意思を持つ戦術機③
横浜衛士訓練校の蒼風。
イェーガーのウルフガンフ
神凪の今叶流星。
その三人がモニター越しに相対していた。
『さて、それでは僕が仕切らせてもらおうかな。人類を導く大切な会議だ。革新者である僕がこの場を持つべきだろう?』
『あ、はい。お願いします。子供……いや小さいだけ?』
『……私も異存ないわ』
『感謝するよ。さて、問題の解決を議論する前に、前提条件の確認から行っていこう。まず僕達の敵についての情報だ』
『デストロイヤー、じゃないの?』
『勿論、そのとおりだ。しかしデストロイヤーにも赤い雨の強制的な進化のせいで派閥ができている事がわかった』
『デストロイヤーに派閥!?』
『デストロイヤーは元来、統一された存在だ。新しいタイプが完成、種の固定に成功すればその能力は全ての個体の標準装備となる。しかし強制的な進化の弊害としておおよそ三つの勢力になっている事がわかった』
『三つの勢力?』
『そう、三つだよ』
①これまでの正統進化といえる低知能ながら多様な特殊能力を持つ特型と機械的な量産型ヒュージがハイローミックスされた【旧型デストロイヤー勢力】
②デストロイヤー細胞が更に拡張性を手に入れた【新型デストロイヤー勢力】
③進化する過程で真理の扉を開き、別存在を捕食することで自己進化するグロトネリアと自称する知能が高い衛士タイプデストロイヤーを率いる【グロトネリア勢力】
『そんな複雑なことに……②だけ説明がふわっとしてますけど』
『新型デストロイヤーの名称は寄生型とも考えたんだけどね。しかしそれは現象としてそうなったのだけあって正確ではない』
『寄生型……?』
『イェーガーの所有するところに人型のデストロイヤーが出現した。更には人と銃器が融合していた。旧型と違い、デストロイヤー細胞が人に付着し変態する。そしてそれは人の脳細胞をも侵食する』
『人を操る、ということですか?』
『いいや、その程度ならまだ良い方だ。最悪なことにデストロイヤー細胞の変態は、宿主の記憶を読み取り形にする』
『つまり知り合いの人の外見に変態する?』
今流星の青褪めた顔色で口にした言葉に、リボンズ・藍は落胆した表情で否定する。
『違うよ。もっと酷いことだ。記憶を読み取り再現する。確かに人を再現するのも可能だろうし、するだろう。更にはアニメや漫画、ゲームなどのクリーチャーやキャラクターも再現する』
『アニメや漫画のキャラクター!?』
『でも、それってそんなに問題?』
『確認ができているだけで、竜王テオテスサクス、暗黒の落とし子ディアボロス、ブラキディの獣、星の娘ナナ、赤い月の魔物、異界からの使者、再誕者、ナインドーズ……これぐらいか。外見はもちろんその能力や行動パターンも模倣している』
『名前だけ聞いてもわからない……』
『私も聞いたことないわ』
それに大きくリボンズ・藍はため息を吐く。
『旧時代で独創的で尚且つ高い評価を得たゲームの……クリーチャーだよ。全く、この程度の教養がないとは嘆かわしい。だからこそ導かなければならないとは思うが、比べられるのも嫌なものだね』
『あのー、見下し過ぎじゃないですか? リボンズ・藍さん。高等部なら先輩なのかもしれないですけど、そんな言い方されるとはカチンとくるっていうか』
『あははは、まぁ、まぁ』
『で、この問題にどう対処するかだけどね』
『どうするんですか?』
『……僕達三人がキーだ。ユニコーン、バンシィ、フェネクス。この三つを共鳴させ、ユニコーンで生命として優れた人類の未来の可能性を見つけ出し固定する、そのデータをバンシィで引きずり出し、フェネクスで現在の人類に固定する。人類そのものを未来の技術を先取りして革新させる。それが、この三つのデストロイヤー勢力に対抗する僕が主導しているラプラス計画だよ』
『なるほど……まぁ、副作用がなければ良いんじゃないですかね』
『人類全体の進化を強制的に行う……危険過ぎるわ。私は反対よ』
『賛成2と反対1 。ではイェーガーに集合……と言いたいところだけれど、今流星は来てくれないだろうね。だから、そちらに行くよ。明日』
『了解です。ユニコーン持って神凪集合ですね』
『ええ!? 困るわ!?』
『人類全体が困るよりマシだろう? 今流星。ではまた明日、現地で』
そう言ってリボンズ・藍は消える。続いて蒼風も『おつかれさまでした~』と消える。
残された今流星はため息をついた。
◆
昼下がりの午後、レイフ・エイフマンと千香留は二人は保険室にいた。千香留は映画を観ながらあくびをかみ殺す。
「いい加減この生活も退屈?」
隣に座るレイフ・エイフマンがベットの上の千香留に問いかける。
「そうでもありません。学園の保健室ってあまり来たことありませんでしたから。それに高給取りの相談役もついていることですし」
「言うようになったね。良い傾向だ」
「お医者様の腕が良いからですよ」
「メンタルケアは専門外なんだけどね」
人型デストロイヤーとの戦闘から数日経った。
あの戦いで霧香は過去のPTSDが悪化し、戦闘が行えない体になっていた。だから保健室でレイフ・エイフマンとずっと一緒にいて、映画を観て、話し合う。
毎日がそのルーチンワークだった。レイフ・エイフマンはその生活に飽きていなかった。彼女の感性はこれまで芸術に触れて来なかったエイフマンの合理主義とは反対に感情豊かな感想を言う。冗談も言うようになった。高給を貰ってると言ったことを気に入ったのかネタにしてくるようになったのは予想外だったが。
「でも衛士がこんなことをしてていいのかしら。戦うための衛士なんだから訓練くらいはすべきなんじゃ」
霧香はベットに体重すべてを預けだらりとしていた。任務だからと映画を真剣に眺めていたころが懐かしい。
「私もそう思うけど、ここには訓練場もVRシミュレーターもないし。君の精神状態が改善されてから訓練をするつもりなんだろう」
「戦えな衛士いは戦場で邪魔どころか有害ですからね。耳が痛い」
感情は豊かになったものの、霧香は肝心の戦闘の克服はできていなかった。
実際に背中で戦友を失った経験しているのだから当然かもしれない。
会話が途切れ二人は画面を眺める。兄弟全員を失ったある兵士を帰国させるため、兵士たちが戦場でその兵士を探し回る映画だ。彼らを率いる中隊長の前歴はまったくの謎で、それを突き止めることが賭けの対象になっている。ちょうど兵士たちが任務について揉め出し、それを収めるために中隊長が高校の教師だったと告白するシーンだった。
「過去、歴史、経験の積み重ね、どれもまだ私にはピンと来ないものですね。私の記憶にはほとんど戦いと訓練、そして友人との誓いしかない」
霧香は呟いた。その声にはどこか寂しさがあった。
「羨ましい? 多様な過去を持ってる大人の世代のことが」
「わからない、戦うためには経験は多い方がいいんですけど、私は大切な過去を持ってる人間が羨ましいですね。悲しい過去や辛い過去はうんざりです」
「ふむ、確かに」
「辛い過去や悲しい過去を美化するのが、人間なんでしょうけど、ね……」
霧香は顎に手を当てて考え込む。もう考えることも慣れたものだ。文句を言うこともない。
「そうですね、きっと羨ましいです。大人は私よりも長く生きていて、私の知らないことをよく知っている。私はもっと新しいことを知りたいと思ってる」
霧香が自身の欲求をはっきり言うのは初めてだった。千香留は精神面で成長している、レイフ・エイフマンは改めて感じた。じきにエイフマンも必要ではなくなる。
霧香は衛士として一人でも任務をこなせるようになる。大人の助言は必要ではなくなる。喜ばしい反面、少し寂しい気もした。
「そうか、新しいことか。そういえば明後日テストがある。貴方のメンタルをチェックして戦闘に耐えうるかどうかの進捗を調べるんだ。もし、上が私に任務は完了だと言ったら貴方はここから出て行ける。新しいこともたくさん知れるだろう」
「そうなんですか?」
霧香は期待に満ちた顔でレイフ・エイフマンを見た。エイフマンは頷いた。さすがに任務が終わることはないだろう。
なぜなら上が求めてきているものを何一つ達成していないのだから。戦闘画面になれば震えて、薬への欲求が強く出る。そしてベットで蹲って怯える様子は続いている。
レイフ・エイフマンはそう思うと苦笑いを浮かべた。
「そう、外ですか。記憶が曖昧で、ほぼ記憶がありません。私はこの保健室と、過去の記憶しか知リません。楽しみかもしれない。外に出てみたいというのは戦う理由になるのかしら?」
「ああ、綺麗な景色を見たい。もっと彩りに満ちた世界を見たい。それは戦う理由になるだろうね」
霧香は上機嫌になった。新しい世界への期待で胸が躍っているのだろう。だが、外の世界は彼女が期待するようなものではない。戦争で土地も人心も荒廃した世界だ。貧困と格差に苦しむ人々を政府と衛士訓練校が力で押さえつけている。
更にそこに殺戮マシンのデストロイヤーがいる。彼女の配属される前線では衛士とデストロイヤーが憎しみ合っている。
彼女はずっとここにいた方が幸せなのではないかと思う。これは決めつけだ、レイフ・エイフマンはその考えを否定する。
衛士なら彼女なりに世界に魅力を感じるに違いない。おおかた彼女を手放すのが惜しいと思っているからこのようなことを思うのだ、レイフ・エイフマンは心からそうした考えを振るい落とす。
それにイェーガーが彼女に望んでいることは自分なりの戦う理由を見つけて欲しいなどという無邪気なものではない。
単純に生物兵器としてデストロイヤーを殺す兵士を遙望している。
「エイフマン医師、そういえば思ったことがあるんです」
レイフ・エイフマンが物思いにふけっていると霧香が話しかけてきた。思わずはっとする。彼女と過ごす中で考えすぎる癖がついたかもしれない。
「今の私の行動は、本当にそれは私の意思なのかしら。私に選択の余地はない。自分からの命令なら意図的に無視することができる。でも、上官からの命令なら無視したら処罰されます。私のような使えない衛士の場合、殺処分ですかね。大人の命令に従わない衛士なんて役立たずだから。エイフマン医師は私の自由意志を尊重するかのようにふるまっているけど、命令なんだから最初から自由意志はないわ」
「日に日に貴方は哲学者めいてくるわね。学者も貴方みたいな衛士やらせた方が効率的かもしれないな。いや、横浜衛士訓練校ならもう毎月レポートを提出する天才がいるか」
「もう、茶化さないでください。私の相談役じゃないですか」
エイフマン医師が冗談を言うと霧香はむくれて怒る。質問の内容と彼女の子どもっぽい仕草のギャップに思わず笑ってしまう。そうすると彼女はますますふくれるのだった。
「ごめんね、機嫌を直して。命令は絶対じゃない。私や貴方には衛士訓練校からの命令を拒否する権利がある」
霧香はまったく信じられないという顔をする。
「嘘ですよね? 私の生殺与奪の権利は衛士訓練校が握ることになる。まだ私の所属はイェーガー女学園だから、先生に楯突いていられますけど、実戦投入する段階にあると判断し、なのに命令に従わない衛士は廃棄処分でしょう」
「その処分にも従わなければいいさ」
霧香は予想外の反応をされて驚いたようだった。
「ありえないですよ。どうやったらそんなことができるんですか」
そんな霧香はレイフ・エイフマンは笑いかける。
「前に権利について話したろう、覚えてる? 最近じゃ衛士に対する権利を改善させようとする人間がたくさんいる。代表的なところが横浜衛士訓練校だ。行き場所のない衛士を保護してる。強化衛士の脱走兵とかね。命令に従いたくなかったら戦術機を持ってイェーガーを逃げ出せばいい。そして横浜衛士訓練校にかくまってもらいなさい。力のある衛士訓練校もおいそれと手を出せないさ」
霧香はレイフ・エイフマンの発言に呆気にとられていた。しばらく口を開けてポカンとしていたが、はっとすると口を尖らせる。
「あの、あのあの! 仮にもイェーガーの保険医がそんなことをリリィに吹き込んでいいんですか!? エイフマン医師こそイェーガーに処分されるんじゃ……?」
「かもしれない、クビになるかも、殺されるかも」
レイフ・エイフマンがあまりに投げやりに言うので霧香は吹き出してしまう。ツボに入ったのか腹を押さえてケラケラと笑っていた。そんな彼女を見るとレイフ・エイフマンは微笑ましかった。
「私は軍人だけど、その前に医師だ。君の病が治るように最善を尽くす。それが保険医として赴任した私のプライドだ」
嘘だ。そんなプライドはこれまでの人生で砕け散っている。これは医者とか、軍人とか、衛士とか関係なくレイフ・エイフマンが霧香に道を示したいだけのエゴなのだ。
「善い人ですね、先生は」
「……」
霧香の真っ直ぐな尊敬の瞳に、レイフ・エイフマンは欺瞞の笑みを浮かべた。
レイフ・エイフマンは僅かに与えられたプライベート時間で、割り当てられた部屋に戻った。
当たり前だが誰もいない。何の音もなく静まり返っている。
レイフ・エイフマンは部屋に壁紙を貼り付けた人の理由がわかるような気がした。きっと人間は寂しさを紛らわすために内装に凝るのだ。部屋に何もないと静粛に注意がいってしまう。孤独であることを自覚させられる。
孤独、寂しさ、当たり前の感情だ。
医者という感謝され、憎まれ、そして日常的に多く人を殺す職業である医者は多くの者が精神を病むという。
医者に限らず病院という場では、対処する側に被害が感染するのはよくあることだ。
それを防ぐ方法は、柔軟な思考回路や強靭な精神を持つか、心そのものを凍らせるしかない。麻痺と言い換えても良い。医療に従事する者は、それが外的であれ内的であれ患者から受けるダメージを何かしらの方法で対処するしかない。
人を生かす使命に燃えていた時は、今感じている感情は燃やし尽くされていた。こんな、こんな底なしの絶望感を感じたことはなかった。医者として白衣を纏った時から、ずっとそうだったので当たり前だと思っていた。
こんなことを思うようになったのは千香留のせいだ。いや、タイミングが悪かったと言える。己が傷ついても誰かのために戦おうとする姿は多くの衛士を虚無に突き落としたレイフ・エイフマンには眩しすぎた。
だがいつからだろうか、それを苦とも思わなくなった。最近は楽しいとさえ感じる。医者が患者に依存するのは良くない兆候だ。
そういった医者は、心が壊れる。
「わかってはいるんだ。私は、私はイェーガーの保険医だ。軍人だ。上の命令に従う義務がある」
今日は衛士といつもよりもたくさん喋った。千香留の言葉に思わず笑ってしまった。
霧香に反乱めいたことを示唆し、それを笑って済ませた。
本気なのか冗談なのかはわからないが、霧香の医者としてはあまりにも無責任だ。でも、そうするしたかった。
この地獄が約束された学園から逃げる選択肢がある事を考えてほしかった。
「まるでピエロだ」
まったく、本当におかしい。おかしな人間だと思う。まるで映画や演劇で登場する悲劇のヒロインのようだ。
イェーガーの人間は霧香を兵器としてしか見ていなかった。霧香は人間ではなくただの衛士だからだ。
衛士の登場する映画は観たことがないがきっとイェーガーの人間が普通なのだろう。人間にとって衛士は戦術機と同じでただの道具だ。
レイフ・エイフマンは銃を愛でたり、喋りかけたりするの異常者だ。
「しっかしろ、大人だろ。前を向け、後ろを見るな、私は……職務を、イェーガーの保険医としての職務を遂行する」
死は医者にとって切り離せたい大敵だ。いや、人類の敵と言ってもよいだろう。何故なら可能性が途絶するからだ。
たといえば『神様』が、人類全体を不老不死にした結果、奴隷制度や弱肉強食の争いの絶えない世界や、人類がただその日を生きるだけの生物になったとしよう。しかしそれでも生きていれば変わる可能性がある。しかし『死』はすべての可能性を途絶させる。だからこそ何としても回避しようと努力しなければならない。
死の種類は様々で、この世が地獄のような世界になったとしても、死という可能性が全てなくなってしまう現象さえ回避できれば、今より幸せな未来を妄想し、希望を持つことができるのだ。
どんな暗闇で。絶望的で。苦しくて。投げ出したくなっても。
死ぬのだけは避けなければならない。
可能性を繋がなければ、未来を残しておかなくては、いけない。たとえそれが問題の先送りや、無責任だと言われようと、それすらできなるのが何より恐ろしく、絶望なのだ。
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