第27話 恐ろしき宴の始まり


「あー、暇だ……」


 ごろん、と血黒丸は寝返りを打った。



 今血黒丸はとある屋敷にいた。それなりに広い屋敷には普段はほかの九頭龍たちもいるのだが今はほとんどが出払っており自分自身の身じろぎする音でさえ五月蠅うるさく感じるほど静まり返っていた。



「怪我はもう平気だってのによお。鈴を壊しに行くくらいカンタンだろ。俺様にだってできらぁ」


 血黒丸は悪態をついて胸から腹にかけて巻かれている包帯を撫でた。



 ひと月ほど前に心珠を探しに出かけた先で言祝師でもない子どもと戦い邪力の核が欠けてしまった。


 そのため一時は生死の淵を彷徨ったものの今はお館様やかたさまに核を治してもらったおかげで順調に回復していた。


 というのに今回の作戦には外されてしまった。


「子分の氷牙は連れて行ったのに何で俺様はダメなんだよ」


 血黒丸は面白くない。しばらくゴロゴロゴロゴロと転がっていたが、ハッと顔を上げた。


「そうだ、俺様だって鈴を壊しに行けばいいんだ!そうすればお館様も他の奴らだって俺様が完全復活したって分かるし手柄にもなる!


 よおおし、俺様が役に立つってところ見せてやるぜ!」



 血黒丸はよっと反動をつけて立ち上がると引きちぎる様に包帯を解き、ニヤリと嗤った。





 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



 それは、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図であった。


 男の口上こうじょうが終わった途端、紫宸殿ししんでんの床から大量の邪蛇じゃびがまるで這い出るようにして現れ辺りを埋め尽くした。


 真更木は驚きすぐに龍心環を顕現させようとしところで飛び掛かってきた邪蛇に腕を噛まれてしまった。


「ウッ!」


「若様!」


 悲鳴のような叫び声を奈由多があげた時だった。



「“渦潮うずしお”、“水守みずもり”、“清浄祓せいじょうは”」



 その声が聞こえてきた瞬間真っ黒だった床に水が満ちると渦を巻いて邪蛇たちを一気に飲み込んだ。あっという間に床が元に戻ったかと思うと今度は紫宸殿を覆うように水の膜の結界が施され、気が付けば真更木の腕の嚙み傷もきれいさっぱり無くなっていた。



流石言祝師筆頭大師さすがことほぎしひっとうだいし飛蝶涼親ひちょうすずちか。長い歴史の中で唯一守刃を持たずに言祝師になり、その上最高位にまで上り詰めた男というのは伊達だてではないな。


 短縮詠唱たんしゅくえいしょうができるというだけで前代未聞であるのに、これだけの大技の連続。


 やはり貴殿きでんから倒さなければならないようだ」


 いつの間にかこの場にいる者すべてを守るかのように一人紫宸殿の前の聖麗泉の上に立つ涼親に先ほど九頭龍たちの先頭に立っていた男は刀を構え急降下した。


雅夜緋みやび火久羅かぐら東宮とうぐう太政大臣だじょうだいじんの避難の護衛をしなさい。登龍門院とうりゅうもんいんにも至急連絡しきゅうれんらく、待機している第参だいさん第肆班だいよんはんを呼ぶように。


 第壱だいいち第弐班だいにはん来賓客らいひんきゃくや宮仕えたち、新しく言祝師となった子たちの避難誘導ひなんゆうどうを任せます。


 貴瑶きよう湖太郎こたろう虎舞とらま、私はこの者たちを倒す。手伝いなさい」


 その途端あちこちからいらえがありすべての言祝師が一斉に動き出した。



「筆頭大師!私たちにも何かさせてください!」


 真更木は居ても立っても居られず男と対峙する涼親に向かって叫んだ。


「君たちは逃げなさい」


「でも!」


「しゃべりながら戦うなんて余裕じゃん。じゃあこういうのはどう?」


 上空から刺々しい少女の声が聞こえたかと思うと見上げるほど大きな邪蛇が現れた。


「筆頭大師!!」


「早く逃げなさい!」


 襲い来る巨大な邪蛇を間一髪避けた涼親は真更木たちに向かって叫んだが、その姿が逆に少年たちに火を付けた。


「私たちも戦います!」


 真更木はそう言うと両手を胸の前にかざした。


けまくもかしこき天龍に真更木がかしこかしこもうす。われに邪を祓いし太陽を与えたまえ。でよ“龍心環りゅうしんかん”」


 すると今までかかっていた時間よりも早く龍心環が顕現した。


「これが開花の儀の力……」


 真更木は目を見張ってから悠長ゆうちょうにはしていられないとすぐに詠唱を始めた。


けまくもかしこき天龍に真更木がかしこかしこもうす。連花れんかに邪を切り裂くやいばを与えたまえ。でよ“刹那せつな”」


 真更木の創り出した“刹那”は細長いまるで針のような槍だった。その穂先はもちろんのこと柄全体に施された繊細な飾りもまた美しく輝いていた。


 奈由多は刹那を掴むと結界を飛び出し真更木もその後に続いた。


叡慧えいけい、私達も行きましょう」


「はい、義兄者あにじゃ


「あんな奴ら僕らですぐ倒してやろう、菊薫子」


「楽勝ね。菊薫哉」


 土円と叡慧、菊薫哉と菊薫子もそれぞれ龍心環と祓月刀を手に外へと駆けだした。



「全く、なんて短絡的なのかしら」


 全員が走り出て大蛇に向かうのを見て火緒里はやれやれとため息をついた。


 が、その手には既に龍心環があり、燐々音の手にも夢華火ゆめはなびがあった。


「狙うなら、大元でしょう」


 そう言うなり火緒里は一気に邪蛇の後ろにいた少女へと距離を詰めた。




「東宮、早くお逃げください!」


 一方雅夜緋は涼親の指示通り東宮と太政大臣を守り避難させようとするが東宮の瀧正は一向に動かず状況を見ていた。


「たかが賊に手間取り過ぎだな。大師が三人もいて嘆かわしい。


 お前たちは太政大臣を連れて避難しろ」


「?!東宮!」


 瀧正は雅夜緋と火久羅にそう言い置くと滉影を伴い涼親と戦っている男の元へと一直線に襲い掛かった。


「東宮?!何故ここに!お逃げください!」


 瀧正は驚く涼親をちらりと見たもののすぐに興味を失ったかのように男の方を向いた。


「何故ここに、だと?笑わせる。理由など私が“東宮”であるということだけで十分だろう。


 いつまでも遊んでいるつもりなら代われ。私がこいつらを叩き出す」


 そう言うと瀧正はぐっと男に向かって踏み込んだ。





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