犬②

「どの部分で信用したか、わからないかい?」


 と、リボンズ・藍が言った。

 まるで二人の胸の内を見透かしているかのような冷たい瞳で、そう言った。

 一葉はやはり表情を変えない。 ただ。指先を少しだけ動かす。 なにが起こっても、対 応できるように、背中の戦術機へと、なめらかに手を移動させられるように。

 だがリボンズ・藍の雰囲気は変わらない。

 ただ、淡々と、


「………君達と綾波みぞれが、接触を持ったことはもう、調べがついている。だからまず、綾波みぞれを殺そう」

「…………なっ」


 瞬間、綾波みぞれが反応してしまう。藍が手を伸ばして彼女の首をつかむ。 と同時に、一葉は動く、背中の戦術機を抜き放ち、リボンズ藍へと振り下ろす。 リボンズ藍はそれに、あっさり反応する。 腰から半分だけ戦術機ケースから戦術機を抜く。一葉の攻撃を受けながら、

「……それ以上動くな、綾波みぞれの首の骨が折れるよ」


 一葉はぎりぎりとリボンズ藍の刀に刃を押しつけながら、動きを止める。するとリボンズ藍は笑った。


「はは、その、顔。だから僕は、君を信じるよ。 綾波みぞれを切り捨てられない、人間らしい金色一葉を。ちなみに昨日の夜、僕は綾波みぞれの処刑を宣言した。あらゆるメディアで、宮川高城は人類をデストロイヤーに売った存在だと伝えたし、G.E.H.E.N.Aの動向を探っている者なら、本当だとわかる方法で、処刑を宣言した。あ、ちなみに一葉と流星には伝わらないようにしたけどね。まあ、それはさておき、それからどうなったと思う?」


 その問いかけに、一葉はリボンズ藍をにらむ。リボンズ藍の宣言が、なんのために行われたか。それは簡単だった。宮川高城をおびき寄せるための、罠だ。

だが、


「宮川高城さんには、無視された?」


 一葉が言うと、リボンズ藍はまた、笑った。 そして綾波みぞれの首を放し、 その手をポケットに 入れた。中から端末が取り出される。 メール画面が開かれている。

 差出人欄は不明。

 タイトルには、《宮川高城》と書き込まれている。そして、本文には。


『どうぞお好きに』


 とだけ書かれていた。

 一葉と流星はそれを見る。平然と協力者を切り捨ててみせる高城のメールを見る。 いや、もちろんそれが事実かどうかはわからない。もう、あまりにもこの世界は混沌としすぎて、なにが真実かはわからない。だがおそらく、それは本当に、宮川高城からのメールだろう。

 彼女はそれをする。

 彼女はもう、それができる。少なくともあの、クレーターで出会ったときの彼女は、それができるところまで、《ラプラスの悪魔》に取り憑かれているように、見えた。


 綾波みぞれがその、端末のほうを見ている。少しだけうろたえたように、瞳が揺れる。 初めて見せた衛士の尊い関係のために身を尽くした少女の顔。


 高城に捨てられた。

 信じていた仲間に捨てられた。だがすぐに、彼女は平静を取り戻す。 うろたえた表情は消える。 しかし、リボンズ藍の前ではもう遅い。

 リボンズ藍が、戦術機を押し返してくる。

 金色一葉は一歩、後ろへ引く。

 リボンズ藍はもう、戦う必要がないと思ったのか戦術機を鞘に収めてしまう。そして、続けた。 少しだけあきれたような、冗談めかした顔で、


「まったく、驚くだろう? 彼女とメールアドレスの交換はしたことがないのに、いつアドレスがバレたんだろう」

「……」

「それにこのコントロール力。本当に頭がいいよ。この連絡一つで、僕は悩むことになる。綾波みぞれを殺していいのか。 一葉を殺していいのか。流星を殺していいのか。敵は誰 で、味方は誰だ? どこまでが彼女のシナリオだ? 僕は踊らされているんじゃないか? 初動が遅れた。訓練校はCAGEの扇動で反乱した衛士に襲われ、犠牲者も大量に出た。 完全に向こうのペースだ」

「……」

「まったく、相変わらず彼女は怖いよ。君とはまるで違う。 無関係な衛士が殺されそうになると、慌てて剣を抜いてしまうような君とはね。でもだから僕は、おまえを信じる。人間味のある、仲間を裏切らないおまえ達を。いま、おまえ達は物語の中心にいない。幼馴染の女に利用される、間抜けなクズだからな」

「……」


 ギリッ、と歯軋りする流星。


「ところで今流星。ほんとはもう、宮川高城には会ったんだろ?」


 リボンズ藍がそう、言った。

 流星は答えない。

 それに、だが、人は気にしていないようだった。


「別に答えなくていい。 君達がなにを言ったところで信じないど、君達は彼女を信じるべきじゃない。あれは、ひどく美しいが……バケモノだぞ。今流星」


 バケモノ。

 確かにそうかもしれない。だが、なぜ彼女はそうなってしまったのかが、わからない。

 幼いころに約束を交わしたときは、ただかわいいだけの少女だった。少しだけからかい好き、でも、寂しがり屋の、少女。


 あの日。

 あのとても晴れた日に、フェネクスによって二人が引き離されたあとで、彼女にいったいなにがあったのか、

 リボンズ藍が続けた。

 「だが、もしもおまえがあのバケモノを制御できるというなら彼女に伝えてくれ あの女はおまえに執着してるから、話を聞くかもしれないしな」


 それに、今流星は言った。


「……なんて伝えれば良いの?」


 するとリボンズ藍が答えた。


「僕は今流星と宮川高城の結婚を反対しないってさ」

「どうして私が、高城ちゃんと結婚する事になるの?」

「だって恋人じゃないか、君達は」

「子供の頃の話よ」

「あの女は、君が好きだよ」

「……でも、私は」


 しかし遮って、リボンズ藍は続けた。


「どうでもいい。だが、君が少しでも彼女を救いたいと思っているなら、君がやれ、今流星。僕はそれを許容する。そもそもくだらない、非効率的な争いはもうたくさんだ。デストロイヤーと戦争してるのになんで人間同士で戦争するんだ。全員僕の配下になるなら、君達を受 け入れてやる。だから今流星。あの女を見つけたら、君が抱きしめて、二度と離すな。もしくは、殺せ。でなきゃ、あの女は周りにいる者を不幸にする。CAGEの扇動による反乱による襲撃で、訓練校で出た死者数を聞くか?」


 今流星は首を振った。


「興味ないわ」

「興味ない奴が仲間を助けるかな。神凪の連中は君を褒めた。信頼できる、優しい、いい奴だってさ」


 それがこの状況で、褒め言葉なのか、それとも嘲笑なのか、わからなかった。


「だから今日、僕は君を殺さない。宮川高城と今流星は、人種が違うからだ。自制心が強 く、仲間を大切にする君は、決して脅威にはならない。君は上位者に従属し、利用されて初めて、高い能力を発揮する人間だ」


 今流星はリボンズ藍を、見つめる。リボンズ藍の言っていることは、事実だった。いまの自分では、 決してを潰すことはできないだろう。

 いまの自分では、まだ。

 今流星は、言った。


「それにしても、ずいぶんと熱心ね。いったいなんでそんなに慌てて、そんなにアビールするの?」

「宮川高城に繋がる可能性がある人間がいま、目の前に二人いる。ならきっと、宮川高城にこの話 が伝わるだろう」


 つまり二人に話していない。宮川高城に対して話しているのだ。

 綾波みぞれぼんやりとこちらの会話を聞いている。

 一葉は戦術機をケースに戻して、言った。


「メールで返しなさいよ。私は高城ちゃんの連絡先すら知らない」

「はは、でも彼女は、僕の言葉も聞かないだろう?」

「私が言ったら聞くとでも?」

「少なくとも僕よりは、説得できる可能性があるんじゃないかと思うけど」


 リボンズ藍がまた、端末を操作する。すると今流星の端末が鳴る。流星がポケットから端末を取り出すとリボンズ藍からメッセージがきている。メッセージを見る。


 メッセージには、見知らぬアドレスだけが書かれて、これはおそらく、宮川高城のメールアドレスだ。



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