敵勢攻勢・第二陣①

『HQより一ノ瀬真昼部隊へ。5分後に前線部隊が弾薬補給に後退する、そのフォローに入れ』

 

 了解の声と共に真昼は戦術機を握りしめた。通信から聞こえる声は、補給用のコンテナのことを言っていた。


 基地周辺に保管されていたものが、市街地よりやや離れた所で展開されているようだ。先に戦っている中の、いくらかの部隊――――真昼の私見では練度が低い部隊――――が弾薬を補充するために戻るのだろう。残るのは練度が高い部隊。遊撃的な役割である自分たちとも、即興の連携が期待できる衛士達だ。一方で練度が低い新人を後方に下がらせ、気を落ち着かせるのだろう。

 

「はぁ、はぁ」

「流星? 大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ高城ちゃん」

「疲れているなら素直に下がって。流星ちゃん、足手纏いは要らない」

「大丈夫、やれます」

「了解」

 

 真昼はいつかの大敗戦の後。練度が低い新人部隊を多く引っ張ってこざるを得なかった戦場のことを思い出していた。損耗は激しく、防衛線を支えるに足るベテランも少ない。そしてこれからも続くであろう未来の戦闘にも思いを馳せる必要があった。


「……気が確かなら、援護して」

「了解」

 

 提案したのは司令になった真昼で、与えられた権限を最大限利用した。編成は、ベテランが数人いる部隊に新人を入れる。

 

 それをまず最前線に、それも出来るだけ早くに。新人たちを、デストロイヤーの密度がまだ薄い内に戦火の最中へと叩き込むのだ。同隊にいるベテランか、あるいは別の隊からのフォローを優先する。前方で接敵するからして、無理せずに後退しながら戦闘を。そして6分が経過した後、しばらくして新人がいる部隊を後方に退避させ、補給中に同じ隊のベテランに声をかけさせる。

 

薄くなった防衛線は、後方に待機させていた遊撃部隊を移動させることで補填。やがては落ち着いた新人部隊と合流して、防衛線を確保する。愚連隊の中、死の八分を人よりも多く見てきた二人が考えた方法。新人の無残な死を回避する方法を考えた結果、生まれた戦術だった。

 

そも、最初の怪物との戦闘。その出会い頭に死なない衛士ならば、そこそこに長い間戦える。なのに8分で死ぬ衛士が多いのは、ひとえに集中力の途絶によるものだ。経験した者であれば分かるが、デストロイヤーとの戦闘においては特に初陣の初接敵時に脳内に発生する混乱が大きい。

それでも頑張って、気張って、踏ん張って―――プツンとくるのが大体7、8分前後である。死の八分という言葉が出来てからは、それを越えた途端に油断する者も少なくなかった。だからこその、接敵して間もなくの小休憩である。


「この戦法ももっと広まれば被害は減るのに」


 深呼吸をさせる時間を取る。生きていることを実感させた上で自分たちは戦えるんだと実感させるのだ。これだけで新人の損耗率は3割減少した。ベテランの負担も大きいため、そう何度も使えるものでもないが、有効な策である。

 

ここでの真昼達の役割は、遊撃。他にもいくらかの部隊は待機しているが、彼らも同じ目的でここに留まっているのだろう。やがて5分が経過し、レーダーに映る。前方のいくつかの部隊が後退しはじめた。

 

青の光点の総数は、戦闘開始前より明らかに減っていたが、それでも整然と移動できている。

 真昼の目から見ても大幅に乱れた動きをする部隊はなかった。

 

「みんな、いくよ!」

 

 隊長である真昼の号令に、了解の返事が飛んだ。そして体も前へと飛翔する。戦車では出せない速度で空を駆けた。


 高く飛べばレーザーに貫かれるので、匍匐ジャンプに努めた。高度が低いせいか、台風による強風で倒れかかっていた鉄塔が揺らぎ、部材から鉄の軋む音が聞こえてくる。

 

「敵がまだこんなに!?」

「怖気つかない! まだ戦闘は始まったばかりだよ!」

 

 上陸してまだ数分、デストロイヤーの総数は当然に多くなく、ラージ級の数は更に少ないだろう。それでも、一体いるだけで空中での危険度は桁違いに跳ね上がるのだ。その脅威の程度が確認できない内から、高度を上げるのは自殺行為に等しい。本来ならば、特別に注意する必要もない、衛士としては基本中の基本だ。自殺志願者でもいなければ、そんな事をする者はいない。

 

「いないはずなんだけど……ああっ!」

 

 遠く、やや前方でレーザーの光が煌めき、直後に爆音が聞こえた。

 急ぎすぎた遊撃部隊の一部が、撃墜されたのだろう。

 

「一ノ瀬真昼より各機へ、ラージ級の数は少ないだろうが、絶対に飛ばないように! あと、人との距離と間合いのマージンはいつもの2倍は取れ!」

 

 光ったのは一度きり。他の部隊も慌てて高度を下げているようだが、追撃はない。となれば、ラージ級の数は多くない。それでも、ラージ級は用意されている群れらしいから、高く飛ぶことはできない。そして高度ごとに異なる風のきつさと、体のコントロールのブレがいかほどであるか。

 さっきまでの匍匐飛行と現在形で行なっている短距離跳躍からその感触をつかみ、時雨は全機へ通達する。

 

「まだ地上の方が風は弱い! ただ、間合いによっては弾も流される強さだ、外れても冷静に対処しろ!」

「うん! 当たらないからと言って、焦るな―――悪環境だからこそ地道に仕事をこなして!」

 

 時雨の言葉を真昼が補足する。そして前方から一時後退してきた部隊とすれ違う瞬間、真昼が叫んだ。

 

 良くやった、と。

 

 真昼は時雨の真似をしながら、このあとに起こるであろう問題の解決に奔った。やや薄くなった防衛線の中、近場で入り乱れるレーダーの動きと入り乱れる通信を把握しながら、進路を誘導する。

 到着した先には、多くのミドル級が。向うには、さらなる大群が見えた。

 

 真昼は足元に感じる。小刻みに、大地に伝う震動―――デストロイヤーの軍靴が九州の大地を揺らしているのだ。

それを噛み締めながら、真昼は深呼吸をした。

 

口の中に血の味が広がっていく。そして小刻みに揺れる足元を押さえながら、思う。感情に震えているのか、それともこの震動に揺らされているのか。どちらであるか、その判断もつかないまま歯を食いしばり、叫ぶ。


「行くよ!」

 

自分に、誰かに、あるいはどちらにも向けて。出来る限りの大声で戦意を絞り出し、迅速に。

 

体はするりと障害物を抜けていった。

 

そして戦闘域に入って梨璃達が最初に見たものは、大量のミドル級と、相対する衛士だった。恐らくはまだ後退できていない新人だろう、その彼女は狂ったようにシューティングモードの砲を撃ち続けていた。

 

『死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねよっ、化物どもっ!!!』

『やめろ来るなくるなくるなよくるなぁぁ―――っ!?』

『くそ! 落ち着け馬鹿者!』


 新人らしき衛士が、パニックに陥っているようだ。

 ベテランの衛士が制止しているようだが、聞き入れられる状態ではない。安定剤の悪影響か、それともまた別の理由か。真昼はその先に起きることを予測していた。何度も見た光景だったからだ。

 

 まずは弾が切れて。

 

『っ?!』

 

 混乱の内に弾をリロードしようとするが、パニックになっているから遅くて。

 

『ヒイッ!?』

 

 ミドル級に取りつかれる―――――所に、真昼は割り込んだ。


「落ち着いて!!」


 強烈な蹴りが新人衛士の肩に減り込み、ガクンと下がる。そして他の部隊に任せて衛士は一気に殲滅に向かう。


「慣れているのね」

「生憎と、いつもこんな調子で」


 高城の言葉に真昼は言葉を返す。


「ラージ級を発見したわ!」

「二人でかかれ! 絶対に一人で倒そうと思わないで!」

「了解」


 流星と高城がラージ級の殲滅に向かう。

 真昼と時雨は背中合わせになって、銃を撃ちまくりながら敵を殲滅していく。


「宮川高城と今流星、少し変だと思わないかい?」

「高城ちゃんはともかく、流星ちゃんは少し異常が見えましたね」

「処理、するかい?」

「いえ、まだ治療すれば治るレベルです。処理はその後で」


 今流星は度々、異常な行動をとっていた。衛士として当然の行為を無視したり、忘れていたり、それがただの疲労ではないのは感覚的に真昼にはわかっていた。


 デストロイヤー細胞による思考汚染。

 これが悪化すると体が変異したり、攻撃的になったりして暴れ出すのだ。だからその前に殺処理を時雨は提案する。


「流星!?」

「高城ちゃん!?」


 声がした方向を向けば、流星が高城に切り掛かっていた。どうやら異常は起きてしまったらしい。


「血、血、血が欲しいの。高城ちゃんの血が! もっと! 見せて! 食べさせて!」

「流星!? くっ」


 今流星は高城のデストロイヤー細胞の心臓を、移植されて生きている。だから安全マージンなんてないし、治療行為も想定を下回る結果を叩き出していた。

 時限爆弾みたいなものだったのだ。それが爆発した。


「流星! すぐに正気に戻してあげるから!」


――ぶつかり合う二つの凶器が火花を散らす。

 絶えることなく続く剣戟の響き。炸裂する金属音が、目に追えない戦いの激しさを物語っている。

 音速を容易く置き去りにして交錯する刃と刃。人間の域では到底不可能な衛士の技。


 前時代的な闘争であるにも関わらず、両者の戦いはまさしく兵器の領域。共に人の条理を逸脱している。

 それこそが衛士の戦い。

 真昼と時雨は周囲のデストロイヤーを殲滅しながら、背後で争う今流星と宮川高城の勝敗を気にかけていた。

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