第29話 幼き兄弟妹(きょうだい)
「清正」
清正は名前を呼ばれてふと顔を上げた。
すると
「そのお声は兄上ですか。来てくださったんですね」
そう声を掛けると兄の瀧正の後ろからさらに小さな影がひょっこり出てきた。
「
「世都子も来てくれたの、ありがとう」
楽しそうにふふふと笑う清正に瀧正は案じるように問いかけた。
「また熱を出したと聞いたが大丈夫か」
「はい。今は体内の龍力も制御できましたので平気です」
そう言って清正は自らの胸に手を当てた。
清正は生まれつき龍の臓が発達しているらしく一度に生成される龍力が人よりもはるかに多かった。
言祝師としては恵まれた体質であったが、まだ
「良かった!なら中に入っても大丈夫ですか、
「いいよ」
清正が返事をすると
しかし瀧正は清正の幼い丸い顔を見るなり眉間に皺を寄せた。
「顔がまだ赤いではないか。……それより病人が何故本を読んでいる」
すると清正はしまった、とバツの悪そうな顔をした。
「申し訳ございません。とても面白かったので。登龍門院の研究報告書なのですが龍の臓と龍力の関係について新たな発見があったそうです。この論述によると従来……」
「おい、興奮するとさらに熱が上がる。続きは回復してからにしろ」
「はい、兄上」
清正は怒られたというのにくすぐったそうに笑って本を閉じた。
そんな清正に瀧正はやれやれとため息をついた。
「食欲はあるか」
「少しは」
目線を泳がせる清正に瀧正は持参していた包みを取り出した。
「
「!はい!ありがとうございます」
椿餅とは椿の葉で挟んだ甘い餅で清正の好物だった。
清正は嬉しそうに牡丹の花紋が美しい瀧正の手元へと両手を伸ばした。が、受け取る際に瀧正の袖に微かに赤い染みができているのに気が付き驚いて瀧正を見上げた。
「これ、血ではないですか?どこかお怪我をされたのですか?」
すると瀧正は一瞬身を強張らせたが、なんでもないように「少し手を切っただけだ」と言った。
しかし清正はいつも心配される側であったのでここぞとばかりに瀧正を心配しようと言いつのった。
「本当ですか?よく見ると目の下の隈が酷いです。お疲れなのではないですか。だからお怪我をされたのでは?
それに
「これぐらい疲れているうちに入らないし滉光とも四六時中一緒にいる訳ではない。人の心配をする余裕があるなら自分の心配をしろ」
瀧正が否定すると二人のやり取りを聞いていた世都子がえへんと口を挟んだ。
「世都子は
その言葉に清正はハッとした。
「そうでしたね。改めておめでとうございます」
清正は自分のことのように嬉しくなってにっこりと笑った。
「今日も世都子は大兄様の練習を見ていましたが、あのきらきらするのが世都子は大好きです」
うっとりと話す世都子に清正は首を傾げた。
「きらきら?」
「“
世都子は喜んで見ているがまだ本来のものには程遠い」
もちろんただの龍力を降らすのではなく、その時々で治癒や邪瘴を祓う言祝術を込めたりする。
ちなみにこの術は初代帝が新年の祝いに行ったものが起源と言われている。そのため民草からは「言祝ぎの術」と呼ばれていた。
そこから龍力を用いた術を「言祝術」と呼ぶようになり、術者は「言祝師」と呼ばれるようになった。
そのため
「もしかして兄上は空間術式があまり得意ではないのでしょうか」
瀧正は驚いた。
「何故そう思う」
「実は私も少し前ですが兄上の修練をこっそり見に行ったことがあるのです。どれも素晴らしい術でしたが、直接攻撃系が多かった気がして。
「確かに得意ではない……」
「それなら書院の
清正の助言に瀧正は目を見開いた。
「待て。私に勧めるということはお前はすでにそれを読み
「はい」
清正は事もなげに肯定すると自らの龍心環を顕現させて構えた。
「
清正が軽く歌うように詠唱すると帳台の中に光り輝く
「わぁああ!小兄様すごい!
あ、大兄様の隈が消えてる!」
世都子は大はしゃぎできゃっきゃと笑った。それを微笑ましく見てから瀧正を見た清正は不安げに首を傾げた。
「兄上?」
「あ……」
「体調、良くなりませんでしたか?治癒の術を込めてみたんですけど、まだ顔色が優れないようです」
「……いや、いつもより体が軽い」
「良かったです!即位式の練習頑張ってくださいね。私も楽しみにしています」
清正は花が咲くように笑った。
しかし
瀧正が邪瘴に襲われ重傷との知らせが内裏に届くことになる――……。
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