第17話 思わぬ探し人 下

 海と真更木は大荷物を抱えながら帰路に着いていた。


 と言っても真更木だけ帰すとまた迷子になりかねないので海は真更木に泊まっている宿の名前を聞くと周りの人に道を教えてもらって送り届けている最中であった。


「それにしても真更木の天跳びすごかったね!フワってまさに空を飛んでいるみたいだった」


「大したことではない。今回は地面から、それも一度跳んだだけだ。


 天跳びは修練すれば空中でも続けて跳ぶことができるようになる」


「そうなの?!どうやって??


 僕はまだ今日の真更木みたいなのも一回もできたことがないんだ……」


 しゅん、とする海に真更木は少し思案してから口を開いた。


「足のどこに力を入れればいいのかが分かってないんじゃないのか?漠然ばくぜんと足全体に龍力を流している、とか」


「違うの?」


 海はぽかんと真更木を見た。すると真更木はもう少し詳しく説明してくれた。


「もっと小さな範囲でいい。


 特に空中で跳ぶ時は星屑ほしくずの上を駆けるように、足の裏に力を集中させてそっと飛び跳ねるんだ」


「星屑の、上?」


「そうだ。この星の先に会いたい人がいると思ってその場所を目指して進む」


 真更木はどこか遠くを見るような、何かを懐かしむような顔をして言った。


 会いたい人……。


『海――……』


 優しく海を呼ぶ声が頭をよぎる。それはもう、会いたくても会えない人。


「僕にも兄ちゃんがいたんだ。優しくて、強くて、みんなから頼られてる言祝師だった。だけど僕を守るために戦って、それで、川に流されて……。村のみんなで必死に探したんだけど見つからなくて。そしたら、守刃だった鷹兄たかにぃの花紋が消えてたんだ。だから村のみんなは、もう兄ちゃんは死んでしまったんだって……」


 うつむく海に真更木は淡々と言った。


「実際に見たのか?」


「え?」


「だから、海の兄が川に流されてから、その後の姿を自分でちゃんと見たのか?


 まだ見つかってないってことは見てないんだろう?」


「それは……そうだけど」


「もしかしたら何か事情があって自ら誓いを解いたのかもしれない。


 強い言祝師だったんだろう?なら、きっと生きている」


 真更木はしっかりと海の目を見て言った。その眼差しはまっすぐで、気休めでは無く本心からそう言っているのだということが伝わってきて、海の心の奥深くで重く渦巻いていたぐちゃぐちゃな感情がスーッと溶けていくのを感じた。


「……そっか、そうだよね。うん、そうだよ、兄ちゃんならきっと生きてる!僕も兄ちゃんを探してみるよ。ありがとう、真更木、ありがとう!!」


 海は希望と共に溢れ出る涙をこぼさないよう目を瞬かせながら、心からにっこりと笑った。





 その後も色々な話をしながら歩いているとあっという間に真更木の泊まっている宿に辿り着いた。


「ここだね。今日はありがとう」


「礼を言うのはこちらだ。兄を探すのを手伝ってくれてありがとう。後は私だけで探す。次は第二試験で会おう」


「うん!じゃあまた試験会場で」


 二人は微笑みを交わした。






「若様」


 時折振り返っては手を振る海を見送っていた真更木は後ろから刺々しい声で呼びかけられせっかくの楽しかった気分が台無しになるのを感じながら振り返った。


那由多なゆたか」


 そこには試験受付時に真更木の後ろに控えていた青年が眉根を寄せて立っていた。


「一人で勝手にフラフラと出歩くとは。若様は大楠家の跡継ぎとしての自覚と責任が足りないのではないですか」


「跡継ぎになるのは私ではないといつも言っている。兄様だ」


 苛立たしげに言う真更木に奈由多はわざとらしく大きなため息をついた。


「伊更木様は二年前に出奔しゅっぽんされ、今は真更木様が大楠家の若様です。


 いい加減、大楠家、いえ、大楠領を背負って立つ覚悟を持ってくださるよう――」


「いい加減にするのはお前だ!」


 真更木は那由多の言葉を遮って睨みつけた。


「兄様は私が必ず連れ戻す。跡継ぎは兄様だ」


 真更木は言い捨てると足早あしばやに奈由多の横を通り過ぎたのであった。






 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..




「あ、雷鳴殿らいめいどの!」


 呼びかけられ振り向いた雷鳴虎舞らいめいとらまは男の腕の中を見てやれやれと苦笑した。


「すれ違わなくてよかった!ちょうどむらさきちゃんをお送りしようと思っていたところだったんですよ」


 男の腕の中には先程海たちが助けた紫の瞳の真っ白な猫、紫がご機嫌な様子で丸くなっており、虎舞を見るとにゃーんと鳴いた。


「わざわざありがとうございます」


 と虎舞はその派手な風貌ふうぼうに似合わぬ丁寧な口調で紫を受け取った。


「紫ちゃん、市の方まで遊びに来てたんですけどね、いつもはとっても身軽にピョンピョン木に登ったり降りたりしてるのに今日はどうした訳か降りられなくなったみたいで鯉の少年たちが助けてくれたんですよ。


 それから首輪の紐が切れかかってたのも器用に直してくれてましたよ。マサキ君とウミ君と言うそうです。


 お礼はいらないと言ってたんですけどとっても良い子たちだったので後でお礼してあげてくださいね」


「それはそれは。


 この鈴はなので紫も無くしてしまうことを恐れて降りるに降りれなかったんでしょう。


 大変助かりました。鯉の子たちへの謝礼については考えておきます」


 と愛猫が無事に帰ってきたことに胸をなでおろしながらも虎舞は男が口にした鯉の少年たちの名前に驚いていた。


 マサキと言えば大楠家の若君の大楠真更木だろう。そんな大物お坊ちゃまが庶民が買い物をする市にいてしかも猫を助けるとは思わなかった。


 もう一人については記憶を一通り辿ってみたが中々ピンと来ない。そんな名前、答案用紙にあったか?と考えてはたと気が付いた。


「……あの読めない字のヤツ、じゃなくてか」


 虎舞はあ"ーと唸ると紫を抱えているのと反対の手で頭をガシガシとかいた。


「お礼、ね……」


「どうかしましたか?」


「いえ、何でも。紫を送ってくださってありがとうございました。ではこれで」


 虎舞の突然の行動に驚く男に改めて感謝を述べると屋敷に向かって歩き出した。


「……全く。仕方ねぇな。帰ったら読むだけ読んでやるか。もちろん内容が悪かったら容赦無く落としてやる。


 とは言え、筆記試験を合格したとしても龍力試験は今年はが試験監督だからなぁ。受験者の誰一人として合格は不可能かもしれんがな」


 そうなりゃアタシの仕事は骨折り損だとため息をつくと虎舞は癒しを求めてそっと紫を撫でるのであった。






 ◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..



 海は真更木を送り届けた帰り道をルンルンと歩いていた。今日は市へ行ったり猫を助けたり(海は首飾りの紐を治しただけだけど)思いがけず楽しい一日だったと綺麗な夕焼けを見ながら満足していた。その上天跳びのコツを教えてもらえてなんだかできそうな気さえしていた。


「……あれ?何か忘れてるような……。まぁいっか」


 ふと何か引っかかるものを感じ立ち止まったが、気のせいかとまた歩き出した。すると少し前を歩くセイを見つけた。


「セーイ!」


 海が駆け寄るとセイが振り返った。その腕には数冊の本が抱えられていた。


「こんなところで会えるなんて偶然だね。セイは今日はどこへ行ってたの?それは何?本?」


 するとセイは海から本を隠すように腕を体の後ろに回した。


「……所用だ。何でも良いだろう」


「……ふうん」


 はぐらかされたと感じながらも海は深くは触れず今日あったことを話し始めた。


「ねぇ試験の受付の時に会った大楠真更木って覚えてる?今日偶然会っ、て……」


 その時、海の目の端に長い髪が映った。


「……え?」


 ドクン


 心臓が、強く跳ねだした。


「まさか……」


『実際に見たのか?』


 真更木の言葉が頭の中でガンガンと響いている。


『川に流されてから、その後の姿を自分でちゃんと見たのか?』


 ドクン


『強い言祝師だったんだろう?なら、きっと生きている』


 そうだ、自分が見間違えるはずが無い。あれは――……。


「兄ちゃん!!」


「海?!」


 驚くセイを置き去りに海はすぐさまきびすを返すとその後ろ姿を追いかけた。


「兄ちゃん、待って!!」


 しかし焦れば焦るほど人混みを上手く抜けられず中々前に進めない。せめてと必死に叫ぶものの喧騒けんそうに紛れて気付かないのか、そのまま角を曲がって行ってしまう。


「ッ!」


 海も急いで角を曲がったが、もうその後ろ姿は見つけることができなかった。


「……兄ちゃん」


「海、どうしたんだ」


「さっき兄ちゃんとすれ違ったんだ。どうしよう、どこ行っちゃったのかな」


 するとセイはひどく驚き、言いにくそうに口を開いた。


「そんなはずは……」


「あるよ!あれは絶対兄ちゃんだった!セイだって川に流されたっていう兄ちゃんのことちゃんと見てないじゃないか。だったら兄ちゃんはきっと生きてる!


 ああ、兄ちゃん、どこにいるんだよ、兄ちゃん、兄ちゃああん!!」


 海はたまらず往来おうらいの真ん中で叫んだ。



 しかしその呼びかけに答える声は無かった――……。





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