幸せになる努力
葉風の姿が変わっわていく。
肉体が置換されていく。
葉風から夕立時雨の姿へと。
「おや、意外な選択をしたね。君なら見捨てるかと思った」
夕立時雨の手刀に貫かれたのは蒼風ではない。ラプラスの一ノ瀬真昼だった。そこからは血が滴り落ちる。
「はい。お姉様。たぶん、少し前の私ならそうしたと思います。だけど、少し眩しいものに目を当てられて、目が蒙みました」
「目が、蒙む、ね。まぁ良いだろう。私がこっちに干渉したのは君を連れ戻すためだ。君のいない世界は、色落ちした絵画のようだった」
「それで、私を介して葉風さんを籠絡して、存在を乗っ取ったんですね……本人の精神は、今どこに?」
「契約通り、向こうの世界で再構成されているよ。じゃあ、帰ろうか」
「はい。時雨お姉様。蒼風ちゃん」
ラプラスの血を浴びた蒼風は、ラプラスに名前を呼ばれて肩を震わせながら前を向いた。
「私は、ここで退場だ。楽園の世界で余生を過ごさせてもらう。たけど君たちに全てを押し付けるのは気が引ける。だから技術データと力を分配した。どうせ私はもう使わない力だから。その力は魔を断つ剣であるが、その切れ味は無差別だ。よく考えて使うこと」
「ら、ラプラスさん」
「じゃあ、さよなら、だ」
桃色の髪をした衛士が飛び出した。
「ラプラス様を離せ!!」
それに夕立時雨は目を見開く。
「遠藤阿頼耶か。ラプラスの力を大きく持って言ってるね。奪ったね? それには罰が必要だ」
夕立時雨が手を振ると、遠藤阿頼耶の体が真っ二つに裂けた。背後の横浜衛士訓練校の建物も切り裂かれて瓦礫が降り注ぐ。
「待ってください! 葉風さんは何故、あんなことに!」
愛花が叫ぶ。
それに夕立時雨は穏やかな口調で言う。
「おかしなことを言う。追い込んだのは君だろうに」
「え?」
「葉風の欠点ばかりを指摘しなかったか? 性格を改善するよう努力を促さなかったか? 今の葉風に対して否定的な言葉ばかりかけて、彼女の努力を見逃してはいなかったか?」
「そ、れは」
「確かに君は正論を言ったのだろう。正論は議論を効率的に加工して結果を建設する。しかし人間関係において正論は刃となることを知るべきだった。今回は良い教訓になっただろう、人生は長い。次に活かすことだ」
「あの、時雨お姉様。心臓を手刀で突き刺されているの結構辛いです」
「ああ、ごめんね。では帰るとしよう。二度と君達には会うことはないだろう。オマケ程度のお土産は置いていく。有効に使いたまえ」
時雨とラプラスは光り輝いてその姿を消した。唯一、ラプラスの持ち物で残ったのは、白い戦術機だった。
場は騒然となり、生徒会の人々が先導して解散させた。また異世界の衛士達が全員姿を消しているのが確認された。
残ったのは、異世界型の戦術機『ユニコーン』『バンシィ』『フェネクス』の三つ、赤い雨、異世界型デストロイヤー、デストロイヤーと融合した謎の仮面の女性、そして膨大な異世界の蓄積データ。
葉風は、蒼風の穴埋め役として一ノ瀬隊に入ることになった。部屋も、葉風と同じく愛花と同室になった。
外は雨が降っている。
普通の雨だ。
横浜衛士訓練校は大混乱に陥って、機能不全になっていた。様々な意見や主張が飛び交い、方針を決めかねているのだ。
一つは『異世界のデータを積極的に運用するべき』という異世界派。
二つ目は『異世界のデータに頼らず、自らの力で強くなるべき』という基幹世界派。
三つ目は『異世界の技術を再検証し、可能ならば運用するべき』という検証派。
大きく分けてこの三つだった。勢力の大きさで言えば検証派が大多数を占めているのだが、その中でも世界に情報を公開するべきかどうかで自陣営内部で、分裂仕掛けていて、纏まらない。
時間は過ぎる。
時間は過ぎる。
時間は過ぎる。
「……」
「……」
「葉風ねぇは結局、どういう対処になったの?」
「葉風さんは異世界型デストロイヤーによって連れ去られて消息不明となっています。戻ってきた時の為の席も用意してあります」
「そう。それは負い目? それとも政治的配慮ってやつ? 国際問題にまで発展しかけてまで引き抜いた貴重な人材を死亡させるのは体裁が悪いから、行方不明にして有耶無耶にしよう、探索を理由に私を滞在させ続けよう、とか」
「……全くない、とは言えませんね。全部正解です」
「そっか。まぁ良いけど。葉風ねぇはここでどんな生活をしてた?」
「穏やかな生活……では無かったのでしょうね。そうならば彼女が自ら別の世界へ行く理由がありません」
「いや、そうじゃなくて。好きなもの、嫌いなもの、趣味に訓練。どんなことしてた?」
「そこの棚にある苔は好きだったと思います。趣味は……わかりません。訓練は狙撃を中心にやっていて、デストロイヤーが接近した時に動揺する癖のようなものがありました」
「狙撃中に横合いから殴られたら防御も回避もできないから、近づかれるのは怖がるだろうね。葉風ぇはその辺を直したかったのかな」
「そうするよう、助言しました」
「まぁ、正しい判断だよね」
「正しくはあっても、適切ではありませんでしたが」
再び無言の時間が二人の間に落ちる。葉風は端末を操作して、異世界戦術機ユニコーンの情報を見る。
シールド戦術機と呼ばれる思考操作遠隔飛行型ユニットという第4世代戦術機の特徴を持ち、本体もシューティングモードとブレードモードに変形が可能。更に一定の魔力数値を上回ると、ビームマグナムとビームサーベルに分離する。
必要な魔力数値はおよそ400。常人が0から100の間で、50あれば衛士として活動可能。70代アレば優秀、80以上は最上位クラスだ。それのおよそ4倍の適性が必要となる。
情報ではシールド戦術機を運用するだけでも思考回路が焼き切れる負荷がかかる。それを異世界の衛士達はXM3という名前の強化衛士手術プランを受け入れることで使用可能にしていた。
トントン、とノックされる。
「はい」
ドアを開けた先にいたのは遠藤阿頼耶だった。阿頼耶は蒼風を組み伏せると首元に噛みつき、血を舐める。
「貴方も力を貰っているわね。ラプラス様と同じ味がする」
「いきなり組み伏せるのやめてほしいんですけど?」
「あら、失礼。ねぇ、知ってる? 魔力交感は肌を触れあせてやったほうが効果的なのよ。それに力も相乗的に強くなる」
「え、ええ?」
困惑する蒼風に、愛花が言う。
「阿頼耶さん。彼女はそちらの知識はまだ無いでしょう」
「あら? 中学生の頃の私は恋人が常に数人いたわよ」
「貴方は乱れ過ぎです」
「ラプラス様との相性は抜群だったから、その後継である貴方との相性も良いも思うのよ」
「???」
「その純粋な瞳、私色に染め上げたい……!」
愛花が、組み伏せる阿頼耶を引き剥がす。
「阿頼耶さん、出直してください」
「あ、ここに来た目的を忘れてたわ。葉風、貴方に戦術機ユニコーンの適正があるみたいだから、地下工房へ来てって。私はバンシィが使えたから、多分フェネクスかユニコーンどちらか使えるわ」
「その要件を先に言いましょうか!? 阿頼耶さん!?」
「地下工房行ってきます」
葉風がふらふら〜と出て言って、部屋には阿頼耶と愛花の二人になる。
雨が降っている。
「お茶、飲んでいきます?」
「ええ、お願い」
お茶が用意されて阿頼耶が飲む。
「美味しいわ、流石ね」
「ありがとうございます」
愛花も席について、窓の雨の景色を見る。
阿頼耶はため息をついて、愛花の肩を叩いた。
「そんな辛気臭い顔するんじゃないわよ、その雨嘉ってのも向こうの世界で元気に楽しくやってるわよ」
「……なんで」
ぽつりと、愛花が言った。
「……なんでみんな慰めてくれるんですか。笑っていられるんですか。なんで……私のことを、責めないのですか」
愛花は涙を流して下を向いていた。
「私は何もできなかった。むしろ悪化させた。葉風さんの心の闇を理解しようともせず、自分勝手な論理で責め立てて苦痛を与え続けた! 何も、ずっと、できなかった」
「……」
「キツいんですよ、いっそめちゃくちゃに責めてくれれば楽なのに! 誰も私を責めない! 葉風さんの事を仕方がない、どうしようもなかったって!」
「なんであなたを責めるのよ」
「え?」
「衛士に限らず、人間は、平等じゃない。親がクソだったり、環境がクソだったり、誰だってどんなやつにも悩みはある。それが下のやつからは恵まれているように見えても、上に上の苦悩がある。それを周りのせいにして自分を変えず、立ち向い続けなかった葉風が悪いのよ」
「……阿頼耶さん」
「私は今から酷いことを言うわよ」
そう前置きをして阿頼耶は言った。
「不幸でい続けることは怠慢だし、幸せになろうとしないことは卑怯だよ。不幸や不遇に甘んじていることを『頑張ってる』と思っちゃってるんじゃないの。そういうのを世間では『何もしていない』って言うんだよ。不幸なくらいで許されると思うな。ハッピーエンドを目指せ」
「…………」
「これは、葉風もそうだし、貴方もこれからどうするのか、身の振り方を考えておいた方が良いかもね。失敗や挫折が己の一部になった時に、それを糧にするのか、それとも自分を甘やかす蜜にするのか。私はこれで失礼するわ、お茶美味しかったわ」
そう言って阿頼耶は部屋から出ていった。
葉風は繰り返す。
阿頼耶の言った言葉を。
「不幸でい続けることは怠慢で、幸せになろうとしないことは卑怯」
悪い方、悪い方ばかり考えて『どうせ自分は……』なんて考えてどんどん病んでいく。
考えてみれば、楽な方法だ。
「じゃあ、幸せになるにはどうしたらいい」なんて実際すごく難しい。でも、そこを打破する努力をして、幸せを勝ち取れと言っているのだ。
みんな一緒。
私だけ、不幸なんじゃない。
私だけ、不幸でいるだけ。
不幸でいる努力をしていては、幸せになんてなれる筈がないのだ。
「ねぇ、葉風さん。私は幸せになりますよ。貴方が羨ましいって思うくらい。素晴らしい友人と、素晴らしい戦歴を残して、最後は笑って死にます。逃げた貴方が、戻ってきたくなるような人生を」
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