新しい世界のために①

 四人は学校を数日休んだ。

 横浜衛士訓練校で行われる戦術サロンの為に、横浜衛士訓練校近くのホテルに泊まっていた。

 蒼風は目を開く。自分にあてがわれたベッドの上。 天井を見上げ、それからベッドサイドにおかれている目覚まし時計に目をやる。

 基本、蒼風は同じ時間に目を覚ます。長年この時間に起き、ずっと修練を積んでいたせいか、目覚ましがなくても一度はこの時間に目が覚めてしまう。


 ベッドから起き上がる。 上下スウェットという楽な格好。ここ数日は、それぞれの心身を休めるという名目で休んでいた。

 基本的にペアで行動し、一葉と流星コンビ、千香留と蒼風コンビで動いていた。対人戦が起きかねない時勢であるため、一人での行動は厳に慎むべきだという判断だった、 

 蒼風は腕を動かし、体の調子を確認する。


「うん、問題なし」


 呟いて部屋を出る。

 高級ホテルの一室に一葉、流星、蒼風、千香留が住んでいる。

 部屋を出ると、リビングから千香留が顔を出して、頭を下げてくる。


「おはようございます、蒼風ちゃん。いま、朝食ができます」


 慌てた様子でキッチンから、セーラー服の上にエプロンをつけた流星が言う。


「今朝はお魚よ。みんな、良かったかしら?」

「大丈夫です」

「私もです」

「作ってるもらっている身分で文句は言えませんよ」


 一葉と蒼風が言う。


「ふふ、確かに。でも、でももう少しなにが食べたいかを言ってくれたほうが、作りがいがあるかな」


 などと言ってくるので、一葉達は笑って、答える。


「カレーとか?」

「もぉ〜、ここ数日ずっとカレーじゃない」


 楽しそうに流星が言う。それからキッチンへと戻っていく。


「あれ?」


 一葉が端末を見ると、画面には見知らぬ番号が表示されている。 通話ボタンを押して、出る。


「誰ですか?」


 一葉が聞くと、かけてきた相手は言った。


『僕だよ』


 リボンズ・藍の声だった。

 一葉は目を細めて言う。


「なんの用ですか?」


 するとリボンズ・藍は言った。


『いや、君が登校拒否だと聞いてね』

「貴方が信用できませんので」

『あんなことでどうにかなるほど弱い人間だったかな?』

「繊細なんですよ」

『はは、自分で繊細だなんて言う奴、 初めて会ったよ』

「で、だからなんですか」

「今日イェーガー学園に来てもらうよ」

「嫌だと言ったら?」

『……罰を与える』

「わかりました」

『時間は九時に、生徒会室で。君達も横浜衛士訓練校シュヴァルツマーケン主宰の戦術サロンに呼ばれているんだろう? リモートで出席させてあげよう』

「イェーガー学園が、G.E.H.E.N.Aの貴方が誘われたんですか?」

『世界はそれほどまでに切羽詰まっているということだよ。じゃあね』


 プツンと端末が切れる。

 一葉ため息をついて言う。


「皆さん、リボンズ・藍から呼び出しです」



 九時。

 生徒会室へと向かう途中で、セカンダリの松本乱菊と廊下で一緒になった。

 松本乱菊が言ってくる。


「あら。仲間に捨てられて速攻でウルフガンフを解散させられたボンクラ二人じゃない。他のフェネクスに捨てられた女と中学生も一緒ね」


 一葉は松本乱菊のすかした笑顔に目を向けて、 応える。


「貴方には関係ないことです」

「はは、わかるわかる。アンタの綺麗事の理想じゃ、友達も少ないだろうしねぇ。霧香先輩と明日那先輩から、聞いたよ。東雲千香留は寂しがり屋なんだってね。お互いに依存して情けない奴ら」

「……喧嘩売ってるなら、買いますよ」

「あはは。でもまあ、きてくれてよかったよ。フェネクスとリボンズ・藍に打ちのめされて逃げ出したかと思った」


 それに一葉は答えた。


「……逃げ出した? その言いようは心外です」

「はっ、イェーガーから離れた貴方は情けない奴以外の何者でもない」


 生徒会室の扉が開く。

 扉を内側から開けたのは、女だった。 茶髪のツインテールにした綺麗な女。

 その女を見て、少し驚いたように千香留が言った。


「明日那さん。あなたが、なぜここに?」


 明日那。霧ヶ谷明日那という名前は、蒼風も知っていた。元ウルフガンフで、ウルフガンフを抜けた結城霧香と同じく、イェーガーに忠誠を誓ったエイジの一人だ。

 霧ヶ谷明日那と呼ばれた女は視線をこちらに向け、一葉の質問には答えず、言った。


「どうぞ、お入りください」


 蒼風は部屋の中を見る。それほど大きな部屋ではなかった。

 手前に、来客用のソファが二脚と、テーブル。奥に、黒い無機質なデスクがあり、そこにリボンズ・藍が座っている。後ろには結城霧香が立っている。

 まるでその部屋の作りは、校長室のようで。

 しかし、まるで違っていた。


「こ、れは、死体?」


 リボンズ・藍や霧ヶ谷明日那の足元には死体が転がっていた。赤い血溜まりが広がっていた。

 死というものが人に与えるストレスは極めて大きい。

 死ね。死んでしまえ。殺してやる。ぶっ殺す。


 言葉は陳腐であり、簡単に発せるものだ。しかしそれを実際目の当たりにすると話は変わってくる。


 普通の人間は躊躇する。すこしイカレた人間は躊躇してから殺す。完全にイカレた奴は躊躇せずに殺し、生まれからの殺人鬼は息を吸うかのように殺す。そして覚悟した人間はそれを言う前に殺している。


 どんな精神の者であろうと、殺人にはストレスが発生する。死そのものにストレスが発生してしまう。


 もし、死に対して一切のストレスを感じない存在がいれば、それは人間という枠組みを超えた化け物に過ぎない。故に、人はストレスを受ける。その脆弱さこそが人間らしさであるのだから。だから人は死と向き合う時、忌避感を受け、やがてそれを受け入れる。そういう風に人間は出来ている。やがて忘れてしまう様に、前に向いて生きていける様に。ただ、死、それを直視してしまったストレスは即座には抜けない。拒絶や飲み込むことはできても無にはできない。


 そして―――今まで死を見た事のない者が死を目撃したらどうなってしまうのだろうか。

 その答えが見える範囲で発生していた。


「うっ」

「酷い」


 血、血、血。

 腕、足、そして首。

 それが広がっている。

 どうすればこんなにも残酷に殺せるだろうか。そんな光景が広がっている。たった一人の少女の体内の血液が広くぶちまけられ、腕と脚は一本ずつちぎれながら床に投げ出され、首も一緒に転がり、胴体は完全に押しつぶされたかのような潰れた内臓、その一部が見え、嫌な臭いと気配を空間に生み出していた。嫌悪感を感じるしかない殺人現場だった。

 凄惨な殺人現場で、リボンズ・藍は笑う。


「ああ、これかい? 暗殺者だよ。どうやら世界は僕が邪魔なようでね。改造人間の暗殺者を差し向けてきた。無論、この程度は、返り討ちだけどね。明日那、霧香、片付けてくれ」

「はい」

「了解」


 二人がガーディガンスーツ・ネクストを展開し、死体に光を照射する。限りなく出力を低下させたレーザーライトだ。

 それによって死体と血溜まりは一瞬のうちに消える。


「……明日那様、霧様」

「一葉、今は」


 変わり果てた機械のような二人に、一葉が声をかける。しかし二人は無視してリボンズ・藍の後ろに戻る。

 一葉の顔が歪む。流星が肩に手をかけて首を振る。代わりに流星が前へ出る。


「それで、何の用ですか?」

「言った筈だよ横浜衛士訓練校の戦術サロンにリモート参加だ。君達は様々な立場の衛士が集まったレギオンだ。しかし後ろ盾がない。君は、君達は優しい良い人だ。自制心が強く、仲間を大切する君達は決して僕の脅威にならない。君達は上位者に隷属し、初めて力を発揮する衛士だ」


 その言葉を聞い蒼風が前へ出る、


「その言い方、気に入らないんですけど?」

「怒るなよ、蒼風。だって君達は具体的なビジョンがないだろう? 平和や幸せという抽象的なものを目指しているから、具体的な手段を考えることを放棄している。必ずそこで犠牲や踏み潰さないといけない存在があるからだ」

「それが嫌だから、嫌だから私達は!」

「非効率的な争いは沢山だ。『前の世界』を含めて、多くの人間が死んだ。僕は人類を導く。でなければ人類は滅んでしまう」

「人類はそれほど弱くない」

「誰かが導かなければ、人は死ぬ。多く死ぬ。僕は抑圧するつもりはない。虐げるつもりはない。僕は導くだけだ。最善への道を」

「それは、エゴです。自分勝手な物言いです」

「エゴ……か。君達にはビジョンはあるのか? もし導き手がおらず、力だけを得た人類がどうするのか……それは破滅だ。誰かが力の方向性を決めなければ人類は自由と多様性という矛盾に食い潰されて消えてしまう。だから導く者が必要なんだ」

「それが、貴方だと?」

「そうだよ、人類より優れている……からではない。人類とは比べることができない違う視点、違う次元にいる僕こそが、人を導くのに相応しい」

「それは傲慢だ」

「傲慢か、それが事実かは歴史が証明するだろうね……そろそろ時間だ。そこのソファーに座ったらどうだい? 霧香、みんなにお茶を」

「はい」


 リボンズ・藍が端末を操作すると、ホロウィンドウが五人の前に開く。

 九時になるのと同時にメインカメラに金髪の衛士であるアリスディーナが映る。サブカメラに数人の衛士達が映っている。


『皆様、貴重なお時間を割いて戦術サロンにご参加頂きありがとうございます。この過酷な状況を打開すべく、私達がどうするべきなのか、どういった戦術を取っていくべきなのか、忌避のない意見をお聞かせください』

『議論を開始する前に一つ良い? この場に相応しくない人が混じっていると思うのだけど?』


 そう発言した衛士の瞳が、リボンズ・藍を捉えていた。


『G.E.H.E.N.Aがなんでいるの?』

『その意見に回答させてもらいます。今回のサロンは現在の状況の打開です。その為に必要と判断しました。G.E.H.E.N.Aや違法研究組織は相応しくないと私も感じています。しかし現実問題、彼らの技術力は侮れません。違法で堕落した者達だとしても、それに首輪をかけて制御すれば我々の力になるはずです。問題は道具や技術ではなく、使う者ですから』

『…………』

『オーケー、わかった。取り敢えず今回は手段は問わず現状打破のみを考えた、机上の空論も含めた出来る限り現実的な手段を模索する、で良いわけね?』

『はい。そのとおりです。強化衛士や人体実験を容認するわけではありません……が、それを応用した新しい考えや戦術が生まれればと思っています』


 その言葉に返す者はいない。

 全員、納得はできなくても理解はしたようだった。


『では前提条件の確認から始めましょう。今、私達は複数の巣無しアルトラ級を筆頭としたステルス型、通信ジャマー型、強化型など多数のデストロイヤーと敵対関係にあります。またG.E.H.E.N.A、CAGEなど人類内でも派閥争いが起きて分裂しています』


 うん、と頷く。


『まず、目下の課題は人類の統一、次点で戦力強化です。人類が分裂するに至った一番の要因はG.E.H.E.N.Aの衛士への非人道的な行いです。それについて、G.E.H.E.N.Aに所属するリボンズ・藍さんはどう思いますか?』

「一言で言えば、意味がない。もう既に手遅れだ。G.E.H.E.N.Aがなりふり構わず非人道的な技術力を総動員してもデストロイヤーへの勝ち目は薄い。全ての衛士を強化し、レアスキルを植え付け、最新鋭の装備を持たせてもこの戦い負ける」

『その理由は?』

「アルトラ級が複数存在する時点で、大規模攻撃作戦を行う為のリソースが足りない。この現状を打破するにはもっと根本的な問題を解決する必要があると僕は思うよ」

『根本的な解決……戦力強化ですか?』

「今の連携戦術一つでは対抗しきれない。衛士一人一人の戦力の絶対値を底上げする必要がある。少なくともギガント級を一人で倒せるのが当たり前になるレベルの戦力が標準化されることが望ましい」

『アーマードコアの大型化である機兵計画や、中型化の機巧魔神計画、小型計画のガーディアンスーツ・ネクストはどうでしょう?』

「ガーディアンスーツ・ネクストは一定の成果を上げているのは知ってのとおりだ。アロウズで各地でガーディアンスーツ・ネクストの力を見せつけているから、発注依頼は山のように舞い込んでくるよ」

『ですが、致命的な欠陥がある。感情の喪失』

「人類の未来と比べれば些細な問題だと思うけどね」


 鼻で笑うリボンズ・藍。代わりに発言をしたのは百由だった。


『戦術機の進化や、より広範囲の者が扱えるようにチューンダウンを試した結果、機兵計画と機巧魔神計画が立ち上がったわ。これを見て』


 ホロウィンドウに情報が表示される。


『第一世代:機兵』

・製造目的:アストラ級またはギガント級との戦いの際に投入し、敵の注意を引く陽動役。

・近接特化型で殴り合うことを主目的とし、質量攻撃を行う。効果的なダメージは期待できないが、敵を釘付けにするのが目的ならば十分に期待できる。

・全長300メートル。

・重量2000トン。

・動力は超次元重力加速融合炉。

・パイロットはナノマシンを通して自分の手足のように動かすことが可能。ただし使用には脳に負荷がかかる為に戦闘時間は15分が限界。

・自動操縦機能も搭載可能だが、単純な動作のみで弱い。


『機巧魔神』

・製造目的:戦力として期待できない衛士や元衛士を活用する為の機体。

・重力操作、空間操作、時間停止など基本スペックの他に特殊能力が発現する。

・魔力数値が低い衛士が操縦者となり、適正年齢を過ぎた元衛士が動力となることでエース級衛士並みの活躍が期待できる。

・欠点として動力となる元衛士が感情を失い、最後は消滅する。また一度、機巧魔神で動力を失った操縦者の衛士は魔力発生機関を喪失する。


『……これは本気ですの?』


 御台場からの参加者が呟いた。


『B型兵装よりもリスクが大きいですわね。衛士を使い潰すのが前提の装備なんて論外ですわ』

『なら、貴方は何かあるのかしら?』

『ええ、わたくし達御台場は中立を装って裏で違法研究所を潰して回ってデータを回収して回っていたのですの。それを共有しますわ』


 ホロウィンドウにデータが表示される。

 ・衛士の死者蘇生実験。

 ・後天的なスキル(ブーステッドスキル)の安定した付与を目指した人体実験。

 ・魔力数値の上昇方法。

 ・B型兵装の改良案。

 ・次世代型戦術機の開発実験。

 などの実験記録がずらりと並ぶ。


『これを上手く活用してくださいまし。そういうのが得意なのが貴方達でしょう?』

『……なるほど。興味深いわね』

『やはり人体実験無しには技術革新は起こり得ないのでは?』

『それではこのサロンの意味がなくなるでしょう?』

『でも、現状打破をするだけの技術は違法研究こらのものが多いですし』

『これはあくまで議論するだけ。実際に人体実験などの案は論外です』

『一部だけならやっても構わないのでは? このままでは敗北は必至です』


 色々な訓練校の有識者達が今上げられた情報をもとに議論が行わていく。今は倫理を置いて、現状打破のみに目標が統一されているため、一部の衛士達は人体実験や強化衛士を推進する意見を持ち出していた。


 極論から代替案、折衷案まで様々な意見が出る。そしてそれを聞いて、記録して、検討に値する意見に対しては、工学技術屋のアーセナルである真島百由と、G.E.H.E.N.Aの生体技術に詳しい佐々木藍に、可能か否か、コストや時間を確認していく。

 またユニコーン戦術機に関しても、王莉芬に聴取が行われる。


 戦術サロンでの時間はあっという間に過ぎていき、解散の時刻となる。


『では、今回の議論を終了します。皆さんの貴重な意見ありがとうございました。今すぐ出来る案として、それぞれが持ち寄った改良案の機兵と機巧魔神、ガーディアンスーツ・ネクストの製造工場をユニコーン戦術機によって出力することで決定しました。蒼風さん、お願いしますね』

『ハイ』


 リモート戦術サロンが終わり、蒼風は息を吐く。

 千香留が苦笑いしながら蒼風に声をかける。


「責任重大ね」

「確かにユニコーン戦術機は、戦術機を無から創造した実績がありますけど、工場そのものを創造するなんて……できるんですかね?」

「ユニコーン戦術機とは現在の技術は不可能な高次元の情報や存在を出力することが可能です。だったら理論上は可能な技術なら、出力することは可能なのではないでしょうか?」

「だと良いんですけどね……うぅ、胃が痛い」

「まずは帰りますか」


 そう言って立ち上がった四人に、佐々木藍が声をかける。


「緊急事態だ。シュテルンリッターの四人にお願いしたいことができたよ」

「なんです?」

「デストロイヤーの襲撃。支援要員が市民の避難誘導にあたり、付近にいた衛士を向かわせたが連絡が途絶した。更に衛生からの映像では変化なし」

「貴方の部下ではありませんよ」

「このまま支援要員と市民、更には衛士を見殺しにするのかい?」

「嫌なやり口だ」

「仲間想いで結構なことだね。ではよろしく頼むよ」

 内容は単純だった。

 現地の支援部隊と協力して、港に現れたクレーターを調査しろ。しかしデストロイヤー反応はあるものの特殊な個体のようでで、既に15人の衛士及び支援要員が犠牲になっている。


「なーんか、ずいぶんなことをしつけられた気がするなぁ……たった紅茶一杯で」


 蒼風が言う。


「おかわりすれば良いよ。好きなだけ飲むと良い」

「いや、いいです」


 一葉は聞いた。


「いますぐにいくのですか?」

「うん、そうだよ。二時間、港の北東から西部隊をさせる。だがそれは陽動。その混乱に乗じて、敵の背後から強襲すること」


 一葉と流星は作戦が印刷された紙を見る。 写真を見つめ、テーブルに置く。


「持っていっていいよ。もちろん、見終わったら破棄してもらうけど」


 しかし流星は答えた。


「いい。もう覚えたわ」

「私もです」


 それに蒼風と千香留が驚いたような顔で流星と一葉を見上げてくるが、無視して続ける。


「二時間後ね。おそらくこの写真からすると、南から入るのが一番警備が手薄ね。それで、チームは誰がとりまとめるの?」


 するとリボンズ・藍がこちらを見つめて言った。


「君達で決めて。結果さえ出れば、僕はどうでもいい」


 一葉は流星を見下ろして、聞く。


「どうします?」

「一葉でいいわ。他の二人もそれでいいかな?」


 その問いかけに、二人は答えた。


「流星さんかそういうなら」

「もちろん、私もそれでいいです」


 決まりだった。

 一葉はチームに命じる。


「じゃあ、十五分後に、作戦会議を」


 その言葉を遮って、リボンズ藍が言った。


「三階の、302会議室を使っていいよ。もし君達が生きて帰ってこられるようなら、その会議室を丸々君達にあげる。ああ、あと金色一葉」


 リボンズ藍は小さな薬品を投げてくる。


「これは?」

「身体能力増強剤だよ。これを使えば僕も殺せる」

「私が、今ここで使ってあなたを殺すとは思わないんですか?」

「君達はもう脅威じゃない。君は僕に完全に屈服している。な? そうだろ金色一葉。いまおまえはすでに戦術機を抜き放っている。一方僕は丸腰だ。だがやらない。なぜか? 身の程を知っているからだ。野心はある。心の底に、野心はある。だが、それはある、フリだ。それがなければ、自分を保っていられないから。だが 本当は自分が一番よく知っている。これは、決して叶うことのない野心だと。 金色一葉とG.E.H.E.N.Aの力の差は埋まらない、と。そうだろう、 金色一葉」


 金色一葉は戦術機をスタンバイモードに戻して、言う。


「そうだ、と言えば、貴方は喜ぶんですか?」


 するとリボンズ藍は答える。


「もちろん」

「なら、そうだ。さあ喜んでくたさい」

「まずは君が喜びなよ。薬を上げただろう?」

「部下に敬意を尽くせてよかったですね」

「はは、本当におもしろいなぁ」


 などと言ってくるが、一葉は無視して返した。そして部屋を出ていく。それにリボンズ藍が言った。


「よし、他の奴らも、もういいよね」


 それで、今回の呼び出しは、終わった。


 302会議室は、ほとんど普通の教室と変わらない作りだった。 ガランとした広い会議室にいるのは一葉、流星、千香留の三人だ。

 蒼風は購買に飲み物を買いに行っている。


「なーんか、嫌なこと押しつけられたなぁ。15人が死亡して全滅って、私達に死ねって言ってるようなものよね」


 流星はそれに笑って、言った。


「千香留さんは実家に電話とか遺言とか残さなくていいの?」

「私は、もう駄目ですから。まあ、だから私が死んだところで、誰も気にしないんじゃないかなぁ」

「いま戻りました!」


 蒼風の声がする。彼女は紙コップと、ウーロン茶のペットボトル、それにスナック菓子をいくつか買ってきている。

 流星がそれに笑顔になる。


「あら、蒼風ちゃん、気が利くわね。私、意外とポテチ好きなの。あんまり食べたことないけど」

「じゃあ任務について、話します。といっても話すことは少ない。情報も少ないですから。 任務地は港。そこで謎のデストロイヤーが発生している。それを必死に隠蔽しようとする動きがある。私達たちはその調査および撃破です。 すでにG.E.H.E.N.Aの衛士および支援要員が15人、派遣されて、全滅しているということです。つまり、中には敵がいる。まあ、G.E.H.E.N.Aの衛士と支援要員達がそろいもそろって無能で、毒物がまかれているのに気付かず何度も潜入して毒が回って全員死んだ。なんてことなら、敵がいない可能性もありますが――」


  流星が、笑った。


「ま、さすがにそりゃないでしょ。 毒があるかどうかも、調査されてるはずよ」

「ですね。なら、敵がいる。必死に秘密を隠したい奴がいる。つまり、敵だ。その、どうしても隠したい秘密がなんなのか? もしくは、守りたい、奪われたくない 研究の資料がなんなのか? どちらにせよそれを奪えれば、大きな力が手に入る可能性がある。なにせG.E.H.E.N.Aからの部隊を退けて必死に守っている研究だ。その価値は、計り知れない」

「今の戦力を確認しましょう」

「ユニコーン戦術機が出現させた私専用の戦術機のことね?」

「はい。私のフルセイバーは戦闘特化型です。皆さんはどうですか?」

「私のスターゲイザーは、瞬間火力はあるけど耐久性は無いわ。ただ移動を自由にできるから、撹乱には向いているかも。遠距離攻撃は最低限だし、耐久性がないから、戦闘メインは厳しいと思うけど」

「なるほど、千香留の様はどうですか?」

「ハルートは一人では動かせないわ。四人とマギのリンクさせて初めて動く特殊な戦術機みたい。でもそのおかけで、戦闘中に各々が欲しい支援をすぐに出来る利点がある」

「完全支援型ですか。千香留様らしい戦術機です。蒼風さんはどうですか?」

「えっと、魔力ビームマグナムと魔力ビームサーベル。相手のビーム攻撃を弾くフィールドを展開可能くらいです。ラプラス様みたいに変身すれば性能が上がったり、追加の機能があると思うんですけど……条件を満たしていないと拒否されます」

「そうですか、ならば前衛は私と蒼風さん、後衛は千香留様と流星様で、流星様には千香留様が攻撃に晒されないように回避の補助をお願いします」

「わかったわ」

「具体的な作戦はどうしますか?」

「無しで行きましょう」

「一応、支援機能で欺瞞できるけど」

「いえ、作戦宙域に突入すれば必ずバレます。目の前の敵を即殺し、調査します」


 一葉は会議室の壁にかかった時計を見た。

 時刻は九時四十分。


「港までここから」


 そこで、会議室の扉が開く。

 入ってきたのは、結城霧香だった。


「訓練校からヘリが出ますので、時間は気にせずに。それとG.E.H.E.N.A特務兵専用の、戦闘服をお持ちしました。 あらゆる攻撃に対するある程度の耐性が仕込まれています。 活用してください」


 と、彼女は胸に抱えていた六着の戦闘服を、会議室の入り口においた。そのまま無言で去っていこうとするが、しかし、一葉は声をかける。


「待ってください」

「なんでしょう」


 結城霧香が振り返る。

 それに一葉は言う。


「隠密行動でヘリは駄目でしょう。車でいきます。むしろ、六人分の私服を用意してください。戦闘服には現地で着替えます」


 それに目を細め、うなずく。


「確かに。 すぐに用意させましょう。 では出発は?」

「門前に車を用意をお願いします。 二台です」


 結城霧香がうなずき、言った。


「運転手と、高速バスの迷彩を施したものを用意させましょう。任務開始時の何分前に現地に着きたいですか?」

「十五分前。一キロ離れたところに止めてください」

「わかりました。 そのように手配します。 五分後には外にいてください」


 結城霧香は、去っていく。

 一葉は全員に聞いた。


「それで大丈夫ですか?」


 すると全員が無言でうなずく。


「じゃあ、私達の戦争を始めましょう」


 一葉はそう言った。

 港。

 外国からの玄関口の役割を担っているこの場所は、普段ならいまごろの時間、輸送艦から物資を下ろして混雑しているはずだった。

 駅の南は繁華街。

 西は、博物館や美術館、動物園などを擁した巨大な公園。だがいま、そこには誰もいない。


 ひどく、静かだった。

 一葉は、都心には珍しいほど緑に恵まれた港近くの公園内の木々を見上げ、風に揺れる葉音を 聞きながら、小さく呟く。


「……鳥の声もしない。逃げたか、それとも、死んだ?」


 毒物という言葉を思い出す。だからいま、この港は封鎖されているのだ。 電車も結局、港近くの駅を通り過ぎるだけで、停車していないのだという。

 そこで、声がする。


「脳量子波計測完了、同期開始、数値許容範囲内、視界補助設定、未来予測設定、IFF正常、メタ認知正常、空間把握拡張、思考回路昇華、戦術データリンクシステム完全起動。戦術機:ハルート、支援開始」


 千香留の声だ。

 一葉は港を見通せる大きな木から降りる。

 四人は戦闘服に着替えていた。生地はおそらく、魔力を通さないようにしている、特殊な糸で織られている。裏地には各種隠し武装とパワーブースター。 ベルトの裏には仕込み針が装備されている。

 一葉は呟きながら、自分が着ている戦闘服を再度確認する。


 黒い旧日本軍の軍服のような服に、機械的なパーツがくっついている。隠し武装を出し入れしてみながら、呟く。


「…………感情の喪失は無し。他に副作用もない。これが制式配備される予定のガーディアンスーツ・ネクスト」


 そこで、蒼風が背後で言う。


「……………しかし、ここにこんなに人がいないと、ちょっと怖いですよねぇ」


 一葉が振り返ると、そこには流星と蒼風が立っている。二人ともやはり、戦闘服を着ている。

 流星が蒼風に言う。


「貴方はここにきたことがあるの?」


  蒼風が驚いたように答える。


「えっ、はい。だってここに船で来ましたし」

「あー、なるほど。近い距離だからこそ来たことなかったわ」

「そういう問題かなぁ。確か造園を学んでるなら港とか大切なんじゃないですか?」

「あはは。じゃあ、今日生き残れるようだったら、調べてみるわ」


 なんて馬鹿な会話が交わされるのを無視して、一葉は周囲を見回す。一応着替える前に周辺を調査して、監視カメラや、結界などがないかは確認したのだ。


「まあ、情報じゃここらへんまでは全滅したっていう先行部隊も進めたらしいが......」


  一葉が言うと、流星と蒼風も厳しい表情で周囲を見回す。


「でも、不気味ね。人ところか、生き物の気配が感じられない」

「確か航空写真にあった爆心地のような穴は……」

「もっと北東です。たぶん、私の予想ではそれを守るように幾重にも罠が張られていることでしょう。おそらくそこを越えた瞬間から、敵の総攻撃が始まるはずです」


 蒼風が言ってくる。


「私達の力で、対人用の結界に気付くことができるんですかね? 一応、デストロイヤー戦しか学んでないですけど」


 千香留がハルートを操作して、言う。


「一応、私のハルートなら欺瞞情報や探知も可能だけど」


 が、一葉は手で制す。


「いりません。どうせ進めばバレます。ですが、ここが何かしらの組織の実験場や、デストロイヤーによる異変で事故があった限り、私達がなにかを探り終わるまでは、帰れません。なら一気に進むだけです」

「ノープランで!?」


 流星があきれたように言う。

 一葉は答える。


「思考する回数が増えるほど、後手に回ります。 敵の反応速度を上回る速さで、任務地の中心を確認して、一気に離脱する」


 それに蒼風が言った。


「とても馬鹿そうな作戦ですね」

「なら代案がありますか? 情報がほぼない状況で立てた作戦は、足枷になります。 おそらくこうなるはずだとか、ああ決めたはずだとか、希望的観測で決めた作戦について思いをはせるより、目の前の敵をすぐに殺してください。殺されなければ、生きて戻れます」


 そう言って、一葉は再びコンテナが積まれた港の方向を見る。千香留が、少しだけ不安げな顔で後ろから言ってくる。


「一葉ちゃん」

「……」

「一葉ちゃんは、こういう任務の経験が以前にもあるの? その人と戦う任務に。とても慣れているように見えるの」


 それに、一葉は苦笑する。そりゃそうだ、と言いたくなる。 なにせ一年生である。しかも記憶上では強化衛士でもないし、G.E.H.E.N.Aによって悪いことされた記録もない。けど、いつも死を意識し、常になにが起きるか わからない状況で戦うシュミレーションをしていた。


 あの惨劇の日からずっと。

 デストロイヤー相手だったのだが、まあ、それをいまここで話したところで、なんの意味もない。

 だからして、戦術機に手をほんっと置く。それから、戦闘服のポケットに入った。 防弾防衝撃、防磁界、防魔力がついた、懐中時計を取り出し、開く。 時刻は学校を出る前に、全員で秒針まで合わせてある。


 その、秒針が回る。

 十一時二十九分二十秒。

 三十秒

 四十秒


「時間です。北東部隊の陽動が始まる。始まったと同時に、一気に行きます」


 全員が、緊張するのがわかる。

 一葉は続ける。


「隊長としての命令は、一つです。若輩ものですが、これだけを肝に銘じてください。他は考えるな。考えるだけ無駄です。皆さん、絶対に死なないでください」

「ええ!」

「もちろん!」

「了解です!」


 北東の空。

 ドォン、とヘリが撃ち落とされたような音がする。だがそちらは見ない。一葉は小さく、だが、全員にしっかりと聞こえるように。


「任務を始めます」


 そう言って、走り始めた。

 港はすぐだった。途中、罠が張られていたかどうかはわからない。こちらの存在にもう、気付かれている可能性がある。

 だが、一葉たちは止まらなかった。

 港を囲うコンテナを駆け上がり、越える。

 港の中もやはり、生き物の気配はなかった。

 あるのは不気味な静けさと、そして、鼻を突くような、異臭。


「……これ、なに?」


 千香留が言う。

 流星が低い声で答える。


「血の臭いだ」


 コンテナ。

 目の前には、物資を入れておく為のコンテナがあった。激しく損傷している。そこには真っ赤な血だけがコンテナを濡らしている。床も真っ赤だ。コンテナは外から何者かにねじ曲げられている。

 地面は陥没して酷い有様だ。


「いったい、ここでなにが起きたの?」


 そんなこと、わかるはずがなかった。それを調査しにきたのだ。 一葉は無言のまま、航空写真で見た爆心地のような穴の位置へと向かうルートを、考える。 爆心地は港の中心。ここからだと、コンテナ搬入口を通って、北側から回るか、南側から回るか。

 もしくはコンテナの上を気にせず通って、一直線に進むか。 

 考えるまでもなかった。

 最短距離で進む。


「いくぞ」


 シュテルンリッターは走り始める。

 血まみれのコンテナの横を走り抜け、粉々に粉砕された重機がある区画。船が垂直に突き刺さった異様な区画を抜ければ、目的地に到着するはずだった。

 だがその、どの区画にも、敵はいなかった。

 あるのは、血だけ。

 大量の血だけ。

 死体すらない。

 生き物の気配がない。

 昼とは思えないほどの静けさ。

 北東のほうで行われているはずの陽動作戦も、最初の爆音のあとは、戦闘の音のようなものも聞こえてこない。


 すでに全滅しているのか、それとも、港区の内外の音を遮断するような、結界が張られているのか。

 どちらにせよ、あまり時間はない。

 船の墓場を抜けたところで、一葉たちは目的地に辿り着いた。


 場所は、船が突き刺さってがいる区画と、コンテナがぶちまけられた区画の間。

 そこが、航空写真でもわかるほど大きく、深く、えぐり取られている。だが、どういう力でこうなったのかが、わからない。

 一葉はえぐられた穴の中心を見る。するとそこで初めて、生き物の姿を目にする。


 人がいた。

 蒼風が後ろで。


「あ、人だ」


 まんまのことを、言う。

 人の体には真っ赤な血がこびりつき、普通、こんなのが外にいたら誰もが恐怖に泣き叫ぶだろうが、ここには普通の人間などいなかった。


 人がこちらを見上げる。

 頭から血を被ったかのように血がついている。


「あの人が、このクレーターを?」


 分からない、と、一葉は思う。

 流星が落ち着いた声音で、言ってくる。


「で、ここからどうするの? 一葉」


 とそこで「うっ」と、人が呻いた。聞き逃してしまうほど、小さな声だった。だが、誰もそれを気にしない。


「もしも、ここが実験場だったのなら、相応の施設があるはずです。それを探しましょう」

「うっ、うう」


 人がまた、女の子が呻いている。どうやら苦しんでいるようだ。

 一葉はその人の瞳を見つめる。

 流星が、言ってくる。


「ねぇ、一葉。命令をして。隊長は貴方でしょ?」


 だが、一葉は答えない。

 ただ、こちらを苦しむ女の子を見つめ。


「あの人は、生きているのでしょうか?」


 そう、言った。


「え?」


 流星が隣に並んで、やはり女の子を見る。

 女の子を見つめる。 女の子の瞳が、白く、濁っているように見える。

  そして次の瞬間。


「闇よ■暗き■■より出でし、其は、科学の■が■とす影」


 女の子が叫び、その影から、腕が伸び出してくる。巨大な腕。指の一本が人間と同等だ。それが5本、それを操縦する手のひらと胴体に繋がる腕。

 ギギギギギ。

 ギチギチギチ。

 影を引き裂いて、漆黒の巨人が姿を現す。


「データ照合、解析、ラプラス世界より情報マッチ。機械仕掛けの魔神、個体識別名称:黑鐵。あれを呼び出したのはラーラシアの道川道満と同じパターンを検出。生命反応は……無しです」

「死体が、悪魔を呼び出した?」

「機械仕掛けの魔神……性能は?」

「力と装甲は機械仕掛けの魔神達の中でもトップクラス。特殊能力は重力制御です」


 と、気付いたときにはもう、叶星に漆黒の重力を渦を固めたブラックホールを叩き込もうとしていて。


「させません!!」


 一葉は戦術機を振るう。斬り上げるようにして流す。ギィンッと金属がぶつかる甲高い音がする。 まともに受け止めず、斜めに逸らしたのに腕がしびれるほどの衝撃がある。

 それだけで、あの機械仕掛けの魔神・黑鐵が相当に強い相手だというのが、わかる。おそらく、いまの攻撃に反応できるのは。


「流星様、見えました?」

「たぶん」

「なら、私が前へ出ます。流星様は目となり、ハルートの支援攻撃のスポッターをお願いします。千香留様はハルートでの援護攻撃を。流星さんは二人の護衛を」

『了解』

「マキシマムブースト・フルセイバー!! 金色一葉!! 目標を……破壊します!!」


 一葉の戦術機が光り輝き莫大な魔力の嵐を生み出した。


「魔力コーティング拡散榴弾徹甲弾発射!!」


 千香留の戦術機から砲撃が開始されるのと同時に一葉は走り出す。 走りながら、魔力コーティング拡散榴弾徹甲弾の直撃を受けて怯んだ機械仕掛けの神・黒鐵を横から切断しようとするが、防御魔法陣で一切の攻撃が通じない。


 少女の目がこちらを見る。 やはり生気を感じられない、白濁した瞳。 その瞳を潰そうと、 背後から小口径のペイント弾が飛んでくる。

 流星が戦術機に指示を出して使用したのだ。それに反応して少女が機械仕掛けの神・黒鐵をこちらに動かせば、首ごと斬り落としてやろう、と、一葉は考える。


 だが、少女はその、ペイント弾に反応しない。白濁した瞳にペイント弾が直撃する。だが、血が出ない。痛みも感じていないようだ。しかしその可能性もすでに考慮ずみだった。


「申し訳ありませんが、何物であれ、首を落とさせてもらいます」


 一葉は、言う。 戦術機を振り上げる。


「■■■■■」


 漆黒の魔神が一葉に向かって足を叩きつけてくる。 だが、一葉はかわさない。その前に、王莉芬が放った魔力高出力砲撃が機械仕掛けの神・黒鐵の脚部に直撃する。


「爆散!!」


 背後で、機械仕掛けの神・黒鐵の防御魔法陣で防がれた魔力高出力弾に命じる声がする。 弾丸が爆裂する。すると地面が大きく抉れ、巨人は体勢を崩した。


 と同時に、一葉は跳ぶ。魔力高出力放出モードにしたブレードモードの戦術機を振り上げる。 少女の首に刀身が入る。 途中でなにか、堅いものにあたるが、無視してそのまま切断する。戦術機ユニコーンにもらったこのは、フルセイバーは凄まじい切れ味だった。

 少女の首が飛ぶ。

 やはり血は出ない。

 傷口から五倍以上ある。それどころか、頭がなくなった胴体から、奇妙なものが出てくる。白く、プラスチックのような人工的な表皮を持った、バケモノ。指がわしゃわしゃと何本もあり、まるで腕が何本もついているようになっている。


 大きさは、あきらかにマディックの少女より大きい。いや、どうやって少女の体の中に入っていたのかわからない。

 体勢を立て直した機械仕掛けの神・黒鐵の空間を歪ませるほどの重力の弾丸を放つ。

 少女の首をはねた直後の一葉を襲う。


「ぐっ」


 一葉は戦術機を返し、それを防ぐ。衝撃で地面に叩きつけられる。 だが、機械仕掛けの神・黒鐵の攻撃は止まらない。もう一本の腕がさらに体勢を崩した一葉に襲いかかってくる。

 心臓に当たるのを防ぐために転がって、横にずれる。しかしそれが限界だった。右半身を潰される。


「ううううっ」


 さらに、機械仕掛けの神・黒鐵は足を上げる。もう、よけることができない。一葉はそれを見上げ、


「死……ッ」


 が、そこで、


「こっち!!」


 流星の声がした。背後に、すごい力で引っ張られる。体が吹っ飛ぶ。宙で二度ほど回転し、着地する。

 蒼風と流星も一緒に下がってくる。信じられないものを見るような驚きの顔で、不気味なバケモノをにらむ。


「なんなんですか!? アレ!?」

「データを収集中……解析完了。『結梨』……? 衛士なの? 誰かしら? もっと情報を検索……クローン・衛士や強化衛士の基礎研究で使用された実験体の個体識別名称……後に俗称としてラプラス細胞と名前が定着した機密細胞」

「ラプラス……どんな関係が?」


 流星が、言う。


「さぁ。だけど、私達でなんとかできる相手じゃないのは確かよ。 最後の一葉の左半身を潰した攻撃は私達三人なら避けれず死んでた」


 一葉は左半身がずきずき痛むのを感じた。重力の乱流に巻き込まれて左半身が粉々になって血が溢れ出している。このまま、なんの処置もせずに戦い続けるの は無理だ。しかし、いま、傷の手当てをする暇はなかった。


「多目的煙幕弾、発射」


 蒼風が叫んで、戦術機に命じる。

 一葉たちとバケモノの間に物理的な視界はもちろん、魔力や電子的なものジャミングする弾丸を発射する。 起爆する。 煙が上がり、視界を塞ぐ。


 と、同時に千香留が戦術機で高性能ホログラフを使って砂煙にまぜるように、相手に幻影を見せる。

 戦術機を持ちながらこちらに駆け寄ってくる。


「これ通じるかしら?」

「煙幕とホログラフなら少しは通じるかもしれない」


 効果があったのか、バケモノは煙の向こう側で、見えないなにかと戦い始める。 こちら を襲ってこなくなったが、あの動きの速さでは、とても近づくことができない。

 その間に、全員が一葉の側までやってくる。傷ついた一葉の肩を見て顔を歪め、それを見て千香留が言う。


「一葉ちゃん…………すぐ傷の手当てを ......」

「手当てする時間がありません。傷を焼いてください」


 言いながら、しかし傷は無視して、一葉は戦術機からコードを接続し、魔力を注入する。


「……それ、超高出力斬撃砲? 一葉、状況じゃ、ちょっと無理じゃないかしら?」


 流星の言葉は、もっともだった。

 超高出力斬撃撃。それは、失敗すれば我が身を滅ぼす諸刃の剣だからだ。 そして失敗の可能性はひどく高い。


 超高出力の魔力を更に高圧縮して放つ斬撃といえば良いだろうか。斬撃状の魔力の砲撃はあらゆる障害を叩き切る。だが、緻密な魔力制御と、それを支える体幹バランス、更に魔力放出まで大量の魔力を抑え込まないといけない。失敗すれば全身が弾け飛んで死ぬ。


 諸刃の剣。どころか、ほとんど使い物にならない、攻撃だ。普通なら、そんな攻撃をしなくても相手は死ぬからだ。なら、なんのためにそんなリスクを負ってまで、この技が開発されたのか。なんでも、この技術が生まれた理由は、戦術級の火力を一人で出す為に考案されたという説がある。


 流星が、言う。


「そもそもそれ、無理があるわよ。 確か、戦術級の火力でデストロイヤーを殺すために作られたってやつじゃない。でも、実用化はされなかった。なにせ戦術に必要な魔力を人間一人で溜めて、制御して、発射して当てるなんて、そもそも現実的じゃない。で、今回も同じよ、一葉。撤退しましょう。このままここにいたら、殺される」


 一葉は流星を見上げる。

 流星の判断は、正しい。

 ここは逃げるべきだ。命が大切なら。 いま、ここで命を落としたくないのであれば、逃げるべきだ。


「皆さんは、逃げてください。私がその、時間を……」


  とそこで、千香留が一葉に火を放った刹那、燃える傷口が焼けて、血が止まる思わず、うめき声が出そうになるが、我慢する。

 千香留が言う。


「一葉ちゃん、逃げよう。敵の姿は見たし、この情報を戻せば藍ちゃんもきっと、納得するわ」


 確かにそうだろう。なにせ他の部隊は、生きて帰ってこなかったのだ。なにか一つでも 情報を持ち帰れれば、それなりの面目は保てるかもしれない。


 だが、それでなんになる?

 リボンズ・藍の情報が増えた。

 G.E.H.E.N.Aの研究を邪魔されずにすんだ。

 ここでこのバケモノを放置して、別の組織がやっている、なにかの実験についての情報を手に入れなかったとして、今後、自分達が優位になる場面があるのか?

 一葉は目の前の砂煙がおさまっていくのを見つめながら、思う。


 ここが、分水嶺だ。

 子供のころから自分の心の奥にあった、誰もを守る為の力への欲望は本物なのか、それともただの、おままごとなのか。


「……」


 一葉はCHARMを構える。


「一葉!?」

「一葉ちゃん!?」

「先輩、冗談はやめてください」


 三人が言うが、無視する。 このバケモノを、殺す。


 自分達が持ち帰る。そして別の組織が必死に隠す情報を手にする。

 本気なら。


「私が、本気なら......」


 できるはずだ。

 このバケモノを殺し、全滅を装って、消える。怪しまれたりはしないだろう。なにせ、他の部隊はすべて、帰ってきていないのだ。なら、生きて帰らなかったとしても、問題は起きない。

 だから、やるなら、いまだ。

 バケモノを殺す。そして、力を手に入れる。


「ちょっと一葉先輩。そんな傷でなに馬鹿なことをやってるんですか!!  いいから、一緒に逃げますよ!」


 蒼風がそう言った。


「そうよ、私の現実欺瞞ももう切れる。 こちらの居場所が、バレる。早く逃げましょう」


 千香留がそう、言った。

 その、二人のほうを、一葉は見る。

 蒼風がやっと、話を聞いてくれる気になったか、という表情で、微笑む。


 「さあ、いきますよ。先輩。体掴みます」


 と、手を差し伸べてくる。

 それに対して一葉は、CHARMの柄を握った。


 このチャンスを逃したらもう、あの強大なG.E.H.E.N.Aに一太刀浴びせられるような日は、こないだろう。

 本気なら。

 自分が本当に、世界を変える大きな力を求めているのなら……!!


「私は......」


 魔力のチャージを停止し、ケーブルを抜き取る。だが、蒼風が手を伸ばしてくる。一葉の戦術機を持つ腕に触れる。


「わかりました。ここは一度ひきましょう」


 すると流星がかすかな笑みを浮かべる。

 蒼風が嬉しそうに笑い、


「わかってもらえて、よかったです。さあ、急ぎましょう」


 それに一葉が、うなずいたところで、


「あら、なにそれ。まさか本気で、撤退するつもりなの」


 女の声がした。と、思った瞬間、蒼風が背後から殴られ、気を失って倒れた。それどころか、千香留も不意打ちを喰らって、倒れる。

 流星だけが、攻撃に反応することができた。


「高城……ちゃん」


 だが、言えたのはそこまで。

 首を掴まれたまま叶星が、言う。

 宮川高城。

 ユニコーン、バンシィと同じシンギュラリティを越えた戦術機フェネクスを持つ衛士。

 細い、女の手が流星の首をつかんでいる。その腕を引きはがそうと必死に両手でつかみ。


「……高城、ちゃん。なぜこんなことを……するの? 高城ちゃんはいったい、なにがしたいの?」


 そこにいたのは、宮川高城だった。

 長い、金色の髪。大きな瞳。整った顔だちに、自信たっぷりの笑み。 彼女はいまだ制服を着ている。もう神凪は捨てたはずなのに、制服を着て、背中に戦術機を固定している。

 高城は言った。


「あぁ。久しぶりの叶城の感触。良い匂いね。汗と貴方の匂いが混じってとても好き。抵抗しないで、流星。間違って殺しちゃったら嫌よ。」

「じ、事情を話して。 ……私は、高城ちゃんの力に……」


 だが、高城は微笑んで言う。


「ふふ。ありがとう。じゃあ、邪魔者は眠ってもらおうかしら。金色一葉、貴方は邪魔よ」


 ぐっと、手に力が入ったのがわかる。

 瞬間、一葉は背後に現れた巨大な金色の自律行動する戦術機ユニットに叩き潰されての意識がなくなる。

 全身から力が抜け、地面に落ちる。

 流星はそれを見下ろしてから、体を執拗に触れる高城に言う。


「高城ちゃん、変な触り方しないで」


 すると高城は笑って、流星の耳元で囁く。


「私に会えて嬉しい?」

「うん、嬉しい」

「あは。私も、あなたに会えてとても嬉しいんだけど……でも、ごめんなさいね。私はあなたに会いにきたわけじゃない」

「どういうこと?」


 すると高城は言った。


「あなたが会いにきたのよ。私はここに、用があっただけ」


 流星はそれに、周囲を見回す。 千香留が意識を失ってなお、現実欺瞞は続いているようだった。

 向こうで、機械仕掛けの神・黒鐵とバケモノは見えない敵と戦いつづけている。 しかし もうすぐ現実欺瞞の効果は切れるだろう。


 流星はそのバケモノのほうを見つめて、言った。


「CAGEの実験の失敗の後始末をしに来たの?」


 するとそれに、高城は少しだけ不思議そうな顔でこちらを見て、言う。


「私がCAGEの後始末? おかしいな。私の伝言は......」

「みぞれちゃん?」


 と流星は、高城からのメッセンジャーを名乗った衛士の名前を言う。

 高城はうなずく。


「うん。みぞれちゃんが伝えてくれたはず」

「貴方はCAGEも裏切るつもりなの?」

「ええ」

「なら、高城ちゃんはどこに所属してるの?」

「あはは」

「なんの目的で、動いているの?」


 それに高城はやはり、笑う。楽しそうに笑う。 かわいく、それでいて妖艶に笑う。華奢な手を、そっと叶星の胸に伸ばし、舌で首筋を舐めて、流星のお腹、子宮のある場所に触れる。


「私が所属しているのは、あなたと同じ場所、流星。もう誰にも邪魔されないだけの好きな人と一緒にいる時間を、自由を、邪魔されないだけの力を手に入れられる場所」


 流星は高城に言う。


「それはどこ?」

「ここよ」

「こことは、どこ?」


 すると高城が、ぐっと流星の胸を押してくる。強い、痛みが走り、流星は顔をしかめる。しかし高城は気にしない。さらに彼女は自分の胸にも触れて、押す。


「心の奥にある狂気が棲む場所に、私は所属している。そしてそれは、貴方もそうなるの」

「狂気?」

「でも、まだ足りない。私と同じ深さまで堕ちるには、まだまだ足りない」


 流星の心臓を押す力が強くなる。


「何故、こんな子達とレギオンを組んだの? 貴方はみぞれちゃんが接触した時点で、一緒に来るべきだった」


 彼女は爪を立て、胸にさしこんでくる。


「もっと愛を暴走させないと。もっと狂気を加速させないと。 力は人間の欲望が 好きなのよ。に選んでもらうためには……」


とそこで、流星は高の手を取った。


「あ……」


 流星に触れられて、高城は愉悦の顔になる。 だが無視して、流星は言った。


「今のままだと私の道と、高城ちゃんの道は……」

「一緒よ流星」


 高城が、遮った。


「みんな一緒。どうせ結末は死。人間はあっさり死ぬ。生きる意味があるのか? ないのか?  そんな問いが馬鹿馬鹿しくなるほどに、理不尽にあっさり、時間は過ぎる。じゃあ、その間に私たちはどう生きるのか? どの道を通って進むのか? あはははは。 結局死ぬのに、遠回りを選択する意味について、あなたは話したいの?」


 そこで高城は、自分の胸から戦術機を抜いた。

 全てが黒い戦術機のラプター。 周囲の空間が歪んで見えてしまいそうなほどに、黒く、禍々しい。


 その黒いラプターを高城は流星の目の前の地面に突き立てる。 刹那、戦術機が刺さった地面の周囲数メートルが、真っ黒く染まった。溢れ出す狂気が伝染したのだ。


 流星の足にも、その狂気は触れる。すぐに狂気は流星の体を、思考を、汚染しようとする。


「流星の為の特別製よ。たっぷり愛を込めたわ。そんな弱い戦術機なんて捨てて、私の黒のラプターを使って」


 それに流星は、高城をにらむ。


「なぜ、私がこのラプターに触れるの?」

「だって、そうしないとみんな死ぬもの」

「私は今のフェネクスに汚染された高城ちゃんの言いなりにはならない。他人の掌の上で踊るのは――」

「違うわ、流星。私の掌の上じゃない。決めるのはあなた。そしてあなたは抗えない。 カへの欲望に。力への欲求に。だって、あなたは私と同じ、深い穴の奥に棲んでいるから」


 とそこで。

 不気味な機械の歯車の音が響く。

 機械仕掛けの神・黒鐵の咆哮が上がった。

 あのバケモノが騒ぎ出す。現実改変が解けのだ。 高城がそれを見上げ、笑う。


「あはは。ほら、結局選択肢がない。あなたがその戦術機を抜かなきゃ、あのラプラス細胞を組み込まれた個体には、勝てない。負けたら死ぬ。それに、周りで気絶している、あなたの仲間たちも殺される」


 高城は優しく流星の背中を押す。そして目の前には黒い戦術機のラプター、遠くには巨大な魔法陣を用意して黒の拳戟が発射体勢を取っている。

 圧倒的なまでの重力の奔流が荒れ狂い、地面が浮かび上がり、漆黒の闇へ消えていく。周囲の全てを喰らい尽くしながら、その威力は増大していく。


「結果はわかってるけどね。あなたは堕ちる。力を求めて、堕ちる。私と同じだから。だからあなたが好きよ、流星。あなたが大好き。あはは」


 高城がそう、言う。

 彼女はとんっとんっと、後方に軽やかな足取りで下がる。 にやにや笑って、言う。


「そして私が、見ててあげる。流星。あなたがどういう選択をするのか。 本当に穏やかな世界が欲しいのか。それとも、あなたの平和への願いは全部おままごとなのか」


 目の前では黒い巨大な球体が浮かんでいる。それが発射されれば自分は死ぬだろう。ここで自分が死ねば、他のメンバーも助からない。


 おそらくあれに勝つことは、今の自分では無理だ。どういう構造の敵なのか、どの攻撃が効くのか、どこが弱点なのか、まるでわかっていない状況で、最高戦力であるフルセイバー最大出力の一葉を軽く叩き潰されてしまったのを見せられてしまってはもう、勝ち目はない。


「私がいま、力を手に入れなければ……」


 地面に突き立った、黒い戦術機の特別製ラプターを見下ろす。その、柄に触れようとする。

 背後で高城が言う。


「そう。 早く力を手に入れて、人間をやめま……だ、だめ、流星、進まないで……それをしたら、もう二度と戻れな……だまれだまれ。いま、いいところなんだ。私は黙れ」


 どんっと、彼女は自分の胸を殴る。

 それで言葉は、止まる。

 彼女の中にはまるで相反する二つの人格がいるようで、それは前の襲撃のときもそうだった。


「いったい、どっちが本物の高城ちゃんなの?」


 すると高城が笑って言った。


「......それが、あなたの選択になにか関係があるの?」


 流星はにやりと笑みを浮かべて、答えた。


「無いわね」


 そして地面に突き立っていた戦術機を手に取った。

 瞬間。

 戦術機から信じられないほど強大な力が体に入ってくるのを感じた。そしてそれは、決して入ってきてはならない、力。

 《殺せ》《殺せ》《殺せ》《殺せ》

 《潰せ》《潰せ》《潰せ》《潰せ》

 《全部を壊せ》《バラバラに》《粉々に》


 思考が、強烈な破壊衝動で埋め尽くされていく。

 怒りと絶望。

 喜びと悲しみ。

 それらがすべてない交ぜになって、黒く、黒く、なにもかもが埋め尽くされていく。

 体の中の一番大切な部分魂の奥の奥に憎しみが膨れ上がっていき、そしてその中央に《黒い私》が現れる。


《黒い私》が言う。


 悲しげに笑いながら言う。


《人間は悲しい。すぐに力を求める。でも、君の選択は間違いだよ、流星。ここはきちゃいけない場所だ。まあ、君の欲望が、力への渇望が狂気にまで達するのは、それを餌としている私にとっ ては喜ばしいところだけど。それで、力がほしい?》

「力が、欲しいの。全てを助ける力が。みんなを助ける、圧倒的な力が」


 その問いに、流星は答える。


「欲しい」


 金色一葉。

 東雲千香留。

 蒼風。

 そして宮川高城。


《そのために、なにかを失っても》

「対価が必要なら持っていって。代償が伴うなら受け入れる」

《仲間なんか作れないよ。ここは修羅の道だ。なんだっけ? 一葉?  千香留? 蒼風? まずは、それを殺そう。そこから君はスタートできる。まずはそれだ》

「......ええ」

《なら、放て。魂から狂気を放て。おまえに力をやろう!!》


 瞬間、すべてが静かになった。 流星の意識は現実に戻った。

 目の前に機械仕掛けの神・黒鐵とバケモノになった少女がいて、超次元重力砲拳戟を流星達を殺すために突き出してきている。


 前の自分なら、もうどうにもできないだろう。

 だが、叶星は黒いラプターを振った。


「邪魔」


 するとそれだけで、機械仕掛けの神・黒鐵の体が半分に切断された。それどころか、バケモノ化した少女ごと背後の景色までが一瞬、半分に切れてしまったように見えた。


「あは。やっぱりすごいわ、流星」


 高城が、背後で楽しそうに言う。

 流星が振り返る。 高城を見る。 彼女はやはり笑って、


「ふふ、ふ、私を殺したい? 犯したい? 衝動が抑えられないんでしょう? 欲望が抑えられない」


 高城は、紅潮した顔で語る。


「それに、ここにいる仲間たちも、皆殺しにしたい。内臓を引きずりだし、犯し、首を折って殺したい。 これが、この武器の問題ね……《悪魔の憎悪》に取り憑かれちゃって、使用者の精神状態を、著しく悪化させてしまう」


 流星は手を振り上げた。そして見下ろす。彼女が見たのは、千香留と蒼風のほうだ。自分は二人を殺そうとしている。

 高城が続けた。


「でも、大丈夫よ流星。そこの四人を殺せば、とりあえず一時的には欲望は抑えられるから。その後、二人で探りましょう。 この《ラプラス制式戦術機》の使い方を。あなたと二人なら、 きっと力を完成できる。そうすればもう敵はいない。誰も邪魔できない」


 そこで一度言葉を止めて、それから彼女は言った。


「でも、ま、とりあえず殺りなさい。 前に進みましょう」


 その言葉に、流星は戦術機を持つ力を強くする。

 千香留を殺す。

 蒼風を殺す。

 一葉を殺す。


 そうすれば、どれほどの快楽が自分の中に広がるかが、わかる。世界が変わるほどの、 快楽。

 いままで自分を引き留めていたものが、常識やしがらみ、情や愛といったものがすべて壊れ、解き放たれて、純粋な力への欲望だけが残るのが、わかる。

 だから。


「ああ、そうか。これが力なのね」


 流星は呟いた。


「そう、流星。それが、私とあなたが求めたもの」


  高城がそう、言った。

 流星は振り返り、高城を見つめる。彼女のことも、犯して殺したい――そんな欲望がせり上がってくる。だがまずは、簡単に殺せる三人だ。

 一緒に平和な世界にしようと誓った仲間。

 魂の奥で 《黒い私》が言う。


《一線を越えろ》


 一線。

 それはなんの一線だろう?  と、ぼんやり考える。

 人としていられる一線?

 人間をやめて、修羅にでもなるというのだろうか? だが、必要なことかもしれない。

 G.E.H.E.N.Aを潰すためには。

 デストロイヤーを殲滅するには。

 御前勢力を消滅させるには。

 宮川高城と添い遂げるには。

 力や自由を手に入れるためには。

 だが、とにかく、

 《黒い私》の命令で、流星は戦術機を振り下ろした。まずは千香留の、首に向かって。 だがそれと同時に左手で、元の戦術機を振り上げた。


 高城が持ってきてくれたこの《ラプラス制式戦術機》と比べてしまえば、元の戦術機は鈍らと呼べるようなもの ではないのかもしれないが。


《全部を壊せ》


 しかし、それを流星は振り上げる。


 戦術機の圧倒的な出力で放出されたエネルギーの光輪が、千香留へ向けて振り下ろされていく流星の右腕を消滅させた。

 瞬間火力は素晴らしく、音もなく、それこそ痛みもなく、流星の腕は消え去る。


 流星の右腕は、《ラプラス制式戦術機》をつかんだまま、地面に落ちた。切断面は焼かれて、血も出ない。


「なっ!?」


 背後で、なぜか高城が叫ぶ声がした。


「何をしているの!? 流星!!」


「……ぜはっ、う……ああ。やっと頭がはっきりしたわ」


 うめくように流星は言った。 膝をつく。


「は、早くしないと、《ラプラス細胞》の再生力が体に残ってるうちなら、生えるかも」


  確かに腕に《ラプラス制式戦術機》を押しつけられると、腕の切断面が気持ち悪く蠢き、再生を始めたように見えた。その様はとても人間のものには見えない。

 高嶺が慌てて駆け寄ってくる。

 消え失せた腕の傷口に、押しつけてくる。


「嘘、再生しない……お願い。お願いだから」


  高城は、泣きそうな顔だった。 それから彼女は、怒鳴った。


「なんで、こんなことをするの!」


 彼女の瞳から涙がこぼれる。もう、ほとんど人間味は残っていないように見えたのに、彼女は涙を流す。

 流星はそのすぐ近くにいる彼女の顔を見つめ、言った。


「ねぇ、高城ちゃん。《ラプラス細胞》の研究は、もうやめよう。これ、だめなやつだよ。これじゃ私たちは、力の上で馬鹿みたいに踊ってるだけだよ。何も得られない。何も出来ない」

「……違う」

「違わないよ。他の方法を考えよう。他にもなにか、道が」

「ない!!」


 高城が怒鳴る。泣きながら叫ぶ。

 自分が進む道を否定されて、でも、それを自分でも薄々わかっているようで。 彼女を見つめ、流星は言う。


「......ある。私が見つける」

「嘘。あなたにはなにもできなかった。フェネクスを選ばなかった」

「これからは違う」

「嘘! 嘘! 嘘ばっかり、気休めばっかり言わないで!!」


 が、左手で高城は彼女の震える肩に手を伸ばす。つかむ。そして、言った。


「今度は私が守るから。だから私と一緒にいて。御願い。高城ちゃん」


 高城がそれに、顔を上げる。彼女は泣いている。恐怖と希望に、瞳が揺れている。

 彼女は言う。


「私を守ってくれるなら……あなたが本当に私を守る気があるのなら……私と来て、流星。殺して、仲間を殺して、私と……」


 唇を重ねて高城の言葉を遮って、流星は言った。


「高城ちゃんが私と、一緒に行くの」


 するとそれに、高城は困ったように、笑った。もう、涙は止まっていた。


「……あは。流星いっつも、かっこいいね。前向きで、ひたむきで、強い。その言葉に喜んで、ついていける女だったらよかったんだけどね、私。きっとあなたについていったら、幸せよね」

「そう思うなら、そうして、高城ちゃん。宮川高城!!」


 だが、高城は立ち上がる。


「だめよ、流星。あなたもわかってるでしょ。それは子供の夢、理想戯言。現実じゃない」


 高城が半歩だけ、離れる。手には流星がさっき切り離した《ラプラス制式戦術機》のラプラスの悪魔の戦術機を持っている。

 流星は言った。


「その戯言をかなえるための、シュテルンリッターよ」

「だからあなたの歩みは遅いのよ、流星。あなたがやってるのは、子供の夢」

「高城ちゃん、兎と亀の寓話を知らない? その調子で進んだら、 破滅しちゃうわ」


 すると高城は、そんなことはわかっているとばかりに微笑み、


「その前に、助けてよ、流星」

「ならいま助ける。ラプラスを捨てて、私のところに来て」

「あは。口で誘惑ばっかり。でも、もっと力で私を圧倒してくれないかな。戦術機を奪って、言うことを聞け! って、言ってみて」


 高城は愛おしそうに、嬉しいそうに笑う。


「でも、いまのあなたには、無理でしょう? 悲しいほどに、私のほうが強い。なにせ私は兎だから。 破滅へまっしぐらの、兎。だから亀のお姫様を待ってるわ。 破滅する前に、 私を救ってみてよ、流星」


 そう言って、笑う。そのまま、ぐっと彼女の傷口から肉を引き出す。すると焼失した腕が生えて、その先に感触がある。


「なっ」


 流星が驚いてそちらを見ると、腕が、生えていた。接合していた。黒い模様のようなものが腕に這い回っている。


「……腕、生えちゃった。 でも、無理しないでね。 《ラプラス細胞》の力の名残があったから生えただけで、二度はない。もちろん、この戦術機をもう一度持てば……」


 模様は蠢き、破れた皮膚も治ろうとしている。


「それは人が使うべきじゃない力よ」


 流星は言う。しかしそれに、高城は嬉しそうに、妖艶に笑って、


 「そう。そうね。でももう、あなたは人じゃないわよ。人は焼失した腕が生えたりしない。強化衛士のリジェネレーターの上位互換。すでに少し、 あなたの魂に、《ラプラスの悪魔》が混じっちゃった。だから最後は、壊れる。私と同じように、心が黒く埋め尽くされちゃう。ああ、叶星。やっぱり私たちは、離れられないのよ。二人で仲よく、《悪魔》になりましょう」


 言いながら、しかし高城は流星から、離れる。嬉しそうに、愛おしそうに、こちらを 見下ろして


「でも今日はここまで。キスのお礼をしたいけど、それはお預け」


 そのまま走り出す。

 流星が真っ二つにした、バケモノのマディックの少女の左頭を拾う。だがそれと同時に、右頭を拾っている、別の人間がいることに気付く。


 桃色の髪。

 いや、そいつは人間だが、衛士ではあるが、人類種であるが、人間によく似た形の、しかし、あきらかに人間じゃない、逸脱した生き物。

  異常に白い肌。整った目鼻立ち。

 横浜衛士訓練校の制服。

 特徴的な桃色の髪に、血のように赤い瞳。


「斎藤、阿頼耶……!!」

「ハロー。ラプラス様の力は素晴らしいでしょう? この少女ちゃんも、すぐ直せるし、少女ちゃんの完成度を高めれば動力として良い感じになるわ。機械仕掛けの神の黒鐵も不完全な状態ではなく、完璧な状態で稼働できる」

「……研究成果を奪うつもり?」

「だって、最初は私の小指から始まったラプラス細胞培養計画じゃない。なら、その対価を貰わないとね?」

「やらせない」

「因みに懐かしいお友達も連れてきたのよ。秋花と冬並、出てきて良いわよ」


 その言葉に高城も流星も目を見開く。


「秋花さんに、冬並ちゃん? どうして」

「中立を表明していた神凪ですが、先日、御前勢力の勧誘を受け、対G.E.H.E.N.A、対デストロイヤー、対CAGEを視野に入れ、加入することを決定しました。高城さん、流星さん、貴方達も従いなさい」

「冬並も秋花はみたいで好みだったから食べれてよかったわ。お陰で二人も強くなって。人やノーマル衛士を越えた力を手に入れた。その力の増幅率はおよそ約700%。凄いわよねぇ、愛の力って」


 阿頼耶は凄惨な笑みを浮かべた。

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