メイルストロム討伐戦④
戦いは終結した。
船田姉妹のB型兵装デモンストライクによって決着した。残党狩りは量産型衛士に任せて、主要メンバーは訓練校へ帰投することになった。
ガンシップが到着すると、船田純はB型兵装を真昼に押し付けた。
「これ、明日までにサクッと直してくださる?」
「いや無茶振り!? 流石にここから横浜まで行って直して戻ってくるには三日は必要だよ」
「そんなに時間かかるんですのね。その試作機」
「試作機だからね、サクッと壊したり直すものじゃないんだよ。試作機の意味知ってるかな?」
「さぁ、専門外ですわ」
「色々とやることあるんだよ、どこが脆いとか、加熱するとか、調べる必要があるの。そうしないと完成しないからね」
「そうですか。しかしB型装備の配備なんてよく思い付きましたわね。普通は一度使ったら壊れて使えない武器なんてコストパフォーマンス悪すぎて見送りそうなものですが」
「それはアレだね、ギガント級の出現率増加で魔力スフィア攻撃に変わる一撃必殺が必要とされているのですよ、香純さん」
「真昼さんや私やお姉様はともかく、凡庸な衛士には荷が勝ち過る、と?」
「そう。だから誰でも使えるB型兵装デモンストライクが必要なわけなんです」
「戦況は、どうですの?」
その言葉は今の状況のことではない。人類とデストロイヤーの生存競争の戦況を聞いているのだと、真昼は理解した。
「ようやく、人類が反撃を始めるところかな。まだまだ先は長いよ。そういえば衛士爆弾や量産型衛士のことはどう思っているの?」
「弱い方々には便利でしょうとしか思いませんわ。それをイカれた研究とする声もあるとは思いますが、弱い方々が死ぬよりはマシではなくて?」
「強さにか興味がないって感じかな」
「もし、その量産型衛士とやらが使えないのであれば私は否定しますわぁ。信じられるのは姉様と強さのみ」
「その割にXM3は否定するんだね」
その言葉にはぁ、と船田香純はため息をついた。
「普通に考えて、戦闘前に強くなれるからって薬を使うわけないでしょう。その戦力の上がり幅がわからないのに実戦で使えば戦闘力の誤差から事故を招きますわ」
真昼はほぅと感心した様子で頷いた。
「確かに。勘違いしていたよ、単純に強化衛士になるのが嫌なのかと。準備期間で練習する時間が必要だったんだね」
「その通りですわ」
「じゃあこれ、MX3アンプル受け取ってくれる?」
「頂きますわ」
船田香純は真昼からMX3アンプルを受け取る。
「初春お姉さんの方はどうですか? 何か気になることはありますか?」
「そうですね、やはり副作用でしょうか。ただ強くなれる、なんて都合の良い話があるようには思えません」
「ないですよ、副作用。既に数百名に投与しましたが、拒否反応やデストロイヤー化といったものはないです。それだけ性能は落としてあるってことなんですけどね、これは」
「安全性を高める為に強化幅を低くしてあると?」
「うん、少なくとも今はこれが一般化することで死者を減らすことができる事を第一目標にしてますから」
「貴方は本当に衛士のことを考えているんですね。この船田初春感服しました。物理的に強力な衛士は多くあれど研究者や政治に関わる衛士は少ない。貴方はその意味でも強いお方なんですね」
「姉様、私と真昼が戦えばどうなると思いますか?」
「勿論、貴方よ香純。もしかして褒めたのが気に食わない?」
「そんなことありませんわ」
真昼は二人にMX3のアンプルを渡せて一安心する。あとは問題といえばB型兵装デモンベインについてだろう。一撃の使用で完全な修理なほどに半壊してしまっていているので、まずはこれを横浜に持ち帰って検分しなければならない。
やることが多い、と嘆く真昼に話しかける二人がいた。レギオン:フォーミュラフロントの今流星と宮川高城だ。彼女達は特殊なケースで、宮川高城の心臓が流星に移植されている。
宮川高城自体は、再生能力で自力で復活したのだ。
「真昼さん、少し話いいかしら?」
「うん、良いよ流星ちゃん」
「今回の件で少し分かったことがあるの」
「分かったこと?」
「共感現象が私と高城ちゃんに発動したの」
その言葉に真昼は驚く。
それは全くの未知の情報だったからだ。
「そうよね? 高城ちゃん」
「ええ、私も力が強くなるのを感じたわ。これも強化衛士の特色なのか聞きたくて」
真昼は首を横に振った。
「いや、知らない。これは調べた方が良いかもしれない。二人とも横浜基地に来て」
「ええ、自分の体のことだもの、調べてほしいわ」
「何か問題があってからじゃ遅いわ」
「うん。調べよう」
真昼はその時、凄く胸が高鳴っていた。
MX3同士の共感現象。
それが制御できれば衛士の戦力は大きく上がる。なんせアサルトバーサークと同じパワーを精神維持したまま得られるのだ。
これは希望だ。
「良い方向へ回ってる。勝てる。デストロイヤーに勝てるかもしれない」
真昼は言葉にできぬ高揚感を胸にガンシップで笑みを浮かべた。
その時だ。ガタン、と大きな揺れがあった。
『コード991! コード991だ! これは訓練ではない、繰り返す、これは訓練ではない!』
『なんで、こんな時に! くそ―――――――台風と一緒に来やがるんだよ!』
『応答せよ! 沿岸警備隊、応答を、誰か―――!』
『衛士部隊を展開、早くしろ―――!』
ガンシップの中で通信が入り乱れるのが聴こえてくる。それだけ場は混乱しているのだろう。やっとの思いで仕留めたギガント級と多数に展開したデストロイヤーを掃討し終えたばかり。しかも天気は悪く台風がやってくる。
豪雨と暴風と、阿鼻叫喚の雨の中。
次の戦いが、再び始まろうとしていた。
赤い警報が鳴った。そしてコードは991――――デストロイヤー襲来を示すものだった。だが衛士や防衛隊の人員で驚いている者は皆無だった。
つい先日のこと、この戦いが始まってから一度もケイブの発見情報も破壊報告もないのだ。それはつまり、デストロイヤーが無尽蔵に現れるということ。更に人類が撤退した半島の近くに展開している監視の艦隊、そこから報告が入ったからだ。
規模は定かではないが、少なくないミディアム級デストロイヤー群が入水したということ。それを、全員前もって聞かされていた。そして、海の向こうで海に入ったあいつらは一体何処に向かうというのか。衛士と防衛軍に所属する人間で、その答えが分からない者はいなかった。
「これから私達はどうしたら良いのかしら?」
ラージ級のレーザー攻撃を警戒して着陸して徒歩で移動しながら、これからの作戦について考える。
真昼は言った。
「私と時雨お姉様は迎撃に出ます」
「そうだね、ボク達は比較的軽微な損傷だ。戦った方が良いだろう。お台場組は」
悔しそうに顔を歪めて壊れたB型兵装を掲げて船田香純は言う。
「タイミングの悪いことですわね。わたくしたちは撤退でしょう」
「護衛も必要だってことでお台場組は完全撤退するよ。それで、フォーミュラフロントはどうする?」
「そうね」
流星は少し考えた後に言った。
「戦うわ。まだ戦えるもの」
「私も流星に賛成よ」
「じゃあ司令部に連絡を取って配置を決めてもらおう」
こうしてお台場組とは別れて、真昼達の中隊は、司令部の編成によって海岸部より少し後方で待機することになった。
ここは防人の街。過去、同じく半島の向こうより侵略しようとする人間より日本を守ろうとした兵士たちが集った街だ。時代が変わっても、この街の役割は変わらない。
ただ、敵は変わった。支配域は、人類史におけるどの英雄よりも広大な。そしてかつての元寇を彷彿とさせる大型の台風、それを逆に利にしてしまえる怪物だった。とはいえ、ここにきて逃げ出すような兵士はいなかった。
必然的に、戦闘が始まるということ。
真昼達の部隊は接敵していないが、前方で戦闘音が響きはじめた。それを聞いたベテランの衛士達、真昼と時雨は上陸したデストロイヤーを砲火の花束で迎え撃つ。
戦術機の砲撃の音は、嵐の中でも聞こえうる。真昼、そして時雨はその音から状況を分析していた。
「かなり、良くないですね」
「うん、撃ち過ぎだ。不安に思うのは分かるが………上手くないね、これは」
デストロイヤーの先陣であるミドル級とミディアム級、そのどちらも大きな意味での対処方法は同じだ。それは点射による、急所への攻撃である。しかし聞こえる音からは、その戦術が上手く使われている様子は伺えなかった。暗雲と暴風、視界不良と雑音が混じる中、かすかにだが見えるマズルフラッシュの光と発砲の音。それは断続的ではなく、いくらか冗長さを感じさせる具合だった。
真昼と時雨は額に皺を寄せ、それを見た流星が口火を切った。
「ひょっとして、前では混乱でも起きたのかしたら。だったら私達が前に………っ!」
「違う」
斬って捨てるような言葉。その後に時雨は、呆れたようにため息をついた。
「自殺をしたいのならば、平時に、一人で、誰にも迷惑をかけずにやること」
「ど、どういう………!」
「独断で無謀を行えば、多くの味方が死ぬって言ってる! 一体何を学んできたんだ。これだから神凪は」
そして、時雨は言う。
「はやる気持ちは分かるが、それに流されるな。役割を無視していいほど、戦況が切羽つまっている訳じゃない。まだまだ始まったばかり、最序盤といってもいい。指揮官の駒の指しようでどうとでも変えられる」
そんな時に、予め用意しておいた駒が勝手に動いているようではな。その言葉を聞いた流星が、黙りこんだ。流星と高城は共にベテランと言っても差し支えない衛士だ。それがこんな血迷ったことを言うと言うことは相当精神的に負荷がきているのだろう。もしくは精神に変調をきたしているか。
「しかし、いつものパターンだね。どうしても先陣は譲れないって感じ」
「それが防衛軍としての大前提なんだから仕方ない。それをしないってことは、まだ冷静さが残っているっていう証拠だ」
「………あれだけ派手にやられておいて、第二陣は量産衛士に頼った殲滅戦。随分と懐が潤いそうだね、真昼」
「さぁ、何のことだか」
時雨が面白そうに話を振るが、真昼はそれをどこ吹く風と流す。
(………防衛戦の初戦、そして悪環境での戦闘。弾薬の消費速度が格段に高くなるということは、基地司令部も把握しているはず)
真昼は知っている。気が高まるから、引き金が軽くなる。そして風に流されて命中率が悪くなるから、斉射時間は長くなる。それは必然というもの。そして事前にそれが把握できないほど、指揮官は馬鹿ではないだろうことは真昼にも分かっていた。前回の東京防衛戦での戦闘でそれを学んだ衛士や軍人は多い事を。
戦況は最悪に近い。外は大型台風の猛威が。波は高く、艦隊の援護射撃はほとんどと言っていいぐらいに期待できない。そんな中での、後背すぐに市街地を背負っての迎撃戦だ。市民のほぼ全ての避難が完了しているとはいえ、衛士にかかる重圧は普通の戦闘の戦闘の比ではないだろう。
「それでも今戦っている衛士は必死よ。同じ訓練校と仲間のために、そのために命を捨てられるぐらいには」
高城の意見を真昼は否定しない。統一東京防衛連合ができてから今まで、長くはないが東京の衛士の練度は真昼も把握していた。西部方面の防衛軍の総力は低くなく、衛士以外の戦闘員の士気は高い。練度も精鋭部隊と同じか、それ以上だ。
先陣で今も戦っている衛士は言った。私達で終わらせる、お前らギガント狩りの出番はないさ、と。お先に誉を頂くさ、お前らは残飯掃除を任せるぜ、と誰もが自信に満ち溢れた顔だった。
恐怖はあるが、それ以上の戦意が心を満たしていたように見えた。疑わず、戦うことができる戦士そのものだった。何故ならば訓練校と仲間と共に在れると、そう信じることができているからだ。
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