを崩しただけで終わっていた。


「貴方は当初、フォーミュラ式戦術機の挙動に戸惑っていた。全く新しい基本概念である戦術機である以上、それはやむを得ません。ですが、戦術機の特性を理解していれば、例えば連続射撃ではなく、散弾を選ぶ事もできた筈です」


 千香留は慎重に言葉を選んで語り始めたが、今の鈴夢に、その配慮に気付く程の精神的余裕はなかった。


「お言葉ですが」


 鈴夢は反射的に千香留に反論していた。鈴夢に乗った技術屋達が気配を消して色めき立つ。


「第一世代でも問題なく行えた挙動ですよ」

「そうですか、続けてください」

「フォーミュラ式ダインスレイヴの主機出力は圧倒的に不足しています。 ピーキーな機体特性にかみ合ってません。 実戦機動に対応できない戦術機なんて問題外ですね」

「私は第二世代の戦術機も使いましたが、フォーミュラ式とは別次元で すよ。フォーミュラ式があれでは、直系の発展も期待薄ですね」


 フォーミュラ式はノーマルの改悪模造品。鈴夢が言いたいのはそれだった。余計な改造を施し 結果、オリジナルの戦術機が持っていた長所を潰してしまったのだ、と。



「要するに……戦術機のせいだと言いたいの?」

「そんな戦術機を前線に送り出す事こそが問題じゃないですか? 衛士の命はタダじゃない」

「試験機とはいっても、前線ではフォーミュラ式の第一世代も実戦配備されている」

「酷い話です」

「ですが、他の衛士は、貴様が直面した状況より過酷な前線に送り出されても、フォーミュラ式戦術機を上手く使いこなしています」

「信じられません」

「その衛士は、貴方が絶賛するノーマル式も同じように使いこなすぞ。つまり、他の衛士に比べ、貴方の技量は劣っているという事よ」

「ーーッ!!」

「……ハッキリ言います。貴方は未熟よ」


真っ向から未熟だと断じられ、耐え難い怒りが込み上げて来る。 隊長であろうと、新人という立場がなければ2、3発お見舞いしていた事だろう。


 睨み合うふたりが互いの立場も忘れ、決定的なひとことを口から放とうとする――そんな熱気を孕んだ空気に大慌てで涼風を吹き込んだのは、鈴夢の傍らで事の次第を見守っていた綾波みぞれだった。


「すみせまん、すみせまん、わかりました、わかりました! おふたりの言い分はよくわかりました。から、この続きはデブリーフィングで。 そろそろ整備、始めたい、なんて」


 綾波みぞれの仲裁に、ハンガー内から一斉に湧くブーイング。賭けの結果が出るか も知れないというのに余計な事をするな、という技術屋達の抗議だった。 綾波みぞれはぺこぺこしたりしながら定常旋回を繰り返し、同僚達をなだめる。


  降り注ぐブーイングの集中豪雨に、千香留と鈴夢は我に返った。冷や水を浴びせられ るとは正にこの事であろう。彼女等は戦術機ハンガー中の注目を集めている事を完全に失念していたのだ。


「すみせまん、熱くなりすぎました。失礼します」


 千香留は複雑な表情で詫びると、少し頬を赤らめながらくるりと背を向け、歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る