歪んだ世界編

そして新しい物語①

 宇宙は死の荒野などではなく、地球生命は決して孤独ではない その存在を知る。


 人々の多くは、南極に着陸した巨大な建造物と生命に対して同じく、神の被創造物という宗教的な慈しみや同胞的な親近の念を自然に抱き、南極の建造物への地球外生命体の夢に熱狂した。 そしてその数年後、希望に浮か れていた人々は突然理解した。人類もまた、等しく生命の摂理に支配される存在に過ぎ ないのだというシンプルな現実を。


 ファーストコンタクトは惨劇となった。突如として異星起源種は、南極基地に所属する地質調査隊をひとり残らず食い殺した。以降彼等はその版図を思うがままに拡大し続け、軽武装のみで抵抗する人類を悉く退けた。


 無人探査機兵により南極に生息する数種の生命体は、科学者達を驚喜させると同時に、その雇用者達にも大いなる希望を与えた。


 デストロイヤーと命名されたその生命体は、宇宙、火星、 月、地球、南極といった環境変化をものともしない強靭な生命力と圧倒的な物量によって、一九七 三年には月をほぼ制圧、遂に地球ユーラシア大陸中央部、新疆ウイグル自治区へ降下するに至る。


 直接侵略を受けた中国は、優勢に推移する戦況を背景に国連軍の派遣を断った。だが、 強力な生体発振レーザー器官を有する新種の出現によって航空兵器が完璧に無力化されると、物量に抗しきれず戦線は総崩れとなり、中央アジアは瞬く間にデストロイヤーの手に落ちた。翌年の北米侵攻ではその教訓を活かし、着陸ユニットの落着直後に集中的に核攻撃を行う事によって辛うじて侵攻を阻止するも、その代償は大きく、カナダ国土の70% が死の荒野と化した。


 危機感に煽られた人類は、国連と対デストロイヤー組織G.E.H.E.N.Aの下に各国軍の指令系統を再編し、反撃に打って出る。 その後30数年間の戦いでユーラシアの95%を失ってしまったものの、航空兵力に代わる対ヒュージ主力兵器・戦術機の開発と配備、そして国際秘密計画をG.E.H.E.N.A社を主軸とした 『アサルト計画』によるデストロイヤー研究の成果によって、侵攻を停滞させる事に成功する。


一九九八年、国連軍総司令部はカムチャツカ、日本、台湾、フィリピンから、アフリカ、イギリスに至る防衛線によるユーラシア大陸へデストロイヤーの封じ込めを基本戦略と決定。


 その翌年、防衛線に打たれた楔、デストロイヤー占領下の神奈川以西の本州島奪還を目的とするオペレーションルシファーが発令、G.E.H.E.N.A社の開発した爆弾の投下によって、デストロイヤー大戦史上初の失地回復を成し遂げ、敵の前線基地であり戦略兵器である通称アルトラ級デストロイヤーを撃破、横浜の占領に成功した。


 そして現在、70億いた世界人口は約10億人。日本人口は5000万人。 人類は依然、滅亡の淵にあり、絶望的な消耗戦を続けていた。


 4月。

 桜舞う極東防衛戦線・私立横浜衛士訓練校。

 今日は高校生の入学の日だった。理事長代理の高松咬月が仮面を被った少女に問いかける。


「四葉くん、大丈夫かい?」

「うっ、毎年のことですけど胃が痛い」

「ハハハ、英雄と名を馳せる君でも、人前は苦手か」

「それもあるんですけど、お世話になった先輩たちに上から目線で挨拶するのが凄い申し訳なくて」

「そうか、たしかに複雑な気分になるだろうな。しかし君は英雄なのだ。胸を張ってくれ」

「ハイ」


 壇上に上がる。


「私立横浜衛士訓練校、特別相談役、戦百合四葉です。皆さん、悩みごとがあるなら精一杯悩んでください。本日より私が皆さんを、支援します。学業・恋愛・家庭・労働・私生活に至るまで悩み事あれば迷わす相談に乗ります。一緒に生きて世界を救いましょう!」


 こうして、新しい世界が始まる。

 突然、どこかでドカンという爆発音が響いた。


「……何?」

「何か爆発したみたいね。あそこは、確かパンフレットによると研究所あたりからみたいだけど……事故かしら」

「とにかく、データリンクで確認を」

「そうね」


 新入生達が女学院の配布された電子端末を使ってデータリンクに接続した直後、横浜衛士訓練校内に警報が鳴り始める。そして、慌しい声がスピーカーから飛び込んできた。


『──コード991発生、繰り返す、エリア2にコード991発生!』

「こちら四葉──HQ、詳細を報告せよ」

『──研究所防衛部隊よりHQ、地下実験施設にコード991発生、目視確認で三体、それ以上は不明ッ!』

『──HQより研究所部隊、現在、即応部隊が出撃準備中、敵の進攻を阻止せよ』

『──バカ野郎、こっちは式典用装備なんだ! 衛士が出るまでアンチデストロイヤーウェポンがあるハンガーまで退がらせろッ!』

『──HQより防衛部隊へ、繰り返す、現在、即応部隊が出撃準備中、敵の進攻を──』

『──分かったから早くしろッ!』

『──HQより各セクションへ。防衛基準体勢1へ移行。繰り返す、防衛基準体勢1へ移行──』


 コード991──

 デストロイヤー出現を知らせるコードである。

 人間とデストロイヤーの戦闘能力という点において比べると、デストロイヤーの方が圧倒的に優れているのは言うまでもないことだろう。徒手空拳でデストロイヤーに勝てる人間はいない。だが人は、その他の動物と対峙する時でも、自らの肉体だけで戦ってきたことはなかった。その手の中には武器があり、身を守る防具があった。殺されずに殺す自分を守る武具、それが発展して辿り着いた先が、衛士が扱う決戦兵器戦術機と普通の人が扱えるレベルまで性能を落としたアンチデストロイヤーウェポンという兵器であった。

 個体での衛士とデストロイヤー。どちらが勝つかという点においては衛士の技量にもよるが、スペックの面でいえば衛士に軍配が上がるだろう。遠近どちらでも攻撃方法があり、機動に優れる衛士はデストロイヤーにも対抗できるためだ。


 戦車も、距離が離れているなどの条件が整っていればデストロイヤーを圧倒できるだろう。航空戦力に関しては、ギガント級という天敵がいない場所では有用な武器である。それに対し、衛士はデストロイヤーを相手に、いついかなる状況下でも安定した力を発揮できる兵器と言われている。


 優れた技量を持つ衛士ならば、100の数をも相手にすることができるほどの、対デストロイヤーに生み出された人類の回答式。現時点でデストロイヤーの最強と呼ばれているアルトラ級とて、衛士が落ち着いた状態でまともに戦えば勝利を収める事ができる。


 

 一対一で戦えば、衛士の方が圧倒的に強い。それが、単純な事実だった。それなのになぜ、今日に至るまで人類は敗走を続けているのか。それは、一対一ではないからだった。アルトラ級から生み出されるデストロイヤーの数がゼロになったということどころか、減少したという報告でさえ成されたことはない。それは擬似的な無限大を思わせられるもの。喩えるならば、母なる雄大な海の如く。無尽蔵とも思わせられる、視界一杯に流れ続ける水と同じように、まるで尽きることを知らないかのように現れ続けるデストロイヤーが存在している。ゆえに奴らと長い間戦い続けてきたものはこういう。


 ――――まるで黒い津波だ、と。


 森も町も何もかも飲み込み、真っ平らにしてしまう恐るべき破壊の塊。人類の軍は衛士その他、多種多様な兵器でもってそれらを抑えつけている。だが、動かすのは人間である。ボタンひとつでデストロイヤーを倒せるわけはなく、戦車も衛士も人間の意志と腕力で動いているものだ。有用な堰板として波濤を抑えつける。そして時間が経過すれば、腕が疲れていくのも道理である。


 疲労。それが、デストロイヤーにはなく、人間の軍にある大きな差であった。だから快勝を続けていたとして、勝利に浮かれるわけにはいかない。侵攻を阻止するための戦闘に勝利し一時は喜ぼうとも、油断をすれば失地を取り返され、次の日にはまた同じ位置に戻ってしまう。元が断てなければいつまでたってもこの防衛戦は終わらないからだ。かといって、突然何者かがアルトラ級を崩してくれることはない。そんな都合のいい奇跡は空想にさえ値しない。直接に銃火を交えるものとして、防衛の任務に就いている衛士達は、耐えるしかないと実地で学ばされていた。


 先の見えない戦闘に、諦めを口にする者は多い。だが、その逆となる衛士もまた存在する。諦めを心に秘めても走り続ける。その雛となる衛士は今、極限状態に陥っていた。


「諸君、聞いた通りだ。実験施設からデストロイヤーが脱走して暴れている。最悪なことに三年生と二年生は遠征していない。戦闘経験のない者はシェルターへ、指揮経験のある者は右へ、近接が得意なものは中央へ、遠距離戦が得意なものは左へ集まれ!!」


 その声に衛士達はすぐに移動を開始する。基本的に中等部から徴兵され、難民は幼稚舎から戦闘訓練を積んでいるので、上官からの命令には素早い行動が可能だった。反応が遅いのは高等部から入学した特別な者だけだった。


「よし! 指揮官は一列に並べ! 近接と遠距離戦は完全に分ける。指揮官に合計9人になるようにつけ!」

『了解!』


 ザッと、5人組のレギオンが出来る。

 近接組が3組、遠距離組が2組になった。


「ここを司令部として私が指示を出す、即席レギオンは前から01小隊、02小隊、03小隊、04小隊、05小隊と命名する。戦術データリンクを繋いでデストロイヤーを殲滅せよ」


 彼女の指示の声に応じるのと、衛士達が動作に移すのはほぼ同時であった。決戦兵器・戦術機に火が炎へと変わり、全身を兵器に変える防御結界が展開される。背中から魔力が噴出して体を前へと押す推力も高まっていった。やがて生徒達は、障害物を前にしても退かず、更なる前へと飛んだ。


 このアクシデントを楽しむようににすりよって来るスモール級の間を抜けて、後ろに隠れていたラージ級の塊の脇を抜けて。風さながらの速度で、命令通りの位置へと辿り着いたのだった。


 目的の場所まで匍匐飛行で一気に突っ切ったのだ。そしてシューティングモードの砲口が火を吹いたのもまた、着地と同時であった。姿勢制御の動作が終わってから一瞬後には、銃口は目的の獲物を捉えていた。そこから着弾までは、数瞬の間しか存在しなかった。


 銃撃をまともに受けて弾け飛んだのは、堅牢の名前で知られるギガント級の唯一の弱点である体節接合部だった。


 連続して直撃した36mmの魔力貫通高速徹甲弾がギガント級の肉を穿ち、奥の奥にまで突き刺さっていった。


「はははは! 雑魚ね! 所詮は研究用といったところかしら!?」

「背中、空いてますわよ」


 桃色の髪の衛士、阿頼耶の背中を風間が支援する。狙いは寸分さえも違っていない。周囲を気にしない阿頼耶の集中砲火を受けた接合部と胴体をつなぐ部位の肉は、集中砲火によりまたたく間に削られていく。そしてついにはギガント級が、陥落する。


「左……です!」 

「は、はああああっ!!」


 白髪の衛士から、緑髪の綾波みぞれへ向けて放たれた。短いやりとりだが何を意味しているのかを察したみぞれは、脚と弱めの噴射跳躍により、その場から小さく跳躍。飛び退った直後に、もう一体いたラージ級の衝角付き触手が通りすぎていく。衝角は水平に飛んでいき、ラージ級から30m離れた地面へと突き刺さった。

 ―――弱点である接合部に大きな穴が開いたのは、ほぼ同時である。 


「危なかったわね、みまれ?」

「は、はぃ」

「ナイスアシストでしたわ」

「みんな! まだ大きいのはまだ健在。しぶといノロマの追撃を始めるわよ!」


 指揮官の声に了解の声が飛ぶ。



 通常の魔力弾よりもはるかに大きな穴を開けた下手人、後衛である葉風と愛花からの通信が前衛へと入る。


 穴を開けたのは、120mmの魔力高出力弾だ。36mmと比べチャージが必要なため速射性能では劣るが、威力は遥かに優れている大口径のマギ榴弾。


 それが弱点である体接合部を破壊していった。一方で、目の前の敵だけに集中して見ていられるほど、前衛というのは暇な職業ではない。ラージ級から距離を取りつつ36mmマギ弾を申し訳程度にばらまいた後。群れの意識を引き付けながら、自機のもとに四方八方から集まってくる敵をブレードモードで次々に切り裂いていった。


 切れ味鋭く頑丈な魔力クリスタル製の刀身だ。刃に刻まれた刻印により、使用者の魔力伝導率を上げており、大上段からの一撃ならば、ミドル級とてひとたまりもない。


 ミドル級のトライポッドのような三つの足と砲身をしているが、近接戦唯一の武器である超硬度の足だが、その振り下ろしも阿頼耶達に当たることはなかった。ミドル級相手の近接戦は、前衛ならばよく出くわす状況だ。


 前衛の基本戦闘の一つであるといえる。対処の仕方は様々にあるが、ここでは性格が良く反映されるという。


 風間はといえば、ミドル級の間合いを見極めながら引きつけた後に仕掛けさせる。そして空振りをさせて、打ち込んだ。剣道における小手抜面、いわゆる"後の後"にあたる技でミドル級の頭部をかち割っていった。


 阿頼耶はといえば、ただ機先を制していた。さっと近づき攻撃される前にブレードを頭にめり込ませる。剣道の基本である"先"の技だが、多くのミドル級を相手にそれをやってのけるようなリリィは少ない。


 


 特に戦闘経験が多い衛士が使うのだが、年を考えるに見るものが見れば自分の眼を疑う光景だろう。近づき斬り、また近づいては斬る。ブレードモードの刃が煌めく度に、ミドル級の頭部が柔らかい粘土のように切り裂かれた。気持ちの悪い体液の花が咲き乱れる。


 


 そうして一体、また一体。やがて10体ほどが倒された頃には、残っていたラージ級も全て"陥落"していた。そのタイミングで、周囲を警戒し始めた前衛に司令部より通信が入った。


『HQより、01小隊、突貫しろ。進路は02と03が開けてくれた。マークする。制圧して生き残りを確保しろ』

『01小隊、了解!』

『02と03より01小隊へ。後押しはこっちに任せて全然OKだから!』


 ラージ級の壁が無くなった場所へと、阿頼耶は突っ込んでいった。間もなくその壁をうめようとラージ級やミドル級が集まってくる。それを防ぐべく、阿頼耶は高機動で動きまわってヒュージの意識を引き付けた。突出しているが故に、敵の密度はさきほどまでの比ではない。500m四方に中小合わせた化物が200に、人間が2。しかし人間の方も、ただ喰われるような“ヤワ”な者達ではない。


『こっちよ、下等生物!』

『阿頼耶さん、口が悪くってよ。もっと優雅にやりなさいな。せっかくの美人が台無しですわ』

『あら? 焦らすのがお好み?』

『マンネリを避けるためにも、落ち着くのも必要ですわ』

 

 斎藤阿頼耶、常識はずれの機動はお手の物。大胆ながらも的確に敵との間合いを確保しながら、前衛としての責務を果たしていた。すなわち、敵の撹乱と撃破。落ち着きのない兎のようにあちこちへと飛び回りながら、すれ違いザマにミディアム級からミドルの首を刈り、時には点射でスモール級を一体一体を確実に仕留めていく。


『隙だらけ……』

『お二人のおかけですね!』

 

 綾波みぞれも負けてはいない。その高い射撃能力で的確にミドル級やスモール級をただの肉片に変えていく。かし、数の差は大きく状況は圧倒的に不利。阿頼耶と楓にしても、隙間がなければ機動を活かせるわけもない。じりじりと動くスペースが削られていく。数分後には、阿頼耶機と楓機の四方、そのほぼ全てがデストロイヤーのマーカーで埋まってしまった。そして完全な包囲が完成しようかという直前だった。包囲の最も外郭にいたデストロイヤーの頭部が、次々に爆ぜていく。常識はずれの制圧能力。悪夢のような精度と速度で、ミドル級が粉々に粉砕されて紫の花が咲いた。


『04小隊、追いついたよ!』

『助かった! 包囲の右をお願いする!』

『05小隊到着。なら私達は左ですね! 皆さん頑張りましょう!』

『いえーい! 皆殺し!! 皆殺し!!』


 今流星率いる04小隊と、金色一葉率いる05小隊が到着する。36mm魔力弾を盛大にばらまきながらそのまま1分後に追いついてきたのは。


『良く耐えてくれた。支援を開始する』

『さぁ、お待ちかねの狩りの時間だ! 全員! 死ぬなよ!』


 通信が終わった後、動いたのはバラバラの方向だ。しかしそれは、ある意味で規則性に富んでいた。場所は違うが、意識は同じ。すなわち、包囲された二機の一時離脱と、この場の確保。そして、前衛4人のコンビネーションはこの基地随一であった。まるで同じ脳を持っている生物であるかのように動きまわり、気づけば包囲には穴が開いていた。


 時間にしてわずか一分。分厚いデストロイヤーの壁は抜かれ、4人間は一時的に距離を離して、横並びになった。そして2人が前に、2人が後ろに。弾倉が交換される音は後ろに、残るシューティングモードで魔力弾を叩きこむのが前に。間もなく前後が入れ替わり、その頃にはデストロイヤーとの距離は目と鼻の先にまでなっている。

 

 だが、突撃(アサルト)を関する彼女達が、臆するはずもない。堂々と、衛士は進撃するのだ。


『よし―――行くわよ!! 私に続け!』

『全く、指揮官は貴方ではないでしょうに』

『お、遅れないように頑張りましょう!』

『大丈夫、阿頼耶ちゃんは食べようとしてくるけど、チキンだから無理矢理はしてこない。私達に合わせてくれる』

『くすみぃ? 食べるわよ!』

『ヒェッ、魔法カード発動! 身代わりのみぞれ!』

『ひえええ!? 私が皆さんの仲に入るなんて恐れ多いことを!』

『はいはい、漫才はそこまで。真剣に、クソデストロイヤー共を殺すわよ』


 衛士達は互いに声を飛ばしながらまるでバンディットのように。だけど野卑な賊とは圧倒的に違う、密な訓練が透けて見えるほどの精錬された動きで、一斉に侵攻を始めた。


 それは蹂躙であり、殺戮であった。一陣の突風のように連続で点射された魔力弾がミドル級の頭部に、スモール級の頭部に、余波で小型種をばらばらに引き裂いていく。着弾点も計算しているのだ。時には倒れたミドル級にスモール級が巻き込まれていく。乱戦になっている場であっても、効果的な場所を選んで射撃し、一度に二度美味しいを実践しているのだ。耐えながら突出してきた馬鹿にはブレードをプレゼント。


切り裂き、前へすり抜け、その後方にいる敵へ36mm魔力弾を叩きこむ。途絶える間もない連続攻撃。


デストロイヤーが倒れる地響きが、連続して鳴り響いた。派手な動きは、ない。ただ確実に、機体の性能の限界値を出しながらも最適解を選び続けているだけだった。


 即席レギオンのため反応レスポンスの悪さを織り込むのは当たり前。その上で自分の機体の位置、周囲のヒュージとの間合いを見極めた最後にタクティクスを選択する。


基本的な方針は、"一方的にタコ殴り"。


 反撃の糸口さえも封殺する。必要のない派手な動きは自身の未熟さを証明する証拠でしかないと、ただ早く。必要でない限りは堅実に、最も短く、より危険度の低い方法で安全に殺すのが最善であるというのが最終回答だった。速く殺せればそれで良し。衛士の精神的にも、司令部の機嫌的にも、それがベストな選択だと言えた。

 そうして、戦闘が始まってやがて敵が半数になる頃には、一番奥へ切り込んでいた01小隊に05小隊までが追いついていた。


 数にして47人の衛士は、最後に一斉射をした後、壁を抜けて更に奥へ――――ミドル級の後方にいるラージ級へと、突貫していった。


 いくらデストロイヤーの行動が予測できないとはいえ、この状況はあからさまにおかしかった。四国から防衛線を突破してここに出現するまで、その存在を誰にも察知させなかったなど、到底考えられない。


 もし隠密行動でここまでやってきたのだと仮定すると、何かの目的があって防衛線の戦力をことごとく回避してきた事になるが、そんな隠密行動を取ってきたにもかかわらず、丸腰とはいえリリィが集まっている百合ヶ丘女学院に現れたのも不可解だ。これではまるで、百合ヶ丘に来ることが目的だったかのようだ。


 この状況に作為的なものが感じられないわけではない。楓はまさかとは思ったが、反衛士連合軍か、或いは──。


 しかし理由はどうあれ、こうやって女学院のごく近くにデストロイヤーが出現した事は紛れもない事実。今は考えていても仕方がない。


 網膜スクリーンに投影されたマップ上にはデストロイヤーを示す赤い光点が次々と増え続け、それは風間たちの周辺にもぽつぽつと現れ始めた。


 とにかく大火力が必要だ。自衛のために最低限衛士に配備されている第一世代CHARMではこの数は捌ききれない。第二世代以降のCHARMか、強化アタッチメント、更に魔力補給コンテナが必要だ。


「01レギオン、02レギオンが連中を引き付けている間に、030405レギオンは下がって、装備を補給してきてください」

『分かったわ。あなたも気をつけて』

「了解」


 斎藤阿頼耶はデストロイヤーの真っ只中に突っ込んで行った。それに呼応するように、周辺のデストロイヤーが阿頼耶に群がり始める。


「今です!!」

『了解ッ!』


 自己紹介すら未だの衛士達が魔力の水平噴射跳躍で戦線を離脱してゆく。それを確認すると、阿頼耶は噴射跳躍で空中に躍り出た。上空からデストロイヤーの種類を確認しようというのだ。


 もしレーザーを撃てるギガント級がいたとしても、とりあえずは緊急回避で避けられるので問題は無い。


 上空からざっと地上を見渡すと、確認できたのは全種だ。レーザーが阿頼耶を狙う。

 市街地跡での戦闘になるので、ラージ級の優位は若干薄れるだろう。その代わり、小回りの効くスモール級には気を付けなければならないが。

 次に友軍を確認すると……やはり、突然の出来事に混乱している。

 特に横浜衛士訓練校に在中する機械化歩兵部隊の展開が鈍く、常人にも扱えるアーマードコア弐型の優位性を活かせないまま、撃破されてしまうケースが見てとれた。


「いくらデストロイヤーを撃破できる兵器を搭載してても、使う奴が腑抜けてちゃ話にならないわね」


 悪態をつく阿頼耶。と同時に対ギガントレーザーの緊急回避プログラムが作動し、それまでいた場所にレーザーが通り抜けていく。

 阿頼耶は噴射降下を行い、地表に降り立った。


「ギガント級は厄介だけど乱戦に持ち込めば……いや、そうなると今度は味方が邪魔になるかわね……仕方ない」


 阿頼耶は通信回線を開いた。


「01小隊、阿頼耶よりHQ、友軍機後退させて衛士の武器の補給に向かわせて。その間は私が囮になる」

『こちら四葉、了解。斎藤阿頼耶。思う存分に食い散らかしなさい』

「流石英雄! 話がわかりますね!」

『HQより展開中のアーマードコア弐型へ通達。即時ハンガーへ後退し、衛士へ装備を運搬せよ。繰り返す──』

「これでよし……と」

「何が、良し、ですの? 孤立するなんて危険すぎますわ」

「ならついてきてよ」

「最初からそのつもりですわ」


 研究所付近に展開していた機械化歩兵部隊と入れ替わりに、阿頼耶が手持ちの戦術機でデストロイヤーを撹乱しながら戦域に突入していく。デストロイヤーたちはその陽動に引っかかり、阿頼耶と風間を敵と定め、方向転換して追い始める。


 友軍がエリアからいなくなる頃には、阿頼耶と風間はすっかり孤立する形でデストロイヤーに囲まれていた。


 ……しかしこの状況こそ、二人が狙っていたものだった。この手の戦いなら、もっと不利な状況を嫌というほど経験してきている。時間稼ぎをするくらい、どうという事はない。

 だからと言って、二人はそれだけで終わらせるつもりはなかった。


 高等部一年生とはいえ練習機ではない正式な戦術機が配備されている。第一世代の戦術機は改修を重ねられて、昔とは比較にならない程のエネルギー効率と魔力弾の威力とブレードの切断力を得た。間違いなく、出来る事は昔よりも格段に多くなっているのだ。


「ついてこれまして?」

「ふふっ、誰に言ってるのよ風間。貴方の方こそついてきなさい!」


 完全な乱戦になっているので、地上戦ではギガント級のレーザーを無力化したも同然だ。しかし、だからと言って無視できる存在でもない。ギガント級がいる限り立体的な戦闘が出来ず、機動力が激減してしまうからだ。


 衛士になる時の手術に埋め込まれる高性能チップには対レーザーの緊急回避運動プログラムがある事からも分かるように、ギガント級が狙いを定めてからレーザーを発射するまで、若干のタイムラグがある。そこが狙い目だ。


 阿頼耶は対レーザーの緊急回避機能をオフにすると、魔力の噴射跳躍で宙に舞い上がった。


 それにギガント級が照準を合わせ、照射体勢に入る。この場には阿頼耶しかいないので、狙ってくるタイミングはバカ正直なまでに見え見えだ。そのタイミングを計りながら噴射跳躍をキャンセルし、すぐさま水平噴射跳躍でギガント級の一体に向かって突進した。


 デストロイヤーには絶対に味方を誤射しないという性質がある。そのため、地表に降り立って他のデストロイヤーを楯にする事で射線を著しく制限し、また逆にギガント級以外のデストロイヤーの動きも、ある程度コントロールする事が出来る。

 それを利用して阿頼耶は正面の敵に集中した。


 レーザーが照射される瞬間、阿頼耶はギガント級の頭上をすり抜けて背後を取る。そのままギガント級の顔面に、後ろから戦術機を叩きつけると、照射中のレーザーを別のデストロイヤーに向けた。ありえないはずの味方誤射を誘発出来ればそれで良し。そうでなくとも、眼の前のギガント級を行動を抑制できれば楓が動きやすくなる。


「魔力高出力弾装填、チャージ完了、目標レーザー照射被膜、狙い撃ちますわ!」


 ドォン!! と光の弾丸が発射されてギガント級のレーザー照射被膜を破壊する。第一世代の改修機とはいえ第一世代。最大出力でもギガント級を倒すことは出来ない。しかしレーザー照射だけは封印できた。


「ナイス! 次々行くわよ!」

「次弾装填、チャージ開始」


 他のデストロイヤーの攻撃を躱しながら、そのパターンを何度か繰り返し、まずは把握している限りのギガント級を駆逐して、とりあえずの制空権を確保した。


「ギガント級は大体今ので全部か。後は雑魚ばかり」


 敵戦力の中核を成すミドル級が、阿頼耶に向かってきた。


「死にたいのはまずは貴方達からね」


 阿頼耶はミドル級の前腕から繰り出される攻撃を巧みな動きで避けながら、一瞬の隙を突いて噴射跳躍で、ミドル級の頭に取り付いた。脇に抱え込んで腕でがっちりとホールドすると、間髪入れずに魔力放出跳躍の出力を最大まで持っていく。


 するとホールドした箇所を軸に阿頼耶は回転を始め……そして、ミドル級は頭を捻じ切られ、その活動を停止した。


 ミドル級に止めを刺した阿頼耶に、間髪入れずスモール級が突進してくる。


 それをひらりと躱し、背後から戦術機で叩き切る。。

 阿頼耶は再び突進してくるスモール級の群れに向き直った。

 高速で突進してくるスモール級をギリギリまで引き付ける。そして激突の直前に噴射跳躍で跳び、ひらりと躱しながら空中で方向転換、スモール級の背後に降り立った。


 そしてブレードモードの戦術機にエネルギーを込めて、眼の前のスモール級の群れめがけて、全開噴射突撃を仕掛けた。


 一瞬のうちに両者の間合いはゼロとなる。阿頼耶が通った場所はスモール級の死体の山となっていた。


 そうやって大物を撃破していくと、今度は建物の陰からミディアム級がわらわらと集り始めてきた。それシューティングモードにした戦術機で撃ち殺していく。風間の援護も入り、やがてその数が減ってくる。


 纏わり付いてくるスモール級を建物の残骸にぶつけて振り落としながら、その中の一体を掴み、既にレーザー照射が出来なくなったギガント級に向けて、勢いよく突き出した。


 阿頼耶に掴まれたスモール級は、モース硬度15以上を誇るギガント級の装甲殻に強烈に叩き付けられ、柘榴のように弾け飛んだ。


 一年生であるにも拘らず、最低限の装備によってもたらされた驚異的な機動を武器に阿頼耶は次々とデストロイヤーを撃破していく。楓は火力不足ながらもギガント級の視線を釘付けにして補佐をする。そうやってしばらく戦っていると、補給に戻っていた小隊が、第二世代以降の汎用戦術機を携えて戻ってきた。


『ごめんなさい、待たせたわね!』


 風間と阿頼耶は汎用第二世代戦術機を受け取り、風間と阿頼耶と二機連携を組んで、改めてヒュージに向かっていく。その殲滅速度は先程までの比ではない。


 ギガント級を真っ先に袈裟斬りで全て排除して、ラージ級の殲滅する。そうすれば空中を攻撃出来る固体は存在せず、つまり空中にいれば一方的な攻撃が可能。

 喰い放題だった。

 二人の魔力を使った飛行によって空中からの爆撃のような容赦ない攻撃によって、レーダーに記されたデストロイヤーのマーカーが次々と消えてゆく。

 そして、担当エリア内の敵を九割方撃破した頃、風間は綾波みぞれに訊ねた。


「みそまれさん……他の地区は大丈夫でしたか?」

『は、はい。多少のショック症状は見られたけど、みんな無事です。『死の八分』……ちゃんと乗り越えました』

「そう……良かった」


 風間は安堵の表情を見せた。しかし、まだ依然として戦闘は続いている。風間はすぐに緩んだ気を引き締めた。

 データリンク情報で戦況を確認したところ、広がった方面も、あらかた片がついている。


『さ、お喋りは終わりにして、残りを片付けちゃいましょ』

「了解ですわ」


 そして、再集結した01小隊は残存デストロイヤーを虱潰しに狩り、まもなく戦闘は終了した──。 



 黒崎鈴夢は夕日を浴びながら、戦場となった場所を歩いていた。デストロイヤーの死骸は既に爆散して液体となっている……が、そこかしこに散らばった人や建物の残骸は、未だ残されたままだ。それは戦闘の熾烈さを物語っていた。

 残骸の中には、アーマードコア弐型という衛士ではない者がデストロイヤーと戦う為の魔力コンデンサーや防御結界展開装置とその魔力バッテリーを搭載していたはずの機体が数多く含まれている。


 入学式中の無防備なところを突如襲われたのだ。そんな状況下、対デストロイヤー戦闘兵装を装備していない式典用の丸腰のアーマードコア弐型でどれほどのパイロットが難を逃れられたのか分からない。


 仕方がないと言えば、そうなのかもしれない。

 しかし、納得出来る結果でもなかった。

 魔力バッテリーと魔力コンデンサーを搭載したアーマードコアは防御性と機動性が非搭載機に比べて格段に跳ね上がる。いくら式典仕様のアーマードコアだからと言って、数分程度なら、丸腰でも機動だけで時間稼ぎ出来るくらいのポテンシャルはあるはずなのだ。にもかかわらず、実際はこうして斃されてしまったアーマードコアが多い。


 これが機体の性能不足で起きた事なのか、それともパイロットたちの練度が低かったために起きた事なのか、鈴夢には分からない。


「……ただ数百程度のデストロイヤーでこの被害」


 話にならない……と思いながら、鈴夢は歩みを止め、改めて周囲を見渡した。そこに通信が入る。


『どう? 鈴夢。戦場は』

「アーマードコアは直接的な戦力としては数えられません。期待外れ、です。援護や物資運搬が主な仕事になると思います」

『そっか、衛士の方は?』

「……彼女たちなら」

『やっていけそう?』

「死神を恐れない強靭な精神と戦闘力があると思います」

『わかった。あの人達に貴方の護衛を任せる』

「お願いします。すみません、わざわざこんな自作自演まで」

『貴方は極東防衛戦の要よ。デストロイヤーを誘引する特異体質だもの。全ての戦力をこの横浜衛士訓練校に集中できることがどれほど世界に貢献しているか……貴方はその体質を嫌うでしょうけど』

「最近、好きになりました。貴方と出会えて、私のこの欠点としか言いようのない特異体質を人を傷つけるG.E.H.E.N.A過激派とは違い、守るために活用してくれる。生きて良いと言ってくれる。だから好きになりました」

『……貴方の魅力は特異体質だけじゃないよ。それを忘れないで。私は黒崎鈴夢が好きなの』

「私も、先輩のこと好きです」

『こら、先輩はやめなさい』

「そんなに嫌なんですか? 最古参の衛士なのに」

『私は後輩なの。未来永劫ね。さて、後始末もあるし、切るわね。明日から世界が始まるから準備しておいて』

「了解」

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