あまい誘惑

【殺しなさい】

【犯しなさい】

【そうね、一葉が良いわ】

【貴方を慕う後輩】

【強くて、格好良くて、励ましてくれて、守ってくれて、まるで高城ちゃんのようね?】

【でも、高城ちゃんとはすこし違う。だから、高城ちゃんがいない間の代用品として心の隙間を埋めましょう】

【私の知ってる高城ちゃんは、どんな女の子だった?】

【顔は?】

【肌は?】

【指先の長さは?】

【太ももの柔らかさは?】

【胸の張りは?】

【どんな顔をして私達は共に過ごしたかしら?】

【どんなことを一緒にしたかしら?】

【彼女は何時もどんな声色で私に声をかけてくれてたかしら?】

【うん、うん、そうね、でも比べて一葉はどうかしら? 高城ちゃんがいないのに、高城ちゃんの代わりができると思っている愚か者。貴方の心に指を入れる痴れ者。邪魔じゃない?】

【そうそう、そのまま、殺しちゃえ♪】

【大切な、後輩ちゃんが貴方自身の手で死んでいて、それを見た貴方はどんな狂気と絶望を私に食べさせてくれるのかしら?】

【さぁ、目を開けて。貴方は一体、今まで何をしていたのでしょうか?】



 流星の両手が金色一葉の首を絞めていた。

 それを認識した途端、ひゅっ、と叶星の喉が鳴る。慌てて手を離して、後退る。

 そこは流星の部屋だった。

 一葉は制服がズタズタに切り裂かれていた。ナイフや鋭利なものではない。力任せに千切りられて、無理矢理、脱がされていたと形容するのが適切だろう。


「はっ、はっ、はっ。か、一葉? どうして、一体、私は、何を?」


 流星には記憶がなかった。昨日は鬱々として気分で、ソファーで力なく倒れていたはずだ。

 どうしてこっているのか、わからないか。一葉は全身に裂傷や切り傷、噛み傷などが複数あって猛獣にでも襲われたような有り様だった。 


「ごほっ、ごほ。大丈夫ですか? 流星様」

「それはこっちの台詞よ! 大丈夫なの!? これは一体、どういうことなの。私が……やったの?」

「記憶にないんですね。それほどまでに追い詰められていたということでしょうか。大丈夫です、流星様。貴方のストレスは私が受け入れます。高城様のようにはいかないでしょうが、私でも代役くらいは」

「違う、違う違う違う! 違うの! こんな人を傷つけるような真似を、どうして私が」


 半狂乱になりながら叫ぶ流星を、一葉は優しく抱きしめる。


「誰にだって辛い時はあります。流星様が悪いわけではありません。それに私も、流星様になら良いですから」

「か、一葉。一葉一葉一葉!! 分からないの!? どうしてこうなっているのか! 私は意識がないの! 怖い。私は知らないうちに貴方を傷つけた。こんなにボロボロにしてしまって」

「大丈夫ですから。流星様も暗い気持ちを受け止めれる相手が無いと、辛いでしょう?」


 そう、微笑む一葉の顔には大きな切り傷と痣があった。首には先程の首を絞めた痣。胸には爪で抉ったような三本線が引かれていた。腕や足にも似たような暴行を受けた痣がいくつも有る。

 殴って、蹴って、爪で引っ掻いて。

 流星の暗い欲望のはけ口にしたのは明らかだった。


「あ、ああああっ!! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「大丈夫です、大丈夫です、流星様」


 一葉は優しく抱きしめて、何度も何度もそう呟いた。

 一葉は昨夜の出来事を回想する。

 一葉は、流星に呼ばれて部屋へ行った。そこで見たのは憔悴した叶星の姿だった。

 連日の戦いに、混乱する勢力図、デストロイヤーとの戦いがあるのに争う人間の醜さ。

  それに流星は耐えきれなくなってしまっていた。何より多かったのは『高城ちゃん』が己のもとから去っていた寂しさだった。


 一葉は共にレギオン:アサルトリリィとして戦ううちに流星の実力や性格を理解していた。優しく、気品があって、それでいておちゃめなところもある純真なお姫様。

 それに心の底で望んでいる少女の夢のような叶星のお姫扱いと、仲間として対等なパートナーという立場を切り分けて扱う宮川高城という相手はまさにベストパートナーだったのだろう。


 それが無くなった。

 共に戦った戦友が理解不能な陰謀の中心にいる。一緒にご飯を食べたり、他愛のない会話する事ができない。それは強いストレスだったのだ。


 一葉を呼びつけた流星は、突然、抱きついた。そして『高城ちゃん、久しぶり会えて嬉しいわ』と言ったのだ。


 破綻していた。

 一葉に宮川高城の代役をやらせないと精神が持たないほどに擦り切れていた。しかし、いや、だから一葉も、それを受け入れた。

 金色一葉は宮川高城に嫉妬して、今流星が好きだった。こんな人をおいていく宮川高城に怒りを覚えて、自分をその代わりに使用する弱りきった今流星を見て、言葉にできない優越感が込み上げた。


(最初は憧れだった。毅然と、凛としたお姫様。私もそうな風になれたら良いな、と思った)


 そしていつの間にか、手が届くところに彼女がやってきていた。

 今流星の弱さに漬け込んで、彼女に甘い言葉を囁いて、心を溶かしてた。そして彼女は相手が宮川高城じゃなくて金色一葉だと気づいた。そして激高した。


『どうして貴方がここにいるんだ』

『どうして高城ちゃんじゃなく、貴方なんかがいるんだ』


 乱暴に。

 殴られて。

 掴まれて。

 叩かれて。

 爪で傷をつけられて。

 噛まれて。

 首を絞められて。


『愛しているわ』


 その言葉を言うと、本物の宮川高城を思い出してフラッシュバックするのか、彼女は一層荒々しく金色一葉に傷を刻んだ。

 その言葉に強く反応をするのを知って、流星が荒れるのを知って、金色一葉は口にする。

 流星に与えられた傷が増えれば増えるほど、それは金色一葉に向けられたものだと錯覚する。


『愛してる』

『愛してる』

『愛してる』


 それを繰り返すほど強く金色は拳って振り下ろす。現実とのギャップに耐えきれなくて、破綻しそうな精神を保つために目の前の代行品に八つ当たりをする。しかし正気に戻ることがある。その時の今流星の罪悪感と恐怖で彩られた顔は金色一葉の胸を痛めた。


『そんな、顔をしないでください。泣き出しそうな、苦しそうな顔はしなくて良いんです。私は宮川高嶺の、代用品。貴方がそんな顔をするほどの価値のない存在。痛くて、苦しくて、悲しいけれど、だからこそ貴方がくれるこの傷が愛おしいのだ』


 泣き崩れる流星の背中を優しくポンポンと叩く。


「あああ、あああ一葉……ごめんなさい。ごめんなさい」

「大丈夫です、叶星様。大丈夫。貴方の側には私がいます。高嶺様のようにはできなくても、私がいる」


 金色一葉は思う。

 貴方は同じ衛士で、憧れの先輩で、戦友。失うのは怖いのはみんな一緒だ。だけど、貴方を失うのはより一層怖いのだ。

 今流星は宮川高城しか愛していない。自分のこともただの代用品に過ぎない。手に入ることもなく、失うなんて言葉はただの誤魔化。元より自分のものではないのだから失うなんて言葉は間違っている。だけど、この関係は、誰にも邪魔はされたくない。

 私は代用品。だけど代用品にも意地がある。だから宮川高城は邪魔だ。消さないといけない。今流星の心を手に入れるには、永遠の代用品で有り続けるには、本物は邪魔だ。


「私は流星様を愛していますよ。だから大丈夫です。大丈夫、大丈夫」

「一葉、一葉っ、一葉!」


 お互いに傷ついた体で体温を確かめる。

 この温度を永遠に得るためなら、私は……貴方の最愛の人を殺しましょう。

 貴方の代わりは私やりますよ、宮川高城様。だから世界を混乱させる貴方には消えて頂く。


「ごめんね、ごめんね。ごめん」


 今流星は後悔した‥

 自分のやってしまったことに後戻りはできないと知った。精神は病み、行動は荒々しく、人を傷つけた。大切な仲間を傷つけた。

 これが許されることは無い。だから、高城ちゃんを早く取り戻さなくてはいけない。

 私の心を癒せるのは、宮川高城だけなのだから。

 高城ちゃんがいれば私はまともになれる。

 高城ちゃんさえ、いれば、私は私でいられる。


【本当に?】

【本当の貴方って、あとどれくらい残っているのかしらね?】

【意識を保てている時間は……あとどれくらいでしょうか? わかるぅ? ねぇ、叶星。いや、もう私かな】

【貴方は私になるのではなく、私に取り込まれるの】

【ぜーんぶ、快楽も、痛みも、苦しみも、喜びも、悲しみも】

【全部、私が食べちゃうわ。貴方の大切なものを全部、細かく刻んて、焼いて、煮て、揚げて、美味しくパクパク食べちゃうから、さ。もう自分なんてものが無いの、認めちゃいないよ。私】


 流星は優しく抱きしめる一葉に向けて、絶叫しながらその首を絞めた。それを一葉は受け入れる。不健全な愛の形と狂気の感染がそこにはあった。



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