新しい世界のために③

 東京。

 御台場の衛士訓練校。

 もう、泣いている暇はなかった。

 デストロイヤーが来て、命令が下り。

 勝たなければ死ぬ。

 勝たなければ死ぬ。

 勝たなければ死ぬ。

 それも、生き残れるのは数人だけ。

 最初に何人いたかは、もう、覚えていない。

 ただ、毎日必死だった。

 新しい技術を覚えることに。

 新しい体術を覚えることに。

 友達ができる。生き残ったことを喜び合う友達ができる。だがその友達もデストロイヤーに殺される。

 それに恐怖して、憎悪して、またみんな、いままで以上の努力をする。

 友達ができる。

 その友達が死ぬ。

 友達ができる。

 その友達が死ぬ。

 友達を作るのをやめる。

 でも何人も殺されていく。

 強烈なストレスを処理するために、へらへらと笑うことを覚える。これがよかったのかもしれない。黙り込む者や、終始機嫌が悪い奴らよりも、自分は強くなった。

 肉体が速くなった。

 笑うことは人生を効率化する。おまけに笑うと、それが目印となって、みんなの士気が上がる。そしてへらへら笑いながら必死に生き残る。デストロイヤーを殺す。


 どんどん、他のデストロイヤーたちの実力があがっていき、戦うのが苦しくなるが、彼女はにこにこ笑ったまま、必死に生き残る。

 そしてある日……転機が訪れた。



 イェーガー女学院。

 地下500メートル完全秘匿特別技術開発運用実験室。

  今流星は、自分の腕から抜かれていく血を見る。 針が刺さり、二酸化炭素を多く含むどす黒い血液が静脈から抜き取られていく。


「…………今流星様」


 研究者の女が名前を呼ぶ。

 流星はそちらを見る。するとそこには、白衣を着た二十代前半くらいの女がいた。

 五本目の注射器の針を抜き、研究者が言う。


「検査はこれで、すべて終わりです」

「ええ、ありがとう」


 流星はうなずく。まくっていた服の袖を、元に戻す。


「それで、検査の結果はいつ頃でますか?」

「……………すでに研究者全員で、今叶星様についての研究を全力で始めていて、いくつか結果がでています」

「それで?」

「体内に毒の反応がありました」

「毒?」


  そこで研究者はが少しだけ面白そうに笑った顔で言う。


「未知の······しかし人工的な毒です。マギと人間の遺伝子と絡み合った形で作られているようなのですが、その毒が、どのようなものなのか、いまだ判然としません」

「人体実験がお家芸のG.E.H.E.N.A研究所でも分からない高度な毒ということですか?」

「······そうなります」

「解明しきれるんですか?」

「当然やらせていただきます。これは人類の体を蝕んでいる猛毒ですから。ワクチンを作らなければ世界が滅ぶかもしれません」


 ふふっと、怪しく研究者は笑う。

 流星はそう意気込む研究者を半眼で見つめ、それから思い出す。

 彼女の中に、毒を入れた少女の顔を。

 宮川高城の、美しい顔を彼女は決して成功しないと言われていた悪魔をそのまま武器に封じる《ラプラス制式戦術機》 を完成させようとしていた。いや、すでにかなり実戦的な能力を有しているように見えた。 なにせあの人ではいまいはずの、 圧倒的な能力を有している。


 それに、流星は思い出す。

 高城の笑顔を思い出す。 彼女の言葉を思い出す。


『でももう、あなたは人じゃないわよ。人は切断された腕がくっついたりしない。すでに 少し、 あなたの魂に、《悪魔》が混じっちゃった。だから最後は、壊れる。私と同じよう に、心が黒く埋め尽くされちゃう。ああ、流星。やっぱり私たちは、離れられないのよ。二人で仲よく、悪魔になりましょう』


 悪魔。

 悪魔の毒。

 《ラプラスの悪魔》の毒。

 今叶星は、切断されたはずなのに、いまは何事もなく自分の右腕にそっと触れる。


「……ラプラスの悪魔、ラプラス細胞か」


 研究者達は高速演算処理装置で算出されるデータ解析を目を輝かせながら眺めながら絶え間なく議論を交わしている。


「人体実験……開始は?」

「……頃に、……は?」

「老若男女を……して……数値を10単位で用意」

「多過ぎる……となる材料の入手……は」

「そん……の幾らでも」

「今は……が情勢ですし」

「しかし佐々木……様ならご……できる」

「……研究を進めれば……勝てる……て」

「この……を薬に変えれば」

「研究を」

「実験を」

「世界を」


 流星は嫌になって、ベットから降りて地上の施設に向かうための高機動エレベーターを待つ。

 そこで金色一葉と出会った。

 一葉はつぶやく。


「研究者達は悪魔に夢中ですね」


 流星は彼女に言った。


「…………人体実験を始めれば、研究が止まらなくなる。 新しい毒を、新しい実験を、新しい力を、力を、力を……で、そのさきはどうなるのかしら。仲間を、人類をモルモットにして進んで、その先は。たぶん、自分たちの力に呑み込まれるか、もしくは、神様に潰されるか。どちらにせよ、結果は破滅よ」

「神様なんて、流星様は信じているんですか?」

「比喩よ。たとえば、そうね、手洗いを忘れた研究者から始まる未知のウィルスによるバイオハザード」

「昔のゲームでありましたね。ウィルスに感染したネズミが原因で街がゾンビだらけになるやつ」

「そうなの?」


 流星は首を傾げる。


「ええ、名作だったらしいですよ。デストロイヤー細胞が現れた初期にも、それをモチーフに対処が考えられたりしたそうです」

「ウィルスに感染したネズミね」

「モルモット……という意味では私も同じ、とか考えたでしょう?」

「凄いわ、一葉。いつから人の思考がわかるようになったの?」

「流星様の考えはお見通しです。憧れの先輩ですから」

「ごめんね、私には高城ちゃんがいるから」

「告白してないのに振られた!?」


 そこで一葉は少し黙る。


「私では不足ですか?」

「どういう意味?」

「私では、高城様の代わりにはなれませんか?」

「なーに、一葉。もしかして本気で私に惚れちゃった?」

「貴方を向こう側へ行かせない為なら、貴方を抱きしめるナイトになれるくらいには」


 そんな一葉の言葉に、また、流星は高城のことを思い出す。


『流星、好きよ』


 力に狂い、壊れ始めている流星のことを思い出す。


『あなたが好きよ、流星。そして私とあなたは同じ、狂気と狂鬼が棲む場所に棲んでいる』


 流星は自分の胸に手を当てる。


(もし、高城ちゃんを諦めて、一葉に身を委ねたら、どうなるのかしら)


 その時だった。

 サイレンが鳴り響き、研究者達の悲鳴が上がる。


「うわ、うわああああ!!」

「悪魔が!」

「ちゃんと手順通りに封印処理しないから!」

「しましたよ!! それを突き破って悪魔の力が!!」

「助けて! 助けてええ!!」


 悲鳴を上げた研究者の左手がふくれあがる。その手に黒い悪がめぐる。爪が伸び、まるで悪魔の手のように変化する。だが、そこで研究者の言葉が止まった。

 表情が変わる。

 全身を震わせ、右手を、変化した左手を押さえて。


「お、おおお。なに、にに、これ……ごい、凄い力が……があつ、い、熱い熱い熱い。いやあああああ」


 愉悦の悲鳴が、本当の悲鳴になり、その姿が完全に変貌して――


「あ。かぺ。きゃぺ」


 そこで、一葉は戦術機フルセイバーを抜いた。ユニコーン戦術機が与えたフルセイバーという名の戦術機を放った。


 研究者の変貌していく左腕を切断する。だが、手は巨大化していく。切断面から、あの少女のようなたくさんの手と腕が生えて、その指先に瞳が開く。

 牙の生えた口が一つ、生まれ――その口が研究者に喰らいつこうとしたところで、腕が足のような役割を果たして自立する。その切断された手はすでに、いま彼らがいる研究室の中の、ベッドよりも大きい。


「消えてください!」


 一葉は再び、全身の力を込めて、戦術機フルセイバーを振るった。刀は腕の間から入り、真っ二つに腕から根本までを切断する。だが一葉は動きを止めない。 返す刀で、今度は横薙ぎに斬撃を放つ。

 瞬間。

 バケモノの全ての瞳が、こちらをぎょろりと見る。いや、一葉ではない。叶星を見て口が開く。そして低い、しわがれた女の声が響いた。


「……なんだ、おまえも《悪魔》か」

「パケモノに喋る権利はありませんよ」


 一葉の戦術機がバケモノを横に切断する。すると肥大化した左手は沈黙した。十字に斬り裂かれて、床に倒れる。 と同時に高機動エレベーターが到着し、強固な扉が開く。そして何人もの厳重な封印装備を纏った白い研究者がゾロゾロゾロと現れる。


「対処を確認! 封印しろ!」

「消毒だ! 感染者は隔離を急げ!!」


 その研究者たちは言う。


「敵は倒しました。 研究者さんの治療を」


 彼女は振り向いて、床に座り込んでいる研究者のほうを見る。 研究者は腕を失っている。腕の切断面には装置がつけられている。どうやら、自分の持っていた対デストロイヤー装備で止血したようだ。

 研究者たちが腕を失った感染した研究者を運びだそうとする。だが研究者は言うことを聞かない。ただ、床に倒れた悪魔の毒におかされた自分の巨大な手を見て


「……さ、すごい。 なにいまの……こんな力、見たことない......これを... この力を研究しなきゃ」


 腕を失ったのに。

 力をまるで制御できなかったのに。

 彼女は、まるで快楽を得ているかのような顔で、そんなことを言いだして。

 そしてまた、一葉と流星の二人は高城の言葉を思い出してしまう。


『あなたは抗えない。力への欲望に。力への欲求に。だって、あなたは私と同じ、深い穴の奥に狂気が棲んでいるから……』


 狂気が感染していく。

 狂気が感染していく。

 狂気が感染していく。

 数人の研究者が、興味深げに床に落ちた鬼の死骸へ目を向ける。誰かがそれに触れようとして、封印処理班が言う。


「触れるな。 それは感染する。通常のヒュージ細胞用の装備では貫通した。今後は第二級重防護服を着て作業する」


 彼女は他の研究者たちに支えられながら立ち上がり、こちらに頭をあげる。


「ご迷惑をおかけしました。ですが、これで一気に研究は進みました。必ずやこの悪魔の力の謎を解明して見せます」


 一葉はそれにあきれるように笑って、言う。


「……腕を失って、すぐにその発言ですか」


 しかし研究者は褒められたと勘違いしたのか、微笑み、言った。


「人類が前に進むには、リボンズ・藍さんが率いるイェーガー女学院がより強大になるためには必要な犠牲です」


 流星は言った。


「人類……か、 まるで自分の大義に酔ってる人の発言ね」


 研究者は笑った。


「研究者とはみな、そういうものです……さぁ、みんな、始めましょう。この実験についてのとっかかりは見つけましたよ。それとお二人様、お時間です」


 それに、二人は部屋にある時計を見る。


 時刻は深夜一時。

 もしも翌朝、G.E.H.E.N.Aの運営しているイェーガー女学院に登校するのであれば、もう睡眠を取る必要があった。


 二人はうなずく。

 研究者たちが急ぐのもわかる。なにせ今日はもう、八月も半ばを過ぎているのだ。年内ということはつまり、人類の破滅……戦争と予測されている、ソレが始まるまでに、長くても四ヶ月ほどしかないということになる。そして相手にするのはCAGE……を利用する斎藤阿頼耶が所属する勢力だ。


 それに高城のあの言葉もある。


『あのね、今年のクリスマスにね、世界が滅ぶの。 終末のラッパが鳴って、ウィルスが蔓延する。そしたらきっと、いまよりもっと力が必要になる』


 ウィルス。つまり、生物兵器がまかれる可能性があるということだ。 それも世界が滅ぶほどの大規模ということは、世界同時にまかれる、ということだ。


 誰が、どういうつもりで、どうやって、そんなことをするのかはわからないが、常識的に考えればG.E.H.E.N.AかCAGEか斎藤阿頼耶の勢力が抗ウィルスをすでに持っているのだろう。 そして世界中を脅す。


 『自分たちに従わなければ全員死ぬぞ』

 そういうあるかもしれない。斎藤阿頼耶の勢力以外は、世界的にかなり大きい組織だからその計画は成功する可能性もある。


 だからこそ、世界を守る側のCAGEが戦争を始めた。

 もう、世界滅亡まで時間がないから、力の削り合いを気にせず、G.E.H.E.N.Aと戦争を始めた。

 そんなことを考えて、流星は笑う。


「……ははっ。 クリスマスに天使が舞い降りて、ラッパ片手に世界を滅ぼすって? ふざけてるわね、ここは日本だぞ。無宗教多宗教入り混じる無法地帯よ。全く、全く、全く」

「流星様?」

「なんでもないわ、ごめんね一葉。愛しているわ」


 と、流星は小さく呟き、薄く笑う。


 流星たちも力を手に入れる必要がある。

 時間はない。

 時間がない。

 時間がない。

 なら、手遅れになる前に、自分たちも力を手に入れる必要がある。


「ねぇ、一葉。私のこと好き?」

「えっ、えぇ、尊敬しています」

「そうじゃなくて、さ。私と一緒に地獄までついてこれる?」


 地獄より更に酷い場所になりそうだけど、と流星は小さく呟き、薄く笑う。


「流星様が望むなら、私は」

「ありがとう、一葉。好きよ貴方のこと」


 高城ちゃんの次にね。

 その言葉は流星は心にしまった。

 二人がイェーガーに行くと他の生徒から奇異の視線を向けられていた。


「あれが、序列一位の一葉様よ」

「今はリボンズ・藍様の直轄になったから、レギオン名も変わったらしいわ」

「確かシュテルンリッターだとか」

「というかイェーガーを捨てたんじゃなかった?」

「あれはデマらしいわ、レギオンが解散したのは本当みたいだけど」

「今流星って神凪でしょ? あそこもよくわからない勢力になってるし、スパイとかじゃないの?」

「そこらへんは身辺調査はされてるでしょ」


 イェーガー女学院の教室。

 イェーガーは大規模な改革があり、同じ目的、同じチームごとに区分けされ、そこに年齢や学年などを無くして役割による教室分けになっていた。なので一葉のいる教室に同じレギオンの流星、蒼風、千香留がいる。


「本当に、わけわからないわ」


 そんな声が聞こえた。ついこの間までここには、敵しかいないはずだった。 罵声と、嫌がらせと、投げつけられる理想論者という見下した視線が飛び交っていたはずなのだ。

  教室の扉が開き、廊下で数人の生徒たちの声がする。


「本当に藍様の直属の部下に選ばれたんですって」

「忠誠心があるのをずっと隠してて、反G.E.H.E.N.Aや反乱分子を集める役割をしていたらしいわ。で、その忠誠心に心を打たれて、リボンズ・藍様が引き抜いたって聞いてるわ」

「神凪の代表をやっていた今流星様や、横浜衛士訓練校から蒼風を引き抜いたり、御台場防衛戦で活躍した東雲千香留さんとも仲がいいらしいし、その三人も認めてるって」

「ったく、誰よ。名前すら無いネズミなんて言って馬鹿にしてた奴は」

「貴方でしょ?」

「自分だってバカにしてたじゃない」 


 端末に通話の音が鳴る。授業後のホームルームが終わってすぐに、 電話がかかってきた。G.E.H.E.N.Aの研究会場だったこの女学院を掌握した、この学校では誰も逆らうことのできない代表。

 一葉は受話ボタンを押して、出た。


「なんですか?」

『おや、態度が悪いな。どうかなさいましたか、藍様と、言ったらどうだい?』

「配下に隷属を強要するタイプか」

『いやまあ、冗談だけどね』

「貴方の冗談はおもしろくないです。イエスマンの部下にちやほやされすぎて、感性が腐り落ちているんじゃないですか?」

『ははは、殺されたいかい?』

「やりたきゃやれよ。おまえならいつでもできるじゃないか」

『……ふふ。だけど、君のそういう態度は気に入っているよ』

「へえ。どういう態度が気に入ってるんですか?」

『反抗的で、躾は悪いが、僕にはかなわないときちんと立場がわかっているところさ。組織としても、個人としても、僕に勝てない。シュテルンリッター四人で攻めても、返り討ちだと理解してるところとかね。今すぐ、生徒会室に来て』

「お断りさせて頂きます」

『はは、君は拒めないけどね。では数分後』

「……はぁ」


 と、一葉が舌打ちしたところで、通話は切れた。横にいた流星が、椅子に座ったままこちらを見上げて言う。


「リボンズ・藍さん?」

「はい、残念ながら」


 一葉が言うと、また千香留が言う。


「何の用だったの? 一葉ちゃん。新しい任務?」

「いやー、良いところ無しでやられちゃったから先輩達みたいに活躍したいですねぇ。私はガンガン前に出るタイプなのに、この戦術機の性質が生産能力ってなんか、パッとしない」


 蒼風のその言葉に千香留は苦笑いで彼女を見る。そして、「まぁ、まぁ」と年上の包容力を見せながら蒼風の機嫌を宥める。


「蒼風ちゃんの武器のおかけでみんな前の

戦いでも生きてこれたから、それは大切な蒼風のお手柄よ」

「でも〜、一葉先輩や流星先輩みたいに前へ出て敵を斬り殺したいんです!」


 蒼風がちょっと頬を紅潮させて、益々怒ったようにユニコーン戦術機をにらむ。それになぜか流星が笑いだす。

 なにを言ってるんだ、こいつは。

 アタッカー三人と自衛手段がない後衛はバランス悪いと思いつつ、彼女のことは気にせず、席を離れる。すると背後から叶星が平坦な口調で言う。


「私達もついていく?」

「え、何の話ですか?」

「いまのリボンズ・藍さんからの呼び出しだよ」

「……え? って、え? そうなんですか? てっきりもう任務は告げられたものかと」


 流星が聞いてくる。


「校長室?」


 首を縦に振る。


「さっさとこい、ですとの連絡です。一人で」

「それは怖いわね、気をつけて」

「死なないことを祈っていてください」


 シュテルンリッターの面々は一葉を置いて、家へ帰る。いや拠点といった方が良いかもしれない。マンションなのかホテルなのかよくわからない場所を、シュテルンリッターの面々は拠点として活用していた。


 お金に関してはこれまでの実績から余裕があったので、広い部屋だ。そして、そこへ移動中の三人の前に土岐紅巴が現れた。 


「こんにちは、の皆さん」

「綾波……みぞれさん」

「……神凪の衛士として来たんですか?」


 警戒した様子で構える。

 神凪は今や未確認の勢力下になっている。

 ・非道で残忍な実験を繰り返し、人類の進化を標榜する《デストロイヤー研究機関:G.E.H.E.N.A》


 ・衛士の人権と権利を主張し、多種の訓練校を内包する《CAGE》


 ・衛士のみで構成され、神凪を支配下に置く《未確認勢力》


 ・謎の個人戦力宮川高城


 ・人類全ての敵である《デストロイヤー》


 この混迷した世界で、綾波みぞれはどこに所属しているのかはっきりしていない謎の衛士だった。


 社会的には神凪、個人では宮川高城、そして実質G.E.H.E.N.A傘下のイェーガーに滞在するシュテルンリッターの三人に接触する。


 どこの勢力なのか?

 誰の思惑なのか?

 彼女は何がしたいのか?

 それがわからない以上、警戒するのは当然だった。


「今夜の午後11時。日の出町の惨劇。その慰霊碑の前でトリは待つ」

「え?」

「は?」

「それでは皆さん、ごきげんよう」


 そういって綾波みぞれは消えていった。

 蒼風は首を傾げる。


「一体、何だったのでしょう?」

「トリ……?」

「CAGEね」

「ああ、確かCAGEは衛士のことをトリと呼称しているんでしたね」

「ってことは午後11時の慰霊碑の前って」


 接触場所だ。しかもシュテルンリッターへ向けたコンタクト。しかし、接触するためにはそれなりの準備がいる。武装をする必要がある。それも 秘密裏に、誰にもバレることなく、時間がもの言う。


「……どうしようか、一葉が帰ってきたら相談しましょう」


 流星はそういって纏めた。帰宅を再開しつつ今叶星は考える。

 悪魔。

 クリスマスの破滅。

 ウィルス。

 黙示録の天使。

 ヨハネの四騎士。

 機械仕掛けの神。


「……ずいぶんと、宗教的な用語が多いわね」


 それが、実際にあの聖書に出てくるような、なにかを示唆しているのか、それとも、ウイルスやテロについての暗号なのか。


 帰宅した三人は将棋を始めた。

 彼女達は柔軟な思考を獲得するために遊びながらも考える力をつけるオセロやチェス、将棋とした遊びで訓練を重ねていた。

 流星は将棋セットを見下ろす。そして、将棋は楽でいいな、と、少し思う。気にするべき敵が、目の前にいる奴だけで いいからだ。

 目の前の敵を殺すための戦術を練るだけでいい。 おまけに敵の戦力は、まったく自分と同じなのだ。

 しかし現実は違う。

 鬼ごっこをする大抵の敵は自分よりも遥かに大きな力や、 規模である上にいくつもの勢力が複雑に絡み合っている。だから、誰を味方につけて、誰と敵対し、どのタイミングで裏切って、どのタイミングで誠意を見せるか。


 ミスればそれで終わり。

 待ったはない。

 ワンチャンス。

 ワンゲームで己の命と仲間の命をオール・イン。それを何回も繰り返す。


 流星はしばらく安っぽい将棋ボードの上を見つめ、蒼風が取っていた「歩兵」を、千香留の「王将」の前に置く。だが、それで蒼風は負けだ。 千香留は次の手で蒼風の「王将」を取ってしまうだろう。

 将棋ではゲームセット。だが、現実は違う。王が死んでも組織は死なない。

 流星は「歩兵」を進める。 それで、千香留の「王将」を殺す。


 G.E.H.E.N.Aの「王将」を殺す。

 CAGE「王将」を殺す。

 未確認の「王将」を殺す。

 ヒュージは……たくさんいるから無理だ。

 別に、自分が死ぬのはいい。覚悟の上で平和という野心を持っている。だが、その後は、どうなる?

 仲間は生き残れるのか? 

 死んだあとにまで残したい、野心とはなんだ?

  自分と仲間の命を懸けてまで、叶えたい願いとは、なんだ?

 平和?

 デストロイヤー殲滅?

 それとも……宮川高城。


 CAGEが指定した慰霊碑は都営地下鉄の駅に近接した、かなり大きな公園にあるものだった。だが、駅側から入ると、監視カメラに映る可能性がある。だから叶星はバイクで公園の西に横付けし、憩いの森や芝生広場という、木々に囲まれて人目につかない、暗い場所から入ることにした。


 公園の歩道でバイクを止める。 エンジンを切り、スタンドを立てる。ヘルメットを外し、道路から公園のほうへと目を向ける。公園は暗い。木々に囲まれ、月明かりも届かない。


 ヘルメットをバイクのハンドルにかける。背負っていたスポーツバッグを胸の前に移動させてささぐる。


 取り出したのは暗視スコープだ。暗い公園の中では、必要だろう。 それからいくつかのナイフを袖の内側に仕込み、ポケットにも突っ込む。ぐるんっとスポーツバッグを背中に戻す。紐を短くして、グラつかないようにする。


 バイクから降りたところで、もう一台、大型の別のバイクがやってくる。 流星のバイクの横に、並んでくる。


 一葉だ。

 エンジンを切り、ヘルメットを脱いで、笑いかけてくる。


「やっぱ流星様もここから侵入しますよね。まあ、地図見たらここですよね」


  確かに地図を見ると、ここ以外の侵入経路は、ないように思えた。木々が生い茂り、監視しにくい場所。 接触予定の慰霊碑は公園の東側にあるので、西側を確認しながら進めば、撤退ルートを確保しながら、進むことができる。

 流星は答える。


「向こうもここから入ってくると思ってるだろうけど」

「ですね。ところで流星様、そのバイク……特殊軍用モデルですね。専用の免許が必要な。免許持っているんですか?」

「持ってないわよ」

「無免許ですか。じゃ、そのバイクも」

「神凪から盗んだものね」

「盗んだバイクで走り出すですか」


 苦笑いをする一葉に、流星は笑って、言う。


「青春でしょ?」


 二人は暗視スコープをつける。暗闇が緑色に色づけされて、映し出される。 横で一葉がバイクを降りて、あきれ顔で言う。


「暗視スコープつけて公園に入る青春なんて嫌ですね。 どうですか?」

「いちゃついてるカップルとかいるわ」

「ま、夏ですし。でも、いけませんね。風紀を乱すマネは」

「一葉がえっちなのは、部屋で一人でしてる時の声が大きいからみんな知ってるわ」

「ええ!? 初耳なんですが」

「冗談よ」

「心臓に悪い冗談はやめてください」

「してるの?」

「……偶に」

「私は高城ちゃんじゃないと燃えないのよねぇ」

「お二人ってそんな関係だったんですね」


 一葉が少し引いたようなことを言うがが、無視して流星は、公園へと侵入する。


「あ、ちょっと待てください。私もいきます」


 背後で、暗視スコープのスイッチが入れられる音がする。だが、振り返らない。ただ、前方に、トラップがないかを確認しながら、 二人は進む。

 背後の流星の動きは、素晴らしかった。足音がほとんどしない。静かに、慎重に、しか 速く移動している。そういう訓練を受けているのだろう。

 背後で一葉が言う。


「まだ、待ち合わせ時間までは少しあるけど、待ち伏せするつもりですか?」


 が、流星は首を振る。


「いや、遠くから状況を確認しようと思うの」

「賛成。 慰霊碑の側は、ちょっと周りが開けすぎてるから、待ち伏せには不向きです」


 だから接触場所に選ばれたのだろう。


「じゃあ、どこから確認する?」


 その問いに、流星は腕につけている時計を見る。時刻は10時30分。 接触時刻まで、あと30分だ。


 流星は足を止める。

 いま二人がいるのは、憩いの森だった。 接触場所はさらに芝生広場を抜けた先にあるのだが、広場に出てしまうと隠れる場所がない。ならば。


「……ここらの木の上から覗きましょう」

「わかりました」

「エロエロカップルも見逃さないで」

「はい」

「突っ込んでよ」

「なにを?」

「いいけど」


 流星は準備を始める。 スポーツバッグから小型爆弾をいくつか取り出し、自分が登る木に設置する。襲われたときのためのトラップだ。それから木に登る。太い枝を選んで、足場にする。

 隣の木が揺れる音がする。そちらには一葉が登ったようだった。

 そちらを見ると、一葉が手を取ってきて、それから指で、東のほうを指す。 慰霊碑のある方角だ。


 叶星ははうなずき、方角を見る。 スコープが映す夜の公園は、 空の星は異様にきらめき、その光が木々を照らす。 スコープの倍率をあげていき、目的の場所へと焦点を合わせていく。


 空の星は異様にきらめいている。

 スコープの倍率をあげていき、目的の場所へと焦点を合わせていく。 芝生広場を抜けた先に、遊歩道が延びている。 そこを少し進んだ脇に、遊具がいくつか 点在している場所がある。

 その、さらに向こうに巨大な慰霊碑がある。

 そこにいま、八人のスーツの少女たちが立っていた。あきらかに、いちゃついているカッ ブルじゃない。全員衛士だ。


 それもかなり訓練されている精鋭のように思える。とてもじゃないが、戦っても勝ち目はなかった。つまりこれは、当然ながら対等な話し合いにはならない。


「……」


 流星はもう一度時計を見る。

 残りあと十五分。

 さて、話し合いに向かうべきか、否か。

 時計から、目線を再び、CAGEの衛士のほうへと、戻す。だが、そこで、様子がおかしいことに、気づいた。衛士たちがなにかを叫んでいる。 慌てて戦闘態勢になる。

 こちらに気づいたのか、と、一瞬全身を緊張させたが、どうも、そういうわけじゃなさそうだった。


 暗闇から、なにかが駆けだしてくる。そのなにかが、衛士達を襲う。それに対する衛士達の反応は、凄まじかった。戦術機を起動させ、攻撃が放たれるが――なにかは、あっさりそれをよける。 衛士の首をつかむ。首を引きちぎる。さらに他の二人の衛士の首も、同じ要領で引きちぎる。


 逃げようとするもう一人の髪の毛をつかむ。その、首に食らい付く。CAGEの衛士ががくがくと体を震わせ、力を失っていく。

 どうやら、血を吸っているようだった。


「あれ、斎藤阿頼耶さん?」

「……まるで、吸血鬼ね」

「というかまた貴方か」


  叶星はうめくように呟く。 そこにいたのは、この間、クレーターで出会った三人組のリーダー、斎藤阿頼耶だった。


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