新しい敵③

 詳しい話や、これからの方針を神宿りシノア達に全て丸投げして、ラプラスは横浜衛士訓練校の校門前で一人で立っていた。


 何故かは分からないが、苦しかった。

 この世界の一ノ瀬真昼を見る度に、自身の存在がひび割れていくような感覚に陥った。

 自分より圧倒的に弱くて、精神も未熟。だけど諦めない、前を向いて歩む姿を幻視した。


 いつからだろう。

 仕方がないと、人の命を諦めるようになったのは。


 いつからだろう。

 手段を選ばなくなったのは。


 いつからだろう。

 仲間を悼む事なく、次に活かす為の教訓としてきたのは。


 いつからだろう。

 私が、前を向けなくなったのは。


 いつからだろう。

 私が、希望を信じられなくなったのは。


 いつからだろう。

 私が、仲間よりも力を信じるようになったのは。


 私にとって、力の塊でしかないラプラスの私にとって、この世界の一ノ瀬真昼は眩しくて、眩しくて、全身が焼かれるようだ。


 最善を尽くしてきた。

 少しでも人が救われるように、死なない人が出るように戦ってきた。

 ラプラスの一ノ瀬真昼は、頑張ったのだ。姉妹の契約を交わした姉を失い、狂気に身を任せて、それでも誰かの幸せを願って行動してきた。


 世界の危機に、自分勝手な研究をするG.E.H.E.N.Aを乗っ取り、人を生かす為に人を越える力を手に入れ、伏して生きるより立って死ぬべく刃を振るった。


 その結果が、これだ。

 世界が違う。

 敵が違う。

 立場が違う。

 そう、別に比較するべき事じゃないのだ。ただ一方的にあの愚かしいまでの白無垢さに嫉妬しているだけで。


 後ろを見れば死んだ仲間達が、下を見れば犠牲にした市民達が、前を向けば異形の怪物達がいる世界で、暗闇の中で叫び続けながら戦ってきた。


 生きるために。

 生かすために。

 自分のために。

 誰かの為に。


 間違いはない。

 正しくもない。

 ただ合理的な思考だっただけだ。


 だけど、もしかしたら必要だったのは楽観と希望的観測なのかもしれなかった。

 そうすれば、こんな、馬鹿みたいな合理性で動く力の塊でしかない存在になり果てる事もなかっただろうに。


「あ、ねぇ。そこのお姉さん」


 声をかけられて顔をあげると、紫色の髪をした活発そうな少女がそこにいた。横浜衛士訓練校の衛士ではない。制服が違った。


「うわ、顔色悪いっ!? 大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

「いやいやいや、どう見ても大丈夫な感じじゃないですよ! 体が痛いんですか? それとも心?」


 ズケズケと、無遠慮に質問攻めにされてラプラスは少し戸惑う。こんな風に誰かに心配されるなんて久しぶりの経験だったからだ。

 いつもはラプラス様なら大丈夫だ、と相手が勝手に納得して事情などを聞いて来ない。

 本人は大丈夫だと言ってるけど、大丈夫に見えないから心配して踏み込んでくるなんて経験は本当に久しぶりだった。


「心が……少しだけ痛いかも」

「心ですか。大切な仲間が死んでしまったり?」

「いや、自分と同じような人がいて、その人は私より弱くて未熟だけど、何事にも諦めず明るく仲間に支えられて前を向いて戦う姿が、とても眩しくて。私は仲間を切り捨てて、仲間が生き残るような選択をしてきたから。とても心が痛くて」

「あー、そういう感じですか。私も、そうなんですよ。最善を尽くしている筈なのに、周りからは批判されて、誰も私を認めようとしない。唯一の理解者だと思ってた一番目の姉の瑞希ねぇからも周りをもっと見ろって言われちゃって。見てるんだけどなぁ。だからこそ私は最善を尽くしてるのに」

「そうだね、同じ感じだね。じゃあ、貴方も少しレギオンで浮くというか、失敗を重ねちゃってるんだ」

「うっ、そうやって言葉にされると痛いけど、まぁ、うん。人に散々迷惑かけて、レギオンで浮いて、横浜衛士訓練校で学び直して来いって感じで短期留学することになりました」

「それは、大波乱だね」


 恐らく、精神が安定している、合理性を重視しているラプラスならば彼女のことを『使えない衛士』と断じていただろう。しかし、自分の異なる姿を見たことで自信が揺らぎ、足元が崩れかかっているラプラスにとっては、その失敗はとても可愛いものに見えた。


「因みに、何で、どんな失敗をしたの?」

「あー、コンビネーション攻撃です。あれで最も安全なコースを選んでいるはずなのに、配慮が足りないとか、独り善がりだとかボロクソ言われちゃって。それでまがりなりにもレギオンのリーダーをやってたから、そのままリーダー権限でこれを押し通せば周りもついてきてくれると思ったら、反感を買って、瑞希ねぇに叱られて」

「それで横浜衛士訓練校学び直せ、か。でもそうだねぇ、レギオンは適材適所なのは当然として、前提が覆るほど弱い衛士に合わせてたら近い将来壊滅するから、貴方の方針に間違い無い気はするけどね」

「でしょ!? でしょ!? それに実際についていけてるゆーねぇもいるんたから、不可能なわけじゃないんだよ! なのにみんな私が悪いみたいに言って。もうっ!」

「ゆーねえ?」

「あ、自己紹介はまだだったね! 私は蒼風!横浜衛士訓練校の葉風の妹だよ!」

「へぇ、葉風さんの」

「え!? 葉風ねえのこと知ってるの!?」

「うん、少しね。ちょっと内向的な面はあるけど狙撃と、一度決めた事に対する行動力は凄くある素敵な衛士だよね」

「おぉ! 流石は葉風ねぇ! 瑞希ねぇが一番強いけど、葉風ねぇは二番目に凄いんだ!! そして三姉妹の中で一番の落ちこぼれが私なんだよね」

「葉風さんは、自分が三姉妹の中で一番へっぽこ衛士って言ってたけどね」

「ええ!? 嘘!?」

「もちろん、実力は上澄みの上澄み。へっぽこだと、そう思ってるのは本人だけみたいだけど、上と下の妹に強い劣等感を持っていて、周りからの期待に答えられない自分と周囲の目から逃げ出したくて横浜衛士訓練校に来たんだよ」

「葉風ねぇにそんな過去が!? 全く相談してくれなかったのに!」


 ラプラスは二人がメンタル面での似ている二人を見て笑う。


「ふふ、葉風さんは内向的だからね。それに意外とプライドもある。自分はへっぽこと自虐はしていても、誰かに相談するなんて、自分の弱さをさらけ出すのが怖かったんじゃないかな」

「むむぅ、あの葉風ねぇの転校騒ぎにはそんな裏事情があったとは。それを知ってる貴方は、何者なんですか?」

「説明は難しいけど、ラプラスって呼ばれてる」

「ラプラスさんは、葉風ねぇと仲が良かったり?」


 ラプラスは首を振った。


「いや、この世界の葉風さんを知っているのは一ノ瀬隊だよ。今、葉風さんが所属しているレギオン。とても明るくて、仲間意識が強くて、向上心があって、諦めない力を持つ、まるで物語の主人公ようなレギオンだよ」

「その言い方だと、もしかして、ラプラスさんが凹む原因になった人も、その一ノ瀬隊に?」

「うん、一ノ瀬真昼。そのレギオンのリーダーをやってる。私からしてみれば、自分が諦めてしまった事を真面目に希望を持って果たそうとする姿は、現実に屈して合理性で解決した私に対する批判のようで、色々と刺さるものがあるんだ」

「希望は楽観的で理想的である同時に、反面無謀で危険性が高い。合理性は現実的で安定して目標は達成できるが、理想とは程遠い。そのギャップで苦しんでるわけですね、ラプラスさんは」

「ズバッと言うなぁ。でも、うん、そんな感じだよ。ホントに。さて、そろそろ横浜衛士訓練校の理事長室へ向かおうか。短期留学の手続きをしないと」

「あ、案内お願いしても良いですか?」

「うん、良いよ。一緒に行こう」


 そう言って、ラプラスの蒼風の初めての邂逅は、酷くネガティブで、傷を舐め合うような、そんな出会い方をしたのだった。

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