第25話 心を交わしたい
(セイ!)
海は人が多い通りをなんとか走り抜けながらずっとセイのことを考えていた。
(もっとセイと話をしていたら、もっとセイに信頼してもらえていたら、もっとセイと心を交わせていたら……。こんなことになる前にできることがあったはずなのに!)
海は泣くのを堪えぎりりと奥歯を噛みしめた。
(処刑なんて絶対に駄目だ!お願い、どうか無事でいて!)
肺と心の臓が爆発しそうになりながら必死で走り続け、海はやっと登龍門院にたどり着いた。
門をくぐってしばらく走っていても辺りは皆儀式に出払っているのか外の通りと打って変わって人気が無く閑散としていた。
それを良いことに海は登龍門院の奥へと突き進む。
(見えた!)
木々が生い茂っていたのがぱっと視界が開け、恵水湖とその上に建つ試験を受けた四角い舞台のような場所が現れた。
するとまだ数名試験官たちが片づけをしていたようでそのうちの一人が海に気付くとぎょっとしたように叫んだ。
「止まりなさい!ここはもう立ち入り禁止です!」
「お願いです、通してください!」
しかし海は必死の形相でそのまま舞台の上に駆け込んだ。
「駄目です、止まりなさい!」
「できません!」
海は止めようと走ってきた試験官たちをなんとか
「僕は行かないといけないんです!」
まるで瀧に突っ込むようにひたすら舞台の端の方まで走る海に一人の試験官が目を
「まさかまた瀧登りをする気か?!」
「やめろ、無理だ!君は途中で落ちたじゃないか!」
その言葉に海はぐっと拳を握り締めると振り返らずに叫び返した。
「それでも!僕にはどうしても会いたい人がいるんです!!」
海は
「うおぉおおおおおおお!!」
「待ちなさい!!」
後ろから試験官が海を捕まえようと腕を伸ばしたが海はすんでのところで大きく跳び上がった。
「大変だ!」
「誰かすぐに上に連絡を!」
「その前に落ちたらただじゃすまないぞ、今すぐ助けに動ける言祝師か守刃を呼んで来い!」
と大騒ぎの声を下に聞きながら海はひたすら上だけを見て瀧を登り始めた。
「絶対迎えに行くから。だから待ってて!セイ!」
◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..
セイ、と呼ばれたような気がしてふと顔を上げた。
しかしすぐにそんなはずは無いかと諦めのため息をついた。
滉影によって連れてこられた
そのため一見普通の高貴な部屋のように見えるが、よくよく壁を見ると一面に様々な呪符が張られて日も差さないようになっており背筋がぞっとするような恐ろしい雰囲気が辺りに満ちていた。
「結局、私がしてきたことはすべて無駄だったということだ」
セイはぽつりと呟いた。
「だとしたら、私は一体何のために生まれてきたのだろうか……」
その問いに答える者は無く、セイは再び俯くとそっと目を閉じた――……。
◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ、
肺が潰れそうだった。頭が鈍く痛み声も
あれから瀧を登り始めてすぐ、試験の時に行く手を阻んできた紙の蛇の大群が海目掛けて降ってきた。
蛇たちは試験のためのものであると思っていた海は虚を突かれ思わず怯んでしまったが覚悟を決めると龍心環を手に詠唱を続けた。
だがそれも雲海の中までやってくると海は疲労と龍力不足ですでに限界を超えてしまっていた。術の威力も下がっており詠唱の間隔もどんどん狭まってきている。
しかしこの雲を抜ければもう頂上が見えてくるはずである。
「
必死に気力を保って祈詞を唱えている最中のことであった。ガクン、と体が
(しまった!)
焦って再度足裏に龍力を集中させようとするがもうすべてが限界で体が全く言うことを聞かなかった。
(こんなところで諦めなければならないの?そんなの――……)
「嫌だ、動け、動け、動けーーーーー!!」
海は自分自身に言い聞かせるよう必死に叫んだ。
その時であった。
龍の臓の辺りがドクン、と一度強く跳ねると海を中心として突風が吹いた。
「?!何だ!う、うわぁ!!」
その風は海を思い切り下から吹き上げた。
ゴオオオとすごい唸り声だった。気が付けば海はどこかに投げ出されており全身に凄まじい衝撃が走った。
「……ッ、さっきのは何だったんだ」
しばらく激痛に蹲っていた海はやがてそろそろと顔をあげ、言葉を失った。
そこにはこの世のものとも思えぬほどのとても美しい景色が広がっていた。
木々は伸びやかに茂らせた葉を気持ちよさげに揺らし草花は可憐に咲き誇っていた。その間を優しく吹き抜ける風と戯れるように小鳥や蝶がふわりふわりと飛んでいる。
辺りには真っ青に澄んだ小川がいくつも流れ、太陽の日差しがその中を優雅に泳ぐ魚の鱗の一つ一つまでもをきらきらと輝かせていた。
あまりの景色に魅了され呆けていた海は、しかしハッと本来の目的を思い出すと大きく声を張り上げた。
「どこ?どこにいるの、セイ!」
しかし返事はない。それどころか
足元でにゃーん、と可愛らしい鳴き声が聞こえ咄嗟に下を向いた海は驚いた。
「あれ、キミはこないだの猫?!どうしてここにいるの?!」
そこにはいつかの時に市の近くの木から降りられなくなっていた紫の瞳の白猫がいた。
びっくりしている海に対してその猫はにゃーん、にゃーん、と鳴いて数歩走ると立ち止まって海を振り返りじーっと見つめてきた。
「もしかして、ついて来いって言ってる?遊んでほしいとか?
だとしたらごめん、僕は人を探しているんだ」
すまなさそうに海が言うと猫は違う違う、というように首を横に振り振りにゃーん!と鳴いて海の元まで戻ってくるとちょうど猫の目線に合わせてしゃがんだ海の袖を噛んで引っ張った。
「遊んでほしいんじゃないの?
じゃあもしかして……セイの居場所を知ってるの?」
まさかと思いながら問いかけるとそうだと言うかのようにまたにゃーんと鳴いた。
海は先ほどとは違う意味で驚いた。まるで言葉が通じているかのようだ。
ならば――……。
「わかった。キミを信じるよ、お願い、セイの元まで連れて行って!」
すると今度は任せろとでも言うようににゃん!と鳴くと猫は一目散に走り出したのだった。
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