第28話 閉ざされた扉
「ここ……?」
海はゼエゼエと息を切らせながら目の前の建物を見上げた。
それは森の中に隠されるようにぽつんと建っており殿舎というよりは蔵のようであった。試しにぐるりと周回してみたが扉がある他には窓の一つもない。
「本当にここであってるのかな?」
ここまで連れて来てくれた猫に訊ねると、猫は満足そうににゃん!と鳴いた。
そこで海は扉に近づくとごくりと喉を鳴らしてから呼びかけた。
「セイ?いるの?」
その瞬間扉の向こうで微かに息を呑む音が聞こえた気がした。
「セイ、いるなら返事して!セイ!」
海は扉を開けようと何度もガタガタと押したり引いたりしながらセイの名前を何度も何度も呼び続けた。
「止めろ!」
中から聞こえたのは正しくセイの声だった。
「良かった……」
セイは怒っていたが声が聞けたことで一気に安心した海は扉の前にずるずるとへたり込んでしまった。
「何をしに来た」
ほっとしたのもつかの間、セイからの質問に海は本来の目的を思い出してハッと顔を上げた。
「そうだよ、僕、セイに伝えたいことがあるんだ。でもその前に早くここから出よう!このままここにいたら殺されてしまうんでしょう?!」
海は疲れている体を無理やり動かして立ち上がると再び扉を開けようと奮闘し始めた。
「止めろと言っているだろう!」
しかしセイは海を冷たく突き放す。
「早く帰れ。私が死のうがお前には関係ない」
「関係なくないよ!」
海は力の限り叫んだ。
「僕はセイが死ぬなんて絶対嫌だ!」
「いいから帰れ!」
「帰らないってば!」
「帰れ!!」
激しい怒鳴り声だった。だけども海にはそれが泣いているように聞こえ、思わず扉を開けようとしていた手を降ろした。
「その扉は絶対に開かない。もう、帰れ……」
その声には哀しい諦めが滲んでいた。
海は改めて扉をじっと見つめた。確かに分厚く頑丈な扉であった。
でも――……。
「帰らないよ。僕はセイのことが大切なんだ。置いていくなんてできないよ」
海は今度は扉に体当たりをして打ち破ろうとし始めた。
「……何故だ」
「え?」
何度目かの体当たりの時だった。ともすれば聞き取れないくらい弱弱しい声がした。
海は動きを止めると一言も聞き逃さないようにとじっと耳を傾けた。
「私は大勢の人がいる前でお前を
それなのに何故まだ私に
海はびっくりして答えた。
「屈辱だなんて思ってないよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない。
むしろ僕はその時に初めて気が付いたんだ。今までたくさんセイに助けてもらってたのにそれを当たり前のように思って迷惑しかかけてなかったって」
海は懺悔するように目を伏せた。
「謝りたいと思ったけど、謝っても許してくれるか分からないって思うとすごく怖くて、もう言祝師も諦めてこのまま村に帰ろうかと思った。
だけどこのままだとセイが死んじゃうかもしれないって聞いて、そうしたらどうしてもセイに会いたくなったんだ。会って、謝りたくなった」
「……何を言って」
「セイ、今まで本当にごめんなさい。セイがいてくれたから僕は今も生きてるし、何より自分を見失わずに夢を追ってここまで来れた。もう言うのが遅いのかもしれないけど、セイは僕にとってたった一人の代わりのいない守刃なんだ。
僕は僕が今まで見てきたセイしか知らないけれど、でもセイがすごく優しくて思いやりがあるってことはちゃんと分かってる。
そんなセイが心珠を奪って帝を殺そうとなんかするはずがない。セイをここに閉じ込めた人にセイは絶対にそんなことしませんって僕が言って分かってもらう。
だからどうか生きるのを諦めないで。
セイに許してもらえなくて、これからも連花を解消したままだったとしても、僕はセイに幸せに生きていてほしいんだ……」
海は心を込めて精一杯セイに話しかけた。
しばらくセイは黙り込んでいたが、やがてぽつりと呟いた。
「……無理だ」
その言葉に海は落胆した。
「どうして」
「私にはもともと生きる価値は無いんだ。
お前だって、本当の私を知ったら幻滅する」
「しないよ!」
海は力強く否定した。しかし次に続いたセイの言葉に海は凍り付いた。
「お前の兄が死ぬことになったのは私のせいだ、と言ってもか?」
長いような、短いような時間が過ぎた気がした。そうして海はようやく喉から声を絞り出すようにしてセイに言葉を返した。
「何を言ってるの?兄ちゃんはあの九頭龍のヤツにやられたんだよ?セイのはずないじゃないか」
「確かに私が直接的に手を下した訳では無い。だが、そのきっかけとなるできごとを起こしたのは私なんだ」
「そんな……。セイがそんなことするはずがないよ。何か誤解があるんじゃ」
何故か海の方が必死になって弁解しようとするのにセイは口の端をゆがめるとゆっくりと立ち上がり扉に近づいてもたれるように座り込んだ。
「良いだろう、そこまで言うのなら話してやる。
私が今までどれだけ周りの人々を苦しめてきたかを。
そして、どれだけ愚かな人間であるかを――……」
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