そて新しい物語③

「今流星さん。ちょっといいですか?」


 解散の号令と共に、鈴夢は自分のパートナーである流星に声をかけた。彼女 はまだ座っていたため、鈴夢が見下ろす格好になった。 なにかしら」


 例の片眉を上げる表情を見せ、その薄い唇が微妙にへの字に歪んだ。口数は少ないが、 ある意味表情豊かではある。そこには、あからさまな警戒心というよりも距離を置こうとする意志がハッキリと見て取れた。だが、鈴夢にとって彼女の都合など知った事ではない。


 態度から判断するに内面的には流星も、鈴夢に対する思いは蒼風と同様であろう。そのようなパートナーに一〇〇%の信頼を置いて戦う事はできない。


  いわば今の段階では3対1という状況を想定すべきなのだ。いかに腕に覚えがあろうと、 組み慣れた衛士3人を向こうに回して『絶対に勝てる』と確信するほどの 夢想家ではなかった。


  当然、彼女個人としては、1対3という不利な状況での戦いにも興味 はある。だが、この横浜衛士訓練校の流儀を理解しかけていた鈴夢は、ここで勝たなければ意味 がない事を十分理解していた。


 これは演習などという生易しいものではない。鈴夢の評価試験なのだ。少なくとも流星が静観を決め込むのか、能動的に敵に回るのかだけ は見極める必要があった。その必死さが伝わったのか、それとも引き留められるのが面 倒くさかったのか、鈴夢より先に流星が口を開いた。


「安心して鈴夢ちゃん、私も衛士よ。やるからには勝ちたいわ」


 流星はそれ以上何も言わなかった。信じる信じないは自分で決めろという訳だ。


「うん、私も勝ちたい。なにがなんでもな」 「......そう。 奇遇ね」


 流星は少し目を細めてそう言った。そして静かに立ち上がると、滑るように歩き始 める。新参者の持ち時間は終了したらしい。だが、鈴夢はこの結果に満足していた。


 流星の表情と言葉には、己の極東防衛戦の代表してこの部隊に派遣された衛士の「誇り」ともい うべきものが宿っているように感じられたからだ。それだけは絶対に裏切らないであろ う事を、鈴夢も同じく組織に忠誠を誓う者として信じる事ができる。そして、それ以 上の思わぬ収穫が、彼に勝利の手応えを感じさせていた。


「ねぇ! ねぇ! 鈴夢ちゃん!」

(早速来たね)


 鈴夢が振り向くと、ニコニコした蒼風が、喜色の色も露わに立っていた。


「なんですか?」

「千香留さんの代わりに一番機の戦術機を扱うなんて認めないからね! ぶっ潰してあげるよ!」


 鈴夢は、千香留が上官としても衛士としても相当な信頼と尊敬を得ている事を 実感した。

  例え戦場から遠く離れた試験部隊であっても、いやむしろ戦術機という歪な兵器を、あらゆる極限状況で駆るテスターであるが故に、『死』は常に側にある。


 蒼風にしてみれば、その状況下でチームを組むに相応しい人間として、 千香留以外のトップは認められないのだろう。鈴夢が千香留の後任を命じられた訳で はないのだが、便宜上隊長の戦術機を預けられただけでも、蒼風には我慢ならないのだろう。


「あれ? 何も言い返せないの? 普通はここで怒るところだと思うけど。それとも鈴夢ちゃんは弱々なのかな?」


 鈴夢は黙って時計をみた。


(集合まであと2時間……調整、間に合う)


 完全に無視された格好になった蒼風は、面白くなさそうに顔をしかめる。


「ちょっと」

「ねぇ、蒼風さん。貴方が一番機を使って良いよ」

「えっ?」


  鈴夢の提案内容を理解した蒼風は、あまりの意外さにあっけにとられた。


「な、なにいってんの!? ハンデかなんかのつもり!? バカしないでよ!」

「違う。私はノーマル式ダインスレイヴに、蒼風さんはフォーミュラ式ダインスレイヴを扱い慣れている。それだけ」


 本音だった。

 現在普及しているノーマル式ダインスレイヴは魔力のみで運用しているのに比べて、フォーミュラ式は特殊なナノマシンを媒体として魔力と電力両方のエネルギーで運用している。


 フォーミュラ技術は無機物有機物を自在に変化させるヴァリアントシステムの総称で、全てをエネルギーや装備の変形が可能な画期的な技術だ。しかしその扱いの難しさからまだ量産化の目処は立っていないハイエンド機のみに搭載されたものである。


「蒼風や皆さんのデータは既に閲覧してます。その時にフォーミュラ式の戦術機を見ましたが、初運転であれは無理です。つまり私にとってあの強化モジュールは、死重量も同じなんです」


 蒼風は鈴夢の企みを暴こうと必死に思考を巡らせていた。押し黙ってはいたが、 その目はしっかりと鈴夢を睨み付けている。


「そうですね、お互い使い慣れた戦術機じゃないと、ハッキリしませんよ、この場合」


 相変わらずきっちりとした金色一葉が割って入った。


「一葉先輩は黙ってて」

「はぁ、その言葉遣い。気をつけてくださいね」


 カツカツと音を立てて規則的な足音を踏みながらブリーフィングルームを出て行きかけた金色一葉が、おもむろに振り返った。


「期待してますよ、トップガン。カッコ付けといて肩すかしってのはナシでお願いします」


 そう言って金色一葉は廊下を遠ざかっていく。鈴夢は、既にトップガンというあだ 名を付けられていたことを知って、軽くへこんだ。


「鈴夢さん」


 蒼風は無表情だった。そして鈴夢の返事を待たずに喋り続けた。


「そこまで言うなら取り替えてあげる。その代わり、後でガタガタいうのはナシだよ」

「うん、わかってる」


 そう言ってブリーフィングルームを出ていった。

 整備室で集合まであと30分という時に鈴夢は自分が運用するノーマル式ダインスレイヴという戦術機の調整を始めていた。


(………あの人が敵に回ったのは、良かったな)


 腕試しにはちょうどいい。あつらえたかのように、条件はシンプルだ。自分はノーマル版ダインスレイヴに、その他はフォーミュラ式ダインスレイヴを使って。


 金色一葉と王莉芬がA分隊で、鈴夢と今流星がB分隊。ステージは市街地だ。デストロイヤー支配地域ということで、飛行高度の制限が入る。


(それにしても、綾波みぞれさんが居てよかった)


 本来の命令であれば、自分は千香留隊長の代わりにアネモネ小隊の一番機に、フォーミュラ式ダインスレイヴを運用する筈だった。だが、鈴夢はそれを断った。データを見た時に即興で使いこなすのは至難の業だと判断したのだ。ともすれば、デッドウエイトにしかならない可能性がある。だから鈴夢は、蒼風が一番機に乗ることを提案した。


 互いに乗り慣れた機体どうしで。鈴夢は言い訳の理由を作り合うのはごめんであると考えていた。


「銀髪も勝つ気があるみたいだったし」

「どうしました? 鈴夢さん」

「いや。それよりも、みぞれさんが居て助かったと思って」

「なんですか、いきなり。それよりも、鈴夢さん蒼風さんにフォーミュラ式ダインスレイヴを譲ったんですね?」


 純粋な戦術機の性能で言えば、恐らくはあっちの方が上だろう。綾波みぞれもそれを察しつつ、聞いてきた。


「はい。絡まれると面倒なので」

「蒼風さん……優秀な衛士ですね。快活な方と聞いています。蒼風さんはグイグイ来られる方と距離を作りますからね」


 綾波みぞれは呆れた表情になる。


「………で、実際どうなんですか?」

「勝ちますよ。私があの人たちに負けるとでも思うんですか?」


半ば以上に強がりの言葉を告げる。

――――実際はどうであれ、だ。


「一蹴する。それが“トップガン”の役割でしょう?」


 鈴夢は不敵に笑う。金色一葉は鈴夢のことをトップガンと自分を呼んだ。

 本来であればそれはアメリカでも海軍の航空機乗りの呼称で、衛士である自分には適していないと知りつつ、真面目に言ってきた。


「強いですよ」

「うん、知ってる。送ってくれたデータ見たから。でも勝つ」


 間髪入れずに断言する。勝てると答えてはみたものの、確証を抱ける程にあいつらは甘くないだろう。特に蒼風については、鈴夢は警戒心を高めていた。

 勝てると断言できる材料など、どこにもない。今まで経験した中でも屈指の、難敵であることは間違いなかった。


(でも勝算はある)


 蒼風は拳を握りしめた。もとより、自分は特別な指導を受けていたのだ。この場において誰にも負けることなど許されない。劣る自分に価値など無いからである。停滞するだけの己に、存在する意味などない。

 戦術機の性能差など、言い訳にもなりはしない。最新鋭を相手にする時も、ずっと胸に抱いていた決意と共に戦うだけだ。

 鈴夢はそうして、気合を入れるように戦術機のグリップを握った。

 あっちも元は千香留の機体で初運転という訳だが、こっちはそうじゃないと。


「よし、いいです」


 綾波みぞれの声の後、鈴夢は戦術機の駆動を確認した。また、更なる不敵な笑みを浮かべる。全ての項目に関する補正誤差が期待以上に収まっているのでは、笑う以外の行動など取れないからだ。


「流石です。まるで1年以上乗りこなした戦術機みたい」

「とぼけないでください。これを見越してたんでしょう?」


 鈴夢はその声に無言で同意した。綾波みぞれの腕がなければ、戦術機を交換する話をもちかけはしなかっただろうと。他人が使っていた戦術機というのは、とにかくその癖が出る。

 使い込まれた戦術機ならなおさらだ。コンマ数秒ぐらいのラグだろうが、特に対人戦闘においてはそのラグが命取りになる場合が多い。


 それを短時間で、限りなくゼロに近づけることができるのが綾波みぞれという黒崎鈴夢の親友にして戦友、衛士と整備班を行う仕込みの技量だった。


(――――ああ)


 鈴夢は笑う。挑戦状は既に叩きつけ、相手も受け取った。


「では、出撃どうぞ!」

「はい!」


 鈴夢は頷き、親指を立てて応えた。対人戦闘で、衛士が互いに賭けるのは自分の技量というプライドである。鈴夢は思った。まさか、それが一部だけではないはずだと。


 負けず嫌いが集まる、誇り高き衛士。未来の同胞達が乗るであろう戦術機の”大元”を任された生粋の衛士達、それが如何なるものか。


 黒崎鈴夢は乗り慣れた戦術機のような反応を示すノーマル版ダインスレイヴと共に、模擬であれ間違いなく戦場と呼べる舞台へと挑んでいった。




「ほらほら、どうしたトップガンっ!」


 蒼風が吠えた。狙い定められた銃口より撃ち出された36mmの弾が大気を切り裂いた。黒崎鈴夢はそれを回避しながら、内心で舌打ちをする。


(やはり、やる!)


 回避に専念しているため直撃は一度も受けていないが、危うい場面は幾度と無くあった。先に相手を発見し、仕掛けてくる位置を推測した上でのファーストアタックは上手くいった。だが黒崎鈴夢は一連の攻防で一瞬だけ虚をつかれ、その僅かな隙に上を取られてからは、守勢に回ることしかできなくなっていた。


 仕切り直しをするために牽制で何度か36mm弾をばら撒くも、推力で上回るフォーミュラ式ダインスレイヴの支援を受けて跳躍飛行する蒼風は素早く的確な機動でもって強引に突破を仕掛け続けてくる。


(他人の戦術機だ、ラグは絶対にあるはず………それをものともしてないのか!?)


 蒼風が運用している戦術機は、元は芹沢千香留の戦術機だ。準備の時間は数時間、その程度で完璧な調整を行える者が綾波みぞれ以外に居るとも思えなかったし、戦術機特有の癖などは何度か操縦してみないと分からないのが普通。


(実際に、その"ズレ"によるラグは出ているのは間違いない。でも、それをカバーできるほどの………!)


注視すれば、ぎこちなさがあるのは窺える。だがそれを上回るぐらいに、衛士である蒼風の反応が早いのだ。

 鈴夢は戦う前までに、この短時間で話した蒼風の性格を分析していた。命令違反をする程に勝気で、感情的な。衛士の例に漏れず、負けず嫌いで自信家であると。だからこそ回避に専念して、相手を焦らせる方法を取った。相手にとって想定外の事態を引き起こすことで、判断力を削ぎ落とさせる作戦に。

 戦術機と衛士のフィッティングは完全ではない。あるいはその隙を突ければ、戦術機性能で劣る自分のノーマル版ダインスレイヴでもやれる筈だと思っていた。


「どうかしました!? こんなもんかですか!?  根暗トップガンさん!」

「言わせておけば!」


 鈴夢は余裕がなくなってきていた。猫ように機敏に、獣染みた反射神経、そして。


「そこだァっ!!」

「っ!?」


 魔力噴射を全開にして一気に間合いをつめた蒼風が短刀サイズの刃を煌めかせる。虚をつかれた鈴夢は、無意識に姿勢をわざと崩した。


「なっ?!」


 蒼風は標的が視界から突然消えたことに驚き、一瞬だけ思考を硬直させられた。鈴夢はその一瞬の間隙を縫うようにして、体勢を立て直す。追撃はこないと、狙っての回避機動である。後詰がいたら、体勢を立てなおしている内に撃たれただろうが、それは来ない。


 鈴夢は聞いていた。蒼風は最初に言ったのだ。手を出さないでください、私1人でやると。だからこそ鈴夢は1人で受けて立った。回避に専念、判断力を削いで誘い込み、今流星からの狙撃で勝負を決める。あるいは自分の手で片を付けようと。だがここに来てその判断が間違ったものであることを悟った。

 鈴夢は、侮っていた事を悔いる。目の前の衛士の技量は自分が思っていた以上に高い。この戦術機性能差でやり込めるのは非常に困難な相手であり、間違えなくても油断をすれば落とされる程の腕を持っていると。

 このまま、誘導しきれるか。鈴夢は過った不安を断ち切るように叫んだ。


「やれるかじゃない――――やってやる!!」

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