揺れる想い

 蒼風が校内を歩いていると、今一番もっとも会いたくない衛士ナンバーワンと出会った。


「うぇっ、愛花先輩!?」

「あらあら、朝からご挨拶ですね。蒼風さん」

「うぅ、ごめんなさい。葉風ねぇは?」

「昨日の今日で部屋に引き籠もっていますね、顔を合わせにくいんでしょう」

「そっか。というか、怒らないんだね、昨日あんなこと言ったのに」

「普通なら激怒する内容でしたが、私にとっては事実を指摘されただけですからね。それを顧みて是正する。それが正しい衛士の在り方です」

「認めるんだ、事実って。でもそれから目を逸らさないんだ。強いんだね、愛花先輩は」

「貴方は、目を逸らしているようですけど?」

「うっ、何故それを」

「この状況で横浜衛士訓練校に留学なんて何かしらの問題がなければ有り得ません。それで、何をやらかしたんですか?」

「連携が上手くいかなくてレギオンがギスギスして学び直せって飛ばされた」

「それはそれは。大方、自分の要求が通らなくて文句を言ったのが発端ではないですか?」

「なんで」

「昨日の言葉は、貴方自身に向けた言葉にも感じましたから。それに葉風さんと違ってわかりやすいです」

「葉風ねぇは渡さないよ」

「正直、印象で言えば葉風さんより蒼風さんの方が気持ち良いです。貴方は良くも悪くも真っ直ぐで正しくあろうと行動的です。それが否定されても、受け入れる。いわば能動的なんです。蒼風さんは受動的ですから」

「まぁ、確かに葉風ねぇは内気だけど」

「性格というより在り方の問題、本人がどう在りたいか、どうしたいかを決めれる決断力や行動力の話です」

「決断力と行動力?」

「貴方は努力するのが当たり前で最善を目指すのを周囲に求める。良く言えばリーダー気質で、悪くいえばわがまままです。葉風さんは……その反対です」

「サポート気質で、内向的?」

「はい。それは悪いことではありません。レギオンに慎重派がいないのは恐ろしいことです。しかし主張をせず、流されるのは弱さで正しくない。それは是正されなければ前に進まない」

「和を乱さず、サポート役に徹するのは良い。けど主張をしないのであれば何か危険があっても伝えられず、レギオンに被害が及ぶ」

「正解です。そんな葉風さんをどうにかしようとして、何もできないのが現状です。葉風さんは期待されれば努力はする良い子なのはわかります。しかし致命的にコミニュケーションの練習不足です」

「それは多分、私達のせいかも。水橋ねぇも私も、前に出て言いたいことは言うタイプだったから昔から目立ってたんだ。成功も失敗も沢山したけど、印象に残る衛士ではあったと思う。逆にゆーねぇは」

「和を乱さず、サポートに徹しているから目立たず、居てもいなくても一緒な存在だと思われる」

「正解」

「それは、コンプレックスになるでしょうね。ああなるのも納得な環境です」

「どーしよう。どうしたら良い? ですか」

「さぁ? 取り敢えず朝練があるので、一緒にやりますか?」

「え? いきなり入って良いの?」

「たぶん葉風さんは参加しないでしょう。幼い、未熟、甘い、まぁ一概にそんな言葉で纏めてしまうのは酷いかもしれませんが、彼女は問題に直面にした時にまずするのは逃避です。逃避しているなら今日明日は来ないと予想します」

「随分と葉風ねぇのこと理解してるね。正直驚いた」

「これでも優秀な衛士だと自認してますから」 

「うわ、嫌なやつ。まぁ私も、優秀だけどね。愛花先輩に負けないくらい、超絶空前絶後に優秀だよ」

「それはそれは、では朝練で見せてもらいましょうか。貴方の優秀さを」


 朝練の場所に行くと、既に一ノ瀬隊が集まっていた。そのメンバーを見渡して風間が呟く。


「葉風さんはまた休みですの?」

「うん、まぁ葉風ねぇは繊細だから」

「今から引っ張り剥がして来ましょうか?」

「やめて! 葉風ねぇが溶けて死んじゃう!」

「その代わりに蒼風さんを呼んできました。急造レギオンでの連携も兼ねて訓練していきましょう」

「取り敢えず連携攻撃からやりましょうか」

「連携攻撃……」

「おやおや蒼風さん、顔色が悪いですよ。もしかして、連携攻撃戦術が苦手とか? 空前絶後の優秀な衛士の蒼風さんがそんなことありませんよね?」

「ぐぬぬぬぬっ、できるもん! 私できるもん!」

「では楽しませてもらいましょうか」

「楽しむ!? こッの! 性格の悪いッ!」

「二人とも仲が良いね」



「ラプラスの一ノ瀬真昼が自身の過去と重ねている蒼風をこの世界の解決役としてメインストーリーの主人公に据えて、猶且つ致命的な破滅しない前提で動く場合、最適な人材はまず大好きな姉と仲の良く長所短所を理解し語り合えるライバルの衛士、幼さゆえの短慮を諫め姉のような包容力のある衛士、そして蒼風を頼り、命に換えても守ろうとする相手への依存性の高い衛士」


 コツン、とチェス駒を置く。


「逆に破滅因子になり得るのは、彼女の急成長を促してしまう『どんな事があっても目的を完遂しようとする覚悟を持つ者』。例を挙げればこの世界の未熟な一ノ瀬真昼、御台場の衛士、成長しようとする葉風など。蒼風の性格上、周りが前へ進む意志を見せれば引っ張られて成長してしまう。それでは元の木阿弥だ。一ノ瀬真昼がラプラスの英雄となった理由は、その特異性もあるが、『前へ進む意志』が強すぎたことにある。合理性を追求し続けた結果、心に穴が空いた」


 コツン、とチェス駒を置く。


「蒼風に要求され、ラプラスの一ノ瀬真昼のメンタルを癒せるのは、目の前の恐怖に屈しない勇気、弱者を思いやる優しさ、いかなる困難をもはねのける精神力、自身の矜持と責任に殉じようとする覚悟、自分の宿命をありのままに受け入れる潔さ、悪質・卑劣・無責任な言動や思想を批判・糾弾する誇り高い意思という綺麗事を真っ直ぐ行う事なのだ」


 コツン、とチェス駒を置く。


『黄金の精神』と『漆黒の覚悟』は表裏一体ではあるが、心が折れて周囲のサポートに執心する『愛花』

理想論ではなく妥協点を選び周囲をサポートする『今叶星』。

贖罪から他者の為に身を捧げる『芹沢千香留』


彼女達は自身の精神と能力が既に成長し終わって、次世代に繋ぐ意味を知る者達でもある。彼女達は『漆黒の覚悟』を持てない。既に固定された価値観を破壊するのは容易ではない。それは過去の否定に繋がるからだ。

『今までやってきたことは無駄でした。努力も、戦友の死も、みんなの信念も間違っていました』とは前へ進んだ者こそ言えない。僕は言えるが。


逆に一ノ瀬真昼や葉風など今から成長する者は固定概念に縛られず『黄金の精神』と『漆黒の覚悟』両方の側面を持ってしまう。故にどんな影響が出るか分からなず、蒼風ならびにラプラスの一ノ瀬真昼の破滅因子と判断し遠ざける必要がある。


「っと、酷い顔だ。何か良いことあったのかい?」

「盗られた、盗られた、盗られた……!! 私の居場所がッ!! 全部無くなっちゃった」


 ボロボロと涙を流しながら秘密の衛士に体を預ける。秘密の衛士は頭を撫でながら、何があったのか、問いかける。


「愛花が、私より蒼風の方が良いと言っていた。レギオンのみんなも蒼風が入った方が動きやすそうで、みんな笑っていた。私の……私の唯一の拠り所が蒼風に奪われた。全部……ッ!」

「そうかな? 君と妹さんは違うタイプだ。そこを混合するタイプには見えないけど」

「いや、絶対に蒼風の方が良かったって思う。前のガーデンでもそうだった。みんな、私より蒼風の方が良かったって……だから私は劣化版なんだ。優秀な二人の出涸らし」

「そう。そうか。なら、やめて、しまおう」

「え?」

「嫌なことがあれば逃げれば良い。逃げて逃げて逃げた先に自分だけにしか出来ないことが見つかる。僕も、個人的に『即応救急レギオン』を作ろうと思っていてね。ちょうど良い。君も私のレギオンに入らないか? 戦いではなく後方支援の為のレギオンだ。それなら唯一性は保たれる。他と比べることはない。君だけの価値が見つかる。どうかな、葉風くん。自分だけの価値を求められたくないかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る