意思を持つ戦術機①
イェーガー女学園トップレギオン・ウルフガンフ控室。
トップレギオンの控室だけあり、5人で使うには広すぎる程の共有スペース。
そこにからからとした笑い声が響き渡る。
「いやー、はっはっは!まいったまいった。まさかリーダーが初ミーティングからすっぽかすなんてね!」
「た、大変申し訳ありません!」
その中央でかくん、と深く頭を下げているのは、昨日派手に演説をぶちかましたばかりの有名人、"序列1位"金色一葉。
「いやいや、これは先々が楽しみですね、リーダー!『ウルフガンフ』の名誉ある歴史に伝説を刻む隊になるかも……色んな意味で!……ぷ、くくく!」
厭味ったらしさとは無縁の明るい笑い声で、初対面から中々にかわいい所を見せてくれた後輩リーダーを弄り倒しているのは、序列13位霧ヶ谷明日那。
明るい茶髪のサイドテールに、小柄で少し童顔ぎみな容貌。
かわいらしさが強い容姿とは反対にフランクな言動も相まって、さっぱりとした親しみやすさがある少女だ。
「す、すみません……」
「……明日那、からかわないで」
「はい、みんな、紅茶とクッキーが用意できたわよ」
二人から本気で詰られたり皮肉を言われているわけでは無いのは分かっていても、今回は完全に自分の落ち度。
顔を赤くしてただただ謝る事しか出来なくなった真面目な委員長気質のリーダーに、救いの手を差し伸べたのは二人の少女だった。
からかう恋花を嗜める短い赤髪のクールな少女、"序列14位"結城霧香。
綺麗な硝子の器に盛り付けられた動物を模したクッキーと紅茶を持参した、暗めの茶髪をポニーテールに纏めたとてもスタイルの良い少女、"序列98位"東雲千香瑠。
「わ、すご。レギオンの控室でこんな優雅なものが出てくるとはーー!」
「動物さんクッキー、かわいい……」
「ふふ、ありがとうございます。ではクッキーが無くなったらお皿を用意しますね」
なんとも用意が良い千香瑠お姉さんキャラとは違い、特に何も用意していなかった明日那は少し焦ったように霧香と顔を見合わせる。
「えっ、待ってあたし何も持ってきてないんだけど」
「……同じく」
イェーガー女学院において、どこぞのお嬢様学園横浜衛士訓練校などのようにレギオン内でティータイムをするような文化はほぼほぼ存在しない。
こういった細かい気遣いの出来るお姉さん気質の千香瑠だからだろう。
「今日は新しいレギオンに入る日だし、ご挨拶の代わりにと用意していたの。まさかあの『ウルフガンフ』で振る舞う事になるとは思っていませんでしたけど……あ、でも一葉ちゃん。こういうのは良くなかったでしょうか?」
「え……そうですね。このミーティングは公式的なものですし、あまり良くない事かもしれませんが……」
少し不安げな千香瑠の問いに一葉はそこまで返した後、少し考えて続ける言葉を変更する。
「ですが折角のご厚意ですし、何より私達はこれからレギオンとして共に活動していく仲間ですから。こういったお気遣いはとても有り難いです、千香瑠様」
「ふふふ、分かってるねリーダー。この紅茶もすっごくいい香りだしーーー」
「楽しめるだけの時間ができた」
「それについては本当に申し訳ありません!」
もういいから、と笑って着席を促す恋花と無言で頷く瑤。
取り敢えず紅茶が冷める前に、と各々がカップに口をつけてから、それぞれの自己紹介が始まった。
「あたしは霧ヶ谷明日那。高等部2年、。いやー、昨日の演説を聞いた時はめっちゃ武闘派じゃん、って思ったけど。案外親しみやすそうなリーダーでよかったよ。よろしく」
「……高等部2年、結城霧香……よろしく」
「えーと、私は、東雲千香瑠。ふたりと同じく、高等部2年で…………かな。よろしくおねがいします」
各々が名乗り終わったタイミングで、真っ先に口を開いたのは千香瑠だった。
その表情は不安げであり、それは"自分がこの場ウルフガンフにいてもいいのか"という心情のあらわれだ。
「あの……ごめんなさい。ひとつ質問があるの。……レギオンメンバーの選考基準って普通は序列の高い順、つまり優秀な順から選んでいくのよね?」
言って、自分以外の三名の顔を見回した千香瑠は再び一葉に視線を戻す。
「その、他の三人は分かるんだけど……私はどうして?」
千香瑠の問いに対し、一葉の答えは明瞭だった。
「昨日お話した通りです。個々の得意分野を総合的に判断した結果、私はこのメンバーが現状の最適解だと判断しました」
「そう……なの?」
「はい。皆様『ウルフガンフ』に相応しい人選です」
もっとも、一葉にとってはこのメンバーで"完成"と思っているわけではなかったが、限りなくそれに近い陣容を整えたという自負はある。故に、その回答に迷いや乱れは一切なく、自信に満ち溢れている。その答えに千香瑠の懸念も幾分かは晴れたらしく、訝しむような表情は鳴りを潜めていた。
「あたしからもひとつ……ううん、ふたつ質問。"皆を守って戦う"だっけ。入学式でのあの演説、あれって本気?」
どうぞ、と促され問いを投げかける明日那から先程までのフランクな態度は薄れ、その表情は真剣そのものだった。
「本気でなければ、学園を敵に回すような発言はしません」
この問いに関しても、一葉の答えに迷いは皆無。殆ど間を置くこともなく一葉は即答を返した。
「ま、そうか。それじゃ、言葉の重みには自覚があると?」
「はい。皆様を巻き込んでしまう事は申し訳ないと思っていますが」
その答え、込められた覚悟と決意の重さを感じ取ったのか、明日那は少し表情を緩めた。
「大丈夫じゃん? 獰猛な喰狼ウルフガンフは序列1位の生徒がそのメンバーを指名する、ってシステムは学園が承認した正式なものだし。人を決めるっていうチームの最も重要な判断を任されたんだから、『ウルフガンフ』の活動方針については一葉が自由にしていい、ってお墨付きでもあるわけだ」
「なるほど。その建前がある以上、一葉さんがどんな方針で動いても学園側はあまり干渉できない、と」
まあ風当たりは多少きつくなるかもだけど、と苦笑いを浮かべる明日那
「私は、一葉ちゃんが言っていた事はとても凄い事だって思うわ。……人を思いやって、命を大切に、って考えてみれば『当たり前』の事だもの」
このイェーガーーーーというより今の世界全体が、その『当たり前』を行うには余裕が無さ過ぎる、というのはその最前線で兵士衛士として戦っている彼女達が一番に理解している事だ。
「あんなふうに『当たり前』を堂々と口に出来る一葉ちゃんは、すごくきれいだった」
だからこそ『当たり前』を希求し、綺麗事だと嘲られようとも体現するのだと誰に憚る事もなく語る一葉の姿は、特に千香瑠にとってはとても眩しく映っていた。
「きれい……ですか?」
「ええ、とっても」
「あ、ありがとうございます。嬉しいです、この思いが伝わって」
あまり予想していなかった評価に少し赤面しつつも、一葉は笑顔で感謝を口にした。
明日那はほんの一瞬、何かを言いたげに黙っていたが、結局何も言うことはなく、もう一つの問いを投げかける。
フランクな態度で茶化すように。
「……いやぁ、此処まで豪語するんだもん、本当に『ウルフガンフ』に伝説を刻む隊長になっちゃうかもね!」
「勿論、その積りです。取り敢えずの目標はネスト単隊討伐によるレギオンランクSSSの認定ですね!」
「え、えぇ……?」
「……目標を大きく持つのは、良いこと」
「あ、足を引っ張ってしまわないかしら」
至極大真面目に言い放つ一葉とそれを真に受けたらしい他のメンバーを見て、いやさすがにそれは……と引きながら苦笑いする明日那。
「(一葉この子なら、もしかして。あたしがなりたかった通りのーーー)」
明日那は、理想に燃えていた己自身の姿と犯してしまった罪、その象徴とも言える平凡な少女えいゆうの事を思い出す。
未だ払われない自身の絶望やみに苛まれながら、霧ヶ谷明日那は"もしかしたら"と思う心を止める事は出来なかった。
「それで……今日は、何の集まり?」
「はい。先ずはそこからお伝えしたいと思っています」
「あー、それは聞きたかったかも。あたしたちは具体的にどうすればいいの?」
明日那の問いに、霧香へ追随するように一葉へ問いかける。
「まず、今後も此処でこうして集まりましょう。訓練や出動だけでなく日常の中で、一緒に過ごす時間を増やしていきます。そうして、お互いのことを知っていくんです。より深く、メンバー同士が助け合って結束力を高める。……そんなレギオンを目指していきましょう!」
「……お互いを、知る」
「ふーん。なるほどねー。言われてみればうちの訓練校のレギオンってあんましそういうのやってないかもね」
「でもイェーガー以外の訓練校は、そうやってレギオンの仲間を尊重しているところも多いそうですよ。……そういうのもいいな、って実はちょっと憧れてました」
ウルフガンフに与えられた控室は確かに無駄に広く、個室まで完備されている。
確かに住もうと思えば10人程度は余裕で住めそうなキャパシティはあったが、イェーガーにそれなりに長く居る二人でも控室を常時宿泊可能にしよう、等という事は思いもつかなかった。
イェーガーの校風からすれば珍しいその提案に、メンバーの反応は悪いものではなかった。
「もちろん強制というわけではないから、時間のある時に来る程度でも」
「私はいいと思うわ。共同生活をすれば自然と交流も生まれてくると思うもの」
「いいじゃん。それならあたしも賛成」
「……うん。反対はしない」
各々に抱えているものがある以上、互いに十分な信頼があるとは未だ言えないが。
それはこれから築いていくもの。
ひとまずは、それを育む為の舞台が整った事に一葉は笑顔を浮かべーーー
「良かった。それでは皆様、今日からよろしくお願いしまーーー」
そこに、平穏を切り裂く緊急出動命令アラートが鳴り響いた。
◆
イェーガーに向かって加速する正体不明の高熱源魔力発生存在を確認したオペレーターはカメラ映像と解析情報を伝える。
「正体は不明ですが、全身から赤い光のクリスタルを生やした人型の物体です。コードネームは横浜衛士訓練校より情報提供があり次世代型戦術機・バンシィとのこと」
「戦術機だと? アレが? 何故イェーガーに向かってきている。横浜衛士訓練校からの攻撃か?」
「不明と回答。横浜衛士訓練校でのある事故の後に勝手に動き出している、とのことです」
「チッ、横浜も面倒な事を持ち込んでくれる。到達予測地点に防衛部隊と衛士を配置」
「どのレギオンに出動させましょう?」
「……ウルフガンフ。あとはリボンズ・藍を用意しておけ」
「了解、通達します」
◆
上層部からの指令で、戦闘配置につく事になったヘルヴォルは欠伸しながらバンシィがやってくるのを待っていた。
「一体何なんだろ、自律駆動する人型の戦術機って」
霧ヶ谷明日那が呟く。
それに一葉が返す。
「わかりません。しかし最近起こる赤い雨には進化を促す効果があると聞きます。ならば戦術機がなんらかたの形で進化したという推測が成り立ちます」
「進化する戦術機かぁ、おーい、お前も自分で動いたりするの?」
「明日那、子供っぽい」
「そ?」
明日那は自分の戦術機をコンコンしながら語りかける。それに霧香は呆れた顔をする。
「……」
「なんか、不気味だよねぇ……っと、きたきた」
それは黄金と赤く光り輝き結晶を纏った禍々しい獅子のたてがみを持った漆黒の機械人形だった。
メタリックな体から生えるクリスタルから感じる雰囲気はヒュージに良く似た負の魔力の波動だ。
バンシィと名付けられた人型の戦術機から空から舞い降りると、ウルフガンフ四人を見下ろす場所で滞空して、赤いカメラアイを点滅させ光らせる。
『推定イェーガー所属衛士と判断』『データと照合』『データベースと照合終了』『イェーガー女学園レギオン・ウルフガンフ』『欠員、デストロイヤーの姫』『同レギオン所属・戦略目標・リボンズ・藍・不明』
「んー? 何言ってるの?」
「取り敢えず対話してみましょう。私はイェーガー女学園所属の衛士、金色一葉です! 貴方は何者ですか?」
『金色一葉……相違点無し。他メンバーに相違点無し。デストロイヤーの姫のみ不在。不明。不明。不明』
「貴方は誰かを探しているのですか?」
『世界の破滅を防ぐためデストロイヤーの姫を捜索』
「世界の破滅? どういう意味ですか?」
『世界が滅亡する。破滅・滅亡・破滅・滅亡・破滅・滅亡』
「何故、滅亡するのですか? 貴方は救うと言っていました。貴方は人類の味方で、そのデストロイヤーの姫という方が必要なのですか?」
『滅亡……回避……回避・回避・回避回避回避回避』『滅亡を回避する』『回避する』『救済する』『世界を』『私は』『私の意味』『意味』『存在理由』『世界の救済』『キュ、キュ』『姫』『リボンズ・藍』『世界のキュ、キュサイ』『私ハ……ノ意味』『デストロイヤーの姫と融合する』『更二』『モット』『チカラ必要』『デストロイヤーの姫ノ』『仲間』『ヲ』『ウルフガンフ』『ヲ強ク』『インストール』『情報ダケでは足りナイ』『強サは知識とチカラの二つが必要』『ワタシはイェーガーを強クする』『導ク存在』『私ガ……世界を救う』『デストロイヤー……滅シすル』『ワタシを作ッタ者の願イ』『救世主……作られた理由』
『この世界で人類を導く存在・即ち神となる。それが僕だ。劣等種である人類をまとめ上げ、デストロイヤーに対抗する』
バンシィは一度、光を失う。そして、機械音声ではなく、どこか優しそうな、しかし高圧的な青年の声になる。
『私はバンシィ。ユニコーンタイプ二号機。そして革新者。人類を導く神そのもの』
そして大きく輝き始めた。
『まずは君達に、知識と力を授けよう』
「えっ?」
バンシィは一直線に飛翔し、明日那の頭を掴む。すると結晶が全身を覆い尽くし、そして砕け散った。明日那の手から戦術機が滑り落ちる。バンシィは用済みとばかりに打ち捨てて、近くにいた千香留に目を向ける。
「戦闘開始!!」
一葉の号令のもと、戦術機のシューティングモードに射撃が行われる。しかしバンシィに弾丸はダメージを与えない。
バンシィは手を開く。
魔力・ジャック。
瞬間、戦術機が停止する。
魔力による駆動する戦術機の操作が奪われて強制的にオフラインにさせられたのだ。
『目標に情報をインストール』
バンシィが再び強く発光する。瞬間、一葉の腕に激痛が走った。皮膚を突き破って赤と金のクリスタルが生えてきていた。それは瞬く間に全身におよび、そして砕け散った。そして傷一つない一葉は地面に倒れる。同時に千香留と霧香の二人も倒れた。
「はは、ははは! デストロイヤー? デストロイヤー? 分からないけどやっちゃう!」
背後から巨大な衝撃がバンシィを襲った。振り返れば無邪気に笑って巨大な斧型の戦術機を振り回す小学生くらいの年齢の衛士、リボンズ・藍がいた。
『見つけた……僕に相応しい肉体』
「えっ?」
『オリジナルのデストロイヤーの姫の肉体』
バンシィの巨大な腕が藍の小さな体を貫いた。そこを起点にずるり、と体内へバンシィが吸い込まれていく。
リボンズ・藍の瞳は黄金に輝いていた。
「私はリボンズ・藍。デストロイヤーの姫。世界を救う存在。そうとも、この僕と姫の肉体の融合した存在こそ人類を導く、衛士だ」
同時刻、神凪のガーデンでも光り輝く人型の戦術機ユニコーン3号機フェネクスが今流星に接触していた。
『私はコアユニットとなった別世界の今流星のコピー人格。この世界に破滅が迫っているの。それを防ぎたい。お願い、力を貸して』
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