新人①

 短期留学の申請は驚くほど簡単に終わった。

 蒼風の所属するクリームヒルトストロボエッジ衛士訓練校方からも、メンタル面での改善を期待されて、短期留学の打診が本当にあったようで、トントン拍子で終わった。


「これからどうするの?」

「お金は交通費で全部使っちゃったから、葉風ぇにとめてもらうつもり! ご飯とかは出てくるでしょ」

「そう。でも一部の例外を除いて相部屋だから葉風さんと同じ部屋は難しいかもしれないね。一部屋に三人は流石に厳しいよ」

「そうなの!? 因みに相部屋の衛士は葉風ねぇと仲は良い?」

「相性は抜群だね。横浜衛士訓練校の同室は、実質的な同期との姉妹誓約の契りって意味があるみたいなんだけど、二人ともそれを同意して同室になってるから……うん、相思相愛なんじゃないかな?」

「相思相愛……!? まさか、そんな」

「葉風さんは、同じ時間を過ごせば過ごすほど良い面が見えてくるタイプの人だろうからね……初見の引っ込み思案なところを許容できれば自然と人は集まると思うよ」

「むむっ。確かに。三姉妹の出涸らしなんて陰口言う人もいたけど、葉風ねぇの良いところは確かに長く付き合えば付き合うほどわかるタイプかも。その相部屋の人はどんな人ですか?」


 その言葉に、ラプラスの印象と客観的な愛花の評価が同時に浮かび上がってくる。

 一つは復讐者として目覚めたラプラスの世界の愛花だ。努力し続けて、何も実らなくて、心が折れて惰性で衛士を続けていた頃に、ラプラスという劇薬と接触して運命は、その身を滅ぼしても敵を滅ぼす修羅と化した。


 そして、もう一つがこの世界の愛花だ。

 夢は果たせず、家族の仇は討てないかもしれない。だけど、人と関わり、ぶつかり、手を繋いで、夢ではない別の幸せを抱き締める。

 そんな、人間として至極真っ当な幸福を得る、そんな人間。


 一言で言えば危うい人間だと言えるだろう。

 表面上は上手く取り繕っているが、その根底にあるのは憎しみからくる復讐心と、生かされたのだから正しく生きなければならならなという強迫観念。そして、これだけ頑張って報われないのなら、もう夢を掲げるのを辞めてしまおうという諦観。


 賢く強い精神を持つからこそ自分で抱え込み、永遠と苦しむ。表に出さないから誰も手を差し伸べないし、気がついても本人が気付いて治そうと努力しているからこそ手を貸さない。

 愛花の優秀さが、声なき悲鳴を包み隠してしまっている。ラプラスの世界では、無理矢理、従わせて、オーバードウェポンと家族を殺した張本人という憎悪の捌け口を与え、仇を討った。


 葉風とは正反対の性質と言っても良いだろう。

 葉風は見た目ですぐわかる欠点があり、反感を買うのと同時に同情も誘いやすく、正義マンで真っ直ぐ前を向くように人に言える神林のような人間は、彼女の欠点を指摘して、長い付き合いになっていく。


 葉風自身も己の欠点を自覚してるからこそ、言われたことを素直に受け止め改善しようと努力する。その直向きな姿勢は、彼女の欠点を直させようとする人からすれば気持ち良いもので、付き合ってあげたくなるだろう。


 努力している人間は、近くにいると気持ち良いものだからだ。それに加え、愛花は自己を高めようとする光景は元気として受け取るだろう。そうすれば、付き合いは長くなり、欠点だけではなく美点も見えてきて、仲良くなるのは当然と言えた。


「あのー、聞いてます?」

「うん、ああ。愛花さんの評価ね。私の評価と世間の評価どっちが聞きたい?」

「どっちも!」

「ど、どっちもか。私の評価としてはメンタルケアサポート必須な有能な狂犬衛士」

「ん? んん?」

「世間的には上品で優しく真面目で、間違っていると思ったことは見過ごせない性格の有能な衛士」

「有能な衛士なのは変わらないんだ……メンタルケアサポートと狂犬ってどういう意味ですか?」


 その問いかけにラプラスは迷う。自分達の世界の愛花の印象をわざわざ決めつける必要もないのかもしれないが、まぁ、別にいいか、と思っていることをすべて言う。


「愛花さんは外面を取り繕うのが上手い上に、賢く、人から指摘される事はほぼないから、ちょっとした少ないボロを見落とすと、メンタルがヤバくなってるの気付けず、静かに死にそうな感じがあるんだよね。『もう疲れました』って書き置き残して」

「そんなに病んでるんですが?」

「いや、全くそうは見えないけど、会話の節々に反応してるんだよね。それで彼女の中でメンタルにヒビが入ってたりする」

「狂犬っていうのは?」

「覚悟決まったら体が溶けても敵を殺す。正しくないと思ったら上級生にも噛みつく。まさに狂犬」

「葉風ねぇ……やばい人と同室になっちゃった。助けなくちゃ」


 その言葉にラプラスは慌てる。


「待って待って、これは私の印象的な話だから実際はたぶん愛想良く接してくれると思うよ」

「よし! 今いくよ! 葉風ねぇ! 絶対狂犬女から助けてあげるから!」


 走っていく蒼風を見て、ラプラスは顔を青褪めさせた。確かに所感を述べて良いとは言われたが、それを本人に真っ直ぐ投げつけそうな蒼風に言うのは間違いだった。


「待って待って待って! 蒼風ちゃん!? それ本人に言わないでね!? ちょっと聞いてるかな!?」


 ラプラスは慌てて蒼風の後を追った。

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