打開策②
コアユニットはデストロイヤーに生命体と認識されるように創らなければならない。だとすれば、デストロイヤーの細胞を移植され、アストラ級にまで成長した流星は、他の人間に比べて、その可能性が高いだろうと言うわけだ。
他にもある。生身の脳の情報を量子電導脳に移植してコアユニットの身体に取り込む際、一旦、脳以外の身体機能全てを失った状態を経験する事になる。人を人たらしめているものは人としての姿……それを一度に全て失ってしまうと、アイデンティティが一気に崩壊し、人としての自我を維持出来ずに、死に至ってしまう。だが、デストロイヤー細胞に侵されて怪物の姿になっても生きていた流星なら、それに耐えられる目算は高い。
そして、作戦の成功率を高めるために、コアユニットには因果律量子論で言う、より良い確率分岐を引き寄せる能力が必要不可欠だが、デストロイヤー細胞に取り込まれながら死以外の未来を引き寄せた流星は、この条件も申し分ない。
つまり、流星は全てにおいて、コアユニットとして文句のつけようがない、極上の適性があったという事なのだ。
絶句する高城と一葉。それを置いて真昼は質問をする。
「量子電導脳とかその辺の事、もう少し詳しく説明して貰っていいですか?」
「構わないよ」
コアユニットの頭脳、量子電導脳とは……デストロイヤー由来の高温超電導物質で作られた人工の脳髄だ。
いくら量子電導脳が物理的に完成したからと言って、そこに人格や人間性が宿らなければ、コアユニットの完成とは言えない。ただの機械と同じだ。
素体候補者の経験や記憶、技能や性格がそのまま量子電導脳に移植されなければ……コアユニットは人類でなければ意味が無い。
コアユニットは地球の命運を握る存在であり、デストロイヤーに対する諜報員でもある。それ故に、様々な事を横浜基地で徹底的に叩き込んでいたのだ。
戦場に出ても死なずに済むように高度な戦闘技術。救世主に圧し掛かる重圧に押し潰されてしまわないように強靭な精神力。そして、人類を裏切る事の無いように、絶対的な忠誠心や使命感を。
流星には当然、諜報員の素養などは無いのだが、そこで本来の役割が無くなった衛士がその面をサポートし、肩代わりする事になる。だからと言って、衛士から流星のスペアの役割がなくなってしまったわけではないが。
「だけど、今流星が完全稼動すれば、これ以上の犠牲は出さなくて済む。小上がりユニットになるという事は、人間と言う生物ではなくなる事を意味する」
「……」
「心臓を動かす、呼吸をする……そういう情報も全て、ごっそり移植する。脳から全ての情報を失った生物がどうなるか……分かるね。コアユニットに、外見だけじゃなく人間と寸分違わない擬似器官や生体機能を与えているのはそういう理由……。
存在すべき器官がなくなると、脳の生理バランスが崩れて精神崩壊を起こし、最終的には人間だった部分が死んでしまうのよ。それを維持する機能だけは、未だにデストロイヤーの技術に頼らざるを得ない」
「…………」
「定義や解釈は色々あるけど、ある意味、今流星はあの状態で生きていた。そして今、今流星だった脳髄の生命活動は既に停止している。残っているのはただの標本。
今流星を殺したのは僕だ」
震える声で宮川高城が呟く。
「……貴方は、人間ですか?」
「これが人間だよ、宮川城。僕が許せないかい?」
時雨は隠されていた拳銃を取り出して、机の上に置いた。
「貸してあげるよ。許せないないならボクを撃ちなさい、遠慮はいらない」
「…………」
高城は銃を取って、時雨に向けた。しかし震える手はトリガーを引かない。
「どうした? 今流星を殺した張本人が、目の前にいるんだよ?」
「…………っ」
「……そんなに僕が憎いなら、それ、使ったら?」
涙を流す高城は銃口を時雨の眉間に合わせる。
「…………」
「もう僕を殺しても、オルタネイティヴ4は達成される。そういう段取りは付けてある。ああ、でも君には仕事がある……君にはこれからコアユニットの、今流星の感情と人格を取り戻す仕事が」
「…………人から奪っておいてなにが取り戻すよ!!」
「……まあいい。後はコアユニットの調律だけ。次の作戦が25日に控えてるから、それまでにある程度は形にしてもらわなくちゃならないけど、真昼に任せれば大丈夫でしょ」
「……調律?」
「デバッグと調整作業のことよ。僕はそう呼んでる」
「流星の事をコアユニットって呼ぶの、やめなさい!」
「……あれはコアユニットよ。今流星の姿形をしているだけ」
時雨は先程から自らの生殺与奪の権利を投げ出し、高嶺に全てを委ねていた。先程から高城を挑発するような態度を取っているのも、ここで楽になろうとしているからなのかもしれない。
真意は分からないが、オルタネイティヴ4がまだ途中で、デストロイヤー殲滅も達成されていない以上、少なくともやるべき事が終わったから清算しよう、というのではない事だけは確かだ。
さすがに今回の一件は、さしもの時雨でも耐え難いほどに、心にずしりと圧し掛かっているのだろう
恐らく、時雨は本気で言っている。自分がいなくなってもオルタネイティヴ4が達成される……などと言ったのが何よりの証拠だ。
これが賭けであるはずがない。もしそうであれば時雨は死ぬつもりなどなく、それはつまり、まだ成すべき事が残されているという事だ。時雨がいなくては出来ない事が残されているような状況で、自分の命をチップにする……一つ負ければそこで全てが終わってしまうような勝負に出るなど、考えられない。
もし万が一ここで時雨が死んでしまえば、これまで積み上げてきた努力は全て無駄になる。何の策も弄せず、そんな博打に出られるような情勢でないのは、時雨自身が一番良く理解しているだろう。
にもかかわらず、自分がいなくなっても問題は無いとまで言い切ったという事は、つまり本当にそうなのだ。
高城は銃を下ろす。
「銃、しまってください。必要ないです」
「……そうだったわね。君なら素手で十分か」
「別にそんなことはしません」
「人を殺すのが怖いのかい? 自分の手は汚せないって事?」
「……っ。違う」
「じゃあ何だって言うんだい。言ってごらん。何んだい?」
「こんな中途半端なところで楽にしてもらえるだなんて、甘えたことを言わないで。最後まできっちり苦しみ抜いて下さい。途中で逃げ出すなんて絶対に許さない」
高城の目は憎しみの色に染まっていた。
そこに割ってはいる人がいた。
真昼だ。
「……人類を救うのは時雨お姉様だ」
「ッ…!! 真昼さん!?」
「今まで黙っていたけど黙ってられない。貴方達ばっかりが辛いと思わないで。まだ知らないだろうけど、時雨お姉様の同期で生きてる衛士は数人だけ。デストロイヤーとGE.HE.NA.にみんな殺されたんだ。遠くから飛んでくるレーザーにみんなグチャグチャにされた」
真昼は拳を握る。
「誰も助からないと思った。でもお姉様だけは違った。あの過酷な状況で敵の喉笛に食らいつく算段を立て……実行した。自分の死が誇らしいとか思う暇も無かったと思う。みんなが最後に感じたことは……きっと……恐怖だけだ。デストロイヤーを滅ぼすことができるのは悪魔だ! お姉様は悪魔として蘇った。それが私の使命だったんだよ。私が戦ってきた意味なんだよ。英雄じゃ世界は救えない。悪魔こそ世界を救うんだ」
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