邂逅


 暴言を吐いて逃げた蒼風を追うも見失った葉風は、横浜衛士訓練校のガーデンの花畑にあるベンチに座って、頭を抱えた。


(最悪だ……せっかく真昼や愛花と仲良くできて、レギオンにも入れてもらって上手く回っている気がしてたのに。真昼にあんなこと言われたら愛花は絶対気を悪くしてるよ。見ず知らずの貴方に何がわかるのって絶対思うもん)


 葉風は端末につけている猫のストラップをいじりながら、物思いに耽る。

 これは葉風自身が描いたイラストを元に作ったオリジナルのストラップだった。

 葉風は幼い頃より、あまり感情を表に出さない子供だった。そのせいか流行り物や可愛いものに興味が薄いと思われがちであった。しかし、その実、人一倍少女趣味で、ファンシーグッズへの関心も高い。


 この猫のストラップは、そんな葉風の精一杯のアピールであり、本当の自分に気がついてほしいという信号でもあった。

 しかし、これまで気が付かれることはなかった。数ヶ月前に一ノ瀬真昼に褒められるまでは。


 レギオンの加入は大きな衝撃であると同時に、人との繋がりを作れる橋渡しとして最高のものであった。一ノ瀬隊のみんなは優しく、言葉を話すのが苦手な葉風にも、色々と配慮してくれている。


(だけど、不和を持ち込んだら、その原因の姉である私も除隊させられるかも)


 そんなことはない。と、思いつつも、もしかしたら、という気持ちが二律背反で存在する。


「これから、どうしたら良いの……」


 口に出して呟く。

 葉風は横浜衛士訓練校の中において特筆すべき生徒ではない。

 王族の娘として運動も学問も平均以上をキープしている。だからレギオンでも役に立っていると思う。しかしそれ以上にレギオンは信頼と信用が大切だ。

 背中を仲間が守ってくれる。だからみんな力を発揮できる。その和を乱す存在はいてはならないのではないか、と思う。


 故郷アイスランドから逃げてやってきた日本。そこで名門と呼ばれる横浜衛士訓練校に入れば優秀な姉や妹に追いつくことができるのではないか、と考えた。だが現実は自分よりも更に優秀な生徒が多く、惨めになるだけだった。そして蒼風の存在。


 今回のような事が続けば、その責任は本人を含めてその姉である自分にも波及するだろう。姉なのだから、しっかりと躾けなければならない。だけど、蒼風は話すのが苦手だ。

 どうやって相手を納得させて諫めればよいのかなんて全くわからないし、できるとも思えない。


「ああ、訓練の時間。過ぎちゃってる。遅刻だ。はぁ……」


 レギオンでの訓練の時間。

 その開始時刻が過ぎていることに気がついた。しかし愛花と顔を合わせ辛くて重い腰を上げることがてきない。

 その時だった。

 銀髪のショートヘアの少女が現れて、優しげな笑みを浮かべて、言った。


「隣、良いかい?」

「は、はい。どうぞ」

「ありがとう」


 そう言って、愛花の横に少女は座った。


「何か深刻そうな顔をしているね。どうだろう、もし良ければお姉さんに話してみてくれないかい? これでも経験豊富なんだ。悩み事の相談はね」

「え……でもご迷惑に」

「僕は衛士ではあるけど、前線で戦えないんだ。昔の怪我が原因でね。だから横浜衛士訓練校の雑用をしたり、怪我をした衛士の世話をしたり、愚痴を聞くのが仕事なんだ。だから、もし僕に話をすることで、少し楽になるなら、ぜひ話してほしい」


 葉風は戸惑いながら、どうしようか、と目をそらす。


「言いたくないことは言わないで良い。けど一人で抱え込むのは、辛いと思う。だから、悩みがあるなら、解決はできないけど、話だけなら聞いてあげられる。どうかな?」


 それは葉風にとって救いになる言葉だった。解決ではない相談だけ。私はどうしたら良いのか、もしたかしたら彼女に話すことで自己解決できるかもしれない。


「じゃあ、話聞いてくれますか?」

「うん、勿論。正しくなくて良い。自分の考えを、辛いと思うことを、人にわかってもらいことを話してみて」


 そうして、葉風は語り始めた。


『妹の蒼風が留学滞在しにきたこと』

『横浜衛士訓練校に来たのは元々、アイスランドで姉と妹に比較されて劣等生と言われるのが嫌でコンプレックスだったから』

『その蒼風が、自分を受け入れてくれた友達の愛花に酷い言葉を言ったこと』

『やっと手に入れた安息の居場所である一ノ瀬隊というレギオンでの立場が悪くなるのが怖いこと』

『愛花へ合わせる顔が無いこと』

『蒼風がもっとレギオンや人間関係を壊さないか心配なこと』

『葉風に自分の居場所が取られるかもしれないこと』

『誰かに迷惑をかけるのが嫌なこと』

『そのせいで一ノ瀬隊にいられなくなるのが怖いこと』


 簡単に纏めるとそう言った内容だだった。

 葉風は言葉にするのが苦手で、もっと言葉足らずで、自分の意見が分かり辛い内容だったのだが、銀髪の少女は彼女の必死な言葉を黙って、時折頷き、相槌をうち、聞いていた。


「そんな、感じで、凄い、不安で、でもどうにかしなくちゃいけなくて、でも何をしたらよいか分からなくて」

「そう。葉風さん、手を繋いでも良いかい?」

「え? はい」


 銀髪の少女はゆっくりと葉風の手を取る。すると光がふわりと舞った。


「暖かい……」

「魔力交感を利用したリラックスさせる医療技術の一つでね。僕は、その戦えないから後方支援をする衛士になったんだ。勿論、戦場での後方支援ではないよ。こうやって、迷いのある衛士の話を聞いて、少し落ち着いてもらうって意味だ」

「それでも、凄いです。戦えなくなって、それでも同じ衛士を助けるために頑張るなんて。私なんかじゃとても真似できない」

「そう言ってもらえると嬉しいよ。葉風さん、君を抱きしめても良いかな?」

「はい。少し恥ずかしいですけど」

「大丈夫、誰も見てないよ」


 銀髪の少女はゆっくりと、葉風の体に手を回す。すると魔力が活性化して葉風の頭がポカポカしてぼんやりして、だけど凄く安心する。


「葉風さん、君は少しだけ人付き合いが苦手みたいだ。それは環境や親の教育がそうさせたもので罪はない。大丈夫。君は悪くない。一人が寂しいと思うのは当然のことで、周りと違うのは当たり前のことだ。姉や妹と比べる必要もない」

「……は、い」

「自分と他人を比べず、他者の顔色を伺う必要はない。自分のやりたいことを、言いたい事を言えば自然と周りの人間は、君を理解してくれる」

「……本当に?」

「誰もが君を理解するわけではない。しかし誰もが君を嫌うわけではない。君の意見を尊重してくれる人がきっと現れる。全員に好かれる必要はない。君は君を尊重してくれる存在を探して、関係を築いていけば良い」

「……でも、私なんかが、そんな風になるでしょうか」

「そうだね、君だけでは、難しいかもしれない。だから力を貸そう。少しだけ、君の背中を押すことにするとしよう」

「……どうして、そこまで、してくれるんですか?」

「僕がやりたいと思ったからだ。人は自分の意志で行動を決定した時のみ価値を持つ。僕は僕にできる最大限の手助けをしたい。困ってるリリィの助けになりたい。だから君を助けるんだ」

「貴方の……名前は、なんですか?」

「秘密だ。横浜衛士訓練校の三年生だ」


 葉風はそれを聞いて意識を失った。

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