第16話 思わぬ探し人 上
一人の女がうず高く積まれた紙、紙、紙の間でひたすら机に向かって
「どいつもこいつも似たようなこと書きやがって!面白くねーんだよ!!」
イライラとものすごい勢いで大きく“×”を付けては“不合格”と書かれた大きな箱に次から次へと投げ入れていっていた。
「ああ?なんだコイツ字が汚くて読めねぇ!名前はう、うぬ?う、……あー!クソ、イライラする!受かりたいなら試験官に読んでもらえる字を書け!不合格!!」
バシッと解答用紙を“不合格”の箱に叩きつけた。
「ったく、こっちはあちこち邪瘴祓いに出ずっぱりで久々に帰ったんだぞ?!なのにメンドクセエ仕事押し付けやがって。涼親のヤロウ何が『
ガーッと
早急に
「
おーい、と呼ぶが返事は無い。
「……いないのかよ。また散歩か?あー……仕方ない、探しに行くか」
そう言うと大師が一人、
◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..◇。..
「真更木は何を探しに行くの?」
市までの道すがら、海はせっかくだから何か話をしようと気軽に真更木に
その様子に海は話題を変えようとした時、真更木はようやく口を開いた。
「……兄を」
「え?」
「兄を探しに」
「
意外な答えに思わず聞き返すと真更木はこくりとうなずいた。
「お兄さんは市で働いているとか?」
海が訊ねると真更木は首を横に振った。
「兄の
弟の私から見ても品行方正、実力も申し分なく一族の跡継ぎとして皆から期待されていた。なのにある時突然家を出ていってしまった。それ以来どこにいるのか分からない」
真更木は堪える様にぐっと拳を握った。
「市にはたくさんの人が来るから、もしかしたら兄もいるかもしれないと思ったんだ。もしいなくても兄のことを知っている人がいれば次の手がかりになる。
私はもう一度兄に会いたい。会って、どうして家を出たのかを知りたいんだ」
哀しさや悔しさを滲ませながら語る真更木が海には他人事に思えなかった。なんとか力になりたいと海は口を開いた。
「僕も一緒に探すよ!
お兄さんってどんな感じの人なの?」
すると真更木は嬉しそうに口元をほころばせ礼を述べた。
「兄は背が高くてとても格好良い。
「なるほど!お兄さんすごいかっこいいんだね」
海は真剣に相槌を打った。すると真更木はさらに嬉しくなって鼻高々で話を続けた。
「その上いつも微笑みを浮かべていて誰に対しても優しかった」
「じゃあ優しそうな背の高いかっこいい人を探せばいいんだね。よし、早速市の人たちに聞いて行こう!」
海と真更木は市にいる人々に片っ端から
「ほかになにか目印になるような特徴とかってあるかな?」
一通り市の端から端まで聞いて回ったところで海と真更木は一旦立ち止まって改めて作戦会議をしていた。
「そうだな。右目の下に二つほくろが並んでいるのが特徴だろうか」
「右目の下に二つのほくろ……」
それを聞いて海はあれ?と首を捻った。ほくろ、ほくろ、どこかで見たような……?
「どうかしたか?」
「うーん、どうだっけ……??」
海がグルグル考えていると、少し離れた場所からざわざわと声が聞こえてきた。
「なんだろう。行ってみよう」
海は一旦考えるのを止め真更木と一緒に声がする方へと向かった。近づいてゆくと人々は一本の木を取り囲み見上げているのが分かった。
「どうしたんですか?」
「どうやら猫が木の上から降りられなくなったみたいなんだ。
近くにいた人から話を聞いてよく見てみると確かに生い茂る葉に隠れて猫が一匹、二階くらいの高さはある木の枝に小さく
「僕、登ります!」
海は猫を助けるために木を登ろうとしたが周りは慌てて止めた。
「待て待て、この木は幹も枝も細い。人が登ったら折れちまうよ」
「じゃあどうしたら……」
「私が行く」
その時これまで黙っていた真更木が口を開いた。
「え?真更木が?でも登ったら折れちゃうって……」
「誰が登ると言った?私たちは言祝師になるのだろう。ならこうするべきだ!」
そう言うと真更木は少し下がって助走をつけると空高く跳んだ。
「!天跳び?!」
海はびっくりして真更木を見上げた。まさにセイが言っていた通り空を飛んでいるかのようだった。
そのまま流れるように猫を抱き抱えると真更木はトンッと軽やかに着地した。
あまりにも鮮やかな技に人々は一瞬ぽかんとしていたが、すぐさま
「真更木すごいよ!!」
海も興奮して真更木に力いっぱいの拍手をした。すると真更木は少し照れたように猫を地面に下ろそうとして、首に巻かれている
「紐が」
「今度こそ僕に任せて」
そう言うと海は器用に千切れた紐と紐をパパッと結んで
「海は器用だな」
「僕の家はそんなにお金も無かったから、直せるものはなんでも直して使ってたんだ。だからこういうのは得意なんだよ」
直し終わると猫は具合を確かめるように首を振ってリィーンと鈴を鳴らした。
それはまるで心が洗われるような美しく澄んだ音だった。
するとふわふわ真っ白の猫は満足したのかその輝く紫水晶のような瞳を細めてにゃあんと鳴いた。
「もしかして、鈴を落とすのが嫌で動けなかったのかな?」
海が猫を撫でていると木を見上げていた人々のうちの一人が話しかけてきた。
「キミ達
ニコニコと話す男に海と真更木は揃って首を横に振った。
「礼には及びません」
「お気遣いありがとうございます。でも真更木の言う通りお礼は大丈夫です。それに僕達この後もまだやることがあるので」
二人がそう言うとそれを聞いていた周りの人々からなんて良い子達だ!と次から次へと市で買った野菜や果物に菓子、果てはよく分からないものまで両手に持てないほど渡されてしまった。
「そうかい。なら飼い主には優秀な鯉達が助けてくれたとだけ伝えておくよ」
男はあっはっはと笑うと真更木から猫を受け取って去っていった。
「.....どうする?」
二人はこの後も真更木の兄を探すつもりでいたが、こんもりと土産を渡され身動きが出来なくなってしまった。
しばし二人は無言で見つめあっていたが、唐突に真更木が可笑しそうに笑った。
「もうすぐ夕方になる。今日は帰ろう」
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