犬①

 

 二人はリボンズ,・藍の呼び出された。

 翌日、校長室の前には、一人の女がいた。教室ではほとんど会ったことがないが、クラスメイトのはずの女だ。というか元レギオンメンバーという名の少女が、一葉と流星のことを待っていた。

 流星を見て、言う。


「待ってた」

「リボンズ・藍さんは校長室にいないようですけど」

「一葉、流星、こっち」


 二人はその、彼女の後ろをついていく。イェーガーのセーラー服を着た彼女のスカ ートは短めで、暗器を隠している様子はない。というかガーディアンスーツをまとっていた。立ち居振る舞いから、彼女がガーディンスーツに最適化された実力というのはわかるが、戦術機を携えていないのを見るのが謎だ。

 元メンバーがうながして、歩き出す。

 実力はおそらく、一葉と流星ならもしも振り返って攻撃してきたとしても、自分達は無傷のままで殺せる。

 流星はそんな値踏みをしながら、 彼女に聞く。


「同じクラスのはずだけど、リボンズ・藍さんの部下は授業が免除されてるの?」


 彼女は教室にほとんど顔を見せなかった。 入学から今日までで、顔を見たのはたった三回だけだ。


「無駄なことが、嫌いだから」

「教室に通うのが無駄? まぁ、この現状なら、それは同感だかど」


 すると彼女は前を向いたまま答える。他人。他人だ。この学校にいる人間は全員他人。


「いえ、この会話自体が――」

「無駄?」

「ええ。貴方達はどうせ、私には興味がないしさらに本心では話さない。他人ですし」


 そのまま続ける。


「そして私もあなたに本心を話さない。ならいったい、なんの会話をするの?」


 とそこで、彼女がこちらを振り返る。それに一葉は元同じレギオンメンバーということもあり、タジタジになりながら答える。


「たとえば、最近はとても暑いですね......とか?」


 流星は笑った。


「ふふ、確かに無駄ね」

「なら黙ってて」

「あら」

「リボンズ・藍はいま、体育館の地下にいる」


 それに一葉は思い出す。体育館の地下にある小さな部屋にはG.E.H.E.N.Aの拷問部屋があるのだ。


「拷問ですか? というかG.E.H.E.N.Aは私達に拷問なんて、リボンズ・藍さんはどんだけ拷問が好きなんだ」

「それが一番効率的だから」

「えぇ、私も拷問?」

「いいえ。 別の方をいま、拷問してる」

「誰?」


 するとそれに、彼女はこちらを振り返って言った。


「宮川高城の伝令役、綾波みぞれを」


 彼女はこちらの表情を見つめている。 だが、二人は表情を変えない。 彼女がこちらを振り返った段階で、精神を揺さぶるような情報をこちらに出してこようとしているのは、わかっていた。だから動揺はしない。少なくともそれを、表情には出さない。しかし流星は面識があるから演技をする。


「誰ですか? それ」

「私の、神凪の同じレギオンの子なんだけど、何してるの!?」


 流星が言うと、彼女のスカートのポケットで、端末が鳴る。 彼女はそれを取り出す。


「はい。 そうですか。 わかりました」


 端末の連絡を切る。 こちらを見上げる。


「......あなた方の表情をカメラで撮りました。 嘘をついている反応はなかったそう。ふたりとも初対面と同じレギオンというだけのようだね」

「なんの試験だ?」

「試験?」

「あなたが綾波みぞれと接触していて、共謀していたかどうかを確認する試験です」

「なんですかそれ。なぜ、そんな試験をするんですか?」

「詳しい話は、藍様から。さあ、拷問室にいきましょうか」  


 再び、 彼女は歩きだす。

 二人はやはり、演技を続ける。

 綾波みぞれ知らない演技を。

 綾波みぞれのただの仲間で真実を知らない演技を。

 失踪後の高嶺とは接触したことがない、演技をする。だが、それと同時に、もっと行動を急ぐ必要がある、と、思う。 状況は、自分が思って いるよりもずっと早く、悪化し始めているようだった。


 もう、高城は足をつかまれてしまった。 綾波みぞれが拷問される、ということは、世界をかき回しているのは宮川高城で、その尻尾を捕まえまとリボンズ・藍は考えているのだろう。そして宮川高城は綾波みぞれに相談していた。


 流星のこと。

 自分の気持ち。

 自分がやっていること。

 CAGEがG.E.H.E.N.A潰せるような力を求めていること。

 CAGEと組んでG.E.H.E.N.Aに戦争を仕掛けて、さらに、CAGE裏切るつもりであること。更に斎藤阿頼耶達まで表舞台に引き出すことも。

 そのすべてを、綾波みぞれに話していた。

 綾波みぞれはおそらく拷問され、殺されるだろう。 もしくは人質に使われる。そして綾波みぞれが口を割れば、二人も殺される。


 いま、リボンズ・藍が二人の表情の試験をし たということはまだ、口を割ってはいないのだろうが、おそらくは時間の問題だ。 精神が常人な綾波みぞれは口を割る。そしてその前に、殺す必要がある。事故に見せかけ、 綾波みぞれを殺す必要がある。


 それが、自分にできるだろうか?

 いや、それが本当に、正しい選択なのだろうか?

 廊下を進む。

 流星の目の前に《黒い私》が現れる。


『殺せ♪ 殺せ♪ 私のために、自分の安全のために他者を殺せ♪ そうすればずっと狂気は深くなる♪ バレたら愛しの高城ちゃんと、大好きな一葉も一緒にバラバラよ〜♪ 急げ、急げ♪ こ、ろ、せ! こ、ろ、せ! バレないように♪ 頭を回せ♪ 狂気を体に回せ♪』


 今後起きる展開についての予想はできない。あまりに情報が少なすぎる。だからただ、 頭の中では、流星は高嶺のことを考えていた。

 拷問室へとゆっくり向かう。

 彼女はもう、 仲間すら、切り捨てることができるのだろうか? 唯一、連絡役にするくらい心を許していた仲間も捨てて、前に進むことができるのだろうか?


 宮川高城の思惑。

 リボンズ・藍の思惑。

 G.E.H.E.N.Aの思惑。

 CAGEの思惑。

 これはやはり、将棋とは違う。敵が多すぎる。そのそれぞれの思惑の中で、一度でも選択を誤れば、殺されてしまう。

 どうすれば、とぼそり、と一葉が呟く。


「いま、なんて?」


 彼女が振り返る。


「いや、ほんとに暑いなって」

「そう。今年は猛暑日が記録的に多いみたい」

「ふうん」

「まあ、どうでもいい話」


 本当に、どうでもいい。そして二人は、体育館の地下にある、拷問室へと向かった。

 真っ赤に染まった髪。

 抉られた片目。

 爪は全て剥がされている。

 拷問室の扉を開けると、血の匂いがした。

 狭い部屋の中央に、椅子が一つ置かれている。 両手両足を縛られて、椅子に拘束されているのは、変わり果てた綾波みぞれだった。

 彼女の両手両足の指先から、血が流れている。 爪がはがされているのだ。顔にもアザがある。殴られたのだろう。

 綾波みぞれはこちらを見上げる。

 二人のほうを見つめる。 そし迫真の演技をする。


「流星、様、私何も、知らません。たすけ、けれくだしゃい。私らなにい、も」


 なんて言葉が言葉にならないように言う。だがいまの言葉で、わかった。彼女は二人のことを話していない。口を割っていない のだ。だが、自分の表情が変わってしまったのが、わかる。

 綾波みぞれを見た瞬間。

 一人の善い少女が拷問されてしまっているのを見た瞬間、嫌悪の表情が浮かんで。


「......それはどういう表情かな、 今流星。金色一葉」


 と、拷問室の奥から、声がした。顔を上げると、闇の中に一人の少女が立っている。無邪気な笑顔と理性的な瞳がミスマッチしている。

 この学校の頂点に立つ少女、リボンズ・藍だ。

 彼女は壁を背に、腕組みをしてこちらを見つめている。腰のベルトには戦術機が吊り下げられている。


 それと最初からそこにいたのか、途中から現れたのか、二人は、リボンズ・藍がいることに気づかなかった。もしも不意をつかれて襲われていたら、殺されていただろう。それだけの強さをリボンズ・藍は持っている


 理性的な瞳が、値踏みするように闇からこちらを見つめる。

 その瞳に流星は答える。


「仲間を、同じ神凪の仲間を、レギオンの仲間を拷問されて冷静にいられると!?」

「僕だってそうだ」

「ならなんなんですか、これは」

「はは、衛士なら、この程度はどうってことないだろ? 現に彼女は生きている。人間なら死んでいる薬を使っているからね」


 あっさりとリボンズ・藍が言う。確か綾波みぞれは平気そうだ。見た目は憔悴しているが、同時にその演技ができるほどの余裕があることを示している。拷問に耐える訓練を受けてい無いのに愛の力だ。

 彼女の宮川高城と今流星を思う尊への気持ちはこの程度ではどうにもならない。しかしそれでも、


「私は、貴方のやり方を嫌悪する」


 一葉が言うと、リボンズ・藍は笑った。


「君に好かれる必要はないよ」

「でしょうね」

「で、だ。 綾波みぞれは拷問しても口を割らないだろう。そういうふうに、宮川高城は訓練するか、人選をしている。だから拷問は意味がない。彼女になにをしたところで無駄だ。死ぬまで口を割らない」


 G.E.H.E.N.Aはそれほど厳しい拷問をする、ということか、それとも、綾波みぞれは口を割らないとい う嘘の安心を、こちらに与えるつもりか。

 おそらくは、前者だろうが。

 ここは狂った場所なのだ。狂った組織を、壊れた人間が運営している。


 リボンズ・藍も、宮川高城も、綾波みぞれも、今しこ一葉も、どんな拷問にも屈しないような精神をすでに出来上がっているのだろう。

 リボンズ・藍こちらを見つめて、続けた。


「だが口を割らなくても、一度失ったらもう、取り戻せないものもあるだろう? 違うかな、二人とも。大切な人に捧げるのが幸せと言われる女の子だけが持っている大切なものだ。彼女はまだ、10代。恋もしていない少女だ。いや、彼女は尊さの下僕だったかな? けど、それを屈強な男相手に、ここで大切なものを失う……それをどう思う? 仲間が拷問されるのが嫌いなら、守りたいんじゃないかな? 今流星」


 それに、一葉と流星はうめくように。



「クズが」

「外道」


 と言うと、リボンズ・藍はまた笑った。


「君たちの評価を、僕は気にしない。それともまさか、この世界の理不尽さや汚さについて、垂れるつもりかな」

「……」

「じゃあ、続けるぞ。CAGEが接触してきた。世界を掻き回しているのは宮川高城だ。そして綾波みぞれはその部下だ。事実かな」


 いきなり、リボンズ藍が本題に切り込んでくる。 人はこちらを見つめている。二人に反応ないかだけを、淡々と確認し続けている。

 二人は答えない。すると募人が目を細めて、言う。


「無言は、肯定。かな」


 どう答えていいか、わからなかった。なにをどう選択すれば正解かが、わからなかっ た。 人がどこまで情報を持っているかがわからないからだ。だが、答えないわけにはいかない。 選択を間違えた瞬間、すぐに殺される可能性があるが、答えなければやはり殺される。 一葉は言った。


「宮川高城……さんについてわからない」

「どの部分が?」

「高城さんが、世界を掻き回す人類の裏切り者なのかどうかは、知らない」

「君たちはは裏切り者か? 金色一葉、今流星」

「違う」

「違うわ」

「そうだ。裏切るだけの力が、君たちにはない。それに、仮にキミ達が裏切ったところで痛くもかゆくもない」

「そうです。私達が裏切ったところで、殺せばいい話です」

「よし。その言葉は信じよう。だ が宮川高城の人類への裏切りについて、君達は知っていた」

「いいや」

「彼女は今流星が好きだったろう? 君には話したんじゃないのかな」

「聞いてないわ」

「だが綾波みぞれは宮川高城が今流星に相談した、裏切りを共にしないか? と誘ったと言っていたよ」

「嘘をつかないで。そんな勧誘は受けていない」


 もしも、すでに綾波みぞれが拷問に屈していれば、いま、この瞬間に人類の裏切り者として金色一葉と今流星は死んでいた。


 もしくはCAGEが金色澤一葉や宮川高城と接触していることを伝えていれば、やはり殺されるだろう。

 この瞬間に殺される。 しかし、リボンズ・藍は悪戯が成功した子供のように軽薄に笑って、


「まあ、そう簡単には引っかからないか。ざんねーん、一葉、今流星」


 そう言う。

 どうやら、なんとか正解を引いたようだった。しかし完全に綱渡りだ。リボンズ,藍は、宮川高城が 人類の裏切り者だったという情報だけをCAGEから伝えられているようだった。


 だがCAGEはどういうつもりで、そんな情報操作を始めたのか。 もちろん、CAGEも裏切ったというから、宮川高城潰しが始まったのだろうが。もしく は、その、裏切ったという情報自体が嘘で、まだ、宮川高嶺佐城はCAGEに組している、という可能性もある。


 ならこの人類を裏切ったのが宮川高城であるという情報は、宮川高城が流している可能性すらある。


 真実はまるでわからない。正解がまるでわからない。 わからないのに選択をミスすれば殺される立場に立たされてしまった。

 一葉は言った。


「第一、CAGEの言葉をそのままおまえは信じるのですか?」

「ん?」

「戦争中の相手が流してきた情報を、G.E.H.E.N.Aではあっさり信じるのか? と、聞いているんです」


  するとリボンズで藍は答えた。


「いいや。僕は見たものだけを信じる。だから君達を殺してない。 綾波みぞれを殺してない。CAGEがどういうつもりでこの情報を持ってきたのかの真意も調べる必要がある。情報戦に右往左往するつもりはない。まあ、といっても、CAGEからきた伝言役の人間は、拷問官がはしゃぎすぎて死んだけど」


 と、リボンズ藍が、目を少し横へ向ける。 隣の部屋。真っ赤な液体が、その、 隣の部屋からこちらへ、染み出してきている。漂う血の匂いの原因は、そこに死体があるせいのようだった。


「……その拷問をみぞれちゃんに見せて、喜んでたの? 悪趣味ね」


 流星が言うと、リボンズ・藍は笑う。


「神凪はお優しいなぁ。だから君達は、僕達に勝てない」

「……初めから勝つ気はないですよ」

「私も、そうよ」

「はは、そういうところが、好きだよ一葉。 君の、身の程をわきまえているところ」


 と言って、リボンズ・藍は一歩前に出る。綾波みぞれの後ろに立つ。彼女の頭を撫で、それから、椅子の裏側に回されている拘束具を外す。綾波みぞれは解放される。

 彼女がリボンズ藍を見て、


「……立っても?」


 と聞くとリボンズ・藍は首を振る。


「座ってろ」


 金色一葉と今流星は綾波みぞれを見る。彼女の細い足を見る。傷がひどい。爪がはがされ、皮膚も裂け ている。立ち上がることはできないように見えるがリボンズ・藍が言った。


「この傷はメイクだ。 綾波みぞれに拷問はしていない。かわいい女の子に、無意味な拷問など僕はしないよ、一葉。どうせ彼女は、口を割らないだろうしね。愛は恐ろしいよ」


 するとそこで、土岐紅巴が立ち上がる。

 リボンズ藍が言う。


「座ってろって言っただろう?」

「くだらない演技をさせられるのに、疲れました」

「いや、まだ続く。 次は東雲千香留と蒼風を呼ぶ。だからメイクは落とすな」


 綾波みぞれが困ったようにこちらを見る。 その瞳からなにか情報を読み取ろうとするが、なにもわからない。

 金色一葉と今流星は言った。


「つまり初めからこれは、私達へのテスト?」


 リボンズ藍は首を振る。


「いやただの情報収集だ。強大な敵を相手にしていると、なにが真実かわからなくらなる」

「で、結果は」

「君達を信用しよう。やはり貴方達は、僕の大切な部下だ」


 などと、リボンズ藍は言う。だが、その理由がわからない。会話のどの部分でそう判断されたのかわからない。

 恐ろしい。

 それを二人は感じた。




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