そして新しい物語④

 歓迎の模擬戦が引き分けに終わった後。鈴夢達アネモネ試験レギオンは、横浜衛士訓練校の校舎へ向かっていた。


 神奈川の鎌倉を起点とした日本のデストロイヤー全てを誘引する為に作られた横浜衛士訓練校は、演習区画まで数十キロある。衛士がいくら飛行が可能とはいえ遠い距離だ。フォーミュラ式ダインスレイヴが届くまでの繋ぎであり、親睦を深める意味での。その訓練の中で、4人は任務を果たすための言葉を交わしていた。


「あーもー、まさかあそこでああ来るとはなー」

「誘い込まれてることを読めなかった蒼風さんの落ち度です。まあ、私も予想してなかったですけど。まさか初対面の流星様にバックアップを全部任せるなんてよ」


初対面の相手に任せるなんて度胸ありますね、一葉が笑う。


「………勝つために必要だったから。軍人さんも同じ事をした……ですよね」

「軍人さん………って私の事か!? トップガンさん?」

「言われたくなければトップガンはやめてください」

 

 模擬戦の内容も、トップガンとは程遠い結果だったと、鈴夢は先ほどの勝負を思い出し、内心で舌打ちをした。

 本当はレアスキルの一つ、暴走と引き換えに自身を強化するアサルトトランスで決めるつもりはなかった、とは言わない。言えないからだ。予定は未定であり、どんな作戦を取ろうと実が伴わなければ言い訳にしかならない。


「そう謙遜しないでください。引き寄せて囮になって~って、言うのは簡単ですが、アサルトトランスは扱いが難しいと聞きます。ああいうトラブルが起きても即時復帰できるのも強さの一つです。それに結果はアレだけど、本来は突撃より味方を信用した作戦を立てています。そこは蒼風さんと同じデュエルスタイルかと思ってました」

「そうかしら。鈴夢さんの元の居場所は数の優位を重視する作戦をとるから、むしろ鈴夢さんにとってはセオリー通りの戦術だと思うわ」

「なるほど、チームワーク優先ってか。どこかの誰かさんに聞かせてやりたい言葉ですね、蒼風さん?」

「言ってんじゃん一葉先輩! というか私が言ったのは鈴夢に手を出すなって意味で、流星先輩に手出しすんなとは言ってないですよ!」

「私は、流星様に手を出す時は生半可な気持ちでは行けないと思っているんです」

「意味違いますよ!! この人妻狙い先輩!!」

「なっ!? 私のこの気持ちは純愛ですよ! たまたま好きだった人に相手がいただけです! 王莉芬さんこそ戦術機の性能差あるのに、最後までトップガンを仕留められなかったでしょう!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を、流星が微笑みと共に見守り。最後の1人は、無表情のままじっと黙りこんでいた。それを察した流星が静かに話しかける。


「あら………勝てなかったのが、そんなに悔しい?」

「当たり前です。私はやるからには勝つつもりだって言いました」


 鈴夢は流星の言葉に噛み付くように答えた。やるからには勝つ、それが衛士だと思う―――というのは、模擬戦前の流星本人の言葉だ。

 同じく、余裕をみせつけて勝利するつもりだった。だが、蓋を開けてみれば劣勢の上での引き分けだ。

 それどころか、狙撃で体勢を崩す以前の、一対一での格闘戦では終始追い込まれていたように思えた。

 最後の撃ち合いでも同時。鈴夢にとっては、不本意極まりない結果だと言えた。


「蒼風ちゃんを相手にしてあそこまで張り合えたんだから、誇っていいと思うけれどね」

「勝てなくて喜ぶような負け犬根性は持ってません。って、蒼風さんの腕はそれほどのものなのですか?」

「見たとおりよ。少なくとも私じゃね。一対一の条件下で戦うような事態になるのは、御免ってとこかしら」


 鈴夢はノータイムで答える流星に、蒼風に対しての信頼を見た。


(極東防衛戦線・横浜衛士訓練校か………各地で回った戦線以上に多種多様な人間が集まる軍隊。もっとバラバラだと思っていたけど)


 あるいは、腕の良し悪しで判断されるのか。


「鈴夢先輩もやりますけとね。位置取りとか、俯瞰的な戦術的判断力とか」


 ぶすっとした声で蒼風は言う。鈴夢はそれに、はっと鼻で笑って言い返した。


「それでも自分よりは劣るって言いたいんですよね?」

「まぁ、ハイ。とはいっても、先の勝負は私の負けです。あんだけ戦術機の性能に差があったのに、最後まで仕留められなかったし」

「人のおこぼれでの勝利なんざ要りません。それでも勝つつもりだったんです、私は」


 舐めてかかれる相手じゃなかったとは、意地でも口にせず。

 蒼風はそれを聞いて、え、私ってどんだけ舐められてんの、と予想外過ぎるの言葉に目をぱちくりさせた。


「まあまあ………っと。ん、小型飛翔体、誘導弾? ――――じゃない、これは」

「軍人?」

「だから軍人じゃなくて衛士ですって」

「軍人ですよ、一葉先輩」

「ややこしい渾名つけられちゃったわね、一葉」


 一葉はレーダーの反応を確認すると、蒼風に告げた。


「おー、蒼風。どうやらお姉様がお迎えに来たみたいだぜ」


 直後に通信が入ってきた。内容は、中隊が居る近辺で一ノ瀬隊が演習を行っているというものだった。


「えっ!? 葉風ねぇ!?」

「今、戦ってるのが葉風さんとは限らないでしょ」

「葉風?」


 聞いたことのない名前に、鈴夢が疑問を抱く。


「葉風。才能三姉妹の絞りカスね」

「葉風ねぇも強いよ! 自信がないから舐められてるだけで私より冷静で射撃を成功させる!」


 鈴夢は目を閉じて皮肉げに笑った。しかし、蒼風よりも射撃が上手の衛士は良いかもしれない。

 そう考えた鈴夢は、期待感に胸を躍らせた。特化型はハマれば相当強いとされている。


(井の中の蛙になったつもりはないけど………舐めるのはもうなし)


 鈴夢はほくそ笑んでいた。彼我の力量差はともかく、歯ごたえのある相手が居るのは有難い。

 そうした事を考えている時に、流星が「変ね」と言う。このままだと、先ほどの小型飛翔体が演習エリアの外に出てしまうという。あれは標的機で、本来であれば演習の際に全て撃ち落とされるべきものだ。


「確かに、変ですね。何かトラブル?」

「万が一の時には向こうで何とかするでしょう。手を出してトラブルになる方が問題です」



 一ノ瀬隊とアネモネ試験レギオンは同じ時期に結成されたレギオンだ。嫌でも比較対象となる。この際、相手の貴重な記録が取れるかもしれない、と判断して、CPの千香留に、該当空域には絶対に進入しないという条件で許可をもらう。

 あっさりと許可が下りたことに、鈴夢はへえ、と頷いた。


(それだけフォーミュラ式グングニル弐型の重要度が高いってことですか。確かに、あの凄みを見れば分かります)


 そして、目の前の光景を見てもだ。黒髪の衛士は見事な動きで、不規則な動きをするドローンを一発も外さずに撃墜させていく。

 一葉が感嘆の声を零し、鈴夢もそれに同意した。卓越した技量でドローンを潰しまわっている。


「あ、一機だけ逃しそうに………ならさぁ!」


 蒼風は戦術機でドローンに狙いをつけた。挑発の意味もかねて、ドローンを破壊しようというのだ。


 演習場から出て行こうとするドローンに狙いを定めて引き金を引く、その直前だった。黒髪の衛士は見せつけるように"自分と全く同じタイミンで超長距離射撃を成功させた。

2つの弾を受けた小さなドローンは跡形もなく爆散した。


 ―――その日の夜。任務を終えた鈴夢達4人は、アネモネ試験レギオンの私室に集まっていた。


「ようこそ、横浜衛士訓練校へ!」

「あ、ハイ」


 鈴夢は明るい声で歓迎の言葉を吐く蒼風に驚いていた。

 ぽろっと零してしまった本音――――最初は舐めていたこと――――を聞いてからはずっと怒っていたのに、今はそんな事を微塵も感じさせないような表情をしている。

 その後の会話に関してもだ。鈴夢は当たりが柔らかくなった口調の蒼風に戸惑い、それを察した一葉がフォローを入れた。


「いつまでも腐らないのが蒼風さんの良いところですね。長い間、怒りを持続させられない鳥頭と言ってもいいですが」

「誰が馬鹿ですか! 聞こえてますよ! 人妻狙い衛士!」

「ですから! 人妻狙いって言わないでくださいよ!」


 鈴夢はまた喧嘩をする二人を見ながら、呆れた顔を見せる。

 流星はフォローするように言った。


「素直じゃないのはともかく、嫌な気持ちを引きずらないのは本当よ。レギオンのムードメーカーね」


 また喧嘩をする二人を見ながら、ステラはぽつりと呟いた。

 例外はあるけど、と。


「さて、ご飯にしましょう」


 そう言って流星は料理を机に並べ始める。その料理の内容に鈴夢は少し驚いた顔になる。


「ここに来たばかりの人は、戸惑うことが多くてね。あなたもその通過儀礼中ね」

「そうそう。私も最初に来た時にはびっくりしたんだ~」


 一応は、人類の貴重な戦力を整えるという役割においては最前線と言える場所である。だがデストロイヤーの領域の境目に接している基地とは比べ物にならないぐらいに、この横浜衛士訓練校の空気は緩いのだ。


「贅沢だ、って後ろめたい気持ちになる人が多くてね」

「まあ………でも、昨日に食べたあれは合成食料でしよね」

「やっぱり天然の食料は高いもの。大勢の人員が集まるとどうしても、ね。S以上の評価を受けた衛士はそうでもないらしいけど」


 料理よりそれよりも模擬戦の事を話そう、と。衛士の提案に3人は逆らわず、別の話題へと移っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る