新しい世界のために④
あきらかに普通の衛士の動きではない。 そしてあれが本当に斎藤阿頼耶なら、CAGEの衛士に勝ち目はなかった。
それくらい、普通の衛士と斎藤阿頼耶では、持っている能力の次元が違うのだ。 おまけにこの闇夜の中で、斎藤阿頼耶と戦う絶望は。
とそこで、戦闘が終わった。
ほんの一瞬の出来事だった。
斎藤阿頼耶は、CAGEの衛士を皆殺しにしてしまった。
向こうは、こちらには気づかないだろう。距離がかなり、離れている。だが、もしもこ こで様子見をせずに、現地へと向かっていたら、いまごろ自分は死体だ。それを考えて、阿頼耶をじっと見つめて、必死に考えていた。
いま、なにが起きているのか?
なぜCAGEの衛士は、殺されたのか。
阿頼耶の所属する組織は、衛士を至上として、その世界を創造するために動いていると情報があった。だから人間を奴隷としてしか興味がないはずなのだ。
彼女達は人間を家畜としか見ておらず、人間同士の争いごとになど、興味がなく、衛士を保護、勧誘、味方にして勢力を増やしている。らしい。
なのになぜ、ここにきて、そこに所属する遠藤阿頼耶が頻繁に登場するのか? いったいいま、ここでなにが起こっているのか
もしかして、皆殺し戦略を始めていたり、する? と少しだけ背筋が凍り付くのを感じる。
が、そこで、吸血鬼がこちらを向いた。
女だった。
桃色髪の長い、美しい女。
瞳が真っ直ぐ、こちらを見る。
だが、ありえない。この距離で気づくなんて、ありえない。しかし阿頼耶はにやりと笑う。口には血がついている。牙が生えている。
隣の木から、叶星が叫んだ。
阿頼耶の体が走り始めようとしたのを確認する。
「一葉ッ!!」
「わかってます! 流星様!」
二人は木から、飛び降りた。視界の広さを手に入れるために、暗視スコープを捨てた。スイッチを押して、爆弾を煙幕代わりに起動させる。
衛士を殺す威力の爆弾が連続して起動して、暗い慰霊碑の森を炎で染める。
そのまま全力で走る。
木々の間を縫って、慰霊碑のある公園から飛び出す。
ポケットから鍵を取り出す。
バイクにまたがり、殴りつけるように鍵穴に鍵を差し込んで回し、キックスターターを蹴り飛ばす。ブルンッとエンジンがかかったところで、正面に遠藤阿頼耶が飛び出してくる。そのままアクセルを回す。 1100Cのバイクが、前輪を跳ね上げながらスタートする
阿頼耶にぶつかる。轢く、轢いたのに。だが、阿頼耶は平然とその、バイクの前輪をつかんで、笑う。
「タイラントか!!」
「どちらかといえばプラーガな気もするけどッ!!」
「前輪を持ち上げられるの怖い怖い怖い!!」
前輪に阿頼耶の指が刺さり、ドンッとタイヤが破裂した音が響く。一葉はそのままバイクを垂直に持ち上げられる。
一葉はジャンプしながら落ちながら、背中の戦術機フルセイバーを抜く。放つ。
阿頼耶はそれを、あっさりよけ てしまう。あたる気がしない。さらにつかんだバイクを、こちらに放り投げてける。摩擦で燃えた鉄塊が一葉に迫る。
よけられない。
死。
「一葉、手を取って」
流星が叫ぶ声のほうへ手を伸ばす。ぐいっとその手が引かれる。バイクを加速させて きた叶星に引きずられる。 何度か地面を蹴って、流星のバイクの後部座席に後ろ向きに乗る。
阿頼耶が投げた燃えるバイクが、走ってきたタクシーにぶつかる。タクシーはひしゃげて転んで爆散する。
もう、めちゃくちゃだった。
それを確認してから、ゆっくりとした動作で阿頼耶はまだ追いかけてこようとしている。
一葉はフルセイバーに内蔵されたソード戦術機を空中展開して後方へまく。
地面に接触した瞬間、ドン、ドンドンドンッと、連続でその魔力が爆裂していく。その一つが、阿頼耶の足に突き刺さる。 足が魔力の炎で燃える。だが、すぐに再生してしまう。
阿頼耶はソード戦術機をまるで気にしていない。服は燃えているが、火を払おうともしない。
ソード戦術機が突き刺さり、燃えている足で地面を蹴って、走り始める。
一葉はそれを見つめ、背後でバイクを運転している流星に言う。
「……流星様」
「なに!?」
「追いつかれるかもしれない」
「冗談でしょ!?」
「370キロ近く.....」
「来ましたね」
「なんとかして!」
「なんとかします! 行けフルセイバーソードフルアタックッ!!」
と、一葉が言ったときには阿頼耶が跳躍して、真っ直ぐこちらに飛びかかってきて いる。その動きは、地上で戦っているときほどは速くない。
こちらも阿頼耶から離れるように、おそらく時速400キロ近くぐらいで逃げているからだ。
更に流星がバイクをさらに加速させる。もう公道で走って良い速度ではないが、死ぬわけにはいかなかった。
「早い、早い、早い」
「500キロ以上よ!? もう限界ッ!!」
だがそれでも、遠頼耶の手は、届くだろう。しかし最初の攻撃を受け切れれば、逃げられる可能性があった。阿頼耶は着地したら、 もう一度地面を蹴る必要がある。そこでスピードは少し落ちるはずだ。バイクはそのときにはさらに加速しているだろう。
最終手段のハイパーロケットエンジンを起動させて、空へダイブすることが可能だ。
「一撃、さえ、一撃さえ躱せれば」
右手で戦術機フルセイバーを構える。 左手で、背後の流星の肩をつかむ。その手は強く、指が肩の肉に突き刺さる。
「一葉、痛いわ」
「お許しください、ここが勝負なのです」
ひゅっと息を吸い、それから強く吐き出す。
阿頼耶の手がこちらに届く。
その手に戦術機フルセイバーを振り下ろす。 斎藤阿頼耶は、戦術機フルセイバーをつかんでこようとするが、させない。 つかませない。斬るのだ。指に触れさせず、刃の勢いを殺させず、真っ直ぐ斬り落とす。
できなければ、死ぬ。
戦術機フルセイバーをつかまれれば、死ぬ。
だから
「切り裂け!! フルセイバー!! その名前は飾りか!!」
怒鳴って、戦術機フルセイバーを振り下ろした。魔力が回転して、戦術機フルセイバーが光り輝く。緑蒼の粒子を放出して鋭利な斬撃となって阿頼耶を真っ二つに切り裂く。
刃に、 触れることができなかった。それどころか腕が、真っ二つに裂けた。体も真っ二つだ。
「よし! やった! 流星様、逃げて!」
「やってるわ!!」
阿頼耶は裂けた体をつまらなそうに見る。 やはり気にした様子はなかった。そしてすぐに、肉が溢れて再生する。だが、追うのもあきらめたようだった。
着地し、こちらを見つめる。
バイクは凄まじい勢いでその場から離れる。すでに500キロ以上、出ているかもしれない。だがスピードを緩めれば、阿頼耶がまた追ってくる可能性がある。
阿頼耶が「駄目ね」とあきらめるよう、圧倒的な速さで彼女の視界から消える必要があるのだが――こんなスピードでは曲がることもできないし、あたりまえだが、これは落ちたら死ぬスピードだ。衛士といえど肉塊となる。
叶星の肩をつかんだまま、一葉は振り返る。 通り過ぎた信号が赤なのが一瞬見えたが、バイクは止まらない。右折してくるトラック。前で詰まっているタクシー。
その上をバイクは進もうとして叶星が叫ぶ。
「つかまって一葉!!」
「くそ、今日は厄日です」
流星の体に、左手を回す。
サイドミラーがトラックにぶつかって、弾け飛ぶ。破片が一葉の顔のほうへと飛んでくる。とっさに手で目を守るが、肩をかすめる。皮膚が斬り裂かれた感覚がある。勢いが凄まじく、大きく裂けた。だが、それでその、戦闘は終わりだった。
阿頼耶は追ってこない。
時刻のせいか道路はすいており、それなりのスピードで走行を続けることが可能だった。もう、いまからでは、阿頼耶は一葉たちには追いつけないだろう。
だからむしろ問題は、
「······流星様。スピードを緩めましょう。警察に捕まったら、面倒です」
と、一葉は言った。 それに流星が言う。
「阿頼耶さんは?」
「あきらめてくれたようです」
「おー、本当に!? やった!」
「早くスピードを落としてください」
しかしその言葉に、流星は笑う。
「でも、ヘルメットかぶってない上に戦術機まで持ってゆっくり走ってもどうせ捕まるよ?? いつの時代の暴走族だよ〜って」
その言葉に、一葉は自分が手に握っている戦術機を見て、笑う。
「……まあ、それはそうですが、うまく逃げ切ったのに、流石、流星様の運転が下手ないで死んだ、という結末は御免です」
「事故んないわよ」
「ですが、流星様は無免許でしょ? しかも特殊軍用バイク」
「こんな状況で免許関係ある? でも、スピード緩めるとたぶん、すごい目立つよね。 二人で、ノーヘルで、それも戦術機背負った完全武装の衛士二人ってこれ、どうなの?」
「いいから早くお願いします」
「はいはい」
流星が、少しずつスピードを緩めていく。 暗い、一方通行の狭い路地に入り、バイクを止める。
「ほんとにきてない?」
という問いに、一葉はうなずく。
「たぶん」
「たぶんじゃ困るんだけど」
「じゃあ戻って確認してきてください」
「嫌よ。っていうか一葉」
「なんですか?」
「怪我してんじゃない」
流星が一葉の肩を見て、言う。
「阿頼耶さんにやられた?」
が、一葉はバイクを降りながら、答える。
「いや、流星様の運転が下手すぎるせいで、急にサイドミラーに襲われた」
「あはは、あれかぁ。よけてよ」
という言葉を無視して、 一葉は自分の肩の傷に触れる。けっこうな量の血が出ている。 そしてこの血は、呪われているはずだった。この血を注入した研究者の腕は、バケモノになって動きだしてしまったのだから。
どれくらいの量、なめたり、注入したりすると呪いが移るのかはわからないが、どちらにせよ血に触れるのは、危険だ。
一葉は手に持っていた戦術機フルセイバーを背中に収め、それからスポーツバッグを開き、回復注射薬を取り出す。
するとそこで流星が、言う。
「私が手当......」
「いやいいです。自分でやります」
「でも、肩じゃ傷が見えないでしょ? 首の角度的に」
しかし無視して、注射薬を傷口に突き刺す。
「乱暴だなぁ。ちゃんと手当てしないと、跡が残るわ」
「ご心配ありがとうございます」
「お嫁にいけなくなるわよ? 私は高城ちゃんが貰ってくれるのが確定してるけど、一葉には私しかいないんだし」
「あー、はいはい。うるさい黙ってください」
「あはは。一葉もだいぶ口が砕けてきたわね」
と、笑ってから、流星は張り詰めていた緊張の糸を緩めるように、ふぅ〜っとため息をつく。
「……しっかし、いまのやばかったわね。なんなのあれ。なーんで阿頼耶さんが出てくるのよ? CAGEの衛士、皆殺しだったんだけど」
時刻は、いまやっと待ち合わせ時間のだった。 だがもうCAGEに接触するために慰霊碑に戻ることはできない。
「わかりません」
一葉は腕につけた時計を確認する。
CAGEの使者は死んでしまったし、遠藤阿頼耶はまだ、あそこにいるかもしれない。そしていま、この瞬間、自分たちが生きているのは、奇跡だった。 運がよかっただけだ。
いくつもの幸運が重ならなければ、生きて、逃げ出すことはできなかった。
それくらい、今の阿頼耶は衛士にはどうにもできない相手なのだ。もしも阿頼耶達が人間を滅ぼす気になれば、それはたやすいことで、だが、見逃されているのだ。いや、相手にされていない、と言ってもいいかもしれない。 彼らにとっては、人間はうるさいただの家畜で、多少増えようが減ろうが、 どうでもいい相手なのだ。
だから、人間の社会には基本、介入してこないし、ほとんどその姿も見ることができないはずなのだが。
ここのところ、阿頼耶(の勢力)によく、遭遇していた。どうやら阿頼耶たちはCAGEが行っている禁忌の実験が気にくわないらしい。
高城が斬り合った時も、阿頼耶は黒鐵とカイブツを指してこう言っていた。
『怖いよねぇ、これ。こんなことによく、人間はそのまま触れる気になる。こんなのセーフティを仕込まず実験してたら、世界はすぐに終わっちゃうよ。ラプラス細胞は時空すら歪めるんだから』
世界が終わる可能性がある。つまりやはり、あのラプラス細胞に、CAGEと高城が隠している禁忌の技術の秘密があるのだ。 そしてそれが、遠藤阿頼耶達は気にくわない。
人間が勝手に欲望を暴走させて、世界を壊してしまおうとしているのが、気にくわない。 すると叶星も同じことを考えてたのか、言ってくる。
「もし本当に阿頼耶さん達に目をつけられたんなら、CAGEといえど、壊滅も時間の問題じゃないの?」
ありうる話だった。
しかしCAGEが、阿頼耶勢力と真っ向からコトを構えようとすると思うか?
戦って、勝てると思うのか?
「阿頼耶さん達にはCAGEの勢力なんて相手じゃないことはわかってるはず」
流星が言う。
阿頼耶にラプラス細胞の開発をやめるように警告されれば、きっと、CAGEもそれはやめざるを得ないはずなのだ。
「………でもじゃあ、なにが起きてるの? なんで阿頼耶さん達は表舞台に出てきてるの?」
わからない。いや、いまはまだ、わかっていることのほうが、少なかった。あらゆる組織の欲望と欲望が絡み合い、真実がまるで見えてこない。 しかし、流星が、 こちらを見つめてくる。こいつが考えていることは、わかる。
裏で糸を引いて いるのが、誰か。
CAGEやG.E.H.E.N.Aを混乱させているのは誰か、もう、二人ともわかっているのだ。
「宮川、高城様」
おそらく、宮川高城がすべての中心にいる。
「高城ちゃんが暗躍している。もちろん、今日のことまで高城ちゃんの仕業かどうかはわからないが、 これば、はやぼやしてるとほんとに、知らない間に全部が終わりそうだなぁ」
流星が少し、疲れたように言う。気持ちはわかる。高城はずっとずっと前を走っていて、その背中を見つめるのは、ひどく疲れるから。
傷口から、注射薬を離す。血は止まっていた。血の注射器をスポーツバッグに入れる。 そして歩き始める。
それに叶星が、言う。
「あれ、どこへいくの?」
一葉は答える。
「帰ります」
「って、徒歩で?」
「他にどうやって帰るんですか。またノーヘルで公道を走りますか?」
「うーん」
と、流星もバイクを降りて、砕く。 どうやら流星もバイクで帰るのはまずいと思ったらしい。だから念入りに壊して、一葉の隣を歩く。
「でもここ、イェーガーまで50キロくらいあるんだけど」
「歩けますよ?」
「別のルート探しましょう」
すると流星が言った。
「自転車盗もうかなぁ。ま、お互い、帰るまで気をつけて」
「はあ、当然です」
「じゃあ、ここで解散?」
「はい」
と、叶星は振り返らないまま、言う。
「それじゃあ、また明日学校で」
「ええ」
「おやすみ」
と、叶星が言うのに、一葉は足を止める。そしてそこで振り返る。 手を振ってきている流星を見て、彼は言った。
「流星様。今日は助からました。流星様ががいなければ死んでいました
すると叶星はちょっとだけ驚いたような顔になって、
「なにそれ。それって、私に恩義を」
が、遮って言う。
「感じない。私がいなければ、叶星様も死んでいましたし!」
「いや、そりゃそうだけどね。ふふ、言うようになったわね。そのほうが良いわよ。素敵」
流星は一葉を助ける必要はなかった。斎藤阿頼耶に襲われているタイミング で、バイクで一葉の手をつかんで逃げるのには、かなりのリスクがあった。放置して逃げるべきだった。だが、叶星はそれをしなかった。 だからその分だけは、
「......少し、流星様のお願いがあれば、お手伝いします」
と言うと、流星は苦笑する。
「少し、ね」
「少し」
「それは、ありがと。それだけ?」
「はい」
「じゃ、また明日かな」
「はい、また明日」
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