新しい敵②

 行方不明の衛士の救出任務を終えて、横浜衛士訓練校に帰還して待っていたのは徹底とも言える検査だった。正体不明の赤い雨を真正面から受けてしまっているので、未知の病原菌などでバイオハザードが起きてしまってはいけないからだ。


 結果的には問題はなく、新しく異世界からやってきた神宿りシノアを含めて事情説明の後、解散となった。


「シノアちゃん、神宿りモード解かないの?」

「それを含めてご説明します。この世界と、元の世界の関係性について説明します。なので、理事長室へ、行きましょう」

「うん、わかった」


 理事長室にノックをすると、渋いおじさんの声がする。今はなき理事長代行の声だ。懐かしいとさえ思う。特に思いいれば無いが。


「失礼します。異世界の柊シノアとラプラスこと一ノ瀬真昼です」

「どうしたのかね?」

「この世界全てへ公表しなければならない情報があります。人類存亡に関わる話です。出来る限りのパイプを使って、届く範囲の組織へこの情報をお知らせください」

「ふむ、まずはその情報を聞かせてもらえるかな?」

「わかりました。まずはこちらをご覧ください」


 神宿りシノアは、端末を操作して空中ウィンドウを生じさせる。


「【赤い雨とそれに関連する世界変貌について】」


 赤い雨の構成物質は、人の血肉、アーマードコア、魔力、デストロイヤー細胞である。

 これを浴びた生命体は魔力による進化促進を受けて、変貌する。それは生物やデストロイヤーに留まらず、海水や植物も同様である。


 デストロイヤーの全ての遺伝子を内包する性質、アーマードコアの機械的な構造、人間の意識、その全てが融合、結合することで、元ある存在を進化させ、何もないところからは赤い雨の集合体である存在Xを顕現させる。


 存在Xは、流体、固体、気体に留まらず音波やエネルギーとなる事もある。これはデストロイヤーの遺伝子と人間の意識が、存在Xの元を生み出し、アーマードコアの機械的な構造を学習し、外へ放出していると考えられる。


 そして、本題はここから。

 赤い雨を浴びたデストロイヤーはより強力な個体になり、学習能力を獲得していく。反対に衛士は赤い雨を浴びると強力になるが人格が損傷して判断力が低下し、獣に近づく。

 対人戦闘を学んでいない沙癒が、躊躇なく人形に向けて発砲できたのも赤い雨による判断力低下によるもの。


 普通の人間が浴びた場合は、デストロイヤー化するか、衛士化するか、何も起こらないの三択。

 戦術機など魔力に関連する装備は自己進化を遂げる可能性がある。そして、一番の問題は無機物が人格を持ち始める可能性があること。


 道路は突然大穴が空き、車は自らの意志で人を轢き殺し、列車は駅へ突撃する。

 全てが意思を持ち、魔力の力で動き始めて、人類は全てを失う。最後に頼れる己さえ、赤い雨に交じる死んだ誰かの意識によって人格が破壊される。


 人類の終焉が、あの赤い雨。


「なるほど、それは一大事じゃ。対策はあるのか?」

「はい、こちらを」


 【赤い雨に関する研究と、今後の対策】

 赤い雨に対する許容値は、赤い雨に触れた時間によって決まる。一週間。168時間。これを過ぎると例外なく自己進化が始まり、それ以下ならば致命的な問題はない。少なくとも回復可能なレベルである。


 自己進化が始まってしまえば、それを止める方法は破壊しかないが、168時間というタイムリミットさえ守れば、どれだけ高濃度の赤い雨に触れても変化はない。


 ありとあらゆる有機物無機物動植物に試しても、必ず合計接触時間が168時間を越えると自己進化を始める。自己進化の速度自体は個体差がある。


 自己進化を開始した存在Xに対処する方法は一つは炎。具体的には、酸素の燃焼。自己進化には酸素を消費するらしく、存在Xを真空の密閉空間に閉じ込めたり、自己進化が不可能になるレベルの酸素燃焼をすることで破壊できる。


 破壊できるとはいえ、もし全世界で自己進化が始めると人類は自らで地球を核の炎で焼き尽くすことになる。

 そうならない為に、根本的な解決方法は、一番最初に異世界移動したギガント級フロート型デストロイヤー・あ号目標の破壊。


 このデストロイヤーは、赤い雨を降らせる雲の製造工場となっており、このデストロイヤーを倒さなければ近いうちに世界は滅びる。

 別世界にデストロイヤーを放逐することで、放逐された側の世界には赤い雨は降るが、それは問題はない。

 普通の放逐時の赤い雨には、このデストロイヤーの製造する赤い雨ほどの進化促進因子は含有しておらず、どれだけ接種しても進化しない。

 全てはデストロイヤーがすべての元凶。


 それに加え、赤い雨が発生し、自己進化の現象が確認されてからはデストロイヤー放逐は行っておらず、異世界へのゲート開いたのは赤い雨の耐性実験に使用し、常時神宿り状態になった柊シノアに、情報端末を持たせて送り込んだのみである。


 他の実験体も、自我を保つ個体がいた。なので、赤い雨に触れて自己進化を開始しても精神崩壊しないのは恐らく柊シノアだからではなく、レアスキル特有の負の魔力を溜め込む、それを放出するという行為に慣れているから、自我保てたと推測できる。


 つまり、負の魔力を除去できるスキル持ちなどがいれば168時間の制限時間を超過して赤い雨が降り注ぐ環境下での活動が可能である。また当人も自己浄化によって、自我の保全が可能である。


「検査によると、初動で阿頼耶さんが赤い雨の池に落ちて、沢山赤い雨を飲み込み、胃の中でずっと触れていたせいで自己進化を開始しているみたいね。普通なら人格が崩壊するところだけど、ラプラス様の血肉を食らったことで、正気を保つことに成功したのでしょう。もしかしたら本能的にラプラス様を喰らえば助かると理解していたのかもしれないわね」

「阿頼耶ちゃんの新しい力ってそういう」

「あれは彼女の好きな漫画から取ったオリジナルでしょう。我々がつけた衛士の進化個体への名称は、人類第二階層。レスレクシオン・セグンダ・ヒューマノイド。人間から衛士への進化形態を第一として、更に進化するから第二階層というわけです」

「へー」

「因みにお姉様は既に人類第二階層に到達しています。現在存在する人類第二階層到達者は、私、ラプラスお姉様、時雨様、阿頼耶様の四名です」

「説明ありがとう、柊シノアくん」

「いえ」

「ギガント級フロート型デストロイヤーということは、かなりの大きさのヒュージということかね?」

「本来はそうです。しかし、先日の戦いでわかりました。ラプラス様と交戦した相手こそが、目標です」

「あの仮面の人が?」

「ラプラス様の戦術機から交戦記録をデータをコピーして照合したところあ号目標の反応と一致。恐らく、あ号標的は赤い雨の生産工場としての機能と、意志を持って活動する肉体を分けている。そしてその母体として選ばれたのは、あの赤い髪の仮面の女性です」

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