意思を持つ戦術機②


『衛士の治療で行われる痛覚遮断薬品を使うと80%の割合で意識が覚醒せず、不可逆の傷を負った衛士を元に戻すために必要な超速再生を得るために必要な強化手術は90%の確率で失敗する』


 レイフ・エイフマンは廊下を歩いている。

 廊下の窓からは何も知らず登校している衛士達の姿が見える。

 もっといえば、人類の30%が存在する日本の大都市、東京の姿がある。

『衛士達は人類が地球を己の祖国として安心して暮らせる世界の希望となり、勝利の礎となるだろう。全ての地球の民が平穏を享受できる。日を願う』


 最近になっていたるところで聞くようになった演説だ。このような奮起に満ちた言葉の元、衛士達は戦場へ向かっていく。


 衛士が戦地に赴くことはするこは何を意味する?

 名誉か?

 責任か?

 それとも前世代の人が果たせず、無理矢理次の世代に押し付けた悲願なのか?


「全く、理解できない。私達は早く戦場に戻すために衛士を欺き、戦場に行かせ続けるのか」


 国連の最高医療機関スターオブライフと同レベルの機材が積み込まれた保健室では、国連と政府、衛士訓練校はたゆみなく活動し、同じ勢力下の全メンバーに有効で、効果的な医療保証を提供している。


『衛士整備部門、レイフ・エイフマン、ご無事で』


 保健室から離れるとき、システムからはいつもどおりの挨拶が聞こえた。だが何度も聞いていた衛士整備部門という言葉を聞いたとき、まるでハンマーに殴られたような衝撃がレイフ・エイフマンの脳内に走った。


『ストレスの急増を検出しました。ストレス発散のメンテナンスコースを予約しますか?』


 レイフ・エイフマンは黙ってモニターの『いいえ』の文字をタップした。入り口にいる二人の警備員はレイフ・エイフマンが来たのを見て、横に付き添いながらエイフマンと一定の距離を保っている。


「ボス、衛士整備部門の仕事は割りの良い仕事をしているはずでは? なぜあの人はあんなに苦しそうな顔をしているんでしょう?」

「また軍事施策に騙されたんだろよ。実際の待遇が思ったより良くないことを知って、衛士みたいな生体部品機械を扱うのは面倒だと気づいたんだろう」

「そうなんですか?」

「そうさ。スターオブライフで医者と呼ばれる人が全員同じだと思っているのか? 衛士整備部門の人は医者と呼ばれているが、あの部門の仕事は機械工学や生体開発技師と言うべきだな。衛士のための薬品をひとつでも間違えると大きな影響があるらしい。だから衛士の整備は普通の人間を手術するよりも集中力が必要だそうだ」

「ウルフガンフの担当になる前は同じスターオブライフの医者なんでしょ、何故担当を変えないのでしょうね」

「お前が思うほど簡単じゃないんだよ。人間への医療と衛士の整備は全く違うんだ。やすやすと移動できるわけがない。あの部門の人は、結局僅かな収入で生活するか、それとも別の会社に転職するしかないんだ。それが当然なんだ。彼女たちは誰もが嫌がるベルトコンベアのルーティンワークをしているだけなんだから」

「ふーん、そんなに嫌がられるなら何故、スターオブライフに整備させるんでしょう? 傷ついたり、壊れたら強化衛士にしてしまえば良いでしょう」

「お前、馬鹿かよ? 強化衛士には素養が必要だ。古い肉体でも、破棄の危険性より、面倒な修理をして戦場に送り返した方がマシさ。新しい衛士を作るには金や時間もかかる。新しい衛士が、到着するまで、兵士の不足はどうやって補う? まさか生身でデストロイヤーと戦えってか?」

「それは勘弁ですね」

「今の世界の人口では、戦場に人間を送り込むだけの余力はもうほぼない」

「そっか、ならやっぱり衛士の方が良いですね。どれだけ傷を負っても治るし、最終的に強化衛士なれば治らない傷も治りますし、強くなれます」

「じゃあお前の娘を衛士に推薦するか?」

「え? やめてくださいよ。人間の方が、良いに決まってます」


 馬鹿げている。

 そう、馬鹿げてる。

 衛士であろうと、人間であろうと、彼らの認識では衛士は永遠に存在するかのようだ。

 見かけは人間の、道具、武器、そして怪物。

 衛士が、戦争を恐れないように作られた嘘が、今の世界の大部分の人間の衛士に対する馬鹿げた認識を形作った。


「馬鹿げている……じゃあ、私はなんなんだ」


 私自身が、その馬鹿げた嘘を言い続けていた。

 道徳的な高みから他人を批判するのは簡単だが、振り返ってみれば、私にだって他人を批判する資格なんてしないるのかどうか……。

 こうやって思い悩んでいる間にも、あの二人は別の話題で楽しげに笑っている。

 幸せ。

 嘘に塗れた幸せ。

 私もかつては幸せそうな笑い声を聞いたことがある。あれはある衛士が、治療の後、早く仲間のためにも戦場に戻りたい、と志願しているときに聞いたときの会話の笑い声だ。でもその記憶はたくさんの仕事に追われて忘れていた。


「あれから一度も、あの衛士を見ていない」


 かつて自分が幸せだと感じた思い出の中には、実は生だけじゃなく、死もあったのだ。あの衛士が強化手術の手続きを終えて、手術室に入った後の悲惨な死を想像して、唐突に胃に鋭い痛みが走る。吐きそうになった。


「うっ……ぐっ」


 その時、大きな声が響き渡った。


「退いてくれ!」


 焦りの声が警備員の会話とレイフ・エイフマンの考え事を中断させた。何人かの看護師が2台の救護ベットを押して保健室の出入り口で止まった。

 救護ベットには、それぞれの人間と衛士が横たわっていた。人間の胸の包帯の下からは赤い血が滲み出ているのかハッキリと見える。

 衛士の負傷は更に深刻だ。両腕がおかしな方向に折れ曲がり、腰から下は重い何かで粉砕されてボロボロだ。真っ赤な体液がベットの溝から滴り落ちている。


 警備員はその状況を見た瞬間、すぐに携帯端末を取り出して、救護診療室の通信に接続した。


「緊急、緊急です。人間が負傷しました」


 通信を切ると、静かだった出入り口が再び騒がしくなり、多種多様な薬剤を搭載した複数の機械が保健室から飛来し、注射していく。


一人の医者が何人かの助手を連れて後からやってきて、看護師から看護ベットを引き継ぐと、緊急手術室へ向かっていた。


「ちょっと、この衛士も忘れないでくださいよ」

「肉体が損傷しただけだ。衛士の生命力なら大した問題じゃない。プロセス通りやろう」


 話し終えた医者は助手たちと人間の怪我と、手術の詳細について話し続けた。

 看護師達は怪我人を引き渡し、輸送車に乗って、その場を離れた。

 二人の警備員は、互いに目を交わして、負傷者受け入れのターミナルへ向かった。

 これまで幾度となく見てきた光景。

 警備員らはすぐ側を通ったため、エイフマンはその衛士の損傷具合をはっきりと見ることができた。


「うぅ、痛い」


 苦しみに呻く声が衛士の口から聞こえてくる。エイフマンは頭を横に振り、あえて相手を見ない見ないようにした。


「いたい」


 意識を失わせないように、痛覚遮断を行わず、激しく損傷した痛みが衛士の中を駆け巡っているのだ。


「い、たい。いたい」


 担架はすぐ横を通っていった。重症の衛士の手が救護ベットから力なく垂れ下がっていた。


「くそ」


 エイフマンはぐっと拳を握りしめて、身を翻してベッドに歩み寄った。彼女は素早く一本の薬品を取り出し、慣れた手付きで重症を負った衛士の左足に突き刺す。


「ちょっと」

「作業が先だ。手続きは後でする」


 エイフマンは唖然とする警備員達から救護ベットを奪い取り、保健室内に向かって押していった。


「ただの衛士なのに、何故あんなに逼迫しているんだろう?」

「わからん。変なやつだ」




 今流星は、目を覚めした。悪夢のような衛士に対する人権意識の低さを表したような夢の内容に目をため息をつく。


『心変わりはした?』

「今のは?」

『観測されたある医者のデータです。それを睡眠中の貴方達に投影し、事態の深刻さを感じてもらいたいたかったの』

「私だけじゃなく、全員?」

『はい』

「相棒の子はともかく、一年生にはフォローしないと」

『何故、貴方は私との接続を拒むの? 人類のためを思えば、それは悪手よ』

「フェネクス、貴方達は確かに凄いのかもしれない。いや、実際すごい力を持っているんだと思う。だけど、それを持て余すこともあるの。効率的な、合理的な解決を誰もができるわけじゃない」

『だから、私との交流を一時的に棚上げし、横浜衛士訓練校と足並みを揃える、と?』

「ええ、元は横浜衛士訓練校から来たんだから。そうするのが筋でしょう」

『……私を、信用できませんか』

「信用、というか、内容が受け入れられないの。貴方を戦術機として使うことで、人間を相手に戦う可能性があるなら駄目よ。戦うなら自分の満足する戦場で。それが神凪のトップレギオン、サイドサイドの現在の方針よ」

『そもそも、それが通るのは従来の戦いまでだ。デストロイヤーとの長い戦争で互いに進化し、デストロイヤー戦争はまるで人間同士の殺し合いのようになっている。人間の結束も緩んでいる。ならば戦争という特殊な場に正当性や安全性を求めるのがおかしい。武器や装備に求めるならわかる。しかしそれを振るう人間は、どんな信念を持つのは勝手だけど、自ら進んだ道で、何を今更被害者ぶるのか。自分を哀れむくらいなら、最初から戦うな。死から目を背けるな、前を見ろ。貴方が守り、殺すその姿を正面から見ろ。そして忘れるな』

「……ッ。私は、人を守るために」

『人もデストロイヤーも変わらない。相手が怪物だから、殺しても大丈夫? 人を守れば良いの? ならばもしデストロイヤーに味方した人類は? 人間と同じ思考と人格を獲得したデストロイヤーと対面した時、その相手を倒した時『殺した! よし!』と自分の腕前に自惚れ仕事に達成感を感じる瞬間を少しも感じないと言いきれますか? 衛士さん』

「デストロイヤーが思考を獲得するなんて」

『事実、デストロイヤーは思考を獲得し知性を持つ個体も現れている。人間を離反し、デストロイヤーにつく人間もいる。自らの意思でリリィの制服を着た時に、すでに覚悟があったはずではないか? 人類の平和を脅かす怪物デストロイヤーを打倒する! 戦えぬ人間を守る! ならばそこに人格や思考があるかないかは問題ではない。敵ならば殺す、味方なら守る。単純な話です。人格の汚染? 自身が容認した戦場のみで戦う? そんな次元の話はもう遅い。周回遅れです』

「私は……」

『もう一度、問いましょう。自らの意思で衛士となった時に、今のような状況になったとしても、戦う覚悟は無かったのか? 戦い敵を倒すのが、あなた方兵士の本分。人の命を助けるのが、医者の本分。自分の行動に責任を持て。それが嫌なら最初から戦うな』

「……それでも」


 流星は前を向く。


「それでも、私は自分の選んだ道で戦いたい」

『この臆病者』

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