第26話 開花の儀
今回の開花の儀は成龍の地に到着した組から行うという。
そのため
ちなみに今年の合格組はたったの四組。今までで最も少ない合格数であった。
「次の者の“花”は何でしょうな」
「言祝師となる彼は次代の大楠領主らしいですぞ」
「なんと!ならば“楠”に違いない!」
(そんな訳あるか。私が“楠”のはずが無いだろう、
開花の儀には東宮の瀧正、瀧正の守刃の滉影、太政大臣の
(我らの“楠”はそんな安いものでは無いのだ――)
真更木はできることならふざけたことを言う者一人一人に説教して回りたかった。
四方領家、そして帝の一族にはそれぞれ大切にしている花がある。
これらの花たちは各家の始祖となった言祝師たちの花紋であったことから
花紋は言祝師となる者の龍力の性質に影響されるため一つとして同じものは無いとされている。
しかしごく稀に過去誰かの花紋として咲いた花が他の誰かの花紋として現れることがある。このことを“
この“先祖返り”は代を重ねるごとに力が強くなると言われている。そのため“先祖返り”の元の花の持ち主の力が強ければ強いほど喜ばれ歓迎されるのだ。
なんと真更木の前に開花の儀を行った三人全員の花紋が各家の花、つまり始祖たちの先祖返りであった。
四方領家の始祖の先祖返りは歴史上これまで前例が無かったこともあり、紫宸殿は新たに言祝師となった若者たちに対する多大な期待と高揚感に包まれていた。
真更木は他の三人が先祖返りだとしても自分には関係が無いと思っていた。何故なら大楠家を継ぐのは兄の伊更木で、伊更木こそが家長、ひいては領主の器であると思っているからである。
伊更木の花紋は“
真更木はちらりと自分の手の甲を見た。そこには若木の枝が伸びるばかりで葉も花もついておらず自分自身何の木か分からなかった。しかし自分がいつも大楠領で見上げてきた楠に比べると幹や枝が細すぎると思っていたので少なくとも楠ではないという確信を強めていた。
「これより大楠真更木殿と万葉奈由多殿の開花の儀を始めます」
あれこれ考えている内に真更木は奈由多とともに指示された場所へと着いており二人を待っていた貴瑶は金色に輝く鈴がいくつも付いた
この神楽鈴は“龍の鈴”と呼ばれる開花の儀で用いられる特殊な鈴である。
成龍の地の大気中にのみ今も天龍の龍力が溶け込んでいるのだが不思議なことに花紋はこの遺された天龍の力を借りなければ咲くことはない。龍の鈴は開花の儀に必要な天龍の龍力を大気の中から呼び集めることができるのだ。
ちなみに龍の鈴は天龍が天に還った後に初代帝が作製したとされ、それから五百年が経った今もどのように製作されたのかが分からずこの世に一つしか存在しない。
貴瑶が鈴を振るとリーン、リーンと澄んだ音が辺りに響き、この音に誘われるようにどこからともなくやってきた龍力が風のように真更木たちの周りに集まり始めた。
真更木はこの“風”の中心で不思議な心地でいた。身体に力が満ち心まで満たされてゆくのが分かる。
開花の儀で花が開くと言祝師としての力も花開くと言われているが確かに自身の体内で龍力が底上げされているのをありありと感じることができた。
「
すると天龍の龍力の風に木の葉が一気に舞い上がり真更木と奈由多の周りを一周すると二人の右手の甲へと入っていった。
やがて風が収まり自らの手の甲を見て真更木は目を見張った。
そこには自分の良く知る大樹が堂々と鎮座していた。
「そんな馬鹿な」
呆然と固まる真更木を他所に一番近くで儀式を見守っていた貴瑶は二人の手の甲を覗き込むと
「ここに新たな花が咲いた。花は楠!」
その途端大きなどよめきと興奮で会場は大きく湧いた。しかしそのどよめきをものともせず貴瑶は言葉を続けた。
「以上で開花の儀を終了とする。
今回咲いた花はどれも美しいが未だ咲いたばかりの小さな花に過ぎない。大輪の花となるよう今後も精進するように」
そう言って貴瑶が背を向けるのを真更木は咄嗟に引き留めた。
「待ってください、こんなの何かの――」
間違いです、と続けようとした時だった。いきなり奈由多に「危ない!」と引っ張られると床に伏せさせられた。
その瞬間カンッ!と甲高く鋭い音がした。
ハッと真更木が顔を上げると貴瑶の持つ龍の鈴のいくつかが割れて辺りに散らばっていた。
「アハ、ザーンネン!撃つ時気付かれて全部壊せなかった。ボクもまだまだだネ!」
その声が聞こえてきた途端、辺りが一気に闇に包まれたかと思うと
「何者だ」
貴瑶は龍の鈴を左手に持ち替え右手で龍心環を構えると空を見上げ
緊迫した空気の中真更木も上空を見上げるとそこには黒い仮面を付けた者たちが四名宙に浮かんでいた。その中でも主格の者なのか体格の良い男が貴遥の問いに答えた。
「我々は九頭龍。邪龍の復活を望む者。
今日は新たな言祝師が誕生した
我らの邪の力でな」
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