新しい世界のために②


 刹那、高城が腰の戦術機フェネクスを抜く。

 その高城に反応して、 桃色の髪をした阿頼耶も戦術機を抜く。刀身がまるでガラスのような見た 目の、奇妙な戦術機。

 緑色の光を纏いながら高城は飛翔する。

 その、ガラスの戦術機と戦術機フェネクスがぶつかる。


「阿頼耶さん!」

「……ッ!」


 高城の戦術機フェネクスに暴力的なほどの禍々しさが膨れあがり、緑色の光が阿頼耶を襲うが、しかし、


「……へえ。 ラプラス細胞を扱う技術は、そんなところまできてるの。やるわね、貴方」


 阿頼耶はにやにやと楽しげに笑うだけで、簡単に受けきってしまう。

 高城が阿頼耶をにらみ上げて、言う。


「なんで、今更ラプラス細胞の実験なんか」

「あ、ははは。自前でラプラス細胞持ってるんだから幾らでも養殖できるんじゃないかって? そうそう。私は斎藤阿頼耶。衛士のセカンドステージ。人間でいうところの上位者に一番近い。まあ、本当の上位者はこんなものじゃないんだけど」


 言いながら、 阿頼耶は、ガラスの戦術機を引く。そして振りかぶり放つ。


「くっ」


 高城が反応する。五回――二人が斬り合ったのまでは、見えた。だがその先は見えなかった。 高城が後方へと逃げようとする。だが、


「あら、もう逃げちゃうの? 駄目よ」


 言いながら、 阿頼耶がひょいっと蹴りを放つ。 高城の側頭部に当たる。 首がもげるんじゃないかというほどの衝撃とともに、その場で高城の体がぐるっと一回転する。


 と そこで流星は、飛び出していた。右腕はまだ、うまく動かないので、左手で戦術機の出力を最大にしてから右手をそえて高城の前に立つ。戦術機で防御の構えを取る。


「はい、終わり」


 阿頼耶が言った。

 剣を掲げた。

 阿頼耶が笑う。


「さよなら」


 剣が振り下ろされる。とんでもない衝撃が、戦術機にぶつかる。戦術機の最大出力の光輪でも消滅させることができず、戦術機の本体にガラスの戦術機が当たる。

 流星は攻撃を受けると同時に後方に跳んでいたのに、威力を流しきれない。十メートルくらい、吹っ飛ぶ。


「うぅ!?」


 衝撃を戦術機に受け、戦術機を持っていた左手の骨が数本折れる。ぶつかった刀が体にあたり、 さらに数本骨が折れる。体が浮く。後ろにいる高城にぶつかる。そのまま二人で、後方へ


「ぐあ、あ......」


 地面に落ちる。立ち上がることが、できない。動くことも。ダメージが大きすぎる。被害甚大。目がチカチカと点滅する。ヒットポイントはレッドゾーンだ。


「……流星……生きてる?」


 背後で高城が言う。顔を上げると、心配げな顔で、こちらを見ている。

 流星はそれに、言う。


「こっちの心配はいいわ。前だけ見て。私はもう、阿頼耶さんの戦術機を二度は受けられないわ」


 だがそれに、高城が悔しげに顔をしかめる。


「向こうは、こっちのこと気にもしてないけどね」


 流星もそちらを見ると、確かに阿頼耶は、こちらを見てもいなかった。 いや、そもそも阿頼耶の所属する御前勢力は衛士人権団体を決起させて、CAGEを作った。そういう奴らなのだ。


 人間を家畜としか認識しておらず、衛士を仲間だと思って行動する。だから敵になるなんて発想は出てこないし、人間と衛士が地上で行っている権力闘争にも興味がない。

 なのに、


「あなた、なにしにきたの?」


 高城が聞いた。すると阿頼耶が顔を上げて、言う。


「あら? あれ、生きてるの? すごいなぁ。ほんとに貴方達ファーストタイプの衛士?」

「答えなさい。 ここに、なにしにきた?」


 それに阿頼耶が答える


「いや、ファーストタイプ共がちょっと、触れるべきではない領域の研究をしてるって聞いてねえ。 調べにきたんだけど……………うん、私の研究を横取りしたみたいだね、これ」


 そこで、足下を見る。 壊れた少女の死体が転がっている。それを蹴って、 跳ね上げる。少女の死体は宙空に浮き上がり、どんっと阿頼耶の肩に載る。手で指示を出すと、控えていた二人が黒鐵を回収し、トランクケースの中に潜む闇に飲み込ませる。


「怖いよねぇ、これ。こんなことによく、人間はそのまま触れる気になる。こんなのセーフティを仕込まず実験してたら、世界はすぐに終わっちゃうよ。ラプラス細胞は時空すら歪めるんだから」


 そこでまた、高城と蒼風を見る。


「二人のその戦術機も、狂気の沙汰だと思うけどね。あははは、完全に置物になっている一角獣と、制御に失敗して暴走している不死鳥か。貴方達には扱いきれないようね、もらってあげましょうか?」


 それに高城が、戦術機を構える。そして緊張した笑みを浮かべて言う。


「お断りよ。上手く扱えない私達と、安全装置がない状態でラプラス細胞に触れる人間に制裁しにきた?」


 しかし阿頼耶は笑う。


「いやいや、そんなに人間に興味はないわ。勝手に醜く争えば? ファーストクラスの無能が共食いしたところで、私達は興味ない。まあ、私の一撃を喰らって生きてるような貴方達がファーストクラスか、どうかはちょっと定かじゃないけれど、まあ、それもどうでもいいかな。じゃあ、二人とも撤退するわよ。ここに来た目的も果たせたし」


 とそこで、あっさりこちらに、背を向ける。いや、背中を向けても問題ないと思われてしまうほどに、力に差がある。 高嶺は動かない。背後から斬りかかっても勝てる可能性は、薄い――それが彼女にもわかっているのだ。

 3人の姿が消える。


「 《ラプラス制式戦術機》が、完成してれば」


 彼女は悔しげにそう呟いてから、戦術機を背中の巨大なケースに収める。

 流星はその、収められた戦術機を見下ろす。これでまだ完成ではないらしい。勿論、力を制御しきれない、という部分では、あきらかに完成していないとは思っていたが、


「まだ、力が大きくなるの?」


 流星が聞くと、高城は薄く笑って、


「……もう、あまり時間がないから説明してあげない。でもさっきも言ったけど、あなた もどうせ私と同じ道を選ぶ。 《悪魔》が中に入っちゃったから」


 彼女は走り、落ちているキメラの半身を拾う。

 と同時に、空でヘリの音がする。

 高城はそれを見上げ、


「……実験体が死んだのに気付いて、組織がくるわ、流星。あなたも逃げ……」


 が、彼女の言葉は止まる。赤と緑蒼の光を纏った一葉が高城の腕を切り飛ばし、フェネクスを掴む。そして、ソードビットが高城の体を突き刺して地面に固定する。更に高城のお腹を戦術機フルフルセイバーの大剣と呼ばれるような刀身で突き刺して地面まで貫通させる。


「量子テレポーテーション・ソードビットコンビネーションアタック……! 成功!! 流星様! フェネクスをお願いします!!」


 一葉はフェネクスを放り投げて流星に渡す。しかし片手で戦術機を持っている上にフェネクスからの精神汚染を警戒して一度、弾き飛ばして地面に転がす。

 高城は全身をソードビットに突き刺されても余裕を崩させず、笑みを浮かべていた。


「あら……いつから目を覚ましていたの? 一葉」


 彼女が聞いた。すると一葉が真剣な眼差しで高城を馬乗りになって見下ろしていた。一葉が答える。


「仲間が襲われている時に呑気に寝ていられません」

「つまり、最初から起きてた?」

「はい」

「気絶は演技?」

「そうしないと、貴方は本当のことを語ってくれないと思ったので」

「あなたじゃ意味がないもの」

「その悪魔の力を手にするなら、私でも良いのでは?」

「あははは。だから貴方が生きていたって、悪魔の力を手に入れても、意味がないんだって。人類に夢を見ているだけで、大切な一人を愛したことのない貴方なんて意味がない。悪魔はね、一途な女の子が好きなのよ。人類みんな、なんて言葉より、誰か一人を助けたいと叫ぶ人間の元にやってくる」


 高城は笑いながら、一葉をなじる。流星が隣に並んできて、小声で言う。


「一葉」

「なんですか」

「協力して高城ちゃんを捕まえましょう。あのまま放っておいたら、高城ちゃんは破滅する。それは防ぎたい」

「当然です」

「ははは、二人して私を犯そうっていうの? こんなに乱暴に拘束して。一体私は何をされるのかしら」

「……随分と、お気楽ですね。状況がわかってないんですか?」


 一葉はタフルセイバーを押し込む。ぐじゅぐじゅッッッと血が溢れる。


「ああ、痛い。痛いわ。流星。助けて。そこの野蛮な獣を斬り殺して、私を攫って」

「流星様、挑発です。ここで高城様を止めなければ、手遅れになります」

「……ええ、わかってる。わかってるわ」


 そんなことはわかっている。彼女がやっていることは、ひどく危うい。破滅へ一直線 だ。いや、もう既に手遅れの可能性すらある。

 流星は自分の、接合してしまった右腕に触れる。 腕がゼロから生えて再生する。それはもう、人の力ではなかった。

 流星は隆史を見つめ、それから隣にいる一葉に言った。


「ねぇ、一葉」

「ん?」

「高城ちゃんを捕まえたとして、その後はどうするつもりなの?」


 すると一葉は笑った。


「G.E.H.E.N.Aに引き渡す、なんて真似はしません。けど、今のうちに手は繋いでおくべきではあると思います。人間である今のうちに」

「人間である、今のうちに、か」


 流星は《ラプラス制式戦術機》に触れたときに己の精神世界に現れた《黒い私》を思い出す。それが高城を取り込み、操っているのなら、なんとかして助け出さないといけない。


「そうね、私が助ける」

「ねぇ、流星。助けて」

「私も高城さんの持ってる悪魔の戦術機の力には興味があります。 この少女の実験にも、斎藤阿頼耶さんが手に入れている情報にも。 だから」


 一葉は戦術機のフルセイバーを手放し、立ち上がった。そして制服に内蔵された仕込み武器を展開する。

 すでに握力が戻っている。それが《悪魔》の力のせいなのか、どうなのか、詳しいことはわからない。一方で、阿頼耶に折られた左の指や、胸の骨は治癒していない。 どうやらも《悪魔》の力は、体から離れてしまったらしい。

 だから流星は、右手だけで戦術機を構え、


「高城ちゃん。貴方を止めるわ」


 そう、言った。すると高城はこちらを見つめ、楽しげに笑った。


「できないって、知ってるくせに。白銀、抜刀」

「一葉、危ない!!」


 流星が一葉を突き飛ばす。そこには白銀に輝く刃が通り、空間を切り裂いて異次元が開いている。

 たかはソードビット戦術機とフルセイバーの拘束をまるで気にしないように力任せに肉体ごと引きちぎって立ち上がる。そして腹に刺さったフルセイバーを放り投げる。

 高城の後ろには巨人が鎮座していた。

 白亜の装甲に、純白の刃を持つ機械仕掛けの魔神。


「白銀、フェネクスを食べちゃって。ソレ、要らないわ」


 白亜の巨人から無数のケーブルが生えて、戦術機フェネクスを掴んで体内に引きずり込む。白銀の中で金属がひしゃげる音とともに甲高く、ひび割れた声が聞こえる。


『痛い》「ワ、高城ち』《ちゃん」「やめ』《やめて』「愛して》る「から』た、高城ちゃ』ん?」助けテ。


 メキメキメキメキ。


「ねぇ、フェネクス。不思議に思わなかった? 貴方は流星を取り込もうと生成された流星を模した疑似人格。直接交渉がうまく行かなかったから叶星に惚れている高城を利用して暗躍して流星へ近づく。それだけならまだしも、まるで自分が本来の流星のように振る舞うその傲慢。子供の頃からずっぅぅと一緒に本物の流星と共にいた私が許すと思ったのかしら?」


 バキバキバキバキ。


《なに」ヲ『言っ》ている』の?』『私は、流星」ダカラ《助け』テ』「ここは》は暗い』『嫌だ》よ)こんな』《ところに》

「貴方は私の大好きな人を侮辱して、それに成り代わろうとした卑劣な存在。そこで白銀の燃料として無限に力を引き出されるプラグインとして未来永劫、悪魔に喰われるのがお似合いよ。不死鳥を語る泥のワインさん」


 グチャグチャグチャグチャ。


《嫌』ダあ、あ、あ、あ》「助、けて』《助けて!》お。お、お? お願い『しま」ス』。たカね。チャン。


 ゴクン。


「さて、邪魔者は消した。私も退散するわ。次に会ったときは、もっと二人が強くなってくれてたら、楽しいけれど。いまはあまりに、力に差がありす…………」


 が、そこで一葉は、走り出した。右手で戦術機を振り上げて、


「さっきから聞いていれば、悲劇のヒロインし過ぎです!! 高城様!!!!」


一気に高城を斬り伏せに向かう。と、同時に、地面に突き刺さっていたソードビット戦術機が、駆動して地面から跳ね上がってきて、高城の体を突き刺していく。

 高城の動きが鈍る。だがそれはほんの少しだ。 高城と一葉の間にある力の差は、ほとんど埋まらない。

 高城が残念そうに笑って。一歩後ろに引こうとする。 ソードビット戦術機など完全に無視で、下がろうとする。 だが、一葉が狙っていたのは、最初から高城じゃなかった。 高城と斬り合って勝ていことなど、もう、わかっていたから。


 だから、彼女の戦術機は、別のものを捉える。高城が手に持った、バケモノの半身。その、体の一部に戦術機の射程に入る。 振り抜ける。一部位が、切断されて、後方へと飛ぶ。


「あっ」


 少しだけ間抜けな声を高城が上げる。彼女はこちらを見て、 


「ああ、そっちが欲しかったの。でもG.E.H.E.N.Aに渡したら」

「あるより、あったほうが打てる手は増えますから」

「そう。貴方が良いなら、いいけど……あなたのせいで可哀想な子が増えるかもね。まあどちらも裏切ってる私としては、いまとなってはどっちでもいいし」

「高城様」

「なに」

「いい気になってられるのも、いまだけです。すぐに貴方に追いつきます。ですよね、流星様」

「ええ、私達シュテルンリッターは仲間とともに強くなる。そして一人で泣いてる貴方を救いに行く」


 と、一葉と流星が言うと、なぜか高城はひどく嬉しそうに笑って、答えた。


「うん。待ってるわ」


 高城は白銀の作り出した異空間の間に消える。

 そうして、千香留と蒼風を起こすと千香留が言う。


「今度なにかがあったら、そのときは私が命を懸けて、みんなを守るわ」


 その言葉を受けて、一葉は何か言いたそうにする。悪魔の力が無ければこれから先の戦いに参戦すらできないだろう。しかし、それを受け入れるのは嫌だ。

 苦笑いで答える一葉に、流星が耳許でこんなことを言ってきた。


「……ねえ一葉。 貴方は高城ちゃんにはなれないわ。だがら私は、仲間を選ぶ選択肢を、それを弱さだとは思わない。というか、高城ちゃんと同じ選択をするなら、高城ちゃんを救う必要はないと思うんだけど。貴方はそれをどう思う? 一葉」


 その問いに、一葉は答えた。


「孤独や犠牲の上に成り立つ強さでは、私達が生きる意味がない。シュテルンリッターは、絆の力ですべてを手に入れます」


 それに流星が笑顔で答える。


「うん……ふぅ、戦いが終わったら、ちょっと、疲れが」


 そして流星は右手の力を、緩める。 戦術機が地面に落ちて突き刺さる。 瞬間、全身からも力が抜ける。どうやら思っていたよりもずっと、ダメージが大きかったらしい。それは腕が切断されて血を失ったせいか、それとも阿頼耶の戦術機の衝撃を全身で 受けたせいか。

 右腕の接合部が、急に痛み出す。

 ひどく痛み出す。

 腕を見ると、接合部から黒い、呪いのようなものが染み出してきているような気がす る。その黒が、全身の血管を通って、体中を駆け巡り始めたような気がする。

 地面に、膝をつく。

 驚いて三人が叫ぶが、その声が遠くなっていく。そして彼女は、敵地のど真ん中で意識を失ってしまった。

 夢を見た。

とても奇妙な夢。

 暗闇の中心に、なにかが立っている夢だった。

 そのなにかが言った。


《ねぇ、流星ちゃん。ほんとはおまえ、殺したかったんでしょ?》


 なにかは楽しそうだった。

 わくわくした様子で、こちらに言ってくる。


《千香留も、一葉も、高城も、蒼風もも、全部斬り殺したかったんだろう?》


 闇を跳ねるように、はしゃぎまわるようになにかが言った。


《僕との侵食が進めば、すぐにそうなるから、安心しろよ。 人を殺しても気になるから。仲間を殺しても気にならなくなるから、安心しろよ》


 私はそれに聞いた。

 暗闇の中心に向かって、聞いた。


「貴方は、誰」


 なにかが答えた。


《僕は、私だよ。流星》

「誰なの」

《随分と強情じゃないか。悪魔さ。破壊衝動に取り憑かれている、貴方の未来の姿》


 貴方は私だ。


「貴方は」

《( もう混じったんだ。ほらほら、聞こえるだろう? 心臓が一回脈打つごとに、僕と貴方は混じっていく)》

「……」

《(ほらほら、聞こえるだろう? 高嶺と同じ世界に、貴方も足を踏み入れた。歓迎するよ、破壊と衝動が支配する悪魔の世界に。僕は君のように強く、欲深い人間をずっと待ってたんだ)》

「……」

《さあ、目を覚ませ。君はもう人じゃない。 人間じゃない。欲望と憎しみ、愛と悲しみ、強大な野心、破壊と衝動で僕と一緒にこの人間と衛士が満ちた気色が悪い世界を壊し尽くそうじゃないか!!》


 悪魔は……いや、私はそう、叫んだ。


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